4章1話 アモンと知識の悪魔
闇がワタクシの中を支配する。
次々に思念や知識が流れ込んでくる。
どうやら、世界全てがアンリマユに飲み込まれたようだ。
『明星清直はルシフェルの転生者』
『ナーヴァは両親をアンリマユに殺されている』
『ベオル・バアルはミカエルに殺された』
『ミカエルはラファエルに記憶を消され、ルシフェルに殺された』
次々に誰の記憶か分からない知識が流れ込んでくる。これは自我を保つのに苦労しそうです。
アリスお嬢様……あなたはどこに……
手繰り寄せるように、お嬢様を思い続け、自我を保つ。
『アモンが殺された……私の目の前で……約束したのに……契約したのに……』
なんて悲しい魔力なのだろう。
これほどまでにワタクシは思われていたなんて。
何という失態でしょう。
お嬢様を守ることが出来なかった。
『お願い事……?なら、私と……』
脳裏に走馬灯が駆け巡る。
お嬢様の声。
幼き頃のお嬢様。
お嬢様との契約。
結んでおけば、よかった。
こんな所で死ぬのか……ワタクシは。
馬鹿かワタクシは。
こんな所で、諦めるのか?このワタクシが。
違うだろ。
ワタクシが諦める訳ないだろう。
渇望してやる。
どこまでも。
何度だって。
ワタクシは……強欲のアモン。
全てを手に入れる悪魔だ……!
死の淵に立って、ワタクシの欲望は暴走する。
焦がれて、求めて、渇望する。
お嬢様との未来を。
刹那。事象は流転し、時は逆行した。
ーーーーーーー。
目を開くと、赤き月がワタクシを照らした。
混沌とする大地。
何も無い荒野にワタクシは立っていた。
中々理解に苦しむ事態が起きた。
何が起きた……?
魔界に移動してきた……という訳では無いだろう。
確実にワタクシは先程死んだ。
それなのに今意識も生命もはっきりしている。
権能が働いたのか。
お嬢様との契約をワタクシが求めたから?
過去に移動した……のか?
「またこんな所にいたのね。アモンちゃん♡」
困惑し思考していると、黒い龍が目の前に現れてワタクシを視界に捉える。
立派な鱗、綺麗に研がれた美しい爪。広げられた巨大な翼に、視界は遮られる。
「……アスタロト。」
「そうよ。そして、アナタの永遠のライバル。」
「いつからそんな話になっているのですか。」
「ワタシがそう決めたのよ。アナタが強欲になった日、ワタシを倒してから。」
記憶にあるやり取りだ。全く同じ会話を過去にしている。
相変わらず、勝手なやつです。戦いに負けたのを一生根に持っている。
知識と力を何よりも求める、昔ながらの悪魔らしさを残している。
「何しに来たんですか。」
「魔王様が居なくなったのだから、探すのは当たり前でしょう?」
「……建前はいいです。要件を。」
ワタクシが魔王だった時代……。記憶が混乱する。
今言われて、はっきり自覚する。ワタクシは今の今まで、自分が4代目魔王だったことを忘れていた。
魔界でサタン様と共に戦ったあとから、記憶が朧気だ。
暴走するリヴァイアサンを倒したこと。強欲の二つ名を得たこと。そこから一気に記憶が飛んで、お嬢様に召喚されたこと。
どうなっている。
ワタクシが思考していることを構いもせず、アスタロトは続ける。
「……やだもう。わかってるく・せ・に♡」
甘えるような声を出してくるアスタロト。
戦いを挑んできているのだろう。悪いが、そういう気分にはなれない。
状況の整理の方が先だろう。
「今はそういう気分ではないです。」
「未来から戻ってきたんでしょう?」
「……さすがに分かりますか。」
「アナタとどれだけ戦ってると思ってるの。それぐらい匂いでわかるわ。」
「さすが知識の悪魔……といったところですか。」
「じゃあ、これならどう?ワタシに勝ったら、アナタに知識を授けるわ。悪くないでしょう?」
願ったりな誘いだった。悪くない。
ワタクシが今求めていることです。
乗ってあげましょう。
「いいですね。覚悟してくださいね。」
「ただし、ワタシが勝ったら、百戦連戦してもらうわよ。アナタの魂が枯渇するまで永遠にワタシと戦うの!!!」
「……いいですよ。ワタクシが勝てばいいだけのことです。」
ワタクシは簡単に構えると、手招きをして挑発する。
「いいわね!いいわね!熱くなってきた!!!」
アスタロトは高揚し、喜んでみせる。そのまま上空に一気に上昇すると、ワタクシ目掛けて降下してくる。物凄い量の魔力を身に纏い、突撃してくる。
楽しんでいるようです。
でも、お遊びに付き合っている暇など、ワタクシにはないのです。
「単純な力比べ……と行きますか。」
あの混ざりものの人間は強かった。
復讐心で強い魔力を得たからだ。
大切なものを奪われたのは、ワタクシも同じ。ならぱ、ワタクシにもあの魔力を使えるはず。
アンリマユを殺す。
お嬢様を救う。
誰よりも強欲に、誰よりも欲に忠実に、ワタクシは生きる。
ワタクシは掌をアスタロトに向ける。
ワタクシの全霊をもって、魔力を解き放ちアスタロトの巨大な魔力とぶつけさせる。
「ぐっ!?おっ!ぐぁあああああっ!!!!」
アスタロトの悲痛にも似た声が漏れる。
当たり前だ。24000年のときを超えた悪魔の力だ。
「貴様とは……格が違う。……味わうといい、ワタクシの魔力を……!」
「ぐわあああああああっ!!!」
刹那、魔力同士の衝突により大爆発が起きる。
爆風で辺りに霧と砂埃がまう。
霧が晴れると、全裸の筋骨隆々な男が現れる。
色白の肌に、女性のような長く美しい黒髪、白い天使の翼。
全くもって異質な姿だ。
これがアスタロトのもうひとつの姿だ。
「ひっどいわね。まだジャブでしょうが…!美学がないわ。」
アスタロトは不服そうに、悪態をついてくる。
「戦いの美学は理解していますが、ワタクシは本気です。貴方と戯れている時間などないのです。」
急かすように話を進めるよう促す。アスタロトは呆れたように、やれやれとジェスチャーしてみせる。
「つれないわね。……まあいいわ。話してみなさい。…この大悪魔がアナタに知識を授けるわ。」
地面に胡座をかき、頬杖を着きながら、深紅の瞳で見つめてくる。
「記憶を覗けば早いでしょうに。」
ワタクシはアスタロトの前に腰を下ろす。
「わかってるでしょ。相手から、相手の言葉で、聞くからこそ、意味があるのよ。」
「そう言うと思ってましたよ。」
ーーーーーーーー。
「だいたい話は理解したわ。」
一通りこれまでの話をしてみせる。
この先、ワタクシがアリスお嬢様に召喚されること。
お嬢様は人間でありながら、悪魔を超える魔力を持っていたこと。
指輪がなくなれば、徐々に生命を吸われ命を落とすこと。
さらには周りの人間や生命に大きな影響を与えること。
あと3年で隔離された生活に戻ってしまうこと。
そして、その魔力を抑える方法は人間を殺すこと。
もしくは、完成したソロモンの指輪を身につけること。
そして平和に過ごしていたはずなのに、ナーヴァという混じりものの襲撃により、お嬢様の中のアンリマユが復活。
世界が闇に包まれたこと。
それらを話してみせた。
そして、24000年後の間球には、『暴食ベルゼ・バアル』、『怠惰ベオル・バアル』『強欲マーモイン』、『嫉妬リヴァイアサンの核』『色欲アスモデウスの転生者』、『傲慢ルシフェルの転生者』が現れたことを伝えた。
そして、魔王だったことを今の今まで忘れていたことも伝えた。
「アンリマユの復活に、大罪悪魔の出現。世界を崩壊させようとする意図的なモノに感じるわ。」
「だが、サタン様は現れませんでした。」
「バカね。察しが悪いわよ。あなたはもう強欲のアモンだけではないの。」
「どういうことですか?」
「記憶を失っているんだったわね。教えてあげるわ。あなたは強欲の二つ名を与えられた時、既に権能を手に入れていた。」
「わかるように話してください。」
「正確にはリヴァイアサンを手にかけた時、あなたは名実ともに魔界の王となった。つまり赤き月の影響をより強く受けたの。」
アスタロトは赤き月を指をさす。
あれは、あの月は、魔界のために怒りの炎を燃やす『憤怒の大魔王サタン様』だ。
「つまり、ワタクシは強欲の権能ではなく、憤怒の権能を得た……と?」
「そうよ。その証拠に、世界に一つしか存在できない権能が二つ現れた。」
「……マーモイン」
「そう。……あなたは二つ同時に権能を得たことで、暴走をした。ワタシを簡単に倒せるぐらいには強くなったって訳。」
「それで記憶が飛び飛びなのか。」
「あなたは恐らくあの時点では力を制御できていなかった。だから、暴走と制御を繰り返していた。……感謝して欲しいわ。ワタシとの戦闘はさぞ発散になっていたでしょうね。」
「それは感謝しよう。」
「なら、ワタシと千戦連戦してくれる!?」
嬉しそうに顔を近づけてくるアスタロト。ワタクシは顔面を押し返しながら、断る。
「断ります。それに数が増えている。……それより、話を続けてください。分からないことが多い。」
「もう……仕方ないわね。……あなたが得た権能は二つ。怒りの感情をトリガーに無限に湧く絶大な魔力『憤怒』。全てを渇望し、時間さえも超越する『強欲』。」
呆れたように説明を続けるアスタロト。
ワタクシは自分の権能を理解していなかったことがわかる。
今まで未来を予言、過去をみる、ぐらいだと思っていた『強欲』はとてつもない力を持っていた。
そして、無限の魔力。
これなら、お嬢様と契約できたわけだ。
「ワタクシはなぜ、この世界に戻ってきたのでしょう?」
「強欲の権能が発動したのは、間違いないわね。この時間だったのは恐らく24000年の壁。」
「地上界渡航の掟……それがなにか関係あるのですか?」
「おかしいと思ったことは無い?なぜ2回同じ地上界に飛んだだけで、24000年経過するのか。」
「……興味なかったですね」
「はあ。これだから、最近の悪魔は。……地上界は約24000年周期で同じような歴史を繰り返しているのよ。」
「同じような歴史を……?」
「今までただの仮説だったんだけど。あなたが24000年を行き来したことで、確信したわ。貴方がタイムリープできる権能の限界値。それが24000年。……それ以上先は同じような歴史。つまり、あなたにとっては過去。あなたの知るアリスはもういない世界。」
「だから、権能が選んだのがこの時間だと……」
「そう。ここからちょうど24000年後の間球。それがあなたの求めるアリスがいる地点。」
「でもなぜ限界値まで権能が働いたのでしょう。10年ぐらい前に遡れば、良かったような気がしますが……」
「ばかね。それこそが答えじゃない。時の修正力。タイムパラドックス。あなたは既にこの地点から飛んだことがある。そう考えることができるわ。」
「ワタクシがこの地点から飛んだことがある……?」
「記憶が消えているのだから、ない話ではないわ。それにおかしいと思わない?24000年前の魔界にいるあなたが突然、地上界の間球のアリスちゃんのとこに行くなんて。」
「召喚されたのでは……?」
「召喚の時は、必ず魔法陣と扉が出現するのよ。あなたは突然目の前にアリスが現れたと言っていたわ。」
「確かに……そう言いました。でもそれだけでは根拠が薄いように感じます。」
「まあ、ワタシもそう思ってたわ。でもアナタは24000年後の間球から今この地点の魔界に来た。……それはつまり、ここからあなたは24000年後の間球に飛ぶ必要がある。もしくは、過去に、つまりこれから、あなたは飛ばないといけない事象に襲われるということ。未来のあなたが別の過去に行って、過去改変することは許されなかったってこと。でも飛んだことのあるこの時間なら、矛盾しない。」
「なるほど。だから、この時間のこの場所に飛ばされたと。これこそが時の修正力。……権能については理解しました。では、アンリマユの目的、お嬢様について、教えてください。」
「アンリマユの目的なんて、考えるまでもないでしょ。」
「……大罪悪魔の殲滅」
「それに付随して起きる世界の崩壊……でしょうね。」
「それなら、お嬢様の魔力については……?それから、アンリマユとの関係は……?」
「質問が多いわね。かなり大サービスよ。……アリスちゃんの魔力は言わば、呪い。間球には『アマハネの一族』の伝承があるわね。」
「え、ええ。そんなことまでわかるのですね。」
「世界にはある程度、そういう事象や伝承は付き物なの。でも間球は、特に魔力と神力の影響を受けている。アンリマユのことはわからないけど、似ている存在については心当たりがあるわ。間球の成り立ちにも大きく影響しているから、関係はあるんじゃないかしら。」
「教えて頂けますか?」
「これで最後よ。」
「よろしくお願い致します。」
「……ワタシたち精霊が作られる前、創造主は万物を生み出すために『悪の化身』と『善の化身』、それらを監視する『裁定者』を作ったの。」
「悪の化身に……善の化身……」
「深く考える必要は無いわ。我々の理解を超えた果てしない時空の話よ。」
「……でその三すくみの関係はどうなったんですか?」
「善の力で世界を作り、また悪の力で世界を滅ぼす。破壊と再生を繰り返して、世界を構築していったわ。……だけれど、世界に天使、悪魔、人間が生まれると、その均衡は大きく崩れた。」
「我々の責任……ですね」
「大きな争い、強い力、欲望に悪意。世界には悪の力が蔓延し、悪の化身を苦しめた。……その結果、善の化身と裁定者は手を組み、悪の化身を滅ぼした。……だが、その戦いの中で、裁定者は消失し、善の化身は人間へと姿を変えた。そして、悪の化身はその人間に呪いをかけた。世界を悪意で満たす呪いを。……その後、その影響を強く受け神力と魔力が満ちる世界となったのが『間球』と言われているわ。」
「確かに似てる……間球にあるアマハネの一族が魔王を封印した話と似ています。」
「当たり前よ。その呪いを受けた人間の名前は『アマハネ・アリス』。多分、アリスちゃんの先祖。……もしくは。」
「もしくは……?」
「天羽アリス……本人。」
「まさか……」
「ええ、そうよ。地上界は同じような歴史を繰り返している。事象の中でアリスちゃんがアンリマユを倒している世界もあるのかもしれない。」
その話が本当なら、あの溢れるお嬢様の魔力にも説明がつく。
そして、お嬢様の体を狙っていたことも。
両者は古の時代から続く因縁を持っているのだから。
「最後に聞かせてください。ワタクシはこの先の運命を変えられますか。」
「……答えられないわ。ワタシにもこれ以上は分からないわ。わかっていても、すこしお喋りがすぎたもの。ワタシからの知識はここまでよ。」
アスタロトは立ち上がると、天使の羽でどこかへ飛んでいく。
まあ、確かにさすがに聞きすぎましたかね。
ワタクシはひとまず、この時間を生きてみることにした。
いずれ、権能を使うその時まで。
お嬢様と過ごす未来のために。今できることをしようと思う。