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4章2話 アモンと嫉妬の悪魔

挿絵(By みてみん)


 魔界で再び魔王となり、生活してはや数日。

 

 思っていたよりも落ち着いているワタクシがいました。

 

 玉座に座り仕事をしていれば、かつての記憶なんてものは簡単に蘇りました。

 

 とはいえ、自信はないので今こうして、アスタロトが管理する地獄の図書を見に来ていますがね。

 

 

 地獄の番犬『ナベリウス』が管理する大きな地獄の門。

 

 間球で言うところの3階建てビルぐらいの大きさでしょうか。

 

 広大な魔界に佇む、異質な黒い扉。

 

 扉の前には、その大きな扉と同じぐらいの大きさの番犬が威嚇するように鎮座している。

 

 頭を3つ持ち、赤い瞳に黒い大きな巨体。

 

 この方、頭固くて苦手なんですよね。

 

 体もずっとそこにいるから、臭いですし。

 

 扉を守るため仕方ないのでしょうけど。

 

 「ナベリウスさん、調べたいものがあるので、通して貰えませんか?」

 

 「ダメだ。許可なき者、通せぬ。」

 

 「ワタクシ最近魔王になったのですが……」

 

 「ダメだ。かつての魔王、魂の循環狂わせた。ここはあらゆる存在の死を司る場所。許可なき者、通すことは出来ない。」

 

 仕方ありませんね。ここは帰るしかなさそうです。

 

 この方と戦うのは得策ではありません。

 

 ナベリウスさんはこの扉の前では最強。

 

 3つの頭全てに権能を持ち、あらゆる存在を死に至らしめる。

 

 諦めたその時、扉が開き中から黒きドラゴンが現れる。

 

 「通してやりなさい。私の可愛いペットちゃん♡」

 

 「……了解した。マスター。」

 

 「……は?」

 

 先程まで通す気などなかったナベリウスは簡単に道を開け、ワタクシを通してくれます。

 

 流石にイラッとして睨みつけますが、ナベリウスは黙って道を譲るのみ。

 

 「アモンちゃん、怒んないの♡」

 

 楽しむように笑ってくるドラゴン。

 

 わかっています。地獄の管理者『アスタロト』のお迎えのようです。

 

 どうやら、ワタクシは許可を得たらしい。

 

 アスタロトは何も言わず、図書館へ案内してくれる。こういうなんでも知っているかのように動かれるのは不気味です。

 

 ワタクシは一旦怒りを鎮め、扉の中に入る。

 

 大きな音を立てて、扉は閉じ目の前には別世界が広がる。

 

 横目で辺りを見ながら、アスタロトに着いていく。

 

 地獄。火の玉が飛び交い、熱気が凄まじい。

 

 幾つもの魂が形を変えながら、火の海から呻き声をあげている。

 

 地下の牢獄。

 

 火山のマグマ。

 

 深海の奥深く。

 

 森林の暗闇。

 

 閉ざされた氷の世界。

 

 何も無い闇の中。

 

 

 どこも息が詰まりそうですね。

 

 ここで戦ったら、アスタロトにも勝てませんね。

 

 彼の本気は悪魔の中でもトップクラス。

 

 地獄を管理していなかったら、間違いなく魔王でしたね。

 

 アスタロトは図書館を案内すると、入口で止まる。

 

 

 

 「ここにはあらゆる知識が集まるわ。過去、未来、現在。全ての地上界とあらゆる可能性の平行世界。まあ好きに楽しんでちょうだい。」

 

 「ええ、助かります。……ところで許可が必要と聞きましたが、問題はなかったのですか?」

 

 「ええ。図書の閲覧に制限はないわ。知識を求めるのは悪魔の特権だもの。……もっとも、ワタシと戦ってくれれば、すぐにでも教えるけどね?」

 

 「ここでの戦闘は遠慮しておきますよ。」

 

 「あら残念。」

 

 「それにこの前は教えてくれなかったじゃないですか。」

 

 「それは代償が足りなかったからよ。……でもまあ、ワタシも禁忌に触れたことはないからほんとに知らないというのが答えね。」

 

 「……歴史改変、ですか。」

 

 「恐らく怠慢な神様のお仕事が増えるからなんでしょうけどね。ワタシはできるうる限りの知識を提供したわ。あとは好きに楽しみなさい。」

 

 「ええ。そうしましょう。」

 

 アスタロトと話を切りあげ、これまで起きたことの整理を始めた。

 

 あくまでこの時間軸での出来事を。

 

 

 ーーーーーー。

 

 サタン様は悪魔再興の為に神と天使に戦いを挑み、ミカエルに殺された。

 

 そしてその後、亡骸から強すぎる怒りの魔力が溢れ、魔界を満たした。

 

 

 

 サタン様と天使たちが戦う中、地上界から魔界へ帰還したバアル。

 

 新たな魔王となったバアルは、人間から魔力を引き出すという方法で、魔界の魔力循環を回復。

 

 だが、サタン様の魔力に飲まれ、大半の悪魔を殺害。

 

 ルシフェルと、バアルから分離したもうひとつの人格『ベオル』によって、封印された。

 

 

 

 その後、ルシフェルは堕天。神に戦いを挑むが、妹であるミカエルに殺される。

 

 だが、天使はこの件については反発。

 

 堕天したとはいえ、高位の天使。天使側からも神に対する不信感が強く現れた。

 

 そして高位の悪魔の度重なる消滅と処罰。

 

 人間がエネルギーを供給してくれる今の世界。悪魔が減ると天使の仕事は減り、仕事が減ることで天使への信仰は薄れ、しまいには悪魔を崇拝するものも現れた。

 

 そんな状況にまで発展し、大罪悪魔が死ぬことは世界の崩壊を招く、と神から審判が下った。

 

 これにより、天使は執拗に悪魔を断罪することは減り、大きな影響を及ぼす大罪悪魔はより慎重な対応を求められるようになった。

 

 

 

 そのため、ルシフェルは『魂を人間に変え、間球へ送還』。

 

 ルシフェルは自分が天使だったことを忘れ、突然間球に現れ、世界に順応した。

 

 何年も何百年も何千年も、何万年も、人間に蔑まれ、疎まれ、苦しむ人生を刻印された。

 

 同じような日々を永久に繰り返す。傲慢という罪を償うために。

 

 そのため、明星清直には家族はいない。

 

 自分が人間であるという情報を魂に刻み込まれ、紛れるように生活が始まったからだ。

 

 そしてそのタイミングで『ベルゼ』が封印された『蝿の王』を紛失する。

 

 簡単には破れない封印だけに放置することになった。

 

 同様にラファエルによって、幽閉されていたアスモデウスも転生させられた。

 

 何年経っても、加護持ちを殺さないことを誓わなかったからだ。

 

 『サラのためなら、全てを殺す』と最期に言い放ったらしい。

 

 時を同じくして、魔界ではリヴァイアサンがサタン様の影響で暴走。

 

 ワタクシが止めるが、巨大な力を持つ悪魔が現時点ではいなくなる。

 

 その結果、ワタクシが魔界の王に選ばれ、サタン様の力で暴走。

 

 アスタロトのお陰で正気に戻る。

 

 その後も度々、力は暴走したが、アスタロトとの戦闘で力を抑えられるようになっていく。

 

 そして、今のワタクシつまり、24000年後の間球からタイムリープしたワタクシがここに来た。

 

 「……こんな所でしょうか。」

 

 本を通して、頭の整理を終えたワタクシは再び玉座へと戻った。

 

 ーーーーーー。

 

 

 今の魔界は『サタン様の魔力で魔力循環は整い』『バアルの人間から魔力を得るという方法を仕事にし』『ルシフェルの起こした叛逆によって、悪魔は天使から殺されなくなり』平和になっていた。

 

 ワタクシは4代目魔王として、人間の文化を魔界に持ち込み、悪魔の昔ながらの伝統をアスタロトと共に大切に、魔界を導いていった。

 

 バアルの事件の際、生き残ったニスロクの料理もかなり浸透してきた。

 

 まあ、食べなくても生きていけますが、知らないことを求めるのは悪魔の特性ですからね。

 

 今の魔界の流行りと言えるでしょう。

 

 

 魔界の統治も順調。

 

 状況の把握もできた。

 

 ……ですが、ワタクシの心は何故か晴れないままでした。

 

 靄がかかって、取り留めのない焦燥感と、迷路に迷い込んだような不安が混じりあっていく。

 

 心にポッカリ穴が空いて空虚だ。

 

 頭はスッキリしているのに、心はモヤモヤしている。そんな状況でした。

 

 当たり前です。ワタクシの願望は叶えられていないのですから。

 

 

 お嬢様の所に行きたい。

 

 お嬢様成分が圧倒的に足りない。

 

 アスタロト曰く、もう一度権能が働くタイミングがあるらしいが、一体いつなのだろう。

 

 たとえ元の時間に戻ったとして、本当に同じ日々を過ごせるのだろうか。

 

 そしてそれは、本当にワタクシの知っているお嬢様なのだろうか。

 

 魔界の統治はもちろん大切だ。

 

 本来、ワタクシが成すべきことだ。

 

 だが、あまりにも唐突なお別れになってしまった。

 

 もし離れるのなら、一言言いたかった。

 

 本当にこれでいいのか?これが正しいのか?そんな想いでワタクシの頭の中は支配されていた。

 

 ───────ああ、愛しのお嬢様。どうか、一目だけでも会いたいです。

 

 

 

 「……ダメですね。仕事になりません。」

 

 一度考え出すと、キリがなかった。

 

 この時間に来て何か出来ることがあったんじゃないか。

 

 もとの時間に戻ったとして、なにができるのか。

 

 お嬢様を助けられるのか。

 

 「……外の空気でも吸いますかね。」

 

 ワタクシは手を止め自室を後にし、とある場所へ向かった。

 

 ーーーーーーー。

 

 遺跡の最深部。

 

 古びた壁にかつての言語。

 

 我々悪魔が精霊だった時の拠点だ。

 

 あの方はここが好きだった。

 

 ワタクシは壁画と、その横に置いてある巨大な骨と未だに脈打つ心臓を横目に見る。

 

 壁にもたれかかって、床に座る。

 

 静かだ。

 

 あの方の心音だけがこの遺跡に鳴り響いている。

 

 目を閉じて、頭をクリアにする。

 

 ドクンドクン。

 

 心臓の音に身を委ねていると、落ち着いてくる。

 

 不思議と懐かしい香りがしてきて、思い出が蘇るようです。

 

 

 

 

 「あっれー!?こんなところにいていいのかな??4代目魔王くん!」

 

 耳馴染みの良い声が聞こえてきて、そっと目を開ける。

 

 鈴のようなコロコロとした声でしたね。あなたは。

 

 まさか、こんなことが起きるとは。

 

 遅れて驚きがやってくるが、嬉しさの方が大きい。

 

 「あまり魔王としては認められていませんからね。皆さん優秀ですから、サボり中です。」

 

 ワタクシは聞こえてきたかつての友の声に『今まで通り』に返しみせる。

 

 

 実際、魔界の統治は向いていない気がした。

 

 元々仕えて、尽くすことが取り柄なワタクシには色々不向きです。

 

 それに、アスタロトやリヴァイアサンの方が向いている。そういう声の方が魔界では多かったです。

 

 今魔界にいる有力な悪魔はほぼ消えて、上級悪魔はほとんど同じレベル。

 

 誰だって、ぽっと出の魔王には厳しいです。かつての魔王たちは偉大すぎましたからね。

 

 それに、今は心ここに在らずで、仕事もろくにできていませんしね。

 

 いけませんね。かつての友が現れてくれたのに、ネガティブ思考です。

 

 ワタクシは切り替えて向き直る。

 

 

 現れたかつての友は懐かしむように笑ってくれる。

 

 ワタクシもきっと、同じ顔をしている。こうやって、ボヤくのも懐かしいですね。

 

 

 「相変わらず、寂しそうだね?でも、ちょっと変わったかな?……何より、久しぶり!アモン!」

 

 「ええ。お久しぶりです。あなたも相変わらずですね。『レヴィー』。」

 

 目の前に白銀の髪をなびかせる女性が佇む。こちらを覗き込むように微笑む。

 

 見慣れた黒のドレスに赤い瞳。

 

 元天使だけあって、美しい。

 

 明るい表情を浮かべているが、実態はなく、光に包まれていて今にも消えそうだ。

 

 かつての友、嫉妬の悪魔リヴァイアサン。

 

 ワタクシはレヴィー、と呼んでいた。

 

 ワタクシが殺すことを躊躇い、心臓だけが残り続けている。

 

 誰かがきっと彼女を救ってくれると信じていたが、24000年後の間球でマーモインに取り込まれた。

 

 「難しい顔してるね?たいへん?」

 

 レヴィーはワタクシの隣に座り込むと、首を傾げる。

 

 生きているように楽しそうに動くが、彼女はもうこの世界にはいない。

 

 おそらく魂の欠片が夢を見せてくれている。

 

 この奇跡のようなコンタクトも今回限りだろう。

 

 「……助けられず、すみませんでした。」

 

 「いいよ。全然気にしてない。むしろ助けてもらったと思ってるよ。」

 

 「……助けた…?」

 

 「あのまま暴走して、悪魔や天使を傷つけていたら、バアルくんみたいになってたと思うよ。悲しくて、苦しくて生きていけなかったと思う。」

 

 「……それなら、良かったです。」

 

 「それが悩み?」

 

 まだあるんでしょ?と、言いたげに小首を傾げる。何もかもお見通しですか。

 

 そうです。それはただの、罪悪感と後悔でしかありません。

 

 「……大切な人が出来たんです。向いていない魔王を引き継いで、惰性で生きていた日々に、活力をあたえてくれる存在に巡り会ったんです。」

 

 「素敵なことじゃん。」

 

 「それをあなたに伝えたかったのかもしれませんね。」

 

 漏れだしそうになる自分勝手な不安を、押し殺す。一度口にしたら、全て吐き出てしまいそうだったから。

 

 「そっか……。新しい主に会えたんだね。アモンが楽しそうでよかったよ。」

 

 嬉しそうに笑うレヴィー。でもどこか視線は遠い。

 

 その寂しそうな顔はかつての自分を想起させて、ワタクシはぽつりぽつりと呟き始める。

 

 1度吐き出したら止まらないと、わかっていても、止めることなんて出来なかった。

 

 昔から、彼女にはなんでも話してきたから。

 

 「でも……また失ってしまうかもしれないんです。必ず、おそばにいると約束したのに。助けたいのに、力が足りません。知識もありません。」

 

 ワタクシはつい、渇望するようにたどたどしい言葉を紡ぐ。

 

 自信の無い言葉が次々に溢れてくる。

 

 すると、レヴィーはワタクシの額を指で弾く。

 

 痛みはかえってこないが、反射的に「いたっ」と発してしまう。

 

 思い出が痛みを想起させたのかもしれない。

 

 「ばーか。アモンらしくないよ。」

 

 「…え?」

 

 「アンタは何としても主を守る。そういう奴でしょ?なに、弱気になってるのさ。」

 

 ぷくっと、頬をふくらませて怒ってみせるレヴィー。相変わらずストレートな物言いに安心する。

 

 だからこそ、つぶやく言葉は止まらなくなった。

 

 「突然失うことの辛さも無力感も理解していたんです。それなのに、ワタクシはまた手を離してしまった。……なんだか、考え出すとネガティブになってしまって……」

 

 

 

 

 「失ったのなら、取り返せばいい。欲しいなら、求めればいい。手を伸ばし続ける限り、アモンは『強欲』だよ。」

 

 数秒、間をあけたあとレヴィーは呆れるように呟いた。

 

 「……レヴィー」

 

 その言葉はどんな言葉よりも説得力があった。ワタクシは思わず、圧倒されてしまった。

 

 「私はもう、欲しくてもなにも手に入らない。だから、アモンの悩みは贅沢。」

 

 「……そうですね。その通りです。焦燥感と不安にやられていましたね。ワタクシらしく動きます。考えたところで、それしかできませんし。」

 

 ワタクシはきっと、彼女に背中を押して欲しかったんだろう。

 

 彼女の言葉はいつも、シンプルだ。

 

 ワタクシは立ち上がり、決意を新たにする。

 

 「それでいいと思うよ。……でももし、自信が足りないって言うなら、私を使いなよ。それぐらいは力を貸すよ。」

 

 レヴィーは立ち上がると、自分の心臓を指さす。

 

 もしかしたら、彼女を助けられるかもしれない唯一の代物だ。

 

 死んでもなお、動き続ける心臓。圧倒的なまでの魔力を秘めている。

 

 「いいんですか……?本当に消えてしまいますよ。」

 

 「親友の願いを叶えるために消える。私にしては悪くない最期だと思わない?アモンの答えを見届けさせてよ。」

 

 「……わかりました。とっておきのを、見せてあげますよ。」

 

 「……妬けちゃうぐらいの期待してるよ。」

 

 レヴィーは最期に笑っていた。

 

 ワタクシもきっと顔が緩んでいたと思う。

 

 

 光に包まれ消えていくレヴィー。

 

 

 気がついた時には、手に心臓が握られていた。

 

 

 「ありがたく、いただきます。我が親友。」

 

 ーーーーーーー。

 

 

 

 城に戻ると、ワタクシの勘が警鐘を鳴らした。

 

 『強欲』の権能が働いたのかは分からない。

 

 でもアスタロトが告げていた『その時』が来たと直感する。

 

 なぜなら、警備が厳重なはずの廊下に悪魔が誰もいなかったからだ。

 

  いくら認められていない魔王だからといって、ここまでのことは今まで無かった。

 

 

 

 長く薄暗い廊下を進み、玉座を目指す。

 

 重たい扉を開け、玉座の間へとたどり着く。

 

 幾つもの柱の先に玉座があり、いまはワタクシだけが座ることを許されている。

 

 

 

 だが、そこには『見知った少女』が座っていた。

 

 

 

 ───────会いたいのは貴様ではない。

 

 

 

 その姿に苛立ちが湧いてくる。

 

 金色の髪の毛に、碧眼。華奢な身体に、衣服を纏わぬ姿。

 

 平然とアリスお嬢様の姿で現れたのは───────アンリマユだ。

 

 

 

 間違いない。同じ匂いに取り込まれた記憶がある。

 

 その匂いにさえ、苛立ちが湧いてくる。

 

 

 

 ───────こいつが、お嬢様を未来で殺す悪の化身。絶対に許すものか。今のうちにワタクシが殺してやる。

 

 

 

 おっと、冷静にいかないとダメですね。不必要な改変は何が起きるかわかりませんからね。苛立ちが湧いてきますが、今はなんとかこらえましょう。

 

 必死に込み上げる怒りを堪えていると、歪んだ表情を浮かべるアンリマユ。

 

 

 「やあ、強欲のアモン。」

 

 「これはこれは。来客など珍しいですね。ここを通るためには部下の許可がいると思うのですが。」

 

 ワタクシは怒りを悟られないよう、平然とした態度で返す。慎重にいかなければならない。

 

 「君みたいな、ただの上級精霊に彼らが従うと思っていたのかい?警備は手薄。君を守ろうとする者は数名いたか、いなかったか、ぐらいだよ。人望ないね?」

 

 「ま、本来であれば同等の存在ですからね。アスタロトやレヴィーが魔王になるべきだったとワタクシも思っていますよ。」

 

 楽しそうにワタクシのことを侮辱してくる。本当のことではあるが、こいつに言われなくてもわかっている。

 

 ワタクシは挑発に乗ることなく、冷静に受け流す。

 

 明確にこいつはワタクシを怒らせようとしている。

 

 ならば、耐えてみせましょう。

 

 「だろうね。今魔界にいるのは大した力を持たぬ下級悪魔か堕天使のみ。上級は君を除けば、頭の硬いアスタロトの配下達とルシフェルが残した元天使たち。よくここまで魔界を回せたものだよ。」

 

 「ワタクシもそう思います。……それで?世間話をしに来たのですか?お暇なのですね。」

 

 「これはこれは失礼したね。まずは名乗ろうか。ボクはアンリマユ。君の代わりに魔王になってあげようと思ってね。ここに来たんだ。」

 

 「お好きにどうぞ。ワタクシには他にやることがあるので、むしろ助かります。」

 

 「ふーん?それは困るなあ。魔王になることも目的だけど、1番の目的は君だからね。……うーん。……蹂躙するのは簡単だけれど、それじゃあ面白くないよね?……あっ、そうだ。戦う理由をあげようか?」

 

 「……はあ、なんでしょう?」

 

 「僕だよ。君の友達や親友、主をあんな風にしたのは。」

 

 「……は?」

 

 「もう、察しが悪いなあ。サタンの魔力暴走させたり、バアルを暴走させたのがって話さ。ま、それに続いてルシフェルが堕天したりリヴァイアサンが暴走したり、最高に楽しかったけどね。」

 

 「貴様が……貴様が全部の……元凶か!!!!アンリマユ!!!!」

 

 

 抑えていた怒りが爆発する。呼応するように魔力が溢れてくる。

 

 今なら、どんなことだって、成し遂げられる。

 

 こいつはお嬢様の姿で悪事を働き、未来でお嬢様の体を乗っ取った。

 

 ここまでの暴挙、許されるはずがない。

 

 ワタクシが今ここで、こいつを倒す。

 

 そうすれば、未来は変えられる!!!!

 

 冷静にならなければならない。そう思っていたが、ワタクシにとってこれはもう、我慢の限界です。

 

 大切で、一生を捧げた主を、『サタン様』を、『アリス様』を、侮辱された。

 

 貶められた。

 

 許せるはずがない。

 

 それどころか、我が友を、魔界に必要とされてきた大悪魔たちを、おもちゃのように弄んだ。

 

 絶対に許せるはずがなかった。

 

 

 「アッハ!怒った!怒った怒ったあ!戦ってくれるんだね!君の負の感情が心地いいよお!」

 

 お嬢様の姿で醜く下品に笑うアンリマユ。

 

 ワタクシの怒りは更に膨れ上がる。

 

 「なんでこんなことを!!!!!」

 

 ワタクシは怒りに任せ魔力を乗せた拳を繰り出す。

 

 アンリマユは顔面で受け止めるが、下品な笑いを浮かべながら顔面で押し返してくる。

 

 「クックククク。目的?そんなの、世界を崩壊させることに決まってるじゃないか!君も僕の悪意の糧となるんだ!光栄に思ってくれよ!」

 

 狂気を帯びた笑いをみせると、アンリマユの魔力に拘束され飲み込まれていく。

 

 泥のような魔力は抵抗すればするほど、拘束が強くなっていく。

 

 「ぐっ……!!!」

 

 「どうする?死んじゃうよ?命乞いするなら、魂書き換えて下僕にしてあげるよ?」

 

 「誰がそんなこと……!!!殺せるものなら、殺してみるといい!!!何度だって、あなたを殺してみせます。例え何度世界が巡ろうともね!」

 

 「君みたいに世界の摂理も理解していない低級クズ悪魔に、そんな話言われたくないんだよ。僕はね、もうこれで3度目の世界なんだ。1度目にアリスに封印され、2度目にアリスを殺したのにソロモンとエリスに封印された。忌々しい。今度は三人とも殺す。その前に世界崩壊の準備しておこうと思ってね。君を殺せば、あとはベオルのみだ。」

 

 「世界の摂理なら、ワタクシも垣間見ましたよ。……残念ですが、あなたの野望は叶わない。大罪悪魔はまだ生きていますし、貴方は3度目の世界でもアリスお嬢様に封印される。……ワタクシは知っているんですよ。」

 

 「フッ…。面白いジョークだね。なら、キミを殺したあと、じっくり殺していくよ。……死ね!」

 

 「……今行きますからね。お嬢様。ようやくまた会える───────またお会いしましょうアンリマユ。次は4度目の世界で。」

 

 「……なに?」

 

 おそらく1度目のワタクシはアンリマユを殺すことを願ったのでしょう。

 

 その結果たどり着いたのがお嬢様。

 

 24000年後のお嬢様は、アンリマユの依代。

 

 あの時点が一番楽に殺せる段階だから。

 

 でも今回のワタクシはそんなことは願いません。

 

 お嬢様を殺すなんて、以ての外です。

 

 

 

 『アリスお嬢様に会いたい』『そばにいたい』『お嬢様を救いたい』

 

 今願うのはそれだけです。

 

 ワタクシの願いが届いたのか、目の前は光に包まれます。

 

 「まさか……!強欲の権能……!?」

 

 最後にアンリマユがうろたえる姿が見れた。

 

 この手で必ず、殺してやる。

 

 今はその面で満足してやろう。

 

 

 ーーーーーーーー。

 

 

 目の前には泣きじゃくる一人の少女。

 

 ワタクシは迷うことなく手を差し出す。

 

 「あなたは……だあれ?」

 

 「ワタクシはアモン。あなたの願いを叶えに来たのですよ。契約を交わせば、どんな願いだって、叶えてみせましょう。」

 

 

 「なら、なら、私とずーっと、ずーっと、一緒にいて。どこにもいなくならないで!ずっと、ずーっと、ずーっと!!!そばにいて!!!『私の家族になって』」

 

  必死に縋るように、ワタクシに抱きつく少女。

 

 両親には疎まれ、使用人には悪影響を及ぼし、唯一そばにいてくれたエリス様は亡くなられた直後。

 

 この願いは誰にでも許される願いです。

 

 決して穢れていない。

 

 誰しもが望む当たり前の幸せです。

 

 こんな悪魔でよろしいのなら、ワタクシは叶えてあげましょう。

 

 代償はこの愚かな悪魔との契約ということで手を打ちましょう。

 

 だって、ワタクシが結びたいのですから。

 

 ワタクシの私利私欲にまみれた願いの叶え方で、代償とします。

 

 「その願い聞き届けました。『契約に従いましょう、我が主。天羽アリスお嬢様。』」

 

 ワタクシは迷うことなく契約を結ぶ。

 

 今度は本当に。

 

 お嬢様とワタクシを魔法陣が包み、魔力のパスが繋がる。

 

 お嬢様のこれまでの記憶、膨大な魔力が津波のように激しく流れてきます。

 

 偽りなしの契約です。

 

 これでいい。これで後悔なく、貴方様のそばにいれます。

 

 より貴方を理解し、お仕えすることが出来ます。

 

 あなたのそばに居続け、家族であることを誓いましょう。

 

 

 

 その日から、ワタクシの2度目の間球生活が始まったのです。

 

 

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