4章4話 アリスとアモン
週末。私は家に恵実を招待した。
名目上は魔力のことを相談する予定だが、友人を家に呼ぶのなんて初めてだ。
すこし浮き足立ってしまう。
アモンは微笑ましそうに、私を見つめる。
「お嬢様。そんなにソワソワしなくても、恵実さんは来てくれますよ。」
「わ、わかってるけど!初めてだから、キンチョーするの!」
「適度な緊張感はいいものですよ。」
「わん!わん!!!」
マイペースに語るアモン。ケルベロスは同意するように可愛い声で鳴いてくる。
だけど、そのケルベロスの声にハッとする。
「あああああ!!!ケルベロスのこと話してない!!!」
「大丈夫ですよ。悪魔大丈夫なら、魔獣もOKでしょう。」
「なんであんたそんなに悠長なの!?」
「悪魔ですから。」
「もお!ちゃんと考えてよ!」
「大丈夫ですよ。初対面のとき、ケルベロスのこと助けようとしてましたから。」
「そうなの!?」
私が驚いてみせると、アモンがケルベロスの頭を撫でる。
「ガウガウ!!ウウガウ!(神力で攻撃されたけどな!次会ったら噛み付く!)」
「おやおや、怖いですね。」
「え?え?ケルベロスなんて?」
「ああ、いや。初めて会った時、恵実さんから神力で攻撃されたって怒ってるんです。」
「殺意マシマシじゃない!!!!」
私がツッコミを入れると、ケルベロスはアモンの頭を強めにかじる。アモンの頭から大量に血が吹き出す。いつもの光景だけど、少しびっくりする。このぐらいアモンにとっては、なんともないけどね。
「ガブガブガフ!!!(お前にも殴られた!)」
「こらこら、ガブガフしないでください。貴方もワタクシや恵実さんに攻撃したんですから、おあいこですよ。」
アモンは気にせず、ケルベロスと会話している。まあ、わかるよ。悪魔だからこのぐらい平気なんだけどさ。怖いからそのまま普通に過ごすのやめて欲しい。
「まあ、戦闘になったら、容赦なく叩き潰すのでご安心を。」
「いや、叩き潰さないでよ……わたしの友達なんだけど……」
本当に大丈夫かな。不安でしかない。
アモンは頭からケルベロスを降ろすと、魔力を注いで頭を回復させる。
頭の髪の毛と皮、周辺組織がゆっくり再生されて、回復していく。
グロテスクなんだよなあ、これ。
魔力での回復は知識の力だから、回復速度を早めるものらしい。だから、加護の力みたく、幻想的に美しい癒しの力ではないんだよなあ。
「わんわん!!!(俺も戦うから大丈夫だよ!)」
ケルベロスは私を励ますように、駆け寄ってくれる。
「ありがとう〜ケルベロス〜」
私はケルベロスを撫でて抱きしめる。
「なっ……なぜだ!ワタクシも同じことを言ったのに!なぜ!お嬢様からハグが来ない!!!」
「わぅううう(どうだ、羨ましいだろ。)」
「この、魔獣ごときの分際でワタクシを挑発しましたね!?本来であれば、一色ではなく、ワタクシが保護する予定でしたのに!あのクソ牛のせいで、こんな生意気な魔獣に育ってしまって!ワタクシなら、もっと従順なペットに育てるのに!!牛そっくりですね!このバカ犬!」
「ガルルルル!!!(あんな天使臭いのと一緒にするな!)」
ケルベロスは私の腕から離れると毛を逆立てて、アモンに威嚇する。
「なんですか、やるおつもりですか。」
アモンは鋭い眼光でケルベロスを睨みつける。
「こら!喧嘩しないの!もう恵実来るんだから!」
私が一喝するとふたりとも、しゅんとする。
「も、申し訳ありません。」
「きゅうううん。」
「ほら、準備するよ。」
はあ、心配だ。
一色さんがいないと、まとまりそうにないよ。
どうか、恵実と仲良くしてくれますように。
ーーーーーーーー。
それからしばらくして、恵実がやってきた。
アモンに案内されて玄関に入ると、私服姿の恵実がそこにいた。
「お邪魔します。アリス。」
桃色の綺麗な髪の毛を後ろで結び、白のワンピースを着ている。
私服だからか、新鮮な感じがする。
「いいい、いらっしゃい!恵実!」
わたしはぎこちなく、そう言った。
恵実はクスッと笑って、「うん、お邪魔するね」と言ってくれた。
なんだ、緊張する必要なんてなかった。
いつもの恵実だ。
「……で、あんたはずっと見張ってる気?未来……いえ、アモン。」
「お嬢様の執事ですので。」
「執事……ねえ。」
怪しむような目でアモンを見つめる恵実。
私たちのことを見逃してくれたけど、やっぱりちゃんと話す機会はあった方がいいかもしれない。
「わん!」
そんなことを考えていると、私の背後からケルベロスが大きな声で吠える。
「おわっ!?びっくりした!魔獣!?」
恵実は驚いたようで、数歩下がる。
「あ、あのね……話してなかったんだけど、ウチ魔獣飼ってて、だ、大丈夫かな。……恵実嫌じゃない?」
わたしがケルベロスを撫でて、恵実に見えるようにする。
「その子……入学式の……」
恵実は腰を下ろし、ケルベロスに視線を合わせる。
「……なんで、忘れてたんだろね。……そういうこと。」
恵実は寂しそうに、でも優しく微笑み、ケルベロスの頭を撫でた。
「結構、レアなケースだけど、魔獣を飼っている人は世の中にいるんだよ。……だから大丈夫。……それにこの子は……『一色あさひ』さんが保護した子だから。」
「一色さんのこと知ってるの?」
「そりゃあね。……一級アミュレットだもん。知ってるよ。世界に10人しかいない最高位の加護持ちだよ。」
「ええっ!?一色さんってそんなにすごい人だったの!?」
「凄いも何も、教会の中じゃトップクラスだよ。行方不明だったけど、その子を教会に連れていったの。」
「ああ、そういえば、あの時鉢合わせた記憶がありますね。」
「そう。私とアモンがこの子を拘束した時に、急に現れて連れ行ったのよ。まさか、アリスの使用人だったなんて。驚き。」
私も驚いている。そんなすごい人だったなんて。なんだか、ちょっと嬉しい。
「なら、恵実さん的にはこの子『ケルベロス』さんがいても、問題ない訳ですね?」
「す、すごい名前つけたわね……ま、まあ私は気にしないよ。」
「威厳と名誉を回復させる悪魔の名前なんだって!素敵でしょ!」
「そうね……いい名前。……撫でてもいいかな?」
「わん!!(少しなら許す!)」
「許可してくれたみたいですよ。」
「へえ、悪魔って魔獣の言葉分かるの?」
「まあ。多少ですよ。ワタクシの知っている中だと、バルバトスさんは魔獣の思考まで読めるそうですが。」
「当然のように世間を騒がせた悪魔とも知り合いなのね。」
「ええ、悪魔ですから。」
恵実はアモンと話しながら、ケルベロスの頭を優しく撫でる。
「私、最初、教会に入ったのって、こういう魔獣になっちゃう子を助けたかったから……なんだよね。」
「素敵だね。恵実らしい!」
「そうでもないよ。いつの間にか、偏見で満たされて、頭硬くなってた。悪魔は悪いもの……魔獣は危険な存在……って。それだけ、被害にあってきた人を見てきたから。」
「……そう、だったんだね。」
アモンと過ごしていて、私も麻痺していた。魔力やそれに関わるものは危険であると。
私の過去がそうだったように。
そして、本当に邪悪な悪魔がいるように。
わたしとアモンが幸せだった、ただそれだけの事。
ひとつ間違えば、全て壊れていたかもしれない。
わたしは既に一度、壊しているから。
断罪されても、なにも言い返すことは出来ない。
「いつの間にか、それをしていることに誇りを持ち始めて、人に正義を押し付けるようになってたかも。……大切な人の話も聞かないでさ。」
恵実は後悔するように呟く。まるで、なにか大切なものを傷つけたような言い回しだ。
「恵実は今、自分の『ハザマ』を見つけてる最中なんだね。」
「ハザマ……?」
「昔、おばあちゃんが言ってたんだ。『狭間にこそ、己の心がある』ってね。……私はそれを、自分なりの価値観を持ちなさいってことだと解釈したんだよ。正義でも悪でもない。自分だけの考えを大切にって。」
「……素敵な考え方だね。」
「うん!」
それからしばらく間を開けて───────ケルベロスに恵実が噛まれた。
「がぶ!」
「いったぁああああ!!!!」
「ハア、ハア、ハア、わん!!!」
楽しそうに息を切らすケルベロス。かつてないほどの笑顔を浮かべている。
「恵実!?大丈夫!?」
私は急いで駆け寄るが、恵実の傷は白い光に包まれて一瞬で治癒される。
「お返ししてやったぜ!……との事です。……ぶっ」
アモンは笑いを堪えながら、翻訳してくれる。
「ケルベロス!!!!」
「わおーん!!!!」
わたしが怒ってみせると、ケルベロスはシッポをブンブン振って逃げた。
「やってくれたわね!前言撤回!一回お仕置してやる!」
目をギラつかせる恵実とケルベロスの楽しい追いかけっこが始まったのでした。
ーーーーーーー。
午後になり、休憩になると、リビングでティータイムにした。
アモンが入れてくれた紅茶や一色さんが用意してくれた綺麗な焼き菓子が並ぶ。
私たちは紅茶とお菓子を楽しみながら、ようやく本題に入ることにした。
「ありがとね。ケルベロスと遊んでくれて。」
「いいよ。私動物好きだし。家広くて、楽しかったし。」
「それなら、良かった。」
「ところで今日はどうしてお家に招待してくれたの?なにか、ここでしか出来ないお話あった?」
流石に恵実は鋭い。
「うん。実は相談に乗って欲しくて……」
わたしは少し話すのに抵抗があった。だから、モジモジとしてはっきり言葉にするのは、時間がかかっていた。
「いいよ、なんでもきく───────はっ!!!!!」
言葉の途中で恵実はアモンを見つめ、立ち上がる。
「そそそそそ、そういうこと!?もしかして!!!」
「え?」
「はい?」
突然の恵実の動揺に私もアモンもキョトンとする。
「だ、だからぁ……その、悪魔と人間の……恋愛的、な!?」
「へ……?」
「もももも、もしかして、その先のご相談ですか!?」
恵実は耳まで真っ赤にして、目を回している。
私はまだ恵実の言葉の理解に時間がかかっている。
すると、アモンが口を開いた。
「おやおや。髪の毛がピンクだと思っていましたが、どうやら頭の中もピンクだったようですね。」
アモンが小馬鹿にしたように恵実に言い放つ。
恵実は顔を真っ赤にしたまま、怒ってみせる。
「アンタ、ぶっ殺すわよ!?」
「お嬢様……。この方ワタクシとお嬢様でえっちな妄想をされているのです。」
「……は?」
「言い方!!言い方あるでしょ!」
「ちちちちち、ちがうよ!?」
私はようやく恵実の慌てようを理解し、立ち上がる。
「えっ!?……違うの!?」
「これだから頭ピンクは。」
「おい、そのいじりやめろ!!」
「違うからね!?」
ーーーーーーーー。
「ごほん!」
しばらくして、ようやく落ち着いた私たちは、話を仕切り直す。
「……ごめんて。怒んないでよアリス。」
「怒ってませんよーだ。恵実のえっち。」
「いやいや、怒ってるじゃん。」
「ワタクシは大いに結構ですけどね。ウェルカムですよ。」
「アモンは黙ってて。今から相談するから。」
「……かしこまりました。」
私は雰囲気を切り替えて、話し始める。なんだか気が抜けて、楽に話せそうだ。
私は程よい緊張感で、話し始める。
私の魔力のことを。
これまでの出来事を。
20歳には天羽家に幽閉される未来を。
ーーーーーーー。
「そこまで魔力が強かったんだね。アリス。」
恵実は最後まで黙って聞いてくれた。
「なにか、良い方法はありますか。
」
単刀直入にアモンが質問する。
「一級アミュレットが対処できない案件だよ。私にも無理がある。わたしは3級だからね。」
「その一級があなたに相談したら?と、言ってきたのですよ。あなたはなにか、知っているはずです。……ま、馬鹿な牛の戯言かもしれませんがね。」
「なんでもいいの。恵実の知識を借りたい。」
私は恵実に目を合わせて、お願いする。
無理だとわかっていても、最後まで最善を尽くしたい。
幸せな未来があると、自由な景色があると信じて。
恵実は観念したように、話し始める。
「だいたい魔力の影響を強く受けている人に教会が施すのは、加護での癒し。……でもこれは魔力が強ければ、強いほど痛みを伴う。そして、人によってはその痛みによって、悪魔化してしまう。実際にその方法で悪魔化した人もいる。……『奈良 守』っていう人がいたんだけど、その人は魔人化した。……人から悪魔になる事ね。」
「でしょうね。その方法では、悪魔討伐とやっていること変わりませんからね。生命の危機から、悪意が増幅されて、魔力が高まってしまうのでしょうね。」
「そうね……。私も……この方法は好きじゃない。」
恵実は腕をぎゅっと握りしめて、顔をしかめる。嫌な思い出があるようだ。
「ほ、他に方法は……?」
「神力を強める方法。これで症状が改善する人が多い。……でも正直、アリスって普通に神力強いのよね。それでもそこまで症状が酷いなら、一級以上の神力が求められる。おとぎ話の『善の化身』のように。」
おとぎ話。アマハネの伝説。
かつて世界を闇に陥れた悪の化身と戦い続けた善の化身。
かの存在は、圧倒的な神力を誇ったという。
つまり今の現代において、最高位とされる一級アミュレットを理ごと越えろ、ということだ。
要は無理に等しい。
「……お姉ちゃんは神力も魔力も同じ量を持っていた。だから、力はゼロとなった。相対する力で相殺されるみたい。……そう思って話したけど、それが出来る次元の話じゃないよね。」
「そう、だね。」
「もう方法は思いつきませんか?」
「……もう一つだけ、ある。」
少し躊躇いながらも、恵実はある組織を答えた。
───────トラスト財団。
「ここなら、可能性はあると思う。よくは分からないけど、『影の魔獣』……『マリス』っていう奴を、指輪の力で退治してた。アリスがいつも、つけてるその指輪に似てた。あの力があれば、もしかしたら、なんとかなるかもしれない。」
「ほんと!?それなら……」
直接話聞いてみるね、そう口にしようとしたが、恵実に止められる。
私は希望が見えてきたことで、嬉しくなるが、恵実は少し怖い顔をした。
「少し怪しいのよ。あそこ。だから待って。近々知り合いがそこで相談を受けることになってるの。だから、それまで待って。……万が一、危険だった場合、アリスを行かせる訳には行かない。」
心配しているような、怯えるようなそんな顔を向けてくる。
アモンも「ワタクシも同じ意見です」と納得する。
わたしは「わかったよ。お願いね」と呟いた。
真面目な話はそこまでにして、あとは楽しく恵実と過ごした。
ゲームをしたり、映画を楽しんだりしていたら、あっという間に時間は過ぎていった。
ーーーーー。
「今日はありがとね!恵実!楽しかったよ!」
「私も!招待、ありがとね!」
恵実は私を優しく抱きしめて、帰って行く。
「門の外まで、送りますよ。」
アモンがお見送りについて行った。
「じゃ、また連絡するね。」
「うん!またね!」
恵実は笑顔を向けて、帰っていった。
さて、私はケルベロスと遊ぼうかな。
ーーーーーーー。
帰ってきたアモン、その後に一色さん、そして、ケルベロスと一緒に夜ご飯を食べた。
いつもの光景、変わらないもの、大切に守りたいもの。
私はこの景色のために普通を求める。
このかけがえのない時間だけは、誰にも奪わせない。
どんなに私が醜くても、手を差し伸べてそばにいてくれる『家族』を大切にしたいから。
また、壊さぬように、大切に。
「お嬢様。」
「ん?」
不安そうな顔をしていただろうか。アモンは優しく微笑んでくれる。
「何があっても、必ず、お守りいたしますからね。」
「うん、頼りにしてるよ。」
私は微笑み返した。
新しいことに挑戦することは怖い。
不変を求めるから。
でも私には時間が無い。
背中を押してくれるから、貴方がいつもわたしを支えてくれるから、そばにいてくれるから、わたしは前に進める。
アモン。私をいつも守ってくれる。絶対的な存在。
彼が傷つく姿なんて想像すらできない。だって、最強の悪魔なんだから。
ーーーーーーーー。
そのあと、わかったことだけど、一色さんとアモンは既にトラスト財団とコンタクトをとっていたらしい。
エリスおばあちゃんの古い知り合いらしく、私のソロモンの指輪もトラスト財団の当主が作ったとか。
向こうの当主自ら連絡をとってきてくれたのだが、アモンと一色さんは警戒をしたらしい。
そもそもの話だが、おばあちゃんと約束して、私のために指輪を作ったのに、接触が遅かったことが怪しむ点だったらしい。
向こうからの回答は、影の魔獣マリスに毎回襲われた、天羽家に話をしても取り合って貰えなかった、おばあちゃんが亡くなって連絡が難しくなった、との事だった。
そこで、トラスト財団が天羽家と本当に繋がりがあったのか一色さんが調べ、怪しい動きがないか直接アモンが使い魔を使って調べ、中から実際に恵実の知人が利用することで調査は終わった。
そしてようやく今日、そのトラスト財団の人たちと会うことができるようになった。
───────だけど、その当日私の目の前で悲劇は起きた。
目の前でアモンが───────傷つけられた。
名前も顔も分からない銀髪の女性に。
その女性は、私に憎悪の顔を向けて、私を殺しに来た。
『アンリマユ!!!殺す!!!パパとママの仇!!!』
アモンは女性から、私を守ろうとして、その剣を受け止めた。
アモンの腹部から、血が止まらなくて、私の中から黒い感情が溢れ出てくる。
『お、お嬢様⋯⋯ワタクシは無事です⋯⋯お嬢様⋯⋯?』
再び大切なモノを失う恐怖が全身を包んで、抜け出せなくなる。
『アモンちゃん。貴方はアリスちゃんにとって、最強すぎたのよ。…⋯貴方が傷つけられる姿は何よりも残酷よ』
『お嬢様がアンリマユに飲まれるのは⋯⋯ワタクシが死ぬことではなく───────傷つけられること⋯⋯?』
全身を覆い隠すような悪意が私を飲み込んだ。
もう何も見えない。聞こえない。黒くて汚い泥が私を包む。
大切な人、大切な記憶、大切な大切な───────アモン。
それを目の前で奪われた。
理不尽には慣れていたはずなのに、これだけは許せなかった。
心の弱い部分がどんどんと溢れ出して、彼がいたから保っていたすべてが崩れて───────壊れる。
絶対に失わないと思っていた彼を失う恐怖。
それは何よりの悪意を生み出す。
これから、自由になれる日があるかもしれなかったのに。
まただ。
また私は誰かをワガママに巻き込んで、傷つけた。
もう二度と戻らない大切な人を失った。
私の意識は闇の中へと落ちていく。
もうどうだっていい。アモンが死んじゃう世界なんて、いらない。
だってアモンは私と約束したんだ。
『ずっとそばにいる』って。
嘘つき。
私を独りにしないでよ。
私はただ心の底からアモンを求め続けた。
子供のように。