第4話 古戦場跡 シンジとイチロー
第4話 古戦場跡 シンジとイチロー
アントンはクリントの射撃に目を丸くして驚いた。
クリントは当然という顔つきで、うんと答え、アントンの防具に触れた。
「このアラミドスーツ、軽そうでカッコ良いね。さっきのショップで買ったの?」
「ああ。あのレザースーツも全部売ってやっとこさ一式買ったよ」
「高そうだね」
「一式で二〇〇ゼニーもした」
「一〇〇ゼニーは残してあるよね?」
「残金は丁度一〇〇さ」
前回のプレーで、タケルは急所一発攻撃を受けてHPが0になり退場した。
この時残金から一〇〇ゼニーを没収されて、ゲームはオートセーブされた。
セーブさえできれば、次回は、自分がセーブした地点か、相棒がセーブした地点か、どちらからでもプレー可能だ。
HPが0になった時、残金が一〇〇未満であればゲームオーバー。
またスタート地点からやり直さなければならない。
『星夜の誓』は、オンラインチーム対戦型RPGで、二人一組でチームを作る。
一人のゲームオーバーは、チームのゲームオーバーを意味する。
従って一〇〇ゼニーの残高を常に確保しておくことは、チームを組む相手に対する最低限のマナーである。
「OK」慎重なヒロシは、タケルの返事に満足した。
「クリント、前回のセーブ地点に出よう」
顔を引き締めたアントンがそう言うと、クリントも凛々しい目付きでショットガンを構え、
「OK! アントン、レッツゴー」と答えた。
セーブ地点の古戦場跡は建物の残骸だらけだ。
前回はタケルの油断があった。
瓦礫の影に伏せっていた、五年二組のシンジとイチローのチームに、いきなり肩口を斬りつけられ一発でHPを失った。
ゲームとはいえ、HPが0になる大打撃を受けると、かなりの苦しさを味わうことになる。
スポーツサイクル全速走行中、コーナーで曲り切れず倒れた時の苦しさを想像してみてくれ……数百メートルも全速走行すれば心臓はフル操業状態だ。
そこで倒れる。
ペダルを踏んでいた脚の大筋肉群がストップして、大量に供給されていた血液は行き場を失う。
血液の出口を塞がれた心臓は、ドッキンドッキンと空回りし、血圧は急上昇する。
この時君は、死ぬんじゃないかと思うほど胸の苦しさを味わうことになるだろう。
無論ゲームでは、その苦しさ痛みなどは脳内においてイメージされるだけで、身体内部に障害を受けたり、ましてや身体に外傷を生じることなどは一切無い。
その数秒後には、何事も無かったかのように回復するのだ。
アントンは用心した。
辺りに人影は無いようだ。
クリントはやや後ろについて援護している。
二百メートルほど先にある、三階建ての崩れかけたビルが相当怪しい。
そこまでにも、人やモンスターが隠れていそうな大きな瓦礫がいくつかある。
十メートル先の大瓦礫まで、アントンは一気に走った。
その先からライフルの銃撃!
『パパパパパパ!』
アントンがコンマ一秒前に居た地点を、連続弾が土煙を上げながら正確に舐めて行く……どうやらここの敵は、コンピュータが作り出した敵キャラだけのようだ。
アントンが瓦礫まで辿り着いて身を隠した瞬間、後方で『ドカン!』と音がした。
アントンを狙っていた、前方の敵スナイパーの銃が、腕ごと飛び散って本体がどっと倒れる。
クリントのショットガンが炸裂したのだ……三十ゼニーゲット!
「サンキュ。クリント。やるじゃん」
振り返ったアントンが親指を立てると、後方で、クリントも照れ笑いしながら親指を立てた。
「練習したからね」
そう言って、クリントはショットガンをくるくると回した。
その時アントンの隠れた瓦礫の裏側から、小型のモンスターが飛び出して、アントンの首に喰らい付こうと襲い掛かる。
アントンは背中の長剣を引き抜くや、袈裟懸けに斬りつけた。
モンスターの肩口が大きく裂けて、グリーンの血しぶきが吹き上がる。
「ギョエッ!」奇声を上げて、モンスターはその場に倒れた。
辺りには吐きたくなる程の腐臭が立ち込める。
ザコ敵である……五〇ゼニーゲット。
返り血は小さな染みだけを残して、数秒後に消えた。
「やりぃ!」後方のクリントが親指を立てる。
「ああ。びっくりしたぁ。急に出て来るなよ」
アントンは、ほっと胸を撫で下ろして深く息を吸い込む。その途端に大きくむせた(くっせぇ!)
素早くアントンの地点まで進んで来たクリントが、アントンの涙顔に
「大丈夫?」と声を掛けてから「めちゃカッコよかったよ、アントン」と、英雄を見るような眼差しを向けた。
「そう? じゃあ今の所ビデオにしといて」
アントンがにっこり笑ってそう言うと、どこから現れたのか、従者トミーが横に侍り
「かしこまりました。クリントのショットガン命中から、アントンの長剣によるモンスター天誅シーンまでを、ショートムーヴィに記録いたします」と答えて消えた。
「サンキュ」
アントンは、トミーの消えた辺りにお礼を言った。
この後も用心しながら、二人は崩れかけた三階建てのビルに接近する。
時折、遠くの方から乾いた銃声に混じって砲声が響く。
腹に響く重低音。
どうやらあのビルのさらに先は、激しい戦闘地帯らしい。
二人とも軽く身震いした。
ビルの手前一〇〇M辺りに、一際大きな瓦礫群がある。
ここからは五〇M。
アントンがクリントに目配せし、一気に瓦礫群の一番手前まで駆け抜け、背中の剣に手を掛けたまま腰を落す。
辺りの様子をじっと伺う。
アントンは、五〇M後方の瓦礫から顔を覗かせたクリントに、「来い」と云う感じで手をしゃくった。
クリントがショットガンを両手に抱え、必死の形相で走り寄る。
その直後、一つ先の瓦礫辺りから石ころが投げつけられた。
二人に再び緊張が走る。
息を殺し耳を澄ます。
「おい。タケルとヒロシか?」
息を潜めた少年の声。
聞き覚えがあった。二組のシンジの声に違いない。
「シンジとイチロー?」ヒロシが返事する。
「ここの敵は強敵だ。どうだ一緒に組まないか?」
二組のシンジが、ほっとした声を出す。
「この先進めないのか?」タケルが訊く。
「まあな」二組のイチローが拗ねた感じで答える。
「どんな敵だ?」タケルたちは二組のチームに合流した。