4章7話 ナーヴァと清直
豊華とベルゼの護衛中、天使ミカエルに襲われた。
私は何も出来なかったけど、駆けつけたベオルのおかけで、何とかなった。
新たに清直、恵実、ベオル、ラファエルを加えて、『天羽アリス』の元へ。
「清直!来てくれたんだね!」
「遅くなったけどね。」
「ううん!そんなことないよ!来てくれて、嬉しかった!」
私は嬉しさのあまり、清直に抱きつく。
もう会えないと思っていたから、とても嬉しい。
私はどうしても、この人に甘えてしまう。
「また一緒にいてもいいかな?」
「いいの……?」
「君の復讐を、最後まで見届けさせて欲しい。」
「……また傷ついちゃうかもしれないよ?怖いことも沢山あるよ?……清直が無理に私に付き合う必要なんて、ないんだよ?」
「……それでも、君のそばにいたい。大切だから。」
「……わかった。わたしは清直とまだ一緒にいれて、嬉しいよ。」
「俺もだ。」
清直は真っ直ぐ私を見つめ、そう言ってくれる。だから、私も素直に答えた。
先程の出来事が少しだけ過ぎる。
大切なものを失って、どうしようもなくなったミカエル。
私もきっと、同じなのかもしれない。
記憶は失っている。
それでもどこかで感じている。
誰かを許さないという感情。
憎しみの中で、後悔と怒りが混じりあって、もう大切なものを失いたくないと思っている。
だから、大切なものを手放してはいけない気がする。
一度は拒絶した。彼をこれ以上、傷つけたくなかったから。巻き込みたくなかったから。
私は清直が大好きで、甘えてしまうから。
何も気にせず、二人で歩いていく未来を想像してしまったから。
もう本当に、私の中で大切なんだと思う。
だって。
清直が来てくれて、間違いなく嬉しくて。
この温もりが落ち着くから。
これが大切でないのなら、きっとこの世界に大切なんて存在しないから。
だから、私はこの時間を『大切』にしようと誓った。
ーーーーーーー。
なのに、またあいつは現れた。
忘れもしない災厄の悪魔。
「……アンリ……マユ……」
口をついて出た言葉。
目の前に映る少女は紛れもなく、私の復讐相手───────魔王アンリマユだ。
忘れもしない。あの金髪と緑の瞳。
今の今まで、記憶を失っていたことに酷く怒りが湧いてくる。
とめどない怒りの連鎖。
ドロドロとした負の感情。
憎しみに身を焦がし、私の魔力は暴走を始める。
「ナーヴァ!!!」
魔力を溢れさせる私を清直が止めに入る。
「どいて。わたしは全部、思い出した。そこの女がアンリマユ。わたしのパパとママを殺した魔王!!!」
「な、何馬鹿なこと言ってるんだ!あの子は天羽アリス!指輪を渡さないといけない子だ!」
「うるさい!!!!」
私の魔力に清直は吹っ飛ぶ。
「止めるぞ!べオル!アモン!ラファエル!」
ベルゼ、べオル、アモン、恵実と融合したラファエルが戦闘態勢となる。
私にはアンリマユしか見えない。
「いえ。待ってください。あの方はワタクシにお任せを。ラファエルさんはいつでも回復ができるように退避を。べオルさんとベルゼさんは豊華さんと牛、お嬢様をお願いします。」
「わ、わかったよ。ほんとに大丈夫なんだね?」
「ええ。お任せを。」
アモンは自信ありげに言ってみせる。ラファエルは一歩引くと、様子を見るようだ。
舐められたものだ。魔王でも私の前に立ち塞がるなら、殺す。
「てめえひとりで何とかできるタマかよ。」
「そうだよ。侮らない方がいい。あの子にバルバトスがやられたんだ。君じゃ勝てない。」
納得できない様子でベルゼとベオルが残る。
「あの時のワタクシと同じにしないでください。」
アモンは私に向かって突撃してくる。
魔界で昔に見た時より、数百倍濃厚な魔力が放出される。
「これは……」
「ここであなたを止めてみせます。」
「おいおい。マジかよ。アモンからサタンやリヴァイアサンの魔力を感じるぞ。」
「下手をしたら、全盛期の僕たちよりも強いかもね。」
呆気にとられるベオルとベルゼ。
アモンは拳を繰り出してくる。
想像を超えるスピードに怯む。
剣を形成し応戦するが、残像を切りつけていた。
刹那。頸部に痛みが走り、地面に叩きつけられる。
四つん這いになり痛みに耐えていると、続け様に背中目掛けて拳が飛んでくる。
地面を抉るように体がめり込み、私は魔力は爆発させて回避する。
回避したのも束の間、気がつくと私は水の中にいた。訳も分からず、混乱する。
「み、水!?」
突然の水中に身動きが取れないでいると、死角からアモンの手が飛んでくる。クビを掴まれ、空高く吹き飛ばされる。
ようやく外の空気を吸える。
そのまま体勢を立て直そうと翼を生やすが、目の前に火球が飛んできて、直撃する。
「あああああああああっ!!!」
息をする間もない連続攻撃。なんとか炎から抜け出し地面に着地。疲労で肩で呼吸を整える。
顔を上げると、アモンの深紅の瞳が私を睨む。
驚く暇もなく、頭部を足で踏みつけられる。遅れるように膨大な魔力が流れ込んできて、魔力の圧で叩きつけられている。
「ぐっ!!!!!邪魔をするなああああ!!!!」
私は怒りのまま立ち上がる。目の前に仇がいるのに、邪魔をされた。
あと少しなのに!!!
パパとママを苦しめた元凶を殺せるのに!!!!
「しぶといですね。流石に復讐の炎は鎮火できませんか。」
「もうやめてくれ……ナーヴァ、死んじゃうよ!!!」
「残念ながら、やめる訳には行きません。ワタクシはワタクシの主を守らないといけないのです。」
清直が涙を流しながら、アモンに訴えかけるが、アモンは聞く耳を持たない。
「裏切り者の魔王が……!!!」
「なんとでも言ってください。あなたの言うアンリマユはアリスお嬢様ではありませんので。」
「そんなことはない!!!なら、その女の魔力はなんだ!!!そんなに醜くて人であるはずがない!!!」
「それはあなたも同じでしょう?堕天使と魔人の子よ!」
私はもう一度、アモンに突撃する。今度は全力で、魔力を爆発させる。
あの時のような強大な力を出し尽くす。
アモンは私の腕を掴んで、私を抑えようとする。
なら、そのまま、押し倒してやる。
「ぐっ!?……ばかな!!こ、こんな……この力は……!!!『傲慢』!?」
「ぐがぁああああああっ!!!!!」
「しまっ…………!!?」
アモンの力を制し、体勢を崩させる。
怯んだ隙を狙って、私はアンリマユに剣を向ける。
「次はお前だ!アンリマユ!パパとママの仇!!!」
刹那。また目の前にアモンが現れ、剣がアモンの体に突き刺さる。
「ぐっ………」
苦悶の表情を浮かべるアモン。こいつ、どこまで私の邪魔をする気だ。
だが、もうこれでさすがに、動けないだろう。
切りつけた部分から血が流れ、傷の回復に時間を要しているようだ。
「あ、アモン……アモン……?」
アンリマユは絶望した表情で吐血するアモンを見つめる。
「お、お嬢様……これぐらい平気ですよ。」
「いや……いや…いや………いやあああああああああ!!!!!」
狂ったように泣き叫ぶアンリマユ。
「お、お嬢様⋯⋯ワタクシは無事です⋯⋯お嬢様⋯⋯?」
唖然とするアモン。アモンが困惑するほど、アンリマユは絶望しているのだろうか。
少しだけ、幸福感が襲ってくる。でもまだだ、まだ足りない。まど復讐は終わらない。
アンリマユの全身から泥のような魔力が溢れ出し、包んでいく。
膨張し、泥の肉片が巨大化する。
泥に包まれたアンリマユはみるみるうちに大きく膨れ上がっていく。
「そんな……ばかな……ワタクシは生きております!お嬢様!!!!」
必死にアンリマユに話しかけるアモン。泥に向かって惨めだ。
「アモンちゃん。諦めなさい。今の彼女にはその言葉は届かないわ。」
「お前……アスタロト!!!教えてください!!今お嬢様に何が起きているのかを!!」
突如現れた悪魔に興奮気味で話しかけるアモン。
私にとってはどうでもいい。
アリスだろうと、アンリマユだろうと、私にとっては仇。
だが、アモンは納得できないようだ。
「貴方はアリスちゃんにとって、最強すぎたのよ。…⋯貴方が傷つけられる姿は何よりも残酷よ」
「お嬢様がアンリマユに飲まれるのは⋯⋯ワタクシが死ぬことではなく───────傷つけられること⋯⋯?」
「そうなるわね。」
どうやら、アモンは戦う気力を無くしたらしく、アスタロトと呼ばれた悪魔に連れられ消えていく。
気がくと、ベルゼやべオル、他の人たちも消えていた。
どうやらこれで、心置き無く戦える。
ようやくこの日がやってきた。
復讐を果たすときが。
溢れ出る魔力は化け物だ。だが、そんなの今はどうでもいい。私は復讐を果たすだけだ。
「今の僕は……『アリスマリス』。世界に終焉をもたらすものさ。」
「パパとママの仇………!!!!」
「フフ、もう、そういう次元じゃないんだよ。」
だが、呆気なくアンリマユの魔力に飲み込まれる。
私の攻撃なんて、通じなかった。
目の前を闇が遮り、飲み込まれる。
終焉の世界。
醜い魔力が世界に広がり、自分の意識なんて簡単に飲み込まれた。
「ナーヴァあああああああ!!」
最後に清直の声が聞こえた気がした。
ーーーーーーーー。
「いっ……た……」
何も見えない暗闇の世界。
私の体はそこにあった。
全身から神力を解放し、周囲を照らす。
一瞬周りが見えるが、すぐさま神力は消失する。
「飲み込まれた……?」
次にわたしは魔力を解放してみる。
数秒と持たず、闇の世界に取り込まれる。
「なにこれ」
どうやら、この世界では神力も魔力も、意味をなさないらしい。
「困ったな……アンリマユに取り込まれちゃったか。」
復讐を果たすどころか簡単に取り込まれてしまった。
だけど、記憶のどこかで『前回よりはまだなんとかなる』って思っている。
『前回』が何を指し示すのかそれはわからない。
それでも、私はまだ死んでいないし、力も残っている。
飲み込まれた時、近くには誰もいなかった。
もしかしたら、内部と外で攻撃が出来るかもしれない。
今できることをしよう。
私は神力、魔力を交互に切り替えて僅かな光を頼りに闇の中を進んでいく。
どこまでも何も無い空間が拡がっていた。
だが、一通り歩いたところで、眩しい光が突然迸る。
「うぐっ!?」
「ナーヴァ!?もしかして、ナーヴァか!?」
聞き馴染みのある声。
そして落ち着く香り。
見えなくてもよくわかる。
清直が近くにいる。
「清直!?どうしてここに……」
「ナーヴァが飲み込まれたから、追いかけてきたんだよ。」
優しく暗闇の中で抱きしめられる。
心地の良い温もり。
心がスーッと暖かくなる。
少しだけ視界が良くなった気がして、顔を見上げる。
そこには笑顔の清直がいた。
「み……見える。清直だあ!」
「うん。見つけたよ。ナーヴァ。」
張り詰めていた緊張が抜けて脱力する。相当力も使ったようだ。
涙が溢れてくる。
どうやら、心細かったようだ。
ーーーーーー。
少し落ち着いてから、清直とわたしは出口を目指すことにした。
何故か清直の近くに居ると周りが少しだけ明るくなる。
闇が清直から逃げていくようだった。
「……記憶戻ったんだよね。」
「う、うん。」
歩きながら、清直と話す。
「やることは変わらない?」
「私はアンリマユを殺す」
「そう……なら、天羽アリスはどうするの?」
「私にとっては、同じ。あの姿でアンリマユは現れた。」
「もしそれが、アンリマユの策略だったら?」
「策略……?」
「アリスがアンリマユに利用されていたらってこと。」
「それは……」
「あの人、アモンって言う人に相当好かれていたよ。メイドの一色さんもずっと、お嬢様って、叫び続けてた。」
「……っ」
「もう一度聞くよ。ナーヴァの復讐相手は誰?」
「……アンリマユ」
「だね。」
「私……酷いことした?」
「どうだろうね。でも巻き込んじゃいけない人も巻き込んだのは確かだよ。」
「どうしよう……」
「俺はナーヴァの味方だよ。アンリマユに強い憎しみがあることも知ってる。」
「でも……」
「まずは謝るところから始める。考えるのは、それからでもいいんじゃない?ミカエルにはそういったでしょ?」
「うん。そうだね。」
どうやったって分かり合えないことがきっとある。
すれ違ったり、勘違いしたり。
取り返しのつかないことをしたり、大切なものを失ったり。
それでも、少し歩みを寄せることは出来るのかもしれない。
私には、信じてくれる人がいるから。
罪だと言うなら、償おう。
それでも私は復讐を辞めるつもりは無い。
わたしは強く清直の手を握った。
ーーーーーーーーー。
しばらく歩き続けていると、動物の唸る声が聞こえてくる。
「ナーヴァ、魔獣だ。戦える?」
「う、うん。でも清直を守れないかも。」
「俺は、大丈夫だよ。」
「え?」
「この空間に入ってから色々思い出してきたから。」
「何を?」
「自分のことを。」
「……?」
「始めようか。そば離れないでね。」
「うん!!」
清直が大丈夫というなら、大丈夫なんだろう。
この空間に入ってから、彼はなんだか落ち着いている。
いやもっと前から。
そんな気がする。
わたしは切り替えて、戦闘態勢をとる。
目の前には赤い瞳を輝かせる魔獣が何十体も唸り声をあげていた。
「がるるるる……」
「グルルルル……」
わたしと清直が一歩を踏み出すと、魔獣は大きな声をあげて飛び上がる。
私はそのまま飛び上がり、順番に蹴り落としていく。
腹部に一撃入れて怯ませ、頭を叩く。
いとも簡単に倒せていける。
清直から離れると視界が悪くなるので、適時清直の元に戻りながら戦う。
清直はというと、近づいてくる魔獣を軽くあしらっている。
神力を纏わせて全て一撃で仕留めていた。
「そうか!神力がいいんだね!」
「そうみたい。やってみて」
「わかった!!!」
私は清直のように攻撃する箇所に神力を纏わせて、魔獣に攻撃していく。
先程よりも効率よく魔獣を倒せていける。
「これならいける!!!!」
ーーーーーーーー。
どれくらい時間が経っただろうか。
気がつくと、立ち塞がっていた魔獣は全て消失していた。
流石に疲れて、二人とも座り込む。
「何とか倒せたね。」
「なんとかな。」
「それにしても、清直戦えたんだね。」
「元々天使だったみたいだから」
「そうなの?」
「この空間に入った時に、魂の記憶を見たんだ。あんまり自分って感じはしなかったけど。自分が間球にきた意味みたいなものはわかったよ。」
「間球に来た意味?」
「罪へ償うためさ。俺はたくさんの天使を巻き込んで神に戦いを挑んだ。そして最期は妹に殺された。」
「それは……辛かった……ね」
私はなんと声をかけたらいいのか分からずそんな言葉をかけた。
家族に愛されていた私には理解に苦しむ内容だったからだ。
私なりに理解しようとするなら、妹さんは清直の事を愛していたからこそ、その命を奪ったのかもしれない。
そんな妄想しか出来なかった。
「辛くは無いさ。ただの奢りだよ。自分はそういう存在だ。世界を変えられるんだって疑わなかった。物事の外側しか見ていなかったのにね。……悔しいけど、間球に来て世界の見え方は変わったよ。持つものと持たざる者。奪われるもの、何も持っていないもの、当たり前の幸せ、幸福な家族。……大切なものを何一つ見ていなかったんだって、思い知らされたよ。」
「気がつけたんなら、まだ何とかなるよ。私もそばにいる。私の復讐を見届けてくれる代わりに私は清直のことを想うよ。……だって、清直は全部失った私の居場所になってくれたから。」
「そう言ってくれると、救われるよ。オレは君にいくつも大切なものを貰った。だから、俺は君の大切になれるように生きていこうと思う。」
「うん。……なんだか素敵だと思う。私もそういうの見つけられるように、頑張るよ。」
きっとそんなものはまだ見つけられない。
先に進んで行く清直に、少しだけ疎外感を感じた。
私には今復讐しか残っていない。
それでも、清直は待っていてくれるのだろうか。
また私の居場所になって受け入れてくれるだろうか。
ーーーーーーー。
「ブラボー!!!!楽しい談笑は終わったかな?」
突如、闇の世界に薄気味悪い声が響き渡る。
「アンリマユ!!!!」
私は立ち上がり、怒りを露わにする。
やはり私の中に残り続けている。
この復讐心。
これをどうにかしないと、わたしは先に進めない気がする。
「いいねえ……!非常に甘美な憎しみだあ。」
「アンリマユ!!殺す!!!!」
「アッハハハハハ!!!」
挑発するように目の前に現れるアンリマユ。
姿は先程の少女より醜くなっている。
黒く染った肌に深紅の瞳。
泥にまみれて、不快感しかない。
「アンリマユ!!!パパとママの仇!!!!」
私は剣を生成するとアンリマユを斬りつける。
だが、直ぐに再生してしまう。
「なっ……!?」
「アッハハハ!!無駄だってえ。学ばないなあ。それに僕はアリスマリスって言ってるだろう?見てよ!この体!!すごく綺麗でしょう?世界を愛してやまないアリスがせかいを壊す!!!最っ高じゃないか!!!!」
狂ったように笑うアンリマユ。
清直の言う通り、アリスは利用されているのかもしれない。
「ぐっ!!!!!」
私はもう一度怒りに任せて、剣を振り下ろす。
今度は跡形もなくなるように、細かく切りつけて、最後に魔力で粉砕する。
「無駄だよお〜!僕は秩序にして、根源。原初にして終焉。君たち『ハザマ』じゃあ届かないんだよ。」
「うるさい!!!黙れ黙れ黙れ!!!!」
何度切りつけても、魔力を浴びせても、神力を使っても再生される。
「そんなに僕を殺したいのかあ〜」
「ぐっ!!!!」
怒りが溢れてくる。抑えようもない憎しみが込み上げてくる。
「落ち着こう。ナーヴァ。」
「えっ……」
不意に両肩を叩かれ、頭が真っ白になる。
だが、再び、目の前のアンリマユを視界に入れると、怒りが込上げる。
「ぐっ!!!がああああああ!!」
「仕方ない。君に教えてもらった目覚めるいい方法を試そうか。」
清直の言葉がよく分からない。
何を言っているの。
邪魔をしないで。
刹那。
両頬をバチンと叩かれ───────「ていやああああ!!!」という清直の声が響く。
「ぐふおぼへおあっ!?」
気がつくと、わたしの身体は40回転ぐらいして地面に顔をぶつける。
「いったああああああ!!!!」
「ふう、起きたか!」
「起きたか!じゃないよ!何してんの!?」
「いやあ、目覚めの挨拶と言ったら、ナーヴァ直伝『高速回転!』でしょ!」
「たしかに前やったね!?ごめんね!?」
「ふうん。おもしろくなーい。せっかくオモシロゲスト呼んでるのさ!イチャイチャしないでよ!」
「うるせーよ。お前がナーヴァで遊んでるから、正気に戻しただけだよ。」
「さっきのって」
「ああ、あいつは人の悪意を増幅させられるみたいだな。悪意というかいちばん強い感情を逆撫でさせるみたいな」
アタマがさっきよりもスッキリしている。
どうやら、私はアンリマユに憎しみを操作されていたようだ。
これじゃあ、あいつを殺すことなんてできない。
「どうしよう。あいつめちゃくちゃ再生するし、悪意増幅させるし、倒せないよ!」
「いや、そんなことないさ。」
「え?」
「周りをよく見て」
清直に言われて気がつく。
先程まで怒りに支配されていたから、気が付かなかった。
世界が明るくなっている。
視界が良好だ。
「恐らくあいつの眷属を殺すことは何かしら、あいつに都合が悪いはず。」
「コングラッチュレーション!!!そだよー!」
楽しそうに拍手してみせるアンリマユ。腹立たしい。
「僕を倒すことは簡単。地上界、魔界、天界、全ての命を断つこと。そうすれば、僕は存在できない。新しい世界が生まれるのさ。素敵でしょう?……でもそれは君たちが止めたいことだよね?あーらあーら、大変!……世界を救うために僕を殺さなくちゃいけない!でもボクを殺すためには世界を殺さなければならない!君たちにできるかなあ?でもやったとして、それって僕とやってることかわらなくない!?アッハハハ!!!!」
楽しそうに笑うアンリマユ。ふざけた理屈だ。
「そうでもないだろ。」
「?」
「先代のアマハネはだからこそ、お前を封印した。そして、その一族を恨んだお前はアリスを依代に選んだ。つまり封印はお前にとって都合が悪い。違うか。」
「うーん。まあそうかなあ。動けない永遠の時間って退屈なんだよね。毎回封印したアマハネが死ぬと封印解けるけどさ。間球に飛んだら、24000年経過するようになっちゃったし。……もう4度目、96000年経つんだよね。大罪悪魔を殺そうとしても最後のところで、アモンに逃げられたし、毎回アリスやエリスに邪魔されるし。」
「そこまでしてお前は何が望みなんだ!」
「簡単だよ。世界の崩壊。リセット。それが僕の存在理由。悪の化身の勤め。善の化身との戦いに勝利して、世界を悪意に満たす。それが僕の役割だよ。」
「そんな事のために、パパとママを!!!」
「本当にそうかなあ?ほんとうに僕が悪いかなあ?僕がやっていることは悪かなあ?」
「何を言ってるの!そうに決まってる!」
「そう思いたいだけじゃないの?」
「なっ……」
「僕はアマハネが死ぬだけじゃ、封印から逃れることはできないんだ。」
「ナーヴァ、あまりやつの言葉聞きすぎるな。」
「わかってる。でも、めちゃくちゃだよ!あいつ!!」
「最初に善の化身が僕を倒した時もそうさ。ボクは滅びる運命だった。でもこの世界に残った。何故か?」
アンリマユはひとりでブツブツと話し続けて、私や清直の周りを現れては消えていく。
「世界の悪意が僕に傾いているからさ。強欲、嫉妬、色欲、怠惰、傲慢、憂鬱、虚飾、暴食、憤怒、様々な悪意が僕を蘇られせるんだ。これってさ、世界の総意ってことじゃないかな。」
暗闇の中で幾つもの出来事が走馬灯のように流れていく。
愛が色欲となり、大切な人以外を傷つけたアスモデウス。
その絶対的なちからに悩まされ続け虚無に生きた一色あさひ。
絶大な魔力を持つアリスを蔑んだ周りの大人たち。
妬み、苦しみ、恐れ、その人を知ろうとせず世界はアリスを拒絶した。
大切に思い続けてくれた仲間を喰らったバアル。
人間を深く知ろうとせず切り捨てたベオル。
自分が全て正しいと、その力に溺れたルシフェル。
偽ることでしか自分を保ってなかったミカエル。
怒りに身を焦がし、全てを飲み込んだサタン。
全てを手に入れようと、欲望のままに生きるアモン。
仲間から嫉妬され、居場所を失ったリヴァイアサン。
己の役割に囚われた恵実。
中途半端に生きていくことしか出来ない豊華。
世界を憎むことしか出来なかった清直。
復讐することでしか時分を保てない私。
世界はどうしようもなく醜く、救いようがない。
こんなにも世界は闇に包まれている。
「それでも、俺はナーヴァと巡り会えた。」
「私もまた大切なものを清直と見つけられる気がしてるよ。」
私と清直は顔を見合わせてそう言った。
アンリマユは笑って見せた。
「アッハハハ!!!でもそれってさあ!!!闇を受け入れて、知ったからこそだよねえ!?」
アンリマユは酷く歪んだ表情を見せ、私たちに問いかける。こいつはどこまでも自分を正当化したいようだ。
「なら、こうしよう。証明して見せてよ。君たちの輝きをさ。これを見てもなお、そんな顔をしていられるかな?僕に君たちの答えを見せてよ!!!!」
刹那。世界全てが再び、暗闇に染まる。
そして、私は現れた男の人に絶句した。
「顕現せよ!!!!僕の眷属!!!『マーモイン』!!!!」
アンリマユの呼び掛けに応じて現れた悪魔マーモイン───────それは、パパだった。
「さあ、どうする!?ナーヴァと清直!!!君たちの結末を僕に見せてくれ!!!!」
何が起きてるの?
パパがアンリマユの眷属……?
「二人を殺せ!!!マーモイン!!!!」
「仰せのままに。我が主。絶対の魔王。……さあ、楽しませろよな。先代の魔王と混ざりものがよ!!!!!」
パパは見たこともない狂気を帯びた顔で笑っていた。
「そん……な……」
私は何のために復讐をしてきたんだろう?分からなくなってきた。
私の復讐の終点がこんなのって……ないよ。
「ナーヴァ!?ナーヴァ!!!気を保つんだ!ナーヴァ!!!!」
ダメだ。力が入らない。
もう、頑張れないよ。
「アッハハハハハハハハハハハ!!!」