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2章1話 豊華は封印を解く

挿絵(By みてみん)


 昔から、曲がったことが嫌いだった。

 

 アタシには守るべき妹がいた。

 

 だからなのかもしれない。正義の味方みたいな、そういうものに憧れがあった。

 

 憧れていたし、自分はそのために生まれてきたんだと思っていた。

 

 でも成長するにつれて、分かってくる。

 

 いやでも理解した。

 

 妹の生まれ持った才能と、自分には何も無いと。

 

 でも、アタシはきっと、まだ諦めきれていないのかもしれない。

 

 ーーーーーーー。

 

 「げっ!?赤髪の方だ!逃げろ!!!」

 

 「こら!!!また恵実に手を出したら承知しないからな!!?」

 

 いつものように、気弱な妹を助ける。綺麗な桃色髪の女の子。アタシの妹、恵実だ。

 

 可愛らしくて、男勝りなアタシとは違う。

 

 可愛らしいからだろう。いつも男子たちにちょっかいを出される。

 

 「お姉ちゃん、ありがとう。また助けられちゃった。」

 

 「いいんだよ。妹を守るのは当然だろ?……それより、その犬は?」

 

 

 妹の腕には大事そうに小さい犬が抱えられていた。

 

 「この子ね、怪我してたんだよ!私助けようと思って!そしたら、あの子たちにダメなんだーって言われちゃって。」

 

 「そうなんだね。よく助けたね。うちに連れて行って手当しよう。」

 

 「ううん!大丈夫なの!」

 

 「え?」

 

 目の前の小さな子犬。足を怪我して震えている。

 

 捨て犬だろうか。簡素なダンボール箱にタオルと食器が置いてある。

 

 タオルも食器もうちのものによく似ている。どちらとも最近なくしたモノたちだ。

 

 可愛い犬。このまま誰も飼えなければ生きることは難しいだろう。

 

 きっと、恵実は隠れてこの子犬に餌を上げていたんだろう。

 

 捨て犬はいずれ死ぬ。死んでしまえば、魔獣となる危険性がある。

 

 責任持てないのなら助けてはならない。伝え方は少し乱暴だったが、あの男の子たちが恵実にダメと言ったのは何となくわかる。

 

 それでも、怪我ぐらいは治してあげてもいいんじゃないだろうか。

 

 施しはいつまでしてあげられるか分からないけど、アタシも協力しよう。

 

 飼い主を探すことが出来れば、この子を助けられるかもしれない。

 

 アタシは迷うことなく、家に連れていき手当するのが普通だと思った。

 

 でも妹は違った。

 

 恵実は子犬をぎゅっと抱きしめると、全身を青白い光が包む。

 

 「な、なに……!?」

 

 アタシは突然のことに声を荒らげてしまう。

 

 視界をさえぎり、未知への恐怖に後ずさりしてしまう。

 

 光が晴れると、元気に恵実の周りを走り回る子犬の姿があった。

 

 先程まで歩けるような様子じゃなかった。

 

 「天使様がね、私に力をくれるの。この子を助けなさいって……私がするべきことなんだってそう言ってくれたの。」

 

 「……恵……実?」

 

 「お姉ちゃんもそう思うよね!?私にはこの力があるの。この子を助けられる力があるの。私にも力があったの。……私は選ばれたんだよ!!!」

 

 今でも恵実のあの顔は忘れられない。

 

 取り憑かれたような盲目的な思考。

 

 純粋な眩しい笑顔が、アタシは怖かった。

 

 不可能を可能にする祈りの力。

 

 それは天使からの加護であり、この世界において絶対の正しいこと。

 

 それなのに、アタシにはどうしてか違和感があった。

 

 どこか遠くに感じるような、言い知れぬ恐怖。

 

 命を救うことの出来る力。

 

 それを自分の好きなように、自分の周りにだけ使えてしまう選ばれた人間。

 

 天使の加護持ち。

 

 絶対的すぎるその力は、アタシには眩しかった。

 

 ーーーーーーー。

 

 それからすぐに恵実が加護持ちであることは、一瞬で広まった。

 

 男子にちょっかいを出されることも減り、メキメキと恵実は自信つけていった。

 

 妹だけ学費は免除され、将来も約束されていた。

 

 アタシだけが家計を圧迫しているような気持ちに苛まれた。

 

 加護持ちはどんなものも優遇される。

 

 食費から生活費。加護持ちが世帯にいるだけで、グンと生活水準が上がる。

 

 母はアタシに「お金のことは何も心配いらないから、好きな道を見つけなさい」と言ってくれた。だが、瞳の奥にアタシはいない気がした。

 

 

 クラスメイトの家のペットまでも救い始める恵実。

 

 彼女の周りはどんどん幸せになっていく。

 

 アタシもその恩恵を受けているし、姉として誇らしいとも思う。

 

 それでもふとした時に、現実が襲ってくる。

 

 道端に捨てられた子犬。野良となった猫。家を失い公園で寝泊まりする浮浪者。

 

 加護持ちかどうかそれだけで、この世界は格差が生まれる。

 

 もし、今この道を通ったのが、加護持ちである妹だったのなら、手を差し伸べられたのだろう。

 

 もしも、この人たちが加護持ちだったのなら、それだけで世界は大きく変わったのだろう。

 

 そんなことを考え出すと、恐ろしかった。

 

 加護持ちでは無いアタシは何者でも無いのだと、告げられたのだから。

 

 アタシは正義の味方にはなれなかったのだ。

 

 そんな風に思ってしまった。

 

 ーーーーーー。

 

 それからのアタシは自分の出来ることをしようと、精一杯頑張った。

 

 勉強に運動、芸術に音楽、料理に、映像から演劇。とにかく色んなことに挑戦した。たくさんの経験と文化に触れることで心は次第に穏やかになっていき、様々な価値観を身につけられたと思う。

 

 いつお嫁に行っても大丈夫なように家事もできるようにした。

 

 それにアルバイトを始めた。いつまでも恵美の力に頼ってはいけない気がしたからだ。

 

 自分の好きなことや道は自分で切り開く。ひとまずの目標はそれを見つけること。アタシが何をやるべきなのか、何をすることが出来るのか。

 

 そう胸に誓って。

 

 ーーーーーーー。

 

 そんな時だった。

 

 進路も定まらない高校三年のあるとき。

 

 もうすぐ卒業だと言うのに、アタシのやることと言えばバイトと進路相談。

 

 学校側は誰でも働けるようなアルバイト先で就職されるのは、嫌な様子。

 

 かくいうアタシには、加護はなく就活に落ちまくる毎日。

 

 ウンザリする進路相談の後の学校帰り。

 

 とあるおじいさんが怪我をして道端に倒れていた。

 

 和服を着た海外の人だったと思う。白髪で青い瞳をしていた。

 

 教会にすぐさま連絡し、加護持ちの人を呼んだ。

 

 難なく助かって事なきを得た。助かって良かったと思う。加護持ちじゃなくてもできることはある。それでいいんだと今の私は思う。

 

 そんな事があった翌日。市の大金持ちからバイト先のひとつの清掃業者に連絡が入った。

 

 アタシ個人への依頼だそうで、なかなかにきな臭さを感じた。

 

 報酬はかなり多く、かつ、会社にも多く支払われるようだ。

 

 お金持ちの道楽だろうか。ただのアルバイトになんの用があるというのだろう。

 

 アタシは初めは断ったのだが、相手は加護持ちでしかも大金持ち。

 

 アタシ風情が断ることは出来なかった。

 

 先輩や会社の人たちからは絶対にいけと言われ、やむを負えず向かった。

 

 「アルバイトなんだけどな……まあ、報酬は良いみたいだから行くか。」

 

 指定された屋敷に向かう。

 

 大金持ちとは聞いていたが、まさかこれほどとは。

 

 屋敷を目の前にして、思わず固唾を飲んだ。

 

 ほんとにアタシに依頼来たのこれ?

 

 身長を超える大きな門。

 

 外からではまるで中は見えない。木々が生い茂り、水流れるような音が聞こえてくる。

 

 アタシが近づくと自動で扉が開き、中から黒髪の眼鏡をかけた男性が現れる。

 

 執事のような紳士服に身を包み、髪をオールバックにしている。

 

 「お待ちしておりました。真昼豊華様。当主がお待ちです。」

 

 「は、はあ。よ、よろしくお願いします。」

 

 困惑と不安が残る中、アタシは男の人に案内されるように扉をくぐる。

 

 迷いと恐怖はあるが、とても帰れる雰囲気ではない。

 

 「どうぞ。」

 

 促されるままに男性について行く。

 

 池と庭、広大な花畑を抜けようやく室内に入れる。

 

 瓦屋根に縁側。絵に書いたような和風の建物だ。

 

 「あの……私掃除に呼ばれたんですよね?」

 

 「そうですね。その認識で間違いないかと。」

 

 「そ、そうですか。……あはは。ご立派な家ですね。」

 

 「そうですか。」

 

 「あはは。」

 

 あまりにも広大な家にアタシは恐縮している。

 

 なぜだか、沈黙に耐えきれず、普段絶対しないのに話しかけてしまった。

 

 雑談って苦手なんだよな。

 

 無駄に長い廊下。奥へ奥へと進んでいく。襖と木の床。幾重もの扉と部屋を横切り進んでいく。広すぎて落ち着かないって。

 

 視線を移し開け放たれている縁側や窓を見やる。見える景色は別世界だ。本当に家なのこれ?庭に池に離にどうなっているんでしょうね。この家は。

 

 この男の人、使用人の割には無愛想だし。

 

 「執事って言うんですか?アタシ会ったことなくて、いやあ、すごいなあ、あはは。」

 

 「ヒツジ?」

 

 「え?」

 

 「私は悪魔ですよ。」

 

 「は、はあ。」

 

 なんだ今のボケなのか?この人無愛想なりにユーモアを奮っているのか?

 

 「ふっ。あなたは私の髪色を見ても、何もおもわないのですね。」

 

 髪色?ああ、黒いからか。気にしているのかな。

 

 「別に気にしませんよ。アタシも加護持ちじゃないので。そういうの考えるのやめにしたんです。加護持ちは加護持ちだし、魔力強い人は魔力強い人だし、アタシはアタシだし。」

 

 「素敵なお考えだ。エリス様とお友達になれたかもしれませんね。」

 

 なんだか嬉しそうにその名前を口にする執事さん。懐かしそうな雰囲気さえ感じる。

 

 エリス様……?ここの当主の名前だろうか。そのことを質問する前に、大部屋の襖は開かれた。

 

 「ソロモン様、お連れしました。」

 

 「おお、来てくれたか!待ってましたよ。」

 

 大部屋奥の大きな座布団。そこに座っていたのは、昨日助けたおじいさんだった。

 

 和服を着てお年を召しているのに整った顔。こちらの地方の顔つきではないから、よく覚えている。

 

 「あなたは昨日……の?もう怪我は大丈夫ですか?」

 

 「ああ君のおかげですっかりね。……昨日はありがとうね。大きな影の魔獣に襲われてね。君がいなかったら、死んでいたよ。」

 

 「いえいえ。アタシは教会の人を呼んだだけですから。」

 

 「いや。そうでは無いんだ。そこにいるバルバトスはね、未来を予言する力を持つんだ。他にもまあ力はあるんだけど、今はそのことだけ、わかってもらえればいい。」

 

 まるで話が見えてこない。何を言い出すのかと思えば先程案内してくれた男の人を指さしながら話を進める。

 

 「バルバトス……」

 

 授業で聞いたことがある。魔界序列8位の悪魔だったか。数十年前に目撃例があったという。

 

 確か『天羽家』が関与を疑われていたけど、そのあとどうなったんだっけ。英雄の家系ってことで相当大きな話だったはず。

 

 「私は天羽エリス様に召喚され、当主と契約を結んだ悪魔です。」

 

 「そうなんですね。」

 

 にわかには信じ難い話だ。だが、本人がそういうのだから少なくとも、今のアタシにとっては本当になるのかもしれない。

 

 「疑わないんだね。君は。」

 

 「ええ。その時はそのときで。それに、わざわざ呼び出しておいて嘘をつく意味が今は分かりませんから。魔獣がいるなら、悪魔もいます。悪魔も天使も存在すると、言われていますからね。」

 

 「なるほど。そういう考え方なんだね。」

 

 「それでアタシ掃除に来たんですけど、どこを掃除すれば?」

 

 「離の家があるんだ。古い友人のエリスが使っていた工房でね。一緒に魔力の研究をしていた工房なんだが、いつからか魔力が強くなってね。もう何年も放置してるから掃除したいんだけど、とても私では入れないんだよ。」

 

 魔力の研究……?

 

 とても普通に依頼できる内容では無いな。

 

 専門の業者か教会に頼む案件だが、魔力の研究をしていたことを隠したいのか。

 

 まあそもそも汚れたところは、魔力溜まりやすくて加護持ちの人苦手らしいからな。

 

  だからこそ、一般人のアタシがバイトする意味があるわけで。

 

 あれ、でも悪魔なら平気なのでは?

 

 一通り思考していると、ひとつの疑問が生まれる。そのまま質問してみることにした。

 

 「そこの……バルバトスさんでは無理なんですか?悪魔なんですよね。」

 

 「以前は入れたのですが、エリス様が亡くなって以降私も入れなくなってしまって。」

 

 「悪魔でも入れない場所に私が入れるですかね。」

 

 「君なら入れるさ。」

 

 人を見透かしたように微笑む老人。ソロモンといったか。この地方の名前ではない。海外の方だろうか。

 

 考えてみれば、昨日助けた時アタシは名乗っていない。

 

 なんならアルバイト先も教えていない。

 

 それなのにどうしてこの人は、アタシにたどり着くことができたのだろう。

 

 確かに制服は着ていたが、それだけで辿り着けるものか?

 

 この人の話を信じるなら、未来を見る力だったか?その悪魔の力でアタシのことを調べたのだろうか。

 

 考えても無駄な気がした。

 

 疑いはしていない。だが、警戒はしておこうと思った。

 

 多額のお金が支給される時点で、多少の危険はあると思っていた。

 

 まさかこんな秘密を隠し持っていたとは。

 

 そしてそれを初対面のアタシに任せるとは。

 

 どうせ派遣された時点でやるしかないわけなのだが、もう少し探りを入れたい。

 

 「最後に教えてください。なぜアタシなんですか?魔力の研究をしていたこと、ばらすかも知れませんよ?教会の人だって、呼ぶかもしれません。」

 

 「君はそんな事しないだろう?ただ、なぜ選ばれたかわからなければ、『普通』は困惑するのも確かだ。そこが君の美徳とも思えるし、警戒することはとても大切だ。そして何より君には高い順応性がある。……簡単に言えば、君が工房に入ることの出来る唯一の人間だから。それを私が知っているという答えになる。……どうかな?満足していただけたかな?」

 

 全く満足できる回答ではない。

 

 なぜアタシの事をそんなに信頼しているのか、どこまで何を知っているのか答えてくれるかと思ったが、はぐらかされた。

 

 「怪我とかしたら、助けてくれるんですか?」

 

 「そんなことにはなりません。工房と言っても、ただの部屋ですから。」

 

 「でも魔力が強くて二人とも入れないんでしょう?アタシが入れたとして、精神汚染とか……」

 

 「その時は神力で、回復させるよ。」

 

 「そうですか。分かりました。一応やってみます。」

 

 「助かるよ。ありがとう。」

 

 魔力が強すぎるなら、単純な話ソロモンさんの力で払ってしまえばいい。だが、それをしないということは誤って研究材料まで消えてしまうことを危惧しているのだろう。

 

 仕方ない。さっさっと終わらせて、帰るか。

 

 ーーーーーー。

 

 言われた通り、離につき、扉を開けた。

 

 長年放置していたからだろう。ホコリが溜まっている。

 

 ソロモンさんとバルバトスさんは遠くの縁側から見守ってくれている。

 

 「なんだ全然普通に開くし、入れるじゃない。」

 

 中は薄暗く、光はささない。窓もないので、そのまま扉を開けたまま、掃除に取り掛かる。

 

 縁側の方でバルバトスさんとソロモンさんが大はしゃぎでハイタッチしている。

 

 何やってんだあの人たち。

 

  「掃除しちゃって、いいんですよねー!?」

 

 「ああ!!問題ないよー!!!なんか壊しても大丈夫だからねー!!!」

 

 仕方ないさっさとやるか。マスクをつけて、手袋を装着。

 

 今更だけど、私清掃の制服着てこんなお屋敷にいたんだな。場違いにもほどあるな。

 

 

 大きな本棚にびっしりと詰められた本たち。

 

 机には乱雑に資料やら、アクセサリーやら、瓶やらが散乱している。

 

 足元には大きなツボ。

 

 「いかにもな感じだな。」

 

 とりあえず歩けないと始まらない。床に落ちている資料やらは、机へ。

 

 変な形のペンや何に使うんだというようなアクセサリーまで。

 

 机に資料を移すうちにひとつの本へと目線がいった。

 

 この本だけはホコリもかぶらず、新品のように綺麗だ。

 

 タイトルは……『蝿の王』…?

 

 その本の横にはびっしりと書き込まれたメモが置いてある。

 

 『閉ざされた本』。出自は不明。魔力や神力の干渉を受けない。ある意味、理想なソロモンの指輪に近いかもしれない。

 

 ソロモンの指輪……。王様の指輪だっけ。悪魔を従えたとかいう。おとぎ話だったか、そんな話を聞いたことがある。

 

 そういえば、あのおじいさんもソロモンという名前だったな。エリスさんはソロモンさんと一緒に研究をしていたんだよな。

 

 なんで魔力の研究なんてしていたんだろう。

 

 おもむろに本に触れる。

 

 ちょっとだけやってみよう。

 

 ほんとに開かないのかな。

 

 「……えい!!」

 

 いや………。

 

 普通に開けるけど……。

 

 てかこの本、何も書いてないんだが?全ページ真っ白。

 

 もしかして、アタシ、ソロモンさんとバルバトスさんに遊ばれてる?

 

 離れの扉開きません、入れません、本読めません、魔力の研究してますとかいって嘘なんじゃないの?

 

 おい、冗談か?からかわれてるのか?

 

 不思議の空気と異質さに騙されただけなのか!?

 

 いやでもなあ。名前知ってたしなあ。この部屋もいかにもだしなあ。

 

 そんなこと思いながら、ふと部屋を見渡す。

 

 そして、視界の違和感に気がつく。

 

 「ふえっ!?」

 

 部屋の奥に目線をやると、黒髪の男の子が全裸で倒れている。

 

 よく見ると全身傷だらけだ。

 

 「怪我してる……?」

 

 手と足には枷のようなものがついており、身動きが取れないように見える。

 

 さっきまでいなかったよね……?

 

 それより手当が先ね!

 

 アタシは咄嗟に男の子を抱き上げ、外へ運ぶ。

 

 「ちょっと!ふたりとも!!来てください!中に男の子が!!!」

 

 縁側にいる2人を呼ぶために、大声をだす。突然の叫び声に驚いたのか慌てて、こちらへ向かってくる。

 

 「今落ち着ける場所に運ぶからね!」

 

 ぐったりした様子の男の子に話しかけてみる。酷いやつれ具合だ。

 

 「や、やめて。元に戻して。僕は外に出ちゃいけない。」

 

 刹那。少年は瞳をあけ、その深紅の瞳がアタシを捉える。

 

 何ともか細い声でそう言いながら、アタシの服の袖を力無く引っ張る。

 

 一瞬その瞳に吸い込まれそうになるが、ぐ〜という間の抜けた音に意識が戻る。

 

 「お腹空いてるの?」

 

 「空いてない。」

 

 ぐ〜。まただ。また間の抜けた音が聞こえてくる。どう考えても彼のお腹から聞こえてくる。

 

 「空いてるでしょ。色々聞きたいけど、ご飯食べよう。」

 

 一瞬慌てていたアタシだが、冷静さを取り戻す。

 

 どうやら意識はあるようだ。

 

 痩せこけた頬。白い首筋。細い手足。力ない声。腹の虫が訴えかける空腹感。

 

 余程空腹なのだろう。

 

 栄養失調だろうか。年頃の男の子にしては、痩せている。あの離にずっといたのだろうか。

 

 そんなことを分析していると、少年が私をのぞき込む。

 

 「もうちょっと待ってね。ご飯家主にお願いしてみるから。」

 

 

 

 「……食べていいの?」

 

 「聞いてみないとわかんないけどね。無理だったら、うちで食べよう。」

 

 「……いや、そうじゃなくて……」

 

 「ん?」

 

 アタシが少年の物言いにどこか違和感を感じていると、ソロモンさんたちが慌ててやってくる。

 

 

 「なんだ!?その男の子は!?子供を連れてきたのか!?」

 「どうしたんですか、その子?突然の出産ですか?」

 「違いますよ!!!離にいたんですよ!……二人は知らなかったんですか?」

 

 一度疑いの眼差しを向けてみるが、二人は顔を合わせて納得する。

 

 「なるほど。泥棒ですね。」

 「なに!?そうなのか!!捕まえてくれたのか!」

 

 

 「一旦落ち着いてくださいよ……分からないけど、多分泥棒とかではないと思います。……ほら見てください。怪我とかしてて、枷みたいなのもついてて、あとお腹すいてるみたいなんです。だから手当とかご飯とか、お風呂とかお願いできませんか?」

 

 アタシが視線を促し、彼が空腹であることを伝える。さすがに疑いは杞憂だったようだ。何事も無かったかのように、アタシは手当と食事の件をお願いしてみる。

 

 「おおっ!?ほんとだ!話はそのあとということだな!……バルバトス!!風呂と手当だ!あと枷をとってやってくれ!」

 「かしこまりました。行きますよ、少年。」

 「え?どこも痛くないよ?」

 「私はご飯作ってやるからな!まずはゆっくりお湯に浸かるといい!」

 「え?え?え?」

 

 

 

 二人は事情を聞くとすぐ対応してくれた。男の子はバルバトスさんに抱き抱えられ、手当とお風呂へ連れていかれた。

 

 ソロモンさんがご飯も振舞ってくれるらしい。

 

 男の子は終始キョトンとしていた。

 

 テンパっていたのはアタシ達3人だけだ。

 

 ひとまずアタシは離の掃除。

 

 一瞬この男の子を使って、悪い研究でもしているのかと思ったけど、だったらわざわざアタシに見つけさせる意味がわからない。

 

 男の子もソロモンさんやバルバトスさんを怖がる様子もなかったし、ひとまずは様子見だろう。

 

 

 それにしても人助けをして、その人の家でまた人を助けることになるなんてね。

 

 今のアタシはきちんとやれることをできているだろうか。

 

 いけないけない。余計なことを考え出してしまった。

 

 何が何だか分からないけど、とりあえずアタシは掃除します。

 

 それが今、アタシが求められていることだ。

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