1章3話 アリスの青春は始まらない
入学式。私にとっては初めての経験。
外に長時間出るのもいつぶりだろうか。足がすくむ。
もう準備はとっくにできていると思ったのに、こんなにも怖いなんて。
目の前の扉がとても大きく見える。
「大丈夫ですよ、お嬢様。ワタクシも一色もついております。」
私が玄関から出るのを躊躇っていると、後ろからアモンに抱きしめられる。
「っ!!!!」
私は少し驚いてアモンをはなそうと思った。けど、その暖かい温もりが心地よかったから。少しだけ甘えてしまう。
「着いてきて……くれないの?」
「行きたいのは山々なのですが、ワタクシは悪魔ですから。」
「だよね……」
加護持ちが優遇されるこの世界。黒髪赤眼は悪魔の象徴。魔力量が多いことがひと目でわかる。そんな彼が外に出ると、大騒ぎになる。
わかっていても、初めての入学式。アモン来て欲しかったな。
「私は途中まで着いていきます。それでも、近親者しか中には入れないようなのです。」
「……そうだったね」
知っていたことなのに、いざ2人から離れると思うと辛い。
ずっと一緒にこの家で過ごしてきた。
私を守ってくれた。誰も見てくれなかった私を。
でもだからこそ、2人を安心させなきゃ。
いっぱい幸せになって2人に恩返しするんだ。
2人への想いが溢れ出ると、ようやく決意が固まる。
「……ありがとう。行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい」
アモンは私から離れると、一礼してみせる。
わたしも満開の笑みで答えた。
重く遠かった扉を一色さんが優しく開けてくれる。
日差しが私たちを包み込んで、綺麗な青空が出迎えてくれる。
私は白い着慣れないブレザーの袖をぎゅっと掴んで、その一歩を踏み出した。
ーーーーーー。
学校までの道のりはさほど問題がなく、一色さんが優しく着いてきてくれる。
周りにも同じ制服を着ている生徒が沢山見られる。
みんなひとりで逞しく歩いている。
「まだ……白服と黒服の制度でしたか。」
確かめるようにつぶやく一色さん。違う学校の生徒だと見逃していたけど、よく見ると同じデザインだ。
ただ、色が違う。なんだか、少しだけ嫌な記憶が横切る。
『お前など私の娘ではない!!!その髪色が証明ではないか!天羽家の恥さらしめ!!!』
今でも耳に残るお父様の罵声。私の魔力に当てられて負の感情が解き放たれた結果らしい。怖くて仕方なかった。
もし、この指輪が外れることがあればきっと、大変なことになる。今でもその事実が怖い。
「やっぱり、加護がある方がいいのかな。」
「そんなことはありません。……ただ、古の時代に現れた悪魔がそういう概念をもたらしただけです。……そして今の世の中も魔力を悪用するものが多いだけという話です。」
「一色さんは偏見がなくて優しいよね。」
「サラ……昔そういう友達がいたんです。」
「友達か……」
「お嬢様もきっと、できますよ。あなたはそういうお人です。」
「うん、ありがとう!」
「はい」
あまり自分の身の上を語らない一色さん。学校という存在が何かを思い出させたのかな。
私は少しだけ学校が楽しみになりました。
ーーーーー。
校門の前にたどり着くとまた白い色。
大きな白のような建物には美しい装飾と眩しいぐらいの白で統一されていた。
一色さんは優しく微笑んで一礼してくれる。
「いってらしゃいませ。お嬢様。良き導きがあらんことを。」
「えっへへ。なんか硬いって一色さん。」
私は笑みを浮かべてみせる。こんなシリアス全開な一色さんは珍しい。
「こう見えて心配なんです。」
「そ、そうなの?」
やっぱりそうだったのね。なんだかんだいい人なんだよね。いつも心配してくれてる。
「はい、お漏らししないかな!とか男の子に囲まれて告白の嵐にならないかな!とか」
「どんな心配してんの!?」
はあ。ちょっと見直したらこれですよ!公衆の面前で何言ってくれてんの!?
私は慌てて一色さんの背中を押し帰らせようとします。このパターンはまずい。いつもの一色さんだ!
「お嬢様の赤ちゃんの時はそれはもう泣いて泣いて大変で!でも超絶可愛くてですね、お風呂に入れるとほわわしてたんですよぉ!」
「もういい!もういいって!わかったから、帰って!!!」
「ああっ!?お嬢様!!まだお話がぁあああ」
「いいから帰れぇええええ!」
ヨダレを垂らしながらいつまでも小さい時の話を続ける一色さん。
無理やり押し、大声で声をかき消した。これが始まると3時間は話続けるんだから。
ようやく帰ってくれた一色さん。見えなくなるまで後ろ振り返ってたな、あの人。
ずっと認識赤ちゃんのままなんだから。まったく。
校門前で急にいつもの一色さんに戻るとか最悪でしょ。
はあ、めっちゃ注目されたけど、おかげで緊張とけたな。
よし、気を取り直して行きますか!
ーーーーー。
その後は順調に入学式を終えました。大勢の人がいてドキドキしましたけど、何とかなるものだね。
まあ誰も知り合い居ないし。緊張する必要もなかったかな。お父様もお母様も来るわけは無いのに、変に期待しちゃったな。
初日から暗くなっていたらダメだよね。
あとは授業で扱う教材の受け渡しを終えて、帰るだけだったよね。
両手で袋に入った本たちを運ぶ。
おもったい。これが教育という重み!
本は好きなので、楽しみが増えまたな。今日何冊読もうかな。
色んなことを考えてゆっくり歩いていると、背後から大きな男性の声が聞こえてくる。
「おっせえなあ!!ちんたら歩いてんじゃねえぞ!!加護持ちでもねえくせに、白服きやがって!」
唐突に罵声を浴びせられると同時に、背中に衝撃が走る。
誰かに蹴られたようなそんな痛み。
教科書の重みでそのまま前に倒れ込む。あれ、これ転んじゃう。
「おわっ!?」
反射的に目を瞑るが、想像した痛みは襲ってこない。むしろ柔らかくて暖かい何かに支えられたような気がする。とても、がっしりと支えられているようだ。
「っと!大丈夫?可愛い子。」
「えっ!?」
優しい声に瞳を開けると、赤茶髪のお姉さんが視界に入る。どうやら抱き止められたようだ。薄紫の瞳に見つめられて、不覚にもドキッとしてしまう。
同じ白い制服に黒のパーカーを合わせて着ている。
リボンを見ると白く雑に結ばれている。リボンの色から最高学年だと理解できる。
たしか、白が三年、ピンクが二年、赤が一年だったよね。
「あ、ありがとうございます」
「ん?ああ。大丈夫なら、良かったよ。」
どうやら、私を蹴り飛ばした男性はもう行ってしまったようだ。周りにその影はない。お姉さんも1度周りを見渡すが、その姿は見当たらないみたい。
「持とうか、重いでしょ。」
お姉さんは優しく声をかけてくれる。かっこいい人。
お姉さんは言いながら、私の教科書を持ってくれる。
「あ、悪いですって!」
「いいっていいって。バイトで鍛えてるからさ。」
お姉さんの左手には私の持っている教科書と同じ量の本が既に抱えられていた。
「そ、そうですか?」
「ああ、きにすんな。」
ひょいと持ち上げると、私が一生懸命運んでいた本を持ってくれます。
「おお、力持ち!」
「へへ、でしょ?」
「そ、外まででいいですからね?」
「ん?家まで運ぶよ。せっかくだし。」
「いいいい、いえ!悪いです!それよりどうやったらお姉さんみたいに力持ちになれますか?」
「おお、かわった質問するなあ。頼れる時は頼っていいと思うよ。……それでも、頑張ろうとするのは嫌いじゃない。」
お姉さんはなにか思うことがあるのか優しく笑ってくれる。
「お嬢ちゃんはさっき体から離して両手で引っ張るように運んでたでしょ?」
「は、はい!」
「こういう重たいものは一点で持つより、体全身を使った方がいいんだよ。体に近い方が持ちやすい。」
「な、なるほど!てこの原理ですね!」
「そんな感じ。アタシは頭も神力もからっきしだからさ。体で覚えて自分を強くしてきたんだ。」
「素敵ですね。その考え方!勉強になります!」
「へへ、なんか照れちゃうな。……この学校にはさっきみたいなやつが沢山いる。これから先もきっとそうだ。……気をつけろよ。」
お姉さんは私に視線を合わせると微笑む。
先輩からの助言だね。
黒と白の制服。象徴するような白の色。
天使の加護持ちかそうじゃないか。
この世界はそういう世界だ。
お父様の言う通り、この髪色がきっとこれから災いを引き起こすだろう。
たとえ、この白い衣を纏っていても、魔力を抑えられたとしても。
外に出るとお姉さんは約束通り、教科書を渡してくれる。
「それじゃあ、またどこかで。」
「はい!ありがとうございました!」
その場を後にするお姉さん。言われた通りに持ってみると意外と持てる。ほんとだ、すごいな。
私は一色さんを見つけると、駆け出した。さあ、高校生活スタートだ!
ーーーーーーー。
って、思っていたんだけど。
どうしよう。
あれから1年。なんにも進展してません!
どういうこと!?
あの日以来トラブルも何も無く、ただ授業受けて帰ってきてるよ。
それにお姉さんの名前!聞きそびれたし!
友達百人できるかな!?どころか、誰とも話してませんけど!?
話しかけようとしても何話せばいいかわかんないし!話しかけられてもオドオドしちゃうし!考えてみたら同年代と話したことないし!
学校の授業なんて最初の1ヶ月で読んだ教科書のまんまだし!
それに小さい頃アモンや一色さんに教わったことばかり!
17年引きこもりの私には難しいって!!色々!!
もう入学式の次の日にはグループできてたんだけど!
私の楽しい学園ライフはどこ行ったの!?
やばいやばいあと3年しかない。ヤバいって。
はやく魔力のことどうにかしないと!
「朝から何バタバタしてるんですか。お嬢様。指輪の交換です。」
わたしがベッドの左右を行き来していると、アモンが入室してくる。
「ノック!ノックしてって!!」
「何度もしましたよ?」
「そうなの?ご、ごめん、考え事してて……」
「はい、素直で大変よろしいですね。ご褒美にぎゅーしてあげます。」
「やめろ!!」
「えぇ、むかしは喜んでいたのに!!」
「いつの話だ!」
「11年前?」
「6歳じゃん!」
くだらないやり取りを続けながら、いつものようにアモンから魔力を吸い取られる。
過剰に分泌魔力を一時的に抑え、指輪でさらに1ヶ月間抑えるためだ。アモンが私とそぱにいるために必要なことでもある。あんまり悪魔のことは詳しくないけど、これが契約らしい。
そのまま新しい指輪を右手の人差し指にはめられる。
なんだか不思議そうに私を見つめるアモン。
「どうしたの?」
「いえ、お嬢様。魔力減ってます。」
「えぇえええええっ!?」
常に過剰に分泌される魔力。それを抑えないと、周りに悪意を植え付け病気にさせたり、暴力衝動に襲われたりする。
それを抑えるために指輪をして、何とか普通の生活をしている私。
高校に通って、知識を得たり神力を磨いたりして魔力を抑える方法を探る予定だった。
そうしないと3年後にはまた引きこもる生活を送ることになるから。
それなのに、どうやら問題が解決してしまったようです。良かったのか悪かったのかわからない。それでもどうして減ってしまったのか、また元に戻る可能性があるのか、本当にもう安全なのか知らないといけない。
理想の学園ライフは始まらないし、なぜか魔力を減るし、どうしたもんか。