2章2話 豊華は食事を作る
掃除が一段落して、一息つく。
そろそろ男の子の手当は終わっただろうか。
部屋を見たわすと一見して、暗い印象を持つ部屋が広がる。
魔力の影響かそれとも、研究のためにあえて、暗い印象を持たせるようにしているのか。
どちらもありそうだ。
長年放置されていたが、目立った汚れはなかった。
天井や部屋の隅など普段中々掃除しないところは汚れていたが、その程度だ。
『エリス』さんが居なくなって、そのまま時が止まったような部屋だった。
これも魔力の影響なのだろうか。
「んーっしょっと!!」
部屋を後にして、大きく伸びをする。
確認してもらって帰ろう。色々考えることが多くて、疲れた。
凡人のアタシには分からないことだらけだ。
ーーーーーー。
来た道を戻り、先程の部屋に戻るが、ソロモンさんの姿はない。
まだ料理中なのだろうか。だとしたら、キッチンにいるのだろうか。
「……いや、キッチンってどこだよ」
というか、お偉いさんなのに料理作るのか?執事とかシェフとか家にいないの?
何も分からないまま、歩き続けること数分。
「ソロモンさーん!バルバトスさーん!」
大きな声で2人を呼ぶものの、返答はない。
家が広すぎて見つからないのか、また不可解なことが起きているのか判断がつかない。
「豪邸……恐るべし」
歩き回っても埒が明かないので、外の池でも眺めることにした。
一段落したら、呼びに来るだろう。
そう思い、縁側から外に出る。
すると、そこには見慣れない格好をした少年が地べたに座り、池を眺めている。
軍服のような衣装に白のパンツ、高めのブーツを履いている。金の刺繍があしらわれた黒のジャケットを羽織り、まるで異国の王子を思わせる。
灰色の髪に、深紅の瞳。年齢と不釣合いな大人びた雰囲気。
先程の男の子と歳は同じぐらいだろうか。
よく見れば、少年は先程の男の子にそっくりだ。雰囲気はまるで異なるが、顔がよく似ている。
「あ、あの……アタシ迷子になっちゃって。ソロモンさんとかバルバトスさん知りません?」
恐る恐る声をかけてみる。
見るからに年下なのに、妙に話しかけづらい。
人を寄せつけないような異質な空気を身にまとっている。
「……なるほど。貴様か。」
「……え?」
少年は振り返ると、そう告げる。なにか納得したような様子だ。
「……暇つぶしにはなるか。」
少年は立ち上がったかと思えば、アタシの目の前に現れる。
「えっ!?」
「少しは俺を楽しませろよ?人間。」
呆気にとられるアタシに構うことなく、顎をグイッと持ち上げられる。
「なに、急に……やめてくれる?」
アタシは咄嗟に手を振りほどく。つい、子供相手なのに低い声色が出てしまう。
少年はニヤリと不敵に笑う。アタシはさらに鋭く睨みつけるが、もうその姿はどこにも見当たらなかった。
「消えた……?」
「おお!いたいた!!!」
刹那、老人の明るい大きな声に我に返る。
ソロモンさんの声だ。
「掃除は終わったかな?」
「え……ああ、はい。終わりましたよ。確認お願いします。」
「いや。それはあとでいいんだ。そのまま、キッチンに来てくれないかな?」
「え?あ、はい。」
今の少年はなんだったのだろう。ひとまずソロモンさんに会えたし、良しとしておこう。
もうこの家で何があっても、気にしないことにしよう。
不可解なことが多すぎる。
アタシはそう言い聞かせ、ソロモンさんについて行った。
ーーーーーー。
「なんですかこれ!?」
キッチンに着いたアタシは思わず大声を上げた。
洗剤まみれのフライパンや調理器具。
焼け焦げた黒い物体。
割れた瓶や食器。
「でへへ。そいや料理したこと無かったんですよ。私。」
お茶目な笑みを浮かべるソロモンさん。
「だからってこうはならないでしょ……」
酷い惨状過ぎて、頭を抱える。まさかこれで料理を作ろうとしていたとは。出来ないのレベルではない。
「いつもはバルバトスがやってくれていてな。……すまないが、手伝って貰えないか?もちろん報酬は上乗せしよう。君の仕事を増やしてしまったからね。面目無い。」
バルバトスさんに料理は任せて、男の子はソロモンさんが入れればよかったのに。
やりたかなったのか、思ったよりテンパっていたのか。
考えていても仕方ない。
アタシは切り替えるように腕をまくり、手を洗い始める。手を洗い終え、手を拭き終える。そのまま、ソロモンさんに向き直る。
「いいですよこのぐらい。その代わり報酬はしっかり払ってくださいね。」
申し訳なさそうに謝るソロモンさん。アタシはなるべく暖かく笑顔を向ける。
出来ないことを頑張ったのは認めなければならない。成功に失敗は付き物だ。
アタシの言葉にソロモンさんは、表情を明るくして答える。
「もちろんだ。それは約束しよう。」
「というかアタシやっちゃうんで。休んでてくださいよ。慣れないことして疲れたでしょ。」
「おお!いいのかい?それは助かるが、豊華さんは料理ができるのかい?」
「まあ普通ぐらいですよ。ソロモンさんも食べます?そんなオシャレなものとか手の込んだものは作れませんけど。」
「おおお!いいに決まってる!とても助かる。ちょうどお昼時だし。さっきの男の子と私の分を頼めるかな?」
「いいですよ。バルバトスさんの分は?」
「ああ、問題ない。悪魔は魔力が食事みたいなものなんだ。ご飯は食べないよ。」
「ああ、そうなんですね。分かりました。片付けもあるんで1時間半ぐらいかかりますけど、よろしいですか?」
「文句言うはずがないだろう?気長に待ってるよ。食材や食器は自由に使っていいからね。」
「ありがとうございます。」
「用意が出来たら、呼んでくれ。さっきの大部屋にいるからね。」
「はーい。」
安心したようにその場を後にしたソロモンさん。
さて、もうひと仕事だ。
こんな豪邸に住んでて、神力も優れているのに、出来ないこともあるんだな。
なんだか、同じ人間だと認識できて安心する。
アタシがやってきたことが無駄ではなかったと、何となく思えた気がした。
ーーーーーー。
片付けを終え、料理も作り終えた。
味噌汁に豆腐のステーキ、野菜の煮物、玉子焼きに白米。
我ながら、地味なメニューだ。
だが、これでいい。男の子は栄養失調が伺えた。お腹は空いていたようだが、急に色々食べたらお腹を壊すかもしれない。
なるべく消化にいいように作ってみた。
ソロモンさんも高齢だ。固いものよりや油っこい物より、食べやすいものの方がいいだろう。食器やこの家の様子から見て和食は好きだと思うしね。
そんなことを考えながら、お盆に料理を乗せていると、バルバトスさんが顔を覗かせた。
「当主がとんだご無礼を。お許しください。」
「あ、いえいえ。料理とか掃除好きなんで。いいですよ。」
「そう言って貰えると助かります。手伝いますよ。」
「ありがとうございます。」
バルバトスさんもお盆に料理を乗せていく。
「おお。これは見事ですね。」
「そうですか?ちょっと地味ですけどね。普通の料理しか作れませんし。」
バルバトスさんはアタシの作った料理を見て、感嘆の声を漏らす。
お世辞だろうが、嬉しい。きっと普段はいいものを食べているだろうから。
「謙遜しなくてもいいですよ。相当な腕前です。それに相手のことをよく考えて作ったのが、伺えます。」
バルバトスさんはアタシの料理をお盆に乗せながら、話し始める。
「豆腐のステーキやお味噌汁、野菜の煮物は少年の栄養失調を見てのことでしょう?しばらくご飯を食べられていないと考えて消化にいいものにしたのでしょう。……当主も歳ですし、なにより和食が好きなんです。この家の内装や食器を見てメニューを決められたのがよく分かります。……おっと、そちらのご飯はおかゆ風にしていますね。これまた消化のことをよく考えられています。……おや、当主のお皿には卵焼きがありますね。シンプルな味付けですが、程よく調味料を使われて、なにより綺麗な色合いです。」
「あ……ありがとうございます。ほんとに普段料理しているんですね。こんな見ただけでそこまで見抜かれるとは思いませんでした。」
とても丁寧な口調で料理を褒めてくれるバルバトスさん。なんだか、努力を認められた気がして嬉しい。
「悪魔は食事をとりませんからね。これでも当主が喜ぶ料理を作るのに苦労したんです。……和食は地味で簡単そうに見えますが、かなり多くの工程を含みます。なにより、食べ終わったあとの満足感と穏やかな感情はどの料理よりも勝ると思います。……ここまでの食事を1時間ほどで作るなんて、さすがの一言ですよ。自信をお持ちになってください。あなたの料理はそれだけの賛辞に値するものです。とても暖かい気持ちになれることでしょう。」
「あ、ありがとうございます。はは、照れますね。」
苦労した人にしか分からない言葉だ。この人の言葉を信じるなら、きっと沢山勉強をしたんだと思う。
食べたことないのに、美味しものを作るなんて到底アタシには無理だ。
しかも話ぶりから見て、見ただけで美味しさを理解できるところにまで至っている。調味料も何を使ったのかわかったような口ぶりだ。
出来ないものを出来ないままに終わらせないこの人の努力こそ、賞賛に値するだろう。
アタシはより一層背中を押された気がした。
ーーーーーーー。
大部屋に行くと、お腹を空かせていた黒髪の男の子とソロモンさんが座っていた。
小さなテーブルの上に、それぞれお盆を置く。
床に座っての食事だ。
男の子を見ると甚平のような涼しげな服を身にまとっている。
腕や足についていた枷もなくなり、傷も癒えているようだ。
「……お姉さんが作ったの?」
男の子は不思議そうにアタシの料理とアタシの顔を交互に見やる。
「はは、あんまり上手じゃないけどね。食べてみてよ。ゆっくりでいいからね。」
「うむ。素晴らしい料理だ。早速頂くしよう。いただきます。」
「いただきます……?」
「造り手や食事となった動物や作物、それらに関わった人々、色んなものに対して感謝する、言わば、儀式。挨拶なようなものですよ。」
ソロモンさんのいただきますの言葉にキョトンする男の子。補足するようにバルバトスさんが促す。
「いただき……ます。」
真似するように手を合わせる男の子。
困惑するように箸を持つ。
何とも歪な持ち方で箸に不慣れなことが分かる。
「上手く持てない……」
「大丈夫。もう少し上の方をもって、力はそこまで入れずに挟むと言うよりつまむような感じでしょうか。……そうです、そんな感じです。意外とちゃんと持てるでしょう?」
「う、うん。」
なんだか昔の恵実を見ているような、懐かしい気持ちになる。
バルバトスさんが優しく男の子に箸の持ち方を教えている。
ふと、視線をソロモンさんに向けると、既に食べ終わり箸を置いていた。
「うむ。ご馳走様でした。」
「……お口にあいました?」
「ああ。素晴らしい腕前だったよ。エリスと出会う前に君とあっていたなら放って置かなかったぐらいさ。」
「そんなこと出来る度胸あるなら、今頃結婚されていましたよ。意気地無しの当主には無理ですね。」
「ほっほっほ。こりゃあ一本取られたな。年寄りの戯言だよ気にせんでくれ。……とにかく美味しくてな。ちょっと懐かしい気持ちになったのさ。」
「は、はあ。」
ソロモンさんはエリスさんの事好きだったのかな?友達って話だったような。
一緒に秘密の研究をするぐらいの仲だし、何かあったんだろうな。
冗談を言われてからかわれたが、満足そうだし良しとしよう。
男の子もようやく箸を使うことができてきたようで、何とか野菜を一口口に入れる。
「暖かくて……甘い……」
味を確かめるように口の中で転がし咀嚼する。
「っ!?……噛むと味が更に広がる。」
感動したように瞳を大きくさせる男の子。
ゆっくり飲み込むと、次は豆腐のステーキを何とか切り崩し、口へ運ぶ。
不慣れながら綺麗に食べようと試みているのが分かる。
一応スプーンやフォークもあるのだが、箸で食べたいようだ。
「柔らかい……しっかりとした味なのに……口の中で消えていく……」
なんだろう。先程から初めてご飯を食べるような反応だ。
一つ一つの食べ物に感動し、瞳を輝かせている。
あまりにも新鮮な反応の連続で、アタシたち3人はついつい男の子の食べっぷりを眺めていた。
「これは箸じゃないの?」
すると、男の子からひとつの疑問が生まれた。レンゲとおかゆの器を指さし不思議そうに尋ねてくる。
よほど箸が気に入ったのだろうか。だが、さすがに箸でおかゆは大変だろう。
「うん。水分を含ませたご飯だからね。レンゲを使ってみて。」
「レンゲ……?……粒がいっぱい。」
レンゲを不思議そうに持ち、おかゆの中に沈める。驚いたように米粒を見つめている。
「このまま……?」
「うん、口に入れてみて」
「おいしい……あったかい……」
「そう?良かった。」
作ったものを美味しいと言ってくれる喜び。これはいつ味わってもいいものだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまです」
ソロモンさんのご馳走様を聞いていたのだろうか。たどたどしく口にした。
だが、男の子はとても満足そうに食事を終えた。
ーーーーーーー。
「とても美味しかった。……また作ってくれる?」
「え……?まあ……アタシのご飯でいいなら、いつでも作るよ。」
「お姉さんのがいい。……こんなに綺麗で暖かい食事ははじめて。」
「そう?ならまた頑張ろうかな」
男の子はその言葉を聞くと、嬉しそうに微笑む。
よかった。顔色もかなりいい。食事が合ったみたい。
「食事を終えた事だし、そろそろ君のことを教えてもらえるかな?」
間を開けて、ソロモンさんが口を開く。
本当にソロモンさんもバルバトスさんも知らない様子だ。
体の心配はなくなったし、ここからは家主であるソロモンさんの判断だろう。
アタシは発見者として、最後までこの男の子の処遇を見守ることにした。
「まずはお名前からでしょうか。そして、あそこになぜ居たのか。お答え頂けますか?」
やさしく丁寧に質問するバルバトスさん。
男の子は一度、アタシの方を振り返ると困ったように見つめてくる。
「別に2人とも責めてる訳じゃないんだよ。ただ、事情を知らないと判断できないからさ。答えてあげて。アタシも君のこと知りたいし。」
アタシがそう言うと、納得したように男の子はソロモンさんに向き直る。
「僕は……ベルゼ。……ベルゼ・バアル。」
「そうか。改めて自己紹介といこう。私はソロモン・トラスト。この家の当主だ。」
「私はバルバトス。まあただの使用人ですよ。」
ふたりが自己紹介を終えると、アタシの方に視線が集中する。
ああ、これ、アタシもやる流れなんだ。
というか、バルバトスさんしれっと嘘つきませんでした?それともアタシに言った悪魔というのが嘘?でも使用人というのは嘘ではないか。
それにトラスト……?どこかで聞いたことのある名前だ。
有名な家系だった気がする。何かあるとは思っていたけど、ただのお金持ちと言う訳では無いようだ。
まあ、聞いてもはぐらかされるだろうから後で調べてみるのもいいこもしれない。
ひとまず、気にせずに自己紹介をしよう。
「アタシは真昼豊華。ソロモンさんに雇われて、さっき居た離の掃除をお願いされたよ。……これでいいかな。」
「うむ。では話を進めようか。豊華さん、君の話によれば、離にいたという話だったが。」
「ええ。アタシには突然この子が現れたように見えました。今だから言いますけど、酷い実験でもされた男の子なのかなって。」
「もし本当にそうだったのなら、あなたを離に近づけませんよ。それにもし隠していたのだとしたら、秘密がバレた時点で私が殺してます。」
「はは……冗談好きですね」
「ふふ。」
怖い怖い。なにほんとに。
淡々と目が笑ってないバルバトスさんから繰り出される言葉は、現実味があって、恐ろしかった。
アタシに警戒心が足りなかったことがよくわかる。
あの時点では2人を呼ぶことしか頭になかったが、思慮にかけていたようだ。
だが、バルバトスさんの仮説通り、知られたくないなら扉を開けさせて終わりだ。
知ってしまったのなら殺すことも簡単だろう。恐ろしい話だけど。
「信じてもらえるかは別として私たちはベルゼのことを本当に知らないんだ。……大怪我もしていたし、なぜあそこにいたのか教えて貰えないか?」
「お姉さんが開けた本の中にいた。開けることが出来ない本。でもお姉さんは開けた。」
「えっ!?アタシ!?」
「なあっ!?あの本開けられたのか!?どうやって!!!!」
食い気味に立ち上がるソロモンさん。アタシに聞かれたって分からない。
というか本の中にいたってどういうこと?
相変わらずこの家に来てから話についていけない。
アタシが開いたあの何も書いてない本?あれから出てきたってこと?
「いやどうやって……って普通に開きましたけど……」
「なるほど。さすがに何年も放置され魔力を浴び続けると効果は無いのか。いや、それだと私とエリスの説は当てはまらない。」
アタシの話を聞くと、座り込み考え出すソロモンさん。
呆れたようにバルバトスさんが口を開く。
「あの本はエリス様と当主が永年研究していたものなのです。通称『閉ざされた本』。名前の通り、いかなる手段を用いても読むことが出来ない、そもそも開くことが出来ない。そういう代物なのです。」
「そんなこと言われても普通に開いたとしか……」
「開くか開かないかはさほど問題では無いんです。要は魔力や神力の影響を受けなかった。それが重要だったのです。」
「は、はあ……」
「私はね。とある女の子を助けたいのだよ。」
「女の子……?」
「天羽アリス。強すぎる魔力に苦しむ少女だよ。……私とエリスはそのための研究をしていたんだ。……想像以上の結果だよ。豊華、そしてベルゼ。」
歪んだ笑顔。取り憑かれたような思考。なんだか、覚えがある。
「僕はどうなるの?」
怯えるように言葉を発するベルゼ。
「私の研究に参加してもらう。」
「ちょ、ちょっと!」
利用するかのようなソロモンさんの瞳。先程までと明らかに様子が違う。こんなにも人は豹変するものか?考えてみれば、この人はずっと研究のこととエリスさんの話しかしていない気がする。相当な執着心があるのかもしれない。
少し怖い。だが、そんなことに利用されるのは我慢できない。アタシはたまらず間に入る。
「なんだい?豊華さん。」
「普通に考えてお家に返すのが普通でしょ?研究とかよく分かりませんけど、巻き込むのは違うと思います。」
「本人が本から出てきたと言っているんだが?それにその解釈で言うなら、君が無理やりベルゼを連れ出したことになる。」
「そ、それは……」
「なら、豊華さんを家で雇うというのはどうですか?」
「な、なんでアタシが!!」
「いい案だな。バルバトス。豊華さんも自分の責任を果たせる。それに、私がベルゼを利用することに不快感を感じるなら、君が監視すればいい。悪くない話だろう?」
「くっ……」
アタシは歯を食いしばる。
ベルゼを見るととても不安そうな表情を浮かべている。
やっぱりこんなの間違ってる。アタシはベルゼに目線を合わせると真剣に言葉を発する。
「あなたはどうしたい……?」
「本に……戻れるならなんでもいい。」
「あの人たちに利用されるとしても?」
「いい。利用されるのは……慣れてる」
「そんな考え方ダメだよ。」
「……どうして?」
そんなの決まっている。明らかに嫌がるような顔。過去に背をむけたくなるような怯える瞳。そしてそれを覆い隠すような無関心さ。
そんなものを彼から敏感に感じる。
アタシはこんな顔を見たくない。
きっと本当のベルゼはさっきのご飯を美味しそうに食べる顔だ。
アタシの押しつけなのかもしれない。彼のことは何も知らない。
それでもアタシは見逃すことは出来ない。
「君の……ベルゼの本当の気持ちを教えて。今何したい?この人たちに利用されるのが今の気持ち?」
「違う……。」
「じゃあどうしたい?」
「お姉さんの……料理……また食べてみたい。」
絞り出すようにベルゼはそう呟いた。
そうか。ご飯が本当に好きなんだ。この子は。
何があったか分からない。分かることは本から出てきたという言葉だけ。
でもずっとご飯を我慢して、食べれてこなかったのはよくわかる。
「よし!わかったよ。また作ってあげる。さっき約束したもんね。」
アタシは微笑みながらベルゼに手を差し伸ばす。
ベルゼはようやく安心したような表情で手を取ってくれる。
「……うん。ありがとう。」
その言葉を聞けてよかった。その顔を見れてよかった。
アタシは決心したようにそのままベルゼを立ち上がらせる。そしてベルゼ守るようにソロモンさんの前に立つ。
「だ、そうですよ。この子はアタシが何とかします。責任を取れるような立場ではありませんが、守ることはできます。少なくとも、得体の知れない研究に巻き込まれるよりはマシだとアタシは思ってます。」
アタシはキッパリと言い切った。この決断は間違っていない。そう思う。
「はあ。わかったよ。命の恩人と事を構える気は無いよ。」
頭を抱えたように納得してみせる。偉く簡単に引き下がった。
研究に対する熱意や執着は、この家に来てからずっと感じていたから、驚きだ。
「良かった……分かってくれて」
アタシは安堵するように言葉を漏らすが、被るようにソロモンさんは言葉を返す。
「だが、ベルゼは私とエリスが研究していた本から出てきた存在だ。少しは責任をとらせて欲しい。」
「具体的には……?」
「君とベルゼにこの家をあげよう。もちろん私とバルバトスは出ていくし、家の維持費や食費は私が負担しよう。これぐらいはさせてもらうぞ。」
「……え?」
「良かったですね。これでベルゼさんはいつでも豊華さんの料理を食べられますね。」
「え?」
「やった。……よろしくね。お姉さん。」
「えぇえええええええええっ!?」
あまりにぶっとんだ話にしばらくして、アタシは悲鳴にも似た叫び声を上げた。
何がどうして、何でこんなことに!?
どんどんとんでもないことになっていく。
おかしい。おかしいよね?
掃除して料理作ったら、豪邸手に入って、男の子と暮らすことになりそうです。
誰がこんな話信じるんだよ。