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4章9話 可能性と賭け


 

 お嬢様がアンリマユに取り込まれた。

 

 引き金となったのは、ワタクシが傷ついてしまったこと。

 

 どこからともなく現れたアスタロトは、ワタクシにそう言った。

 

 脱力するワタクシ。泣き叫ぶ一色。

 

 お嬢様はみるみるうちに泥となり、世界を飲み込む悪の化身に変貌した。

 

 

 

 「お嬢様!……お嬢様!!!!」

 

 「……一色さん。今は、逃げましょう。」

 「……クォン」

 

 一色が泣き崩れている。ラファエルと融合した恵実は、一色を抱き上げ飛び立っていく。

 

 悲しそうに耳とシッポを垂れさせて、ケルベロスも着いていく。

 

 「僕たちも逃げた方が良さそうだね。」

 

 「だな。」

 

 「なんとか……できるよね?アリスちゃんのこと。」

 

 「さあな。だが、今は逃げた方がいい。」

 

 豊華が心配そうにお嬢様を見つめるが、ベルゼとべオルに逃げるよう促される。

 

 

 「ようやく、姿を現したか!アンリマユ!」

 

  「アンリマユ……マリス……それはかつての名だ。今の僕は……『アリスマリス』。世界に終焉をもたらすものさ。」


 「パパとママの仇………!!!」


 「フフ、もう、そういう次元じゃないんだよ。」


 ナーヴァは仇を前にし全力の一撃を浴びせるが、泥のような肉体にあっけなく飲み込まれる。

 

 「ククク、ハーハッハッハ!!!」

 

 「ナーヴァああああああ!!!」

 

 目の前でパートナーを飲み込まれた清直は、続くようにアンリマユに飲み込まれる。

 

 邪悪な笑みを見せるアンリマユ。

 

 その姿、声、美しい髪はお嬢様のものだ。

 

 ワタクシは立ち上がり、アンリマユに向かおうとする。

 

 「どこ行く気?」

 

 刹那。肩をアスタロトに掴まれる。ワタクシは無言で振りほどくと、威圧するように言い放つ。

 

 「ワタクシも、あいつの中に入ります。」

 

 「今は逃げた方が賢明だわ。飲み込まれたんじゃ、『かつてのアナタ』と同じじゃない。」

 

 「それでも構いません。ワタクシは再び、飲み込まれて死に、怒りと後悔の中で再び、同じ時間をやり直すだけです。」

 

 「やれるなら、それでいいけど。多分できないわよ。……それにもし権能を使って、時間遡行できるなら、別に飲み込まれなくてもいいはずじゃない?」

 

 さすがに鋭い。なぜだか、前回のように過去に戻れる気が全くしていない。だが、それがどうした。

 

 

 

 「お嬢様をこのままにしておけません。」

 

 「ダメよ。行かせられない。今のアナタを行かせる訳には行かないわ。」

 

 「やる気ですか?」

 

 「それも面白いわね。だけどいい?ワタシ、これでもアナタのこと買ってるの。命を無駄にするのは看過できないわ。……それこそ、アナタの大好きなアリスちゃんもそうなんじゃないかしら。」

 

 「……何か、考えがあるのですか。」

 

 「ワタシを誰だと思ってるの?知識の悪魔よ。頼りなさい。そしてあなたの望む全てを手にして見せなさい。」

 

 「……いいでしょう。1度だけ説得されます。」

 

 誇らしげなアスタロトの言葉に1度だけ折れることにした。

 

 お嬢様をこれ以上、悲しませるのは違うと思ったからだ。

 

 世界はまだ闇に包まれていない。

 

 前回と展開が変わっているのも、確かだ。

 

 アンリマユは自分の魔力に酔いしれ、高笑いを続けている。

 

 一度だけ逃げるとします。

 

 ワタクシは静かに怒りの炎を燃やしながら、アスタロトと共に敗走した。

 

 

 ーーーーーー。

 

 

 教会近くの山奥。ここからなら、周りの状況がよく見える。

 

 膨れ上がる泥の塊。周囲のものを飲み込みながら、巨大化して進んでいる。

 

 泥の中からは堕天使や魔獣が溢れるように形成され、各地で暴れ回っている。

 

 間球が飲み込まれるのは、時間の問題だろう。

 

 

 一番見晴らしのいいところに到着すると、ほかの面々もそこにいた。

 

 どうやら、考えることは一緒らしい。

 

 「状況は?」

 

 山に降り立ったワタクシとアスタロト。降り立ってすぐワタクシは質問する。

 

 「見ての通りだ。」

 「各地で堕天使や魔獣が暴れ回ってるよ。」

 

 べオルとベルゼが答えてくれる。

 

 その様子を見て恵実とラファエルが、前に出てくる。

 

 「途中であの泥に飲み込まれた動物や人はみんな魔人や堕天使、魔獣に姿を変えてた。」

 

 「道中、回復を試みたが、天使の力では厳しい。」

 

 「恐らく悪魔の力で魔力を奪っても厳しいでしょうね。アンリマユの力は、我々の力とは似て非なる。神力であり、魔力。」

 

 アスタロトが、二人の話を聞いて仮説を立てる。つまり被害を受けた者はもう助からないということだ。

 

 お嬢様がいたら、酷く悲しむ場面です。

 

 一色とケルベロスの方に目を向けると、両者ともにテンションが沈んでいた。

 

 当たり前か。主に何も出来なかったんだから。ワタクシも感情的には同じだ。

 

 「あの……ナーヴァちゃんと明星さんは……?」

 

 豊華が話に入りづらそうに、質問してくる。この状況であんな異端者たちを心配するのか、この人間は。

 

 

 「アンリマユに取り込まれました。ナーヴァにとって、アンリマユは仇だったようですから。」

 

 「そうですか……」

 

 悔しそうに顔を伏せる豊華。

 

 「それより、状況を説明して。今何が起きてるの?……一色さんはアリスがあんな風になるなんて、わかってなかった。でもアンタはなにか知ってるんでしょ。」

 

 「君はナーヴァが攻撃してくることも知っているように見えた。あの状況でかなり的確な指示だったと思う。説明して貰えないか。状況を整理して対処しなければならない。このままでは、間球は飲み込まれる。」

 

 「僕たちも君を待っていたんだ。アンリマユとはちょっとした因縁もあるしね。」

 

 「俺らはあいつと戦ったことがある。いい情報を渡せると思うぜ?」

 

 全員ワタクシに視線を集中させ、質問してくる。

 

  何となくアスタロトが、ワタクシを止めた意味がわかってくる。

 

 「いいでしょう。お話します。」

 

 ーーーーーー。

 

 それから、ワタクシはアンリマユがお嬢様の体に住み着いていたこと、アマハネ一族の歴史について話した。

 

 そして、ワタクシが権能で過去と未来を行き来したことも伝えた。

 

 

 「思ったんだけど、その権能あるならアリスが飲み込まれる前に戻ったら良くない?」

 

 恵実が話を聞いた上でそんな提案をしてくる。

 

 「おバカさんね。できるならやっているでしょうに。」

 

 「は!?はあああっ!?何よ!そんな言わなくてもいいじゃん!私も考えてるんですけど!てかアンタは誰なのよ!急に現れて!オカマ悪魔!」

 

 「オホホホホ!ワタシ、昔天使だったし、人間からは女神って言われてたのよ?アナタみたいな、まな板と違ってグラマラスだわ♡」

 

 「だ、だれが、まな板よ!だいたいアンタのそれは胸筋でしょうが!」

 

 「落ち着いて恵実。話を聞かなくなるのは悪い癖だ。……この方は、知識の悪魔アスタロト。地獄を支配する大悪魔さ。大方この中の誰かと知識の契約をして、パスが繋がっていたんだと思う。」

 

 「せいかーい♡流石にラファエルちゃん。24000年前にアモンちゃんと知識の契約したからね。ま、ワタシは時空を越えられなかったから、ちゃーんと24000年過ごしたけどね?」

 

 なるほど。あの時のパスがまだ有効だったのか。それで突然現れたのか。

 

 「いや待ってください。なら、、なんで早くにワタクシと接触してくれなかったのですか?」

 

 「したかったのは山々だったけど。出来なかったのよ。ワタシもこの世界である程度やるべき事が決まっていた。どれだけパスを通じてアナタに声をかけても届かなかった。今この時を除いてね。……それはつまり、以前の世界でもワタシはアナタに接触できていなかったから、ということになる。」

 

 「言っていましたね。そんなこと。」

 

 つまりワタクシが過去の地点に戻れたのは、あの時点で時間遡行を常にしていたから。

 

 アンリマユに飲まれた世界で戻れたのは、過去の行動と矛盾しないと判断されたから。

 

 「恐らくアモンちゃんの権能には観測者が必要よ。思い当たる人いるんじゃない?」

 

 「……アリスお嬢様」

 

 「そう。アナタはこの世界でアリスちゃんと契約を交わした。でも以前の世界では契約を結んでいなかった。なのに、何故かできてしまった。それは、アリスちゃんにとっては、アナタと以前の世界でも契約をしていたと思っていたから。そういうふうに認識していたから。だから観測における矛盾は起きない。」

 

 他のこともそうだ。

 

 ある程度は以前の世界通りに行動したが、あまりにも強くなり、リヴァイアサンの力も得た。

 

 それはお嬢様が知らない話。マーモインが襲ってきた時、お嬢様は倒れている一色とケルベロスを治療しようと必死だった。

 

 ワタクシとマーモインのやり取りを見ていなくても、おかしくはない。

  それに人間であるお嬢様に悪魔の死を観測することはかなり難しい。

 

 以前の世界ではマーモインを殺したが、厳密に言うと魂を地獄に送っただけだ。

 

 今回瀕死の状態で逃がした姿とそこまで相違はなかっただろう。

 

 

 そしてアンリマユに飲まれた世界では、お嬢様の意識は既に消え、ワタクシが過去に行っても知ることは無い。

 

 だが、今は何故か前とは違って、過去に戻れる気がしていない。

 

 それはつまり───────

 

 「お嬢様はまだ……生きてる……?」

 

 「そういうことになるわね。」

 

 「本当ですか……それは」

 

 ようやく項垂れていた一色がこちらの話し合いに参加する。

 

 「元々死んでるなんて思っていませんでした。ただ、ワタクシの権能が使えないことの説明が他にできません。……生きている可能性がグンと上がったのは事実です。」

 

 「それなら……早くとめないと。この世界をお嬢様がみたら、酷く悲しまれます。」

 

 「そう……ですね。」

 

 少しだけ一色の中で希望が生まれたようです。匂いが臭くてたまりませんね。

 

 ワタクシは不器用に笑って見せた。お嬢様を想う気持ちは残念ながら、一緒みたいですから。正直嬉しい場面です。

 

 「がるるる!わん!!(アリス、助ける!悪いやつ、倒す!)」

 

 ケルベロスも調子を取り戻したようです。いつにも増して強気です。

 

 

 

 「あんまり話についていけなかったけど、なんとかなるってことね?」

 

 「そういうことになるわあ。おバカさんには難しかったようね。」

 

 「ぐぬぬぬ……」

 

 「恵実、後でちゃんと教えるから。怒らないで。」

 

 恵実とアスタロトがなにやら言い合いをしつつ、話を進める。

 

 つまりはそういうことだ。

 

 まだ何とかなる。

 

 

 「なんとかなるって言ってもどうすんだよ。アンリマユはバケモンだぜ。」

 

 「あいつは近づく者の精神を汚染する。攻撃はまるで通じない。動きを止めることはできるけど、その間奴の中の悪意に飲まれる。」

 

 べオルとベルゼが釘を指してくる。ワタクシも以前アンリマユと戦ったが、為す術なく負けた。

 

 「やったことありますけど、あんまりいい気分ではなかったです。あ、でもソロモンの指輪ならあいつを抑えられるかも!」

 

 豊華は今回天羽家に持ち込んだソロモンの指輪を翳す。

 

 黄金の指輪がキラリと輝く。

 

 本物だ。間違いなくそうだと確信した。

 

 「これを使ってソロモンさんとバルバトスさんがアンリマユの泥をみるみるうちに小さくしていったんです!」

 

 

 「へえ、それは力になりそうな指輪ね。でも……それより、ワタシはアナタに興味が出たわあ。アナタ面白い権能を持っているのね?」

 

 「え?」

 

 豊華の発言が気になったのか、アスタロトが楽しそうに豊華の顎をクイッと持ち上げる。

 

 どう考えても指輪の力に驚き喜ぶ場面だろうに。全く知識の悪魔こそ馬鹿なのではないでしょうか。

 

 「中立者……?いや、裁く者……?アンリマユとアリスちゃんの戦いに必要な存在だわ♡」

 

 

 

 「アスタロト。僕の豊華だ。」

 「アスタロト。俺の豊華だ。」

 

 「「触るな」」

 

 豊華の顎に触れ続けるアスタロトの手をベルゼとべオルが弾く。

 

 魔界第一位の大魔王に好かれる人間という時点で、普通ではないですね。

 

 「教えてください。アタシ、なにか役にたてますか!!」

 

 べオルとベルゼの威圧に一歩下がったアスタロトだったが、豊華はグイッとアスタロトに近づく。

 

 「聞かせて。アナタにそんなに利点ある事かしら。」

 

 「アリスちゃんとナーヴァちゃん、明星さんを助けたいんです。それから、この世界にはお父さんやお母さんがいます。大切な妹も。アタシにできることがあるなら、なんだってやります。」

 

 「驚いたわね。淀見なく本音で思っているのね?面白いわあ。色々意地悪したくなっちゃうけど、近くの魔王様が怖いので、今はやめておくわ。協力して頂戴。」

 

 「僕は豊華が危険なことをするのは、反対だけど止めても無駄だよね」

 

 「うん!お願い!アンリマユを止めたいの!」

 

 「馬鹿野郎。俺らの主はそういう奴だろ。」

 

 「そうだったね。僕たちも力を貸すよ。」

 

 「ありがとう!2人とも!大好き!」

 

 豊華は呆れている二人を抱き寄せる。

 

 二人とも顔が真っ赤だ。

 

 先代魔王のこんな表情プレミアムでは?

 

 ーーーーーーー。

 

 アスタロトが考えた作戦はこうだ。

 

 まずは核となっているお嬢様を助けることが必須。それが可能なのはお嬢様と直接契約を結んでいるワタクシ。

 

 ただ、闇雲にアンリマユの中に入るのは危険だ。飲み込まれる心配があるし、周りには大勢の魔獣たちがいる。

 

 そこの対処をべオルとベルゼ、ケルベロス、アスタロトが担当する。

 

 豊華はアンリマユの動きを止め、入口を作る役割だ。

 

 ただ、それもアンリマユの力に飲み込まれる心配がある。

 

 そのためにソロモンの指輪を使用し、アンリマユの悪意を受け付けないようにする。

 

 恵実、ラファエル、一色は豊華を守るように立ち回り、適時回復や魔獣や堕天使の討伐をする役割だ。

 

 そして入口を開いたら、ワタクシな突撃し、お嬢様を救出する。

 

 ワタクシと豊華頼みのめちゃくちゃな作戦だが、現状これが最善だ。

 

 チャンスは一度、失敗したら無限に湧く魔獣や堕天使と戦い続けなきゃいけない。

 

 

 「天才的なワタシの知識を持ってしてもここまでしか考えられないわ。どうする?やるの?やらないの?」

 

 

 説明を終えると、全員の視線がこちらに向く。

 

 未知数すぎる作戦。

 

 それでも、賭ける理由しか無かった。

 

 

 「やりましょう。それぞれの理由のために。薄い繋がりの、謎の関係値のワタクシたちが手を組む。悪魔っぽくてむしろ信用できます。ここに契りをかわし、契約を開始する。いいですね?みなさん。」

 

 全員躊躇うことなく承諾した。

 

 

 

 ーーーーーー。

 

 準備を進める中、一色が近づいてくる。

 

 「……あなたはこんな場面でもお強いですね。」

 

 どこか悲しそうに一色が呟いた。

 

 「私はいつも待つことしか、願うことしか、できません。それなのに、あなたは立ち向かい、いつもお嬢様のそばにいます。ちょっと羨ましいです。」

 

 「それがあなたの役割ではないですか。」

 

 「え?」

 

 ワタクシはこれまでの日々を思い返し、そんなことを呟いた。

 

 一色もお嬢様にとって大切な人のひとりだ。

 

 一色はいつも、悩んでいた。何も出来ない自分に無力感を感じていた。

 

 なにかしたいのに、どうしたらいいのか分からない。そんな感じだ。

 

 確かに何も出来ていないのかもしれない。

 

 それでも、ただ寄り添うだけの優しさもあるのではないか。そんなふうに思う。

 

 

 「お嬢様の居場所になっているということです。……忘れないでください。お嬢様にとっての家族にあなたもいることを。」

 

 「……その通りですね。任せましたよ。お嬢様のこと。」

 

 「ええ。ワタクシは───────強欲のアモン。後悔も弱い心も24000年前に置いてきました。今あるのはお嬢様を想う心だけ。どこまでも強欲にお嬢様を求め続けますよ。」

 

 一色がこれ以上心配しないよう、ワタクシに任せられるように言葉を紡ぐ。

 

 「頼もしいですね。期待しています。」

 

 「ガウガウ!!」

 

 「ええ、お任せを。」

 

 一色も、ケルベロスも笑ってくれた。

 

 早く戻ってきてくださいお嬢様。

 

 あなたが求めている世界は、きっともうすぐですよ。

 


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