1章6話 強欲のアモン
目の前で倒れる男。強欲とか言っていたが、今はそんなことはどうでもいい。
お嬢様に危害を加える悪魔。
「さっさとおかえり願いましょうか。召喚者はどこです?」
「う、うれしいよ。死んだと聞いていたからな。まさか過去の強欲に出会えるとは。だが、俺は貴様なんかとはスケールが違う!……クックックッ。現れよ!我が眷属!72の堕天使たち!!!!」
目の前のアホは何を血迷ったのか天高く声を上げる。
だが、その求めに誰も答えることは無い。
「……?な、なぜ現れない!!!」
「ああ、堕天使ってこれのことですか」
先程倒し正気を取り戻させた加護持ちの人間たち。彼らの様子を魔力を使って映し出す。
「ば……ばかな、全て倒したというのか?」
男は驚いたように口をパクパクさせている。自分の眷属にした人間たちが普通に暮らしているのが、余程驚いたのだろう。
呆れながら映像を消す。
最近の悪魔はアホのようだ。魔力過多で堕天するのなら、その魔力を食ってやればいい。倒す必要もないだろう。
お嬢様のように増え続けてしまい、それを更に制御している魔力とは違って簡単だった。
お嬢様を横目で見るが、再び際限なく魔力が増え続けている。
やはり、ワタクシの仮説は正しいようだ。
「なぜだ……お前はかつての強欲アモンだろ?なんでそんなに強い!!!たかだか、40の眷属しか持たぬ神話の悪魔が!」
「はあ。ワタクシが従えていたのは40の軍団ですよ?それに、先程からわけのわからない話を。さっきからなんの話をされているのですか?神話……?」
「よ、40の軍団だと……?いい加減にしろ!もういい!俺が話しているのは24000年前の話だ!!!」
「ふむ。なるほど。ここと魔界は随分と時間の流れが異なるということですか。」
「……クックックッ。やめだやめだ。アホになる。……取り乱してすまなかったな。間球と魔界の理解すらできぬ愚者に何を言っても無駄か。……だが、これには見覚えがあるだろう?」
男はワタクシの疑問に答えることはなく、魔力を形成すると見覚えのある心臓を見せてくる。
赤黒く未だに脈打つ鼓動。
「……リヴァイアサン」
「そう、リヴァイアサン。かつて貴様が殺せなかった悪魔。……強すぎる神力を持ち天使から追放され、暴走するほどの膨大な魔力が持つが故に悪魔にまで疎まれた『嫉妬の悪魔』!!」
「それをどうするつもりです?」
「こうするのだ!!!!」
男はリヴァイアサンの心臓を丸呑みにする。
「……愚かな。」
そんなことをすれば間違いなく魔力に飲まれるだろう。悪魔にとって魔力の過剰摂取は毒となる。ワタクシがお嬢様と契約できない理由でもある。
まったく、愚かだ。君にはリヴァイアサンの魔力を御せる可能性が微塵もない。
自分の実力も見極められないようなアホはただの低級だ。
そこに甘んじるのも道具に頼るその精神も全てがアホと言える。
君はどうやら、悪魔とは程遠いらしい。
何度だって言おう。愚かだ。
「これで俺は神話の悪魔を超える!!!!貴様を殺すことが出来る!!!そして、さらに人間を、魔力を、手にすることが出来る!!!!この力で俺は神になる!!!全ては魔王様のために!!!!」
男はみるみるうちに魔力を暴走させ、肉体を醜く膨れ上がらせる。
「……24000年か。誰もお前を救えず、悪用される始末か。……今の魔王はとんだアホですね。……ならば、せめてワタクシが殺して差し上げます。……我が友。」
見るに堪えないかつての友の力。
かつてはあんなにも美しかったのに。醜い人間に利用されるどころか同族に利用されてしまうとは。
それも、こんな低俗な悪魔に。膨大なリヴァイアサンの魔力に飲み込まれるような下級な悪魔に。
「なぁ……に……!?なぜ……だ……貴様のような……悪魔に……この力が……!!!!!」
ワタクシは動じることなく中心を貫いた。
魔力の核となるリヴァイアサンの心臓を破壊する。これで魔力暴走が起き彼は息絶えるでしょう。アスタロトが支配する地獄はさぞお辛いことでしょうね。
「ワタクシは彼女を殺せなかったのではない。殺さなかったんだ。……いずれ燃え盛るあのお方が蘇ると信じていたから。」
「あのお方……だと?」
「魔界となり我ら悪魔に魔力を与え続ける『大魔王サタン』。ワタクシとリヴァイアサン、多くの方がお仕えしていた大魔王ですよ。」
「神話のおとぎ話をいつまでも!!!!」
神話のおとぎ話……ですか。そのおとぎ話の力につい先程縋ったのはあなたでしょう。
まあ、いいでしょう。ここは突っ込むのも面倒です。アホにかける時間はあまりないようですしね。
「魔力暴走の波が来る前に教えなさい。あなたの主は誰ですか?今の魔王は誰ですか?」
今にも魔力に飲まれそうな男に視線を合わせ、話しかける。
「……お前が神話の悪魔だって、いい加減認めてやるよ、このザマだしな……だから、聞いて驚けよ。……我が主は……全ての大罪悪魔を殺した『魔王アンリマユ』。真なる盟主だ!!!貴様も再び、殺されるがいいさ!!バアルのように!!!!!」
男は高笑いを続けると、肉塊は灰のように消えていく。
最期まで惨めな男だった。
全ての大罪悪魔を殺した……ですか。
ワタクシがいない間にずいぶん面白いことになってますね。魔界は。
話の流れから見て、ワタクシも殺された1人なんでしょう。まったく面白い話です。
「ここに強欲と色欲が生きていると言うのに。」
それにあのバアルを殺した?サタン亡き今、最強のお方を?バカバカしい話です。本当に。
無駄なことは考えるのを辞めましょう。たかが低級悪魔の世迷言です。ワタクシのことも神話の悪魔とか24000年とか意味のわからない話ばかりでした。
魔王アンリマユ。今のところはただのホラ吹きと認識しておきましょうか。少なくとも今は、確証に至る材料が少なすぎる。
それよりもお嬢様の力の方が余程深刻だ。
ワタクシはお嬢様と、倒れて眠っているアスモデウス、それから怪我をしているケルベロスに近づく。
「終わりましたよ、お嬢様。」
「あ、アモン!!!一色さんとケルベロスが!!!」
「一色は眠っているだけです。ワタクシが運びます。ケルベロスはお嬢様の魔力をすこし流してやってください。回復します。」
「で、でも、私!魔力が!!」
「もう戻ってますよ。魔力。」
「そうか、そうなんだ!わかった!やってみる!!」
ほう、やはり。お嬢様はそうですよね。
襲ってきた悪魔より、戻ってしまった魔力より、目の前の家族が大切ですか。
さすが、ワタクシの主です。
サタンの次にワタクシが選んだ至高のお方だ。
ーーーーーーー。
寝室へ運んだ一色を横にさせ、魔力を奪い取る。
「アモン……?」
「おや、起きてしまいましたか。魔力、奪いますからね。」
「うん……それでいい。」
「あなたの人格は消えますよ?」
「遠に死んでる。今はあさひの人生。ボクは苦しめたから。」
「そうですか。……あちらで、サラに会えるといいですね。」
「ありがとう。……今度は主を守れるといいね。」
「ええ。そのつもりですよ。お元気で。」
「やっぱり君は変わってないよ、『強欲』なままだ。」
「あなたもきっと、同じことをするでしょう?サラのためなら。」
「そうかも……ね。」
魔力を吸い終わると、同時に一色は目を瞑る。
いや、アスモデウスだった一色と言うべきか。
ひとりの人間を愛してしまった愚かな悪魔アスモデウス。
その記憶を持った女一色あさひ。
これからはただの一色あさひだ。
存分にお嬢様に仕えるがいい。
一色は深い眠りについている。しばらくすれば、またうるさい牛に戻るだろう。
ワタクシは部屋を後にした。
ーーーーーーー。
リビングに向かうとケルベロスと眠るお嬢様の姿があった。
「あの時殺さなくて良かったですね。恵実とやらに感謝ですね。」
安心したように眠るお嬢様。
額に触れ、魔力を奪う。そして、指輪を身につけさせる。
天羽アリス。
無限の魔力を有する少女。
ワタクシの主。
どんなに自分の心が痛くても、他者を思いやる少女。
家族に何をされても、学友から虐められても彼女は諦めなかった。
普通の生活への道を。
認められようとする努力を。
どんな状況に陥っても仕返すことはしなかった。
悪魔であるワタクシからの知恵も素直に受けとって、自らの糧とした。
間違えを認められる精神を持ち、他者を思いやる心を忘れない。
だからワタクシは貴方をあるじに選んだんですよ。
「アモン……?」
目を覚ますお嬢様。
「一色に続き起こしてしまいましたか。」
「一色さんは?大丈夫?」
「はい。もう元の姿に戻って眠っていますよ。明日にはうるさい牛に戻ります。」
「ほんと!?よかったあ。」
「はい。」
「アモン。色々ありがとね。助けに来てくれたし、魔力のことも調べてくれて!他にも色々!!いつも……ありがとうって思ってるよ。何もしてあげられないけど。」
お嬢様は顔を真っ赤にして、ワタクシに急いでそう告げてくれる。
先程は一色とケルベロスのことでアタマがいっぱいだったのだろう。無理もない。
だが、ワタクシにちゃんとお礼を言えていないと焦ったのもよく伝わってくる。
本当にお優しい方だ。
「大丈夫です。当然のことをしたまでですよ。それに悪魔は人より感情に敏感です。お嬢様以上にお嬢様のお気持ちを理解しているつもりですよ。」
「そ、それでも!!!ほんとに、ほんとに助かってる!さ、最近私、変にあなたのこと意識しちゃって、ツンケンしてたけど!ちゃんと大好きだから!」
「あ〜はい。分かってますよ。ワタクシに発情してたってことですよね。ウェルカムですよ、ワタクシは。」
「なっ!?ち、違うわー!!!!このスケベ野郎!!!!!」
このあと、お嬢様にありがたいビンタを頂いたことは言うまでもありませんね。いやはや、乙女心は難しい。
「まったく!そういう所なんだから!!もう!!」
とてもご立腹な様子で、可愛らしくその場にあとにされました。
怒っても可愛いなあ。
ーーーーーーー。
それから1ヶ月後。
元気に登校されるお嬢様。魔力が戻り、ワタクシがでち上げった適当な嘘を信じてくれて安心して登校してくれています。
楽しそうに登校するその背中を見送るワタクシと一色、それからケルベロス。
なにやら、お嬢様は復帰後、すぐにお友達ができたそうで。
真昼恵実。まあ、彼女なら問題ないでしょう。超がつくお節介な人間。心もそこそこ綺麗だった。魔獣にも寛容でしたしね。
ワタクシはというと、長い間、学校に行かなかったことで、記憶操作の魔力も薄れてしまい、今は監視をつけているだけ。
加護持ちの彼女がそばにいるのは、安心材料のひとつとなるだろう。
それにワタクシが片っ端からお嬢様に危害を加えるものに制裁を加えたことで、近づくものも減ったようですし。
なにより、恵実といるお嬢様は楽しそうです。
『あのね!私、友達できたの!』とはしゃいで沢山お話してくれた姿は幼い時を想起させるほど、無邪気でした。
恵実は結構お嬢様に話しかけていたんですけどね。交友がないお嬢様にとっては、理解が難しかったのでしょう。
『ずっと、休んでたけど、大丈夫?誰かに意地悪された?私、力になるからね!』
『真昼さんっていつも心配してくれたり、助けてくれたりするけど、どうして?なんでそんなに心配してくれるの?』
『友達だからに決まってるでしょ!頼ってよ!天羽ちゃんなんも悪いことしてないのに、周りがおかしいんだよ?優しいし、努力家だし、わたしも助けてもらってるんだから!』
『えええっ!?友だちなの!?』
『ええええっ!?友達じゃないの!?』
『ちが!とも、とととと、友達になってください!』
『おお、は、はい、よろしく、ね。天羽さん!…じゃ、硬いな。ん〜そしたら、アリス!よろしく!』
『ほわわわわわ!!下の名前!!!!わ、私も恵実って呼ぶね!!!』
あのやりとりはなんとも可愛らしかったですね。よかった。ほんとに良かったと、思います。
ワタクシは保存した初めての友達記念動画を魔力で映し出す。
「うう、よかった!良かったですね!お嬢様!」
最高ですね。この動画。つぎは教室の掃除を手伝うお嬢様に、プリント運ぶのを手伝うお嬢様に、馬鹿な人間に勉強を教えるお嬢様に、何を見ようかなあ。
「魔力の無駄使いやめてください。あとそれ、お嬢様にバレたら怒られますよ。」
「ワン!」
「ほら、ケルベロスも変態クソ野郎がって言ってます。」
「言ってないでしょう!?適当なこと言うな!俺にも見せて!が正解だ!」
「ワンワン!!(お前ら仲良いな)」
「「仲良くない!!」」
変態牛も無事に戻り、ケルベロスもこの通り元気。
お嬢様も楽しく過ごされている。
ひとまずはいいのかもしれない。
こんな日々も。
ーーーーーーー。
お嬢様に調査を命じられたあの日。
お嬢様が魔力を減少させた日の過去からその日までに起きた世界の不可解なこと。
世界全ての場所と時間を権能によって探った結果、ワタクシが目撃したのは、大量の人間の死。
そして加護持ちが悪魔の眷属となる現象。
堕天使はワタクシが回復させ、非業の死を遂げたものはラファエルが治療を施していた。
なんの用かは知らないが、この世界にラファエルとミカエルが来ていた。そして悪魔によって殺された人々を蘇られせていた。
そして、屋敷に戻ってみれば、お嬢様の魔力は元に戻っていた。
つまり、お嬢様の魔力は人間の生死に左右する。
この世界の魔力を全てその身に受けていることがわかった。
つまり、お嬢様が求めている普通の暮らし。
それは人間全てを殺せば、叶えられるということだ。
もちろんそんなことをお嬢様は願わない。
そして優しい彼女はきっと、傷つくことになる。
だからワタクシはこのことを隠した。
マーモインが来たことで、魔力の循環が狂ったと説明したのだ。
嘘であって嘘ではない。
だが、もしお嬢様を守るために人間を殺すことが必要なら。
ワタクシは躊躇うことなく殺すだろう。
それが例え、お嬢様を悲しませる結末になったとしても。
お嬢様のためなら、どんなことだってしてみせる。
ワタクシはアモン。
強欲のアモンなのだから。