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4章8話 二人が選んだ道


 

 ナーヴァの目の前に現れた悪魔『マーモイン』。

 

 アンリマユが呼び出した悪魔らしいが、ナーヴァはその悪魔を見て膝をついた。

 

 

 「どうした!?ナーヴァ!しっかりしろ!」

 

 オレは駆け寄り、ナーヴァに肩を貸す。

 

 ひとまず、襲ってくるマーモインから逃げなくては。

 

 だが、ナーヴァは立ち上がるところが、そのまま地面に倒れる。

 

 「お、おい!!戦わないと殺される!無理でも、とにかく逃げよう!」

 

 「無理だよ。戦うなんて。……パパ……なの……あそこにいるのは『私のパパ』なの!!!!!」

 

 ゆっくりと起き上がるナーヴァ。大粒の涙を流して、俺に訴えてくる。

 

 

 「そん……な…。ナーヴァの両親は……アンリマユに殺されたんじゃ……」

 

 「そうだよ!!死んだよ!私の目の前で!!!!」

 

 弾ける涙。配慮にかける言葉だった。

 

 刹那。ナーヴァの強すぎる負の感情が俺の中に流れ込んでくる。

 

 記憶。

 

 両親を失った悲しみの記憶。

 

 それがこのアンリマユの作り出した世界によって、俺に流れてくる。

 

 

 「ぐっ!?」

 

 ーーーーーー。

 

 家族の暖かな温もり。

 

 明るい食卓。

 

 笑顔が絶えない、ありふれた日常。

 

 魔界には似つかわしくないけど、平和で、慎ましく生きていた。

 

 

 たとえ、異端者と言われても、ナーヴァは諦めなかった。

 

 大切に愛をこめて、育ててくれる両親がいるから。

 

 

 強さと勇気を、父から受け継ぎ。

 

 気高さと優しさを、母から受け継ぐ。

 

 

 どこよりも大切な魔界のために、その魔力と神力を拳と剣に変える。

 

 

 それがナーヴァのあるべき姿。

 

 在り方であり、生き方。

 

 そして、大切な居場所。

 

 

 だが、彼女は何一つ守れなかった。

 

 目の前で守られるだけだった。

 

 ただ、一方的に奪われるだけだった。

 

 略奪の世界になった魔界で、アンリマユが支配する魔界で───────ナーヴァは全てを失った。

 

 

 ナーヴァを逃がそうとして、父が斬られた。


 血を流して、ナーヴァに手を伸ばす。


 「逃げ……ろ……ナー…ヴァ」



 「う、うそ……ぱ、パパ……パパ!!!」


 「行ってはダメ!!!あがっ!?」


 かけ出すナーヴァ。後ろで聞こえる悲痛な声。


 振り返った時にはもう遅かった。


 「え……ママ……ママ!?」


 振りかざされた剣。ナーヴァを庇うように母は斬られる。


 父と母は血塗られた手で、ナーヴァの頭を撫でる。


 「かわ……いい、かわ…いい。私たちの子……」


 「どうか…どうか、幸せに……幸せに」


 「いやだ!いやだよ!!!パパ!ママ!!」

 

 止まらない涙を流すナーヴァ。幼い少女にはあまりにも残酷すぎる光景だ。


 「私たちの力……全部、全部。あげるから……」


 「強く、強く、……生き…るんだぞ。」

 

 愛おしそうにナーヴァの頭を撫でる父と母。


 二人がどれだけナーヴァを大切に思っていたか分かる。


 「アンリマユ……!!!!いつか、必ず、貴様を殺す……!!!!」


 ナーヴァの憎悪に満ちた声が響いた。

 

 そして、ナーヴァの体は光り輝き、どこかへと飛び立つ。

 

 父と母から受け取った力を胸に。

 

 『許さない』という憎悪だけを記憶に刻みつけて。

 

 

 ーーーーーーー。

 

 

 意識が一瞬、飛んでいた。

 

 これが、アンリマユの力なのだろう。

 

 朦朧とする意識を覚醒させ、泣きじゃくるナーヴァを背負い、走り出す。

 

 「離して!!!」

 

 「黙って殺されろってのか!?戦えよ!ナーヴァ!お前の両親を死に追いやった仇が目の前にいるんだぞ!?」

 

 「だって……だってえ!!!パパが居るんだもん!戦えないよ!私はパパとは戦えない!」

 

 「それもなにか理由があるかもしれないだろ!?」

 

 追ってくるマーモインの攻撃を避けながら、宛もなく逃げ続ける。

 

 ナーヴァは俺の方の上でジタバタと暴れている。

 

 「無理だよ!あれはもう完全にアンリマユに操られてる!!」

 

 「やってみなきゃ、わかんねえだろ!」

 

 「わかるもん!家族だもん!!!パパはあんな顔しないし、匂いも全然違う!!!それに私に攻撃なんてしてこない!!!」

 

 「だったら、それが答えじゃねえか!!!!」

 

 俺は足を止めて、マーモインに向き直る。

 

 「え?」

 

 「あいつはマーモイン。ナーヴァのパパじゃない。アンリマユの趣味の悪い悪戯だ。」

 

 俺は覚悟を決めると、ナーヴァを下ろし、座らせる。

 

 「で、でも!!!」

 

 「……ナーヴァが出来ないなら、俺がやってやる。」

 

 「……え?」

 

 

 俺は体から魔力を溢れさせて戦闘態勢となる。

 

 魔力を解き放つのなんて久しぶりだ。

 

 前までの俺なら、ビビっていたと思う。

 

 周りから拒絶されるのが怖くて、大切な何かを壊してしまう気がして。

 

 空っぽなりに壊すことに躊躇いがあったからだ。

 

 目の前の悪魔を殺すことは、ナーヴァの何かを壊すことになるかもしれない。

 

 でもきっと、誰かがやらなきゃいけないことだ。

 

 汚れ仕事かもしれない。

 

 でもこのままナーヴァが壊れてしまうぐらいなら、俺が壊す。

 

 ナーヴァはようやく俺にできた大切だから。

 

 

 

 「追いかけっこは、おしめえか?」

 

 「ああ、いい加減趣味の悪い遊びを終わらせようと思ってな。あんたに罪はねえよ。高みの見物決めてるアンリマユが悪い。」

 

 「あっそう?奇遇だな。俺もあんたに恨みはねえよ。ただ、主の命令なんでなァ!!黙って死ねや!!」

 

 まるで型などない荒れた攻撃。

 

 作法もなく、足、拳、頭、体の至る部分を使って雑に攻撃してくる。

 

 トリッキーな戦い方で、攻撃を読むことは難しいが、綺麗じゃない。

 

 ゲスな心が透けて見える。

 

 狙う場所は急所。

 

 気品がなく、力任せだ。

 

 狙ってくる場所が分かれば、最低限のガードで済む。

 

 かくいう俺も、武術を習っていた訳じゃないから、魔力と神力に頼るだけだけどね。

 

 俺は後退して、飛びかかってくるマーモインに魔力を叩き込む。

 

 ガラ空きの腹部に綺麗にヒットする。

 

 うずくまるマーモインだったが、下方からの拳が飛んでくる。

 

 身を翻して避けるが、続けざまに蹴りが飛んでくる。

 

 俺は更に身を翻し避ける。

 

 そのままマーモインは逆足で回し蹴りを放つが、俺は咄嗟に地面に手を付き、足を絡める。

 

 そのまま転がっていくマーモイン。

 

 ガラ空きとなった背中に次は神力を放つ。

 

 光線状の神力はマーモインに直撃。

 

 煙が晴れると、マーモインは血まみれで立っていた。

 

 「ククク……やるじゃねえか。ならこいつはどうだ!?」

 

 マーモインは、自分の体から大きな魔力を解き放つ。

 

 すると、暗闇から無数の堕天使たちが現れる。

 

 「行け!!俺の眷属たちよ!!!!」

 

 

 「ふっ……」

 

 俺はつい笑ってしまう。

 

 

 髪をかきあげ、神力を解放する。

 

 無数の天使たちは動きを止め、攻撃出来ずにいた。

 

 「な……なに!?」

 

 「俺の眷属が俺に攻撃するわけないだろ?……天使たちよ、主を間違えるな。」

 

 俺は語気を強め、天使たちに言葉を放つ。

 

 天使たちは焦ったように、マーモインに突撃する。

 

 「ぐああああああああっ!!!!」

 

 悲痛の声を漏らすマーモイン。無数の天使たちに攻撃され、その姿は見えない。

 

 「随分情けないねえ。マーモイン。」

 

 暗闇からアンリマユが現れると、みるみるうちに天使たちな泥に変わっていく。

 

 「も、申し訳ありません。」

 

 肩で息をしながら、謝罪をするマーモイン。

 

 アンリマユのどこにそんな忠誠を誓う要素があるのだろう。

 

 「もうやめて!パパが傷つくところも……清直が危ない目に遭うのも見てられない!」

 

 ナーヴァはただ、泣き叫ぶのみだ。

 

 「何もしてないやつに口を挟む権利は無いよ。君の答えはつまらなかった。僕は今、清直の答えを楽しんでいるんだ。」

 

 「お前、あんまり趣味が悪いと『俺みたいに』されるぞ?一度善意学んだ方がいいんじゃないか?」

 

 「君と同じにされたら困るよ。僕は君たちとは違って、理に揺らぎがないんだ。……さてもう少し楽しませてもらおうか。」

 

 アンリマユはそう言いながら笑うと、マーモインの肩に触れ魔力を流し込んでいく。

 

 「僕の魔力を分けてあげよう。それからこれは『ヴァラキエルの剣』だ。存分にその力を奮うといい。」

 

 「ぐぉおおおおお!!!!す、素晴らしい力だ!!!!」

 

 あまりの絶大な魔力にマーモインは雄叫びをあげる。

 

 確かに魔力量は上がった。

 

 そして、漆黒に染まった剣を構える。

 

 「あれは……ママの……」

 

 ナーヴァが口をパクパクさせて、驚いている。

 

 どうやら、あれも思い出の品らしい。

 

 全く悪趣味な奴だ。

 

 一度善意を学んだ方がいいと思ったが、奴ならそれすらも悪に利用しそうだ。

 

 

 「これで貴様を殺す!!!!」

 

 大ぷりな一撃。

 

 避けるのは容易かった。

 

 いくら魔力を高めても、マーモインの戦い方は理解している。

 

 恐れることは無い。

 

 オレは斬撃を避けると、マーモインの顔面に拳を叩き込む。

 

 だが、拳はマーモインの顔にめり込み、すり抜けてしまう。

 

 「何っ!?」

 

 あっけなく背後を取られた俺は、避ける間もなく斬撃を喰らう。

 

 「ぐっ!?」

 

 「清直!!!!」

 

 ナーヴァの泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

 俺のために泣いてくれるのか。

 

 悪くないかもな。

 

 「これで終わりだああああ!!」

 

 刹那。

 

 俺を貫こうとした剣をナーヴァが止める。

 

 「……やめてって言ったじゃん。」

 

 ナーヴァはマーモインの腕を掴み、ひねる。

 

 「あぐっ!?」

 

 そのまま引き寄せて、腹部に蹴りをお見舞いする。

 

 「武器を使うと、守りが浅くなる。それにリーチが長いのは利点だけど、掴まれたらただの弱点。」

 

 前傾姿勢となるマーモイン。続けざまに背中を殴打する。

 

 「身を守るために、効率のいい動き方を先人たちは研究した。パパは武術を。ママは剣術を。………二人とも綺麗だった!!!!」

 

 手放した剣を手早く拾うと、マーモインの胸に剣を突き刺す。

 

 

 「あなたはパパじゃない。」

 

 「ぐ……がっ!?」

 

 「パパはあの時、わたしに全部をくれた。あなたはただの器。外側だけ。……パパは絶対武器を使わない。……それに、私の嫌がることは絶対しない。」

 

 あれだけ迷っていたナーヴァ。

 

 いとも簡単に迷いを断ち切った。

 

 アンリマユの傀儡となったマーモインは、それほどまでに精度が低かったのだろう。

 

 誰よりもナーヴァを大切にしていた父親の姿は、そこにはなかったということだ。

 

 誇りも尊厳も、全て捻じ曲げて肉体だけを操っていた。

 

 大切なものは全てナーヴァが受け継いでいたのだ。

 

 

 「……強くなったな。ナーヴァ。」

 

 「……うん。パパとママのおかげ。」

 

 光に包まれるマーモイン。

 

 ナーヴァにもたれ掛かりながら、最期の言葉を呟く。

 

 「嬉しいよ。……幸せにな。俺たちの……ナーヴァ。」

 

 「私……進むね。」

 

 ナーヴァは剣を引き抜く。

 

 マーモインは最期に安らかに笑った。

 

 刹那、光の粒となって姿を消す。

 

 「清直!!大丈夫!?」

 

 ナーヴァは倒れている俺に駆け寄り、抱きしめてくれる。

 

 「なんとか……ね。」

 

 マーモインから受けた傷は浅かった。どちらかと言うと、魔力と神力の使い過ぎだ。

 

 

 「陳腐な幕引きだね。結局、幕をおろしたのは君かあ。ウジウジ泣いて、大切な人が傷ついてからしか動けない。君は何も変わってないよ。」

 

 「それでいいのさ。」

 

 俺はナーヴァに支えてもらいながら立ち上がる。

 

 「俺達にはそれが許されてる。……間違うことも、迷うことも、認めることも、進むことも。それが俺たちの答えだ。」

 

 「ただの優柔不断じゃないか。」

 

 「なんと言われてもいい。私を受け入れて、進ませてくれる清直がいる。見えなくなる大切を、教えてくれる。」

 

 「なら、聞こうか。君たちの答えを。」

 

 「私はあなたを倒して、未来に進む。これは復讐じゃなくて、未来の魔界のために。」

 

 「俺はこの世界のために、ナーヴァのために、戦う。今を必死に生きるために。」

 

 

 「……くだらない。なんの答えにもなってない。僕を殺すには世界を滅ぼす以外ないんだよ!!!諦めるか抗うかそれだけなんだよ!!!」

 

 「それ以外の答えを見つける!!!!それが俺たちハザマに許された特権だ!」

 

 俺とナーヴァは手を繋いでアンリマユに向き合う。

 

 アンリマユは泥を溢れさせ、力を解き放つ。

 

 「ならやってみろよ!!!!僕を楽しませてよ!!!」

 

 

 刹那。俺とナーヴァは暗闇の世界から外の世界へと放り出される。

 

 突如広がる青い空。

 

 俺たちは地面目掛けて落ちていく。

 

 

 「戻ろう!ナーヴァ!!!」

 

 「うん!!!」

 

 俺とナーヴァは手を繋ぎ、微笑み合う。

 

 ナーヴァの白い翼が目の前に広がり、俺も自分の翼を生やす。

 

 ゆっくりと落ちていく。

 

 世界はこんなにも自由だ。

 

 

 「やっとスッキリできた!」

 

 「復讐はもういいのか?」

 

 「うん!パパとママはそんなこと望んでなかったって思い出したから!」

 

 「この先はどうするの?」

 

 「復讐は辞めるけど、やっぱりあいつは倒す!私のように苦しめられている誰かがいると思うから!」

 

 「いいね!」

 

 ナーヴァは晴れやかな表情をしている。

 

 これが彼女本来の素顔なんだろう。

 

 何にも縛られることがなく、可愛らしい。

 

 でも、誇りと信念を確かに感じる。

 

 

 「清直はどうするの?この戦いが終わったら!」

 

 「もう少しだけこの世界で生きてみることにするよ。」

 

 「……そっか。うん、いいね。」

 

 「ナーヴァは?」

 

 「私はやっぱり、魔界に戻るよ。清直と離れるのは寂しいけど、きっと、魔界にも困ってる悪魔いるはずだから」

 

 「君にしか出来ないことだね。」

 

 「……うん。」

 

 すこし寂しそうに笑うナーヴァ。俺はそっとナーヴァの頬に触れる。

 

 「この世界には残るけど、ナーヴァの隣は譲るつもりは無いよ。」

 

 「……え?」

 

 

 俺はナーヴァに優しくキスをする。

 

 頬を真っ赤に染めるナーヴァ。

 

 「必ず迎えに行く。いつか、君に誇れる俺になれた時に。……だから待ってて。」

 

 「うん。約束だよ?……あんまり遅かったら、迎えに行っちゃうんだから。」

 

 「……!?」

 

 ナーヴァは嬉しそうに微笑むと、今度はナーヴァの方からキスをされる。

 

 俺は一瞬驚くが、そのまま受け入れ、抱きしめた。

 

 これは誓いだ。

 

 

 

 俺たちが歩む道の。

 

 いつか交差する俺たちが選んだ道だ。

 

 

挿絵(By みてみん)

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