新しい1年を
キュッキュッと、雪を踏む音がする。息は白く、少し視界を遮ったりもするが、それもまた風情があってよし。
そんな季節感溢れる世界に、季節外れの蛇が一匹。蛇行しながら、それでも確実に前進しながら。枯れたように佇む大樹に近づいて行く。蛇の体は雪と同じように白く、その額には文字とも言えぬ紋様が紅く刻まれており、それだけが宙にふわりと浮いているように見えなくもない。
蛇は大樹の根本まで来ると向きを変え、首を持ち上げて今来た道を振り返った。
その蛇に、所々鱗の付いた白い手が伸び、蛇の体を掴みあげる。蛇はその手に絡み付き、瞬く間に緩く。鱗を持つ人型に巻きついた。
(もう十二年か…)
白い息と共に、呟かれたその言葉に応えるように、蛇は縦に首を振った。
は虫類のような目つきに黄金色の瞳。外部から見える肌には所々、白い鱗が光っており、羽織についたフードを目深に被って怪しさが自然と漂っている。
樹皮に手をあて、静かに幹の周りを歩き、懐かしむような目付きで樹皮を撫でる。
やっと半周まわったところで歩みを止め、青年は鼻で息をついた。
「・・・?(何を見てるんだ?)」
「……ん?あぁ、もう一年かい」
白い鱗を持つ青年と同様に、緑の鱗を持つ男が、その目線を反らさずに応えた。男には青年と違って角がある。
「ミィ、なかなか早かったな」
「・・・(発音が馬鹿にしているようにしか聞こえないんだが…)」
「元気にしてたかぁ?」
「・・・」
頷かぬ代わりに、ミィと呼ばれた青年はその男の目線の先に焦点を合わせ、表情など滅多に変わることの無さそうな表情を少し曇らせた。一面の雪景色。
あたり一面なにもない、大樹一本のこの世界の先の方を見ている辰のことが読めず、困惑しているような面持ちだ。
「・・・?(いったいあの先になにがあるって言うんだ?)」
「あの先にはなぁ、トラがいんのさ」
「・・・(そういえばよく張り合ってたな)」
四季神に仕えることになったあの日のことを思い出す。全員で顔を付き合わせたのは、その日だけで、それっきりこれっきり、巳だけかもしれないが会ってない神使がかなりいる。
「ミィはずっとわしのあとだ。わしより弱い」
「・・・(強さを競おうとも思わないよ)」
呆れたように睨み付け、すぐに穏やかな面持ちに戻る。
一年四季神に仕えることは恩返しの様なものだという考えをもつ巳にとって、この一年はとても重要な意味を持つ。
(面倒くさくもあるんだけど)
四季神の顔を思い出し、ふぅっと一息ついてその場に座り込む。
辰はそれを目で追うようにして同じく腰をおろした。白蛇にちょっかいをかけて噛まれそうになり、それを避けることであともう少しある時間をつぶす気でいるらしい。
(恩返しは、必ず。ちゃんと約束は果たしてやるから)
滅多に感情を表に出さない青年でも、流石に頬が緩むらしい。柔らかい雰囲気になるのを、竜は横目で見ながら酒を一口飲んだ。
「日が沈んで本に暗くなったとき。やっとわしもお役目御免って訳だっ!」
ガハハッと笑って酒をグイッと一気に飲みほし、白蛇が酒瓶に首を突っ込みたがっているのを巧みにかわす。
「さて?夜が深くなるとき、掴めぬミィともおさらばよっ!」
「・・・(俺もさっさとあんたとはおさらばしたいな)」
内心愚痴りながらも、表にはださない。
蛇を撫でながら、日が変わるときが訪れる音に、耳を傾ける。
(そろそろか)
閑散としたこの寒さに、ふさわしすぎる鈍い音。
……ゴーン
…ゴーン …ゴーン
(あぁ、やっと鐘がな)
「はっはぁ!終わった終わった!わしの仕事は終わったぞ!」
巳がその余韻に浸ることを許さず、辰は大きな声で騒いだ。巳はゲッソリとした目でその光景を眺め、目深に被ったフードをより一層深く被りため息をついた。
(こいつは…どうしてこんな風に空気が読めないんだ…。空気に乗って飛ぶ生き物じゃないのか…)
「さぁて、とりあえずわしは居るべき場所に帰って休む!トラはそのあとだっ!」
「・・・(役目終わったあとは一応休憩とってたのか。知らなかったな)」
辰は雪景色の中に走りだし、突発的に竜巻を発生させ、その中心に入って行き姿を変える。
『さぁ、次はお前の番だ』
龍に姿を変えた男は、青年の頭の中に話しかけ、遠くの彼方へ飛んでいってしまった。青年は、毎度の事ながら派手な辰の去りように、若干嫉妬を覚えつつ、その幹に身を任せ
(あけましておめでとう)
柔和に微笑み、心の中で、呟いた。