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3章6話 明けの明星


 清直に嫌われた。

 

 私が悪い子だったから。

 

 記憶が朧気で、この屋敷に来てからのことは、ほとんど覚えていない。

 

 ただ、突き動かされるように、魔力が溢れたことだけは覚えている。

 

 どうしようもない怒りの中で、清直を感じた。

 

 『許さない』

 

 私の中にあった感情とそれはリンクした。

 

 

 それでも、目を覚ました私に清直は顔を背けた。

 

 困惑、恐怖、悲しみ。

 

 そんな感情が伝わってきた。

 

 こんな顔をして欲しいわけじゃない。

 

 心の底から笑って欲しかった。

 

 それなのに、最近の清直はいつも難しい顔をしていた。

 

 原因が私にあるのは、わかっていた。

 

 いつも彼は、わたしを守ろうとする。

 

 心地よくて、優しくて、甘えたくなる。

 

 だから、ダメだと思った。

 

 このままじゃ、ダメだと。

 

 わたしも清直も。

 

 

 パパとママのことも、私のことも、復讐のことも、何も分からないまま彼との日々を空想してしまった。

 

 でもそれは、正しくない。

 

 私はそのままではいられない。

 

 そして、そのままではいられない私に清直は力を貸してしまう。

 

 そして、また傷つけてしまう。

 

 守られてしまう。

 

 だから、私は清直を拒絶した。

 

 

 ーーーーーーー。

 

 「よかったんですか?あんなに冷たくして」

 

 「……これ以上迷惑かけられないから」

 

 「……そうですか。明星さんはそんなふうに思ってないと思いますけどね。」

 

 「……そうかもね。」

 

 部屋を出て、外に案内される。

 

 私は準備の間、桃色の和服を身に纏う赤茶髪の女性と立ち話をしていた。

 

 この赤茶髪の女性は確か、真昼豊華と呼ばれていた。

 

 豊華は白髪の老人ソロモンから小さな箱を受け取り、スーツケースにしまい込む。

 

 恐らく説明があった指輪だろう。

 

 屋敷の縁側から少年の姿をした悪魔がこちらにやってきて、豊華の隣に並ぶ。

 

 「僕はベルゼ・バアル。君と同じ、護衛だよ。」

 

 黒髪に赤い瞳。青みがかった和服を身にまとい、軽く挨拶してくれる。

 

 「……ば、バアル……!?」

 

 聞き覚えしかない名前だった。

 

 魔界を統一されたお方の名前と一致する。

 

 私が驚いた顔をしていると、少年は首を傾げる。

 

 「魔界で会ったことある?」

 

 「ほ、ほんとに……バアル様なんですか?魔王……バアル……様?」

 

 「まあ、そうだよ。そう呼ばれていたね。……ルシフェルとべオルに封じられてたから、ざっと24000年以上前の話だけどね。」

 

 「……知らなかったとはいえ、名乗りも挙げず大変失礼致しました。……私は4代目魔王アモン様が統括する魔界から来ました。ナーヴァと申します。……ご無事の帰還、心よりお慶び申し上げます。」

 

 私は慌てて跪き、パパとママから叩き込まれたあいさつで返す。久しぶりにやったけど、思ったより上手くできた。

 

 「堅苦しいのはいいよ。君、そういうの得意じゃないでしょ。……それに今は魂がふたつに別れて、君の知る魔王ではないからね。今はただの大罪悪魔だよ。」

 

 「あ!そうなの!?……じゃなかった!……そうなのですね。」

 

 つい気が緩んで、いつも通りの話し方になってしまう。すると、バアル様は優しく微笑む。

 

 「いいよ、楽にして。もう魔王じゃないからね。」

 

 「え!いいの?」

 

 「いいよ、いいよ。それより、目的を果てしてしまおうか。一緒に豊華を守るの協力してくれる?」

 

 「はい!もちろんです!」

 

 「よろしくね、ナーヴァちゃん。」

 

 続けて、豊華も微笑んでくれる。

 

 私も合わせて頭を下げた。

 

 そう、目的はこの人と指輪を守ること。

 

 私が傷つけてしまったバルバトスの代わりに。

 

 

 バルバトスとソロモンは屋敷に残るそうだ。

 

 清直のことは任せていいとの事だった。

 

 「……行ってくるね。清直。」

 

 私は小さく呟いた。

 

 

 この護衛が終われば、ようやく記憶を取り戻すことができる。

 

 ここまで連れてきてくれた清直の為にも、頑張らなきゃ。

 

 

 まだ心のどこかで後悔している。

 

 彼を拒絶したことを。

 

 離れたくないと思ってる。

 

 彼の絶望した顔は忘れられない。

 

 でもこれ以上、彼を巻き込む訳にはいかない。

 

 これでいいんだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 3人で屋敷を後にし、『天羽家』に向かう。

 

 ここから30分程歩いた距離に、目的地はあるらしい。

 

 地図によれば住宅地を抜けて、学園を過ぎ10分ほどのところらしい。

 

 住宅地から離れたお屋敷だそうだ。

 

 ソロモンの屋敷は山側に近い場所だ。

 

 だから向かう時は下り坂が多い。

 

 「飛んで行った方が早くない?」

 

 私はつい、そんな疑問を抱いた。

 

 ベルゼも私も悪魔だ。翼をはためかせて向かった方が早い。

 

 「アタシが人間だから、ね。」

 

 豊華が申し訳なさそうに苦笑いする。

 

 「あ、いや。私とベルゼでこう、ビューンっと!」

 

 私は手を広げてアピールしてみる。はやく用事を終わらせて、記憶を取り戻したい。

 

 「焦る気持ちはわかるけど、落ち着いて。説明するから。」

 

 ベルゼは穏やかに笑ってみせる。その笑顔はどこか豊華を思わせた。

 

 

 

 パパとママも笑った時は、そっくりな顔をしていた。

 

 うまく言葉に出来ないけど、素敵だと思った。思い合っている2人というのが伝わってくる。

 

 私は黙って説明を聞くことにした。

 

 「そもそもだけど、アタシとベルゼは契約してて、なるべく一緒に行動した方が色々都合がいいの。……それから、今日会いに行くひとは人間の女の子なの。あたしがいたほうが話しやすいっていうのもあるよ。」

 

 「それと、飛びたいのは山々だよ。豊華を守るのも簡単だし。何より安全。ただこの世界は悪魔に厳しいから。」

 

 二人が説明をしてくれる。私は納得するしかなかった。

 

 車や電車を使わないのも、襲われた時に対処が大変になるからという理由だった。

 

 きちんと説明させると、腑に落ちてしまう。

 

 この世界が悪魔に対して厳しいことは清直からも言われていた。

 

 本当に気をつけなければならない事なのだろう。

 

 「わかった。先走ったごめん。」

 

 私は素直に謝った。

 

 「別にいいよ。急に護衛させられて困ったでしょ」

 

 「ソロモンさん強引だからなあ。本当は明星さんも含めて四人で行く予定だったんですよ。」

 

 「……そんな感じはした。でも清直は……」

 

 「貴方を守ることを優先したんだと思うよ。」

 

 「……わかってる。それでも……」

 

 「記憶……か。どこまで覚えてる?」

 

 「パパとママと楽しく魔界で過ごしてて……魔王の側近に憧れて……日々鍛錬していて……なにか悲しいことがあって……復讐を……復讐をしないといけない。」

 

 ベルゼの質問に対して思い出しながら答えていく。相変わらず自分の身になにが起きたのか、はっきりしない。

 

 「パバとママ……それに魔王の側近を目指す、か。なんだか僕の知ってる魔界と随分常識が変わったみたいだね。アモンは相当優秀な魔王だったようだ。」

 

 「はい!とっても強くて、いつも魔界のことを考えている方でした!魔界は昔に比べて、とっても平和で。わたしはそんな世界を作った魔王様の力になりたかったんです!」

 

 「……いい夢だね。」

 

 ベルゼは何故か悲しそうに微笑む。

 

 「それなら、夢の一歩に近づけたんじゃない?」

 

 「え?」

 

 空気を変えるように、豊華が私とベルゼを抱き寄せる。

 

 「ほら、ベルゼは昔は魔王だっだし。一緒にお仕事してるよ、ナーヴァちゃん!」

 

 弾けるような笑顔に心が溶かされる。

 

 この人は周りを明るくする。

 

 ベルゼも心なしか嬉しそうだ。

 

 「そうだね!夢に近づいた!」

 

 私は満開の笑みで答える。

 

 「ほら、はしゃいでないで行くよ。」

 

 ベルゼは照れながら、私たちから離れると、先に歩いていってしまう。

 

 「あっ!待ってよ!ベルゼ!」

 

 ニコッと微笑みながら、豊華は駆け出す。

 

 私も一緒に駆け出す。

 

 清直と離れた時はすごく悲しかった。

 

 離れたことで、焦りも強くなっていたと思う。

 

 でもなんだか、落ち着いた。

 

  この人達と少しの時間を過ごせるのを楽しもうと思う。

 

 

 

 刹那。

 

 懐かしい感覚が全身に走る。

 

 知らないのに、知っている。

 

 そんな気配。

 

 いや違う。

 

 この香りは『清直』?

 

 もしかして、追いかけてきたの?

 

 振り返る私の真横を光の光線が通り過ぎる。

 

 「……え?」

 

 光の光線が放たれた方を見上げると、そこには美しい天使が翼を羽ばたかせて飛んでいる。

 

 息を飲む美形の天使が邪悪な笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。

 

 「天使……?」

 

 「ベルゼ!?ベルゼ!!!!」

 

 意識を天使に向けていたが、豊華の大きな声に振り返る。

 

 「なんでお前が……ここに……」

 

 ベルゼは腹部から大量に血を流し、倒れていた。

 

 鋭い眼光で天使を睨みつけるベルゼ。

 

 だが、苦痛の表情を浮かべている。

 

 「言ったでしょ?君を許しはしないって。」

 

 「ミカエル……!!」

 

 豊華はベルゼに寄り添いながら、天使を睨みつけている。

 

 ミカエルと呼ばれた天使は綺麗に着地すると、ベルゼ達にゆっくり近づく。

 

 

 私には何が起きているのか全く分からない。

 

 この天使が指輪を狙うという悪の化身?

 

 どう見ても天使だと思うんだけど。

 

 それにどうして豊華じゃなくて、ベルゼを狙った?

 

 それになに……この懐かしい感覚は……

 

 この天使どこかで会ったことがある気がする。

 

 「あなたは……一体だれ?」

 

 私は引き寄せられるように近づく。

 

 その刹那。

 

 「近寄らないでよ。人間。」

 

 全く対応することも出来ず、打たれる。

 

 たった一撃の攻撃で、私の体は衝撃に耐えきれずその場に転がる。

 

 「ナーヴァちゃん!!!」

 

 豊華の声はするけど、意識が遠い。

 

 「瀕死な様子だね。ベルゼ・バアル。君の半身を殺したことが効いているのかな?」

 

 「何ふざけたこと言ってるの……?」

 

 「君たちの関係性は知ってる。片方が死ねば、再びひとつの魂に戻ることを。それは少し厄介だからね。彼の肉体を殺して、君に流れる魔力だけを封印させてもらったよ。」

 

 「ぐっ……僕が目的なら、そこのふたりは見逃せ。そうしたら、好きに殺されてやる。」

 

 「ベルゼ!!!!」

 

 「断るよ。ボクは君の全てを、壊して復讐を終えるんだ。」

 

 ミカエルは楽しそうに微笑み、豊華を蹴り飛ばす。

 

 豊華は頭から血を流し、気絶する。

 

 二人を助けないといけないのに、さっきの一撃で私も動けない。

 

 私にもっと、力があれば!!!

 

 「豊華をまた……傷つけたな……このクソ天使が……」

 

 血を流しながらゆらゆらと立ち上がるベルゼ。

 

 「そんな体で何が出来る?君もべオル同様認識できない力には対応できないと知っているよ。今のボクは冷静だ。……冷静に殺すことだけを考えてるよ!!!!!」

 

 目を大きく見開き、笑いを含んだ狂気を見せるミカエル。

 

 ベルゼは歯を食いしばり、魔力を溢れさせる。

 

 「貴様を殺すためなら……豊華を守るためなら、僕は自分のことだって、捨てられるよ。」

 

 「何を言っている?まだ、無駄だって、分からないのかよ!?」

 

 ミカエルは激昂するように表情を歪ませ、あらゆる方向から鎖を生成しベルゼを拘束する。

 

 「あっはははははは!!!!」

 

 大きな高笑いをしてみせると魔力の塊と神力の塊を形成する。

 

 その塊の中から剣を二本取り出し、狂ったようにベルゼの身体を斬りつけていく。

 

 「死ね!死ね死ね死ね!!!」

 

 

 

 

 「……終わったか?」

 

 「はっ……?」

 

 刹那。ベルゼを拘束する鎖は音を立てて砕け散る。

 

 「なに……?」

 

 そして、ミカエルが持っていた剣も砕け散った。

 

 「馬鹿な……」

 

 「次は俺の番か?」

 

 ベルゼの瞳が赤く光り、魔力が大爆発する。

 

 ミカエルは焦るように後退すると、取り乱す。

 

 「なんだお前……なんなんだよ!!!!」

 

 「俺の顔を忘れたのか?ミカエル。」

 

 刹那。ミカエルの前に長身の男が現れる。

 

 間違いなくベルゼだが、雰囲気はまるで違った。

 

 伸びた黒髪は一本にまとめられ、全体の髪の毛は無造作にカールを描く。

 

 

 上半身は裸で大きめの襟飾りを身にまとい、黒のズボンに白の腰巻を身にまとっている。

 

 煌びやかな装飾品をいくつもつけ砂漠に住まう王を彷彿とさせる。

 

 だが、圧倒的な魔力そのものだけで、はっきりと伝わる威圧感は魔王そのものだった。

 

 これがベルゼの……いや、魔王バアルの真の姿。

 

 「お前は……まさか……!?」

 

 「お望み通り出てきてやったぞ。喜べ、俺が冥土の土産をくれてやろう。」

 

 ベルゼはミカエルの顎をクイッと持ち上げると、不敵に笑う。

 

 刹那。ミカエルの全身は青い炎に包まれる。

 

 「ああああああああああっ!!」

 

 「べオルが受けた痛みだ。頭蓋に刻むといい。」

 

 

 

 「なるほどね……こう来ないと、面白くないよ。」

 

 青い炎に包まれながら、笑ってみせるミカエル。

 

 「……ほう?」

 

 「……気が付かない?君、弱くなってるんだよ。全盛期の君なら、今の攻撃でボクを殺せたはずだ。」

 

 「貴様の常識でこの俺を語るな。飽きるまで殺してやるさ。」

 

 「無駄だってわかっているんだろう?キミは真昼豊華と契約したことでチカラを出し切れていない。人間ごときのために、力を失ったのさ!!!」

 

 「なら……試してみるか?」

 

 「やれるもんなら、やってみろよ!!!!!」

 

 

 今度はミカエルから魔力が溢れ出す。

 

 「馬鹿な……堕天する気か?」

 

 「とっくに堕ちてんだよ。……ボクは君に復讐する……!!」

 

 ミカエルは先程形成した魔力と神力の塊を飲み込み、邪悪な微笑みを見せる。

 

 「見せてやるよ!最高の天使の、最高の堕天をさ!!!」

 

 「……マーモインとラファエルの力か。」

 

 神力と魔力が混じり合うように爆発し、ミカエルの中へと入り込む。

 

 ミカエルの瞳は赤く染まり、美しい金髪と白き翼は黒く染まる。

 

 「クックックッ……ボクにも宿ったよ。大罪悪魔の権能が……!!!」

 

 「ようやく、整ったか。」

 

 「調子に乗るなあ!!!!!」

 

 ミカエルは闇からツルギを形成すると、バアルを貫く。

 

 剣に貫かれたバアルだが、剣を掴み、押し戻すと剣を粉砕する。

 

 「この程度か?」

 

 「クソがぁああああ!!!!」

 

 ミカエルは激昂し、バアルを蹴り上げる。

 

 バアルは黒い翼を生やし、腕を組んで不敵に笑う。

 

 再び剣を形成するミカエル。

 

 バアルも同様に剣を形成し、応戦する。

 

 空中で繰り広げられる堕天使と魔王の戦い。

 

 

 魔力と魔力がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響く。

 

 確かにバアルの力は圧倒的だった。

 

 でもそれ以上に堕天したミカエルも圧倒的だった。

 

 バアルは劣勢ながらもミカエルを煽り続け、上手く立ち回る。

 

 ミカエルは感情を逆撫でされて、怒りながら戦う。冷静さを失ったミカエルでは勝つことは厳しいかもしれない。

 

 でも。

 

 「このままじゃ……」

 

 まける。

 

 確実にミカエルの方が格上だった。

 

 冷静さを取り戻せば、一瞬でやられるだろう。

 

 「いくら貴様が強かろうと、この俺にはいかなる攻撃も通用しない。貴様はこの俺を倒すことは出来ない。残念だったな。復讐を果たせなくて。」

 

 地上に降り立つバアル。

 

 続けて降りてくるミカエル。

 

 「なら、どうしてボクを殺さない?やってみせろよ」

 

 「オレに貴様を殺す理由などない。」

 

 「はっははははは!!!そうかよ!!!なら、終わるせてやるよ。」

 

 もうダメだ。ミカエルは冷静さを取り戻した。

 

 低い声色で表情を歪ませる。

 

 「魔王バアル、君の力を『剥奪』する。」

 

 「……なに?」

 

 ミカエルが言葉を呟いた刹那、バアルの姿はベルゼに戻り、吐血する。

 

 「そん……な……」

 

 「流石に魔王に戻った時は焦ったけど、これで終わりだね。まさか、君のためにべオルが力を封じられる前に命を捨てたとは驚きだったよ。」

 

 「くそ……せっかく……の、チャンスだったのに……」

 

 「終わりだよ……ベルゼ。これでボクはお兄ちゃんの仇をうてる。」

 

 止めないと。

 

 わたしがベルゼを助けないと。

 

 魔王様を私が助けないと。

 

 一度だけでいい。

 

 動いて。お願い!!!

 

 清直。

 

 あの時のような、力を。

 

 私にちょうだい!!!!!

 

 ミカエルを倒せる力を!!!!

 

 

 私は心の底から願った。

 

 ミカエルを倒せる力を。

 

 己の中に残る魔力を全て放出して。

 

 そして。

 

 

 「……なんだ?まだ生きていたのか人間。」

 

 意識が遠い。

 

 でも、記憶ははっきりしている。

 

 ミカエルはベルゼに剣を立てようとしていたが、その手を止める。

 

 「なに?キミ。ボクの邪魔をする気?」

 

 「ゆる……さない……ゆる、さない!!!!!」

 

 私の中から今まで感じたこともない魔力が溢れ出す。

 

 この匂い。間違いない。清直の魔力だ。

 

 「お、お前!?なんでだよ……どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!!」

 

 ミカエルは私を瞳に映すと、怒り狂う。

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 この力でミカエルを止めないと。

 

 わたしは剣を生成し、ミカエルに斬りかかる。

 

 「どうしてお前なんかが!!!!『お兄ちゃんの寵愛』を受けている!!!!!」

 

 刹那。ミカエルの剣が私の胸を貫いていた。

 

 

 ーーーーーーーー。

 

 

 

 

 部屋で泣いていた僕の元へ、ソロモンさんが声をかけに来てくれる。

 

 「ナーヴァのこと好きなんだろ。大切なんだろ。君は行くべきじゃないか。」

 

 「でも俺は……ナーヴァに拒絶された……」

 

 「考えるのも、泣くのも、後悔するのも後でいくらでもできる。……だが、追いかけることができるのは、今だけだぞ。」

 

 ソロモンさんは笑ってみせる。

 

 その言葉はありきたりで、特別なものではなかった。

 

 でも、重みを感じた。

 

 「ソロモン・トラスト。話し中、申し訳ない。ベルゼ・バアルはどこだ?」

 

 刹那。襖が開き、ラファエルさんが現れる。

 

 「おお、記憶は戻ったのかい?」

 

 「ああ!!戻った!貴方のおかげだ!だが、頼む!!ベルゼ・バアルの場所を教えてくれ!!!ミカエルが……ミカエルが、奴を狙ってる!」

 

 鬼気迫る勢いで、ソロモンさんの肩をゆする。

 

 ベルゼ……?

 

 ミカエル……?

 

 「ミカエルがベルゼを……?だが、奴は君が天界に連行したはずだろう?」

 

 「ミカエルは俺の拘束を破り、神の元へ直接赴いた。神はミカエルにバアルを殺すことを許可してしまった。こんなことは間違っている!!!」

 

 「わかった。ひとまず落ち着くといい。今の君は力を失っている。行ってもどうにもできまい。」

 

 「私がラファエルさんと契約します。それで力戻りますよね。」

 

 「恵実さん……」

 

 「お姉ちゃんが危ないんですよね。なら、私は私のやるべきことを果たします。……二度と、あの天使にお姉ちゃんを奪わせない。」

 

 ラファエルさんの後ろから現れたこの間の女性。確か、恵実さんだったか。

 

 状況についていけない。

 

 この人達は知り合いだったのか?

 

 「わかった。今二人はナーヴァという悪魔と共にアリスの家へ向かっている。急げ。」

 

 ナーヴァ……!?

 

 その言葉に俺の意識はハッとする。

 

 「……ナーヴァが危ない」

 

 俺は迷うことなく、駆け出した。

 

 話さなきゃいけないことが沢山ある。

 

 訳も分からないまま、終わりたくない。

 

 オレは約束した。

 

 ナーヴァの記憶を取り戻す手伝いをするって。

 

 拒絶されてもいい、この想いが歪んでいてもいい、オレは彼女に会いたい。

 

 終わりが来るその時まで、そばにいたい。

 

 彼女のことを知りたいんだ。

 

 

 「待て、待つんだ!!!清直!!!!」

 

 ソロモンさんの声が後ろから聞こえる。でも、今は構っていられない。

 

 

 

 「私達も行こう!ラファエルさん!」

 

 「ああ!!!」

 

 「頼んだぞ。2人とも。」

 

 後ろから恵実さんとラファエルさんも着いてくる。

 

 今ばかりは心強い!!!

 

 

 

 

 

 「当主……。今未来が見えました……」

 

 「バルバトス!?じっとしていろと……」

 

 「未来が見えなくったのではなかったのです……」

 

 「なに……?」

 

 「天羽アリス、真昼豊華、明星清直、彼らはトリガーです。」

 

 「トリガー?」

 

 「はい。3体の魔王と……マリス、いえ。『アンリマユ』を復活させ、世界を闇に落とすトリガーなんです。」

 

 「3体の魔王……それにアンリマユ……そうか……清直は……」

 

 「はい。あの方は……」

 

 

 

 ーーーーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がる凄惨な光景。

 

 一つ一つ認識する度に心臓が跳ね上がる。

 

 真昼さんもベルゼも大量の血を流し、倒れている。

 

 

 そして、ナーヴァの胸には剣が突き刺さっていた。

 

 頭上に浮かぶ黒い翼の天使。

 

 

 

 「お前がミカエルか……」

 

 「君は……」

 

 ミカエルは困惑した表情でこちらを見つめる。

 

 だが、俺にはそんなことどうでもいい。

 

 『許さない』

 

 『神も天使も人間も』

 

 『この俺が世界を変える』

 

 『絶対に許さない』

 

 ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。

 

 魔力に歯止めが効かない。

 

 どうやら、あの屋敷にメガネもネックレスも置いてきてしまったらしい。

 

 

 魔力が……溢れる……

 

 意識が遠のく。

 

 ミカエルへの怒りだけが、俺を支配する!!!!

 

 

 

 

 

 「まさか……お兄ちゃん……!?」

 

 

 「やはりそうだったか……」

 

 「ラファエルさん、あれって……」

 

 「明星清直は『明けの明星』。……大天使、いや。『堕天使ルシフェル』の転生者だ。」

 

 

 

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