1章4話 アモンはお嬢様を守ります
入学式のお嬢様を見送って数分。そろそろでしょうか。
お嬢様と一色は丁度校門前。監視でつけていた使い魔もバレていないようです。
さて、ワタクシも準備にかかるとしましょう。
お嬢様を陰ながら守るため、学校に侵入です。
ワタクシは自分に向けて魔力を解き放ちます。
「ふう、こんなとこでしょうか。」
姿見で姿を確認すると、白の制服に白銀の髪。瞳は赤いままだが、まあここまで変えれば分かるまい。
年齢も悪魔の時より幼く見えるようにした。表情も柔らかい。
魔力は知恵と欲の象徴。このぐらい造作もない。
「では、留守は任せましたよ」
「かしこまりました。アモン様。」
使い魔の一匹、カラスの姿を模したモノに声をかける。
声をかけると目の前のカラスは、漆黒に包まれる。闇が晴れるとカラスは消えている。代わりに黒髪、赤眼、黒の紳士服を身に纏う人物が現れる。
人の姿をかたどった際のワタクシと相違ない姿だ。
「上々ですね。では、失礼。」
「行ってらっしゃいませ。」
ーーーーーー。
使い魔に別れを告げると、通学路の裏通りに瞬間移動します。
ここから表に出れば、自然でしょう。
「ぎゃるるる」
「ま、魔獣め!!!」
ふむ。穏やかじゃない出来事が目の前で起こってますね。
さすが、悪魔のワタクシ。
ありえないトラブルが起きているところに来てしまったようです。
人間の娘と犬の魔獣が戦っていますね。
暗いところには魔力が蓄積されやすい。
大方捨て犬かなにかが、魔力を浴びたことで魔獣化したのでしょう。
相変わらず、人のなすことは醜いですね。
生物を傷つけたくないと動物や花を育てなかったお嬢様とは違いますね。
いやまて。魔獣ならお嬢様の魔力も関係ないですね。
せっかくですから、この犬を手なずけてみますか。
うんうん。お嬢様が喜ぶ姿が目に浮かびます。
「おっと、そろそろ危ないですかね。」
ワタクシがお嬢様のことを考えていると、目の前の娘は瀕死になっています。
よく見たらこの娘、天使の加護持ちですね。
桃色髪に白い制服。相当な神力の持ち主だとわかります。
ふむ。リボンは赤。どうやら、お嬢様と同年代のようですね。
犬も飼いたいですし、この娘も助けた方が良さそうです。
娘に飛びかかる魔獣。膝をつきボロボロの娘。
ワタクシは間に割って入り、魔獣の口に腕を突っ込みます。
「がぁぶる!!」
「大丈夫ですか、そこの人。」
「えっ……!?か、噛まれてるって!!」
慌てるようにワタクシに警告する娘。薄紫の瞳で心配そうに見つめてきます。
「ああ、ワタクシ……我……拙者?……ふむ、僕。……僕は大丈夫ですよ。ここは任せて行ってください。」
完全に決まりましたね。一人称決めておくのを忘れていましたが、まあこれでこの人間も逃げてくれるでしょう。自信ありげな青年を装うことが出来ました。さあ、逃げるがいい娘よ。
「で、できないよ!そんなこと!あなたも新入生でしょ!?」
おっと、そうでした。お嬢様と同じクラスにならないかなと思い、赤のネクタイにしたんでした。これは困りましたね。
姿はごまかせても力は魔力ですからね。ここで使うと少し面倒なことになりますね。
それにしても中々勇気のある娘ですね。この状況で逃げませんか。
「困ったな、逃げてくれません?あんまり力使うところ見られたくなくてですね。」
「足でまといにはならない!大丈夫!2人なら倒せる!」
おっと?この子全然話聞いてくれませんね。仕方ない。物理で何とかしますか。
あんまり痛めつけたくないのですが。襲ってきている以上、仕方ありませんかね。
「なら、力を借りますよ。神力で対応して下さいね。」
「うん!任せて!」
ワタクシは娘に合図を送ると、地面に魔獣を叩きつけます。
「今です!」
「天に仕えし白き衣を纏うもの。我が願い聞き届け、力を授けたまえ。我望むは救済。我望むは安寧。正義の信念を元に、我を守り、悪しきを浄化する刃となれ!」
少女が両手を合わせ祈ると光の剣が形成され、魔獣へと突き刺さる。
魔獣の手足に綺麗に刃が突き刺さると、身動きを封じる枷となる。そらに剣から神力が魔獣をつつみ、魔力を打ち消していく。
相変わらず面倒な祈りが必要で攻撃に向かない力ですね。
自分を守るという前提条件と浄化するという名目が必要ですか。
傷つけれたこと、相手が魔獣であったことそれにより条件を満たすわけですか。
癒しと正義の心、その象徴たる力。
ですが、魔獣の瘴気はみるみるうちに減少しています。
どうやら襲うことはもうできないようですね。
この娘の前で連れ帰る訳にもいきません。諦めてそろそろ学校に行きますか。
「ありがとう!おかげで魔獣倒せたよ!」
娘はニコッとワタクシに笑顔を向けてくれます。
「たまたま通りがかっただけですよ。それに討伐したのは貴方の力です。」
「そ、それでも!1人じゃ厳しかったから。……この魔獣、元の犬には戻れないかな?」
悲しそうにつぶやく娘。彼女も痛めつけようとした訳では無い。自分の責任では無いのに、助けようとしたわけです。身勝手な偽善とも取れますが、まあ嫌いではないです。ですが、ここで嘘をつくほどワタクシは優しくありません。しっかり真実を伝えましょう。
「厳しいでしょう。相当の魔力を浴びています。きっと、辛い思いをしてきたはずです。」
「だよね。……私教会の方に連絡するね。あなたは?」
「そろそろ学校に行こうかなと思います。任せてしまってよろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ。」
「ところで、あなたはなぜこんな所に?」
「あ、えっと……バイト的な?私普通の人より神力強いみたいで。本当は調査だけだったんだけど、たまたま今日見つけちゃって。」
ふと、疑問に思ったことを口にしてしまいました。抑えられないものです。知識の探求というのは。この世界の人間にはあまり詳しくないですからね。
なるほど。加護持ちゆえの宿命ですね。
教会からのお仕事を任されているわけですか。
それにしてもこんな少女に金銭を代償に仕事させるとは。よほど、人手不足か、もしくはこの娘が利用されているか、といったところですかね。まあ、ワタクシには関係ありませんが。
「入学式の日にお仕事とは大変ですね。」
「あはは……でも放っておいたら大変なことになるから。……知っていたのに何もしないって訳にはいかないでしょ?」
「お強いのですね。」
「お姉ちゃんの真似してるだけだよ。きっと、お姉ちゃんなら同じことをする。」
「そうでしたか。すみません、話が長くなりましたね。ワタクシ……僕はこれで失礼しますね。」
「ううん、私こそ。また学校でね。」
ーーーーーー。
娘に別れを告げて、立ち去る。
ようやく通学です。
「あっ……」
「えっ……アモンさん?」
な、なんということでしょう。目の前に一色がいる!目があってしまいました!しかもバレています!!そんな馬鹿な!
「えっと……どちら様ですか?」
「似てる……だけですか。でも同じ匂い……」
なんだこの女!!ワタクシの匂い覚えてるんですか!?気持ち悪!!
なんとか気持ち悪さを顔に出さないよう、会話します。いや、バレるはずは無い。落ち着きましょう。
一色はワタクシに近づくと、クンクンと匂いを嗅いできます。
こいつほんとに人間か?もしワタクシの魔力を嗅ぎ分けているのだとしたら、変態超えて異常だぞ。
お嬢様の周りのことは全て理解しているということか?
「いえ、失礼しました。お嬢様と同じ柔軟剤の香りがしたもので。でも違う女性の匂い……それから獣の匂い?がするので、アモンさんではありませんね。」
まさか、朝お嬢様を抱きしめた時の残り香!?それを嗅ぎ分けたのか!?怖っ。
「えっと……?」
「申し訳ありません。大変失礼いたしました。人違いです。」
「そ、そうですか。それでは僕急ぐので!!」
逃げるようにワタクシはその場を後にしました。
ーーーーーー。
危ない危ない。潜入当日にバレるところでした。
学校の校門につくと、多くの生徒で賑わっている。
おえ、人間が沢山いますね。さすがに神力持っている方が多い。期待、希望、未来、優しさ、愛情、青春。臭い匂いでいっぱいです。
ですが、所詮は人間。中に極上の魔力を持つものが紛れていますね。
すでに使い魔によってワタクシがこの学園の生徒であると、偽りの記憶を植え付けています。これで問題は無いでしょう。
「あ、あの、加護持ちの方ですよね?」
「はい?」
ワタクシが人間の匂いで混乱していると、周りには多くの生徒がいます。
な、なに!?どういうことだ!!
うっ…さっきから気持ち悪いと思ったら、囲まれていたか!
尊敬、愛情、憧れ、嫉妬、憎悪。
なんだ?何故こんなことに。
そ、そうか。この髪の毛か。
白やピンクに近い髪色は加護持ちの証拠でしたか。
なんて単純な世界。髪色だけでここまで評価が決まるなんて。
昔に行った地球では自由に髪色を変えられる技術だってあった。
だが、この世界ではそういった技術が発展しなかった。発展させる必要が無いからだ。
髪色を無理やり変えることは出来ても、神力を使いこなせなければ直ぐにバレる。生まれ持った色を尊重するようになったわけですか。
くだらない風習ですが、中々やります。
現にワタクシを苦しめている訳ですからね。
忘れていたとはいえ、白銀はやりすぎたか。だが、やってしまったとのはしかたない。うまくやり通しましょう。
「え、ええ。どうやらそうみたいなんですが、上手く扱えなくて。」
「素敵です!力が大きすぎるんですね!」
「さすが、加護持ちになれるだけある!」
「レベルがちげえや!」
「卒業生の一色さんもむかしそうだったらしいわよ!」
なんだ、なんだ。どんどん人だかり増えていませんか?
「遅刻遅刻!ちょっと避けて〜!!」
「え……?」
「ほら、行くよ」
困惑し、ただ囲まれるだけのワタクシを先程の娘が助けてくれます。
ワタクシの手を掴むと、そのまま人だかりを避けていきます。
「さすが、加護持ち。さらにもう1人の加護持ちを引き寄せるとは!」
「ベストカップル誕生ですわ!」
なんか変な誤解されているような気がしますが、放っておきましょう。ワタクシはお嬢様一筋です。
ーーーーーー。
「た、助かりました。ありがとうございます。」
「ううん、困ってたみたいだから。それに本当に遅刻しそうだったし!」
「ですね、少し急ぎましょう。」
「あ、まって。名前教えてよ。なんか縁あるみたいだし。」
「これは失礼いたしました。僕は佐藤未来。よろしくお願い致します。」
「私は真昼恵実、よろしくミライ!」
挨拶をそこそこに済ませると、クラスの名簿が張り出された場所に向かいます。
1度教室に行き、それからホールに向かい、式を終えて、教科書を受け取り、終了のようです。
Aクラスに向かい、扉を開ける。
「なっ……」
これは素晴らしい。廊下側の席の1番前。
アリスお嬢様がいるではありませんか!
お嬢様は浮かない顔で下を向いてワタクシには気がついていない様子。
影ながら、お守りいたしますからね。
ーーーーーー。
それからの式はそれほど、長くはありませんでした。
この学園の代表だのなんだののくだらない話を聞き、式を終える。
お嬢様は大変ご立派に出席されていて、本当に素晴らしかった。
ようやく、すこしだけ普通の生活が送れますね、お嬢様。
ワタクシ涙をこらえるのが大変でした。
間道に浸りながら、教科書を受け取っていると、トラブル発生です。
「おっせえなあ!!ちんたら歩いてんじゃねえぞ!!加護持ちでもねえくせに、白服きやがって!」
響き渡る男の罵声。お嬢様を蹴り飛ばす男の姿。倒れ込むお嬢様。
ワタクシの権能『過去と未来』が発動しました。頭に浮かぶ数分先の未来。その映像が見えました。
「くっ!!やはりいたか。」
いると思いましたよ。そういう輩が。
ワタクシは教科書を受け取らず、そのままお嬢様の所へと走る。
恵実と赤茶髪の女性とすれ違うが、構う余裕はない。すぐ近くにお嬢様と蹴り飛ばす男。
「ちょっ!?ミライ!!教科書!!!……ああ、もう!お姉ちゃんこれお願い!」
「あ、おい。急にどうした!」
「先生!その教科書私か代わりに受け取ります!」
「って聞いてないし……ん?なんだあの子転びそうだな」
恵実とやらが、なにかワタクシを呼び止めたようですが、今は無理です。
全速力で男を止めようとしますが、届きません。やはり今回は変えられない未来か。
「おっせえなあ!!ちんたら歩いてんじゃねえぞ!!加護持ちでもねえくせに、白服きやがって!」
「おわっ!?」
「っ!?大丈夫?可愛い子。」
「ちっ……間に合わなかったか。」
倒れ込むお嬢様を支える赤茶髪の女性。近くにいたことで、お嬢様を支えることに成功したらしい。中々に素早い動きでお嬢様に駆け寄ったな。
ワタクシは赤茶髪の女を睨みつけると、蹴り飛ばした男を追いかける。
お嬢様を傷つけることは許さない。殺す。殺してやる。あの人間。
ーーーーーーー。
「うぐっ……な、なんだあんた」
金色の髪に黒い制服。
なるほど、そういうことか。いちおう過去は探ったが、残念な人間だ。
家に大切な家族も守ってくれる友人もいるというのに。自分の努力が正当に評価されないことのみに執着している。
苦しそうに表情を歪ませる男。当然です。喉を締め上げて、壁に押し付けているのですから。
「二度とお嬢様に近づくな。わかったか?」
「な、なんで俺がそんなこと……」
反抗的な瞳。どうやら、警告を無視するようです。
「死にたいのか?なら殺してやろうか。」
怒りが収まらない。これだから人間は嫌いだ。
人目がつかないところに転移したとはいえ、歯止めが効かない。
「ど、どうせ、加護持ちには俺たちの気持ちなんてわか、わかんねえさ!!!」
「ならば、加護持ちに当たればいいでしょう。お嬢様に危害を加えていい理由にはならない。」
「あいつはお、オレと……同じ…金髪だ……!!加護持ちじゃねえのに……ただ、金持ちってだけで白き衣を纏っていた……!!使用人に……付き添いまでされて……お、おかしいだろ!!」
「嫉妬ですか。醜い、実に醜い。分かり合える存在だと思いはしなかったわけですか。同じ人間、同じ髪色なのに。」
「な、何も知らないくせに!!……加護持ち以外は努力しても正当に評価なんて貰えない!!金があるってだけで……親がすごいってだけで……卑怯だろ!!」
醜いですね。喉を締め上げているのに、無理やり話しますか。そこまで、お嬢様に敵意を向けますか。
お嬢様が何も苦労されていないとそう思っているわけか。苦しいのは自分だけだと。
加護持ちが多く生まれる天羽家に生まれたお嬢様がどんな仕打ちを受けたか知らないくせに。
大切な家族や使用人を危険に晒してしまう恐怖を知らないくせに。
それでも前向きに頑張るお嬢様を知らないくせに。
「ひとつ、知識を授けましょうか。」
「は、はあ?」
「黄色や緑系統の色の髪は確かに加護持ちではありません。ですが、神力が少ないという訳では無いのですよ。」
「なにを……いって……!!」
ワタクシはつよく喉を締め上げていきます。
痛みが強くなっていくことでしょう。怒りが湧いてくるでしょう。
「あ……あがっ!?」
「分かりませんか?金髪は特に神力と魔力両方を同等量持つということですよ。……クックックッ。さあ、証明の時間です。」
「ぐっ……ぐ……あああああああっ!!!!」
男の髪の毛はみるみるうちに変色していきます。緑へ青へそして、漆黒へ。
「あ、ああああ、あああっ!?」
男はどうやら自分の変化に気がついたようです。
心地の良い魔力です。
「髪の色は魔力と神力の総量で決まるんです。貴方は加護持ちになれるチャンスを手放した、ということです。」
「そ、そんな……」
ワタクシは手を離し男を解放します。この男にとっては死よりも恐ろしい日々を過ごしてもらいましょう。
男は絶望したように床に倒れます。
悪魔にとって欲望や魔力を引き出させるのは常套手段。本来なら、引き出された魔力を喰らいますが、このまま生きてもらいますか。殺さないこと、感謝してください。
「これからあなたにはさらに厳しい未来が待つことでしょう。偏見に晒され他者を憎むことしか出来なかった貴方の過去を呪ってくださいね。クックックッ。」
もし、この人間が他者の痛みを自分の痛みのように感じられる人間であれば、別の未来があったと言うのに。
まあ、そんな未来あってもたどり着かせる気はありませんけどね。
お嬢様を傷つけたのですから。
こうしてワタクシはお嬢様に害をなす人間を懲らしめていきました。
なんとか怒りを抑えバレることなく、殺さずに一年を過しました。
これからも陰ながらお守りしますからね。お嬢様。