3章4話 復讐のナーヴァ
図書館を出た俺とナーヴァ。
役に立つか分からないが、数冊本も借りた。
ナーヴァが借りた悪魔の絵本とアスタロトのおかげで、トラスト財団は悪魔のことをある程度認識していることがわかった。
それに教会より寛容的な考えを示しているようだ。
でも、まさか、加護持ちを排出する家系である『天羽家』と繋がりがあったとは驚いた。
トラスト財団も加護持ちを排出する家系ではあったが、意外だ。
悪魔や魔力に寛容的な組織や人間が、この世界にいるなんて。
問題はここからだ。トラスト財団とどうやって、接触するかだよな。
聞いた話だと、何年も予約待ちとかいう。
先にアモンの召喚を試してみるか?
いや、さすがに悪魔召喚は気が引けるな。
アスタロトは手伝ってくれるみたいなこと言ってたけど、それならさっき情報を提示しても良かったはずだ。
つまり、代償を求められるということだろう。
大悪魔にそんなに何度も代償を払える気はしない。
「次はどこ行くー?」
ふと、考え事をしていると覗き込むようにナーヴァが聞いてくる。
「そーだなあ、布団でも買いに行くか」
考えても無駄だな。今はやめよう。
俺は切り替えて、今はナーヴァとの時間にすることにした。
「えぇ?一緒に寝ればいいじゃん!」
「外でそういうこと言うなよ、恥ずかしいから。」
「ええ!なんで!?私と寝るの嫌なの!?」
「ちょっおーい!!!声でかいって!!!」
突然大きな声で、誤解を招く言い方をするナーヴァ。俺は恥ずかしくて、顔が真っ赤だ。
「私は清直と寝たいの!」
「もういいもういい!!わかったから!落ち着いてくれ!!」
「やった!」
ぐうう、周りの視線が微笑ましくて痛い。
今通り過ぎたおばさん絶対『微笑ましいカップルね』って顔してたよ!?
頭を抱えて、オレはトボトボ歩く。
すると、長身の男性とぶつかってしまう。
「あっ……失礼」
「おわっ!?す、すみません!!!」
慌てて謝罪し、顔を上げると、綺麗な長い銀髪と褐色の肌、筋骨隆々な肉体が視界に入る。
スマートに青いジャケットを着こなしていて、優しい顔をしているが、中々の威圧感があった。
「失礼した。そちらの女性に見惚れてしまって、前を見ていなかった。」
「あ、いえいえ!俺も前見てなかったんで!」
二人で慌てて頭を下げあう。
一瞬圧倒されたが、物腰が低くて、悪い人ではなさそうだ。
ナーヴァは美人だし、そういうこともあるだろう。
「清直、大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう。大丈夫だよ。」
「よかった!」
ナーヴァは心配そうにこちらに近づいてくる。俺が大丈夫なことを伝えると、安心したようだ。綺麗な女性と言われたことに対しては、何も反応を示していない。
「あの、失礼だが、そちらのお嬢さんは天使……か?」
「へ?」
唐突な質問に間の抜けた声が出る。ナーヴァもキョトンとした表情だ。
「いや、私悪魔……」
「あっ、クマみたいにでかいですね!お兄さん!」
「……え?」
オレはナーヴァの発言に被せるように言葉を発した。
絶対やると思った。危ないっての。
「そ、そうか?確かによく頭ぶつけるけど。」
よっしゃ!聞こえてない!
「おーい!!!ラファエルさーん!」
刹那、男性の背後から桃色髪の女性が手を振りながら、こちらに向かってくる。
「恵実、どうしてここに?」
「いやいや。どうしてじゃないでしょ。待っててって言いましたよね?私。」
「あっ……すまない。つい体が動いてしまって。」
「分かれば、よろしい!それで…こちらは?」
どうやら、女性は男性の連れだったようだ。
女性はラファエルと呼ばれた男性と会話を終えると、俺たちの方を見る。
「そこのクマみたいな人に清直ぶつかって、お話してたの!」
ナーヴァが雑にこれまでの経緯を説明してみせる。
「ああ、そうだったんですね。連れが失礼しました。……ところで、私的にはサイのイメージなんですけど、どうでしょう?」
「あっ!確かに!のほほんとして、草食動物っぽい!」
「でしょ!」
女性陣は何故か意気投合し、お兄さんの外見トークで盛り上がる。
「はは、恵実はいい人なんだが、話聞かないんだよな。」
「そうなんですね。こっちのナーヴァも、結構自由で、あははは。」
なんだか、俺達も気が合うような気がした。
だから、俺は話を進ませた。
「それで……さっきのナーヴァが天使……というのは?」
「ああ、その話の最中だったな。実は俺、天使とか悪魔わかるんだ。何故だか分からないんだが。」
「この人、経緯は分からないけど、記憶喪失なんですよ。名前だけ覚えてて、ウチに居候させてるんです。」
俺とお兄さんが話していると、連れの女性が割って入るように話してくれる。
なんだろう、すごい身に覚えのある話だ。
「なんか……すごい親近感あると思ったら……」
「どういうことですか?」
「私も記憶なくて、清直の家に住んでるの!」
不思議な親近感を覚えていると、ナーヴァが女性に説明してみせる。
「いや……そんな偶然あります!?」
女性は大きく驚いてみせるが、驚いたのはこちらも同じだ。
「俺には……何かやることがあったはずなんだ……そのせいなのか、天使や加護持ちを見ると、つい追いかけてしまって。」
「それでナーヴァに惹かれた……と」
「恐らくは。……なんでもいいんだ。俺の事知らないか?」
お兄さんは真剣に聞いてみせるが、ナーヴァに心当たりは無さそうだ。
「うーん、わかんない。それに私天使じゃなくて、悪……」
「あっ!クマできてる!やっべ!寝不足だわ!!!」
俺は再び、ナーヴァに被るように発言する。
「え?できてないと思いますけど?」
「あはは……」
急な俺の大きな声に驚きつつも、女性は冷静に返してみせる。
流石に厳しいだろうか。
今のは誤魔化すのには無理があったかもしれない。
「少し場所変えましょうか。何か、あなた達とは縁がありそうだから。」
声色は穏やかだが、鋭い眼光で見つめてくる女性。
この子は勘が鋭そうで、怖い。
それに恐らく加護持ち。
あまり、長くは関わりたくないと思ってしまう。
「ありがたいお誘いですけど、やらないといけないことがあるので。」
俺は彼女の申し出を断ることにした。
「図書館に行ってたみたいですけど、記憶を取り戻す算段はついてるってことですか?それなら、ぜひお聞きしたいですね。」
彼女は俺とナーヴァが手に持っている袋の中身、つまり本を見つめ言ってくる。
よく見てるな、この人。この辺に本屋もないし、すぐ後ろに図書館あったら、簡単に考察できるだろうけどさ。
分析されているのがよくわかる。
ここで上手く立ち回れば、何か情報を得られるかもしれないけど、危険なことは避けたい。
アスタロトに脇が甘いと言われたばかりだ。気をつけないと。
「とある方からトラスト財団へ行った方がいいとおすすめされましてね。尋ねてみようかと。」
「アポイントもなしに?」
「何とかしますよ。…行こう、ナーヴァ。」
俺は怖くなり、ナーヴァの手を取り、歩き出す。
「あちょっ……清直!」
ナーヴァは後ろ手何か言っているが、構っている暇は無い。俺達はその場を後にした。
「威圧しすぎだ。」
「仕方ないでしょ。あの人なんか、ベルゼに似てた。……でも、いいじゃないですか。情報は聞き出せましたよ。」
「トラスト財団とか言ってたな。知っているか?」
「そりゃあね。お姉ちゃんの就職先だし。頼ってみましょう。」
「気乗りしてないように見える。」
「してないけど……あなたには助けられたから、借りは返す。」
「それも、俺は覚えていないんだがな。」
「それでもよ。」
「感謝する。」
「別にいい。……それで?さっきの女の子は知り合いだったの?」
「……違った。あれは混じり物だった。でも男の方は……」
「悪魔……だった?」
「そうじゃない。加護持ちの君なら、わかるだろう。あれは人間だ。……ただ、なんだか初対面じゃない気がした。」
「なにそれ?……まあ、確かに二人とも人間だったけど、普通じゃなかった。女の子は加護持ちっぽい感じもしたけど、天使みたいな感じもした。でも悪い感じはしなかったね。だけど男の方は……悪魔に近い感じがした。知り合いなの?」
「分からない。思い出せない。……ただ、微かに知ってる匂いがした。」
ーーーーーーー。
俺はナーヴァの手を強く握って、急ぎ足で歩く。
「いたっ……痛いよ……清直……怒ってるの?」
痛がるナーヴァの声に意識が戻る。
「ご、ごめん。ナーヴァのこと守らなきゃって、必死で。」
「私のことを?でもあの人たち悪い人じゃなかったよ?」
「それでも……俺には恐ろしく見えた。頼むから、君のことについては俺以外に喋らないで欲しい。この世界は悪魔や魔力に対して、残酷なんだ。」
オレは真剣にナーヴァの瞳を見つめ、言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい。気をつける。」
「良かった。わかってくれて。……ちょっと疲れたし、美味しいパフェでも食べて、帰ろうか。」
「うん!!!」
色々細かいことを考えるのはあとだ。
今はとりあえず、甘いものが欲しい。
糖分不足だ。
1日に二回も曲者に会うとは思わなかった。
ーーーーーーー。
ファミレスにつき、簡単に注文を終える。
外は少し暑かったが、室内に入ると、ヒヤリとした風が心地よく抜けてくる。
なんどか、ようやく落ち着いた気がする。
しばらくして、届けられたイチゴパフェを美味しそうに頬張るナーヴァ。
ほんとに子供っぽくて、可愛らしい。
俺はアイスコーヒーを飲みチョコレートケーキを少しずつ食べながら、その様子を眺めていた。
「清直はいつもそれだね」
「ああ、落ち着くから好きなんだよ。目も覚めるし」
ナーヴァはクリームを沢山口に入れながら、俺のコーヒーを指さす。
「そうなんだ。栄養ドリンクとかゼリーで済ませてた時よりマシか」
「そうかもな。ナーヴァはけっこうなんでも食べるよな。向こうでもそうだったのか?」
「そうだね……あんまり、こっちとご飯かわらないかな?悪……その私と同じところの人はよくコーヒー飲んでたよ。あとはワインとか!」
一瞬ナーヴァは悪魔と言いそうになるが、慌てて口を抑えて言い直す。
「へえ、好みとかあるのか。あんまりご飯食べるイメージ無いんだけどな。」
「そうなの?でもパパもママも普通に食べてたよ。こうやって、一緒にご飯食べて、お買い物して、おうちでまったりして、デートして、私ができたんだって!」
「ナーヴァはお母さんとお父さん、本当に好きだよな。」
「うん!大好き!」
幸せそうな顔をして、パフェを食べる少女。
こんな彼女は悪魔で、復讐を目的としている。
魔界にいた頃、両親を傷つけられるような、そんな過去があったのではないか。
そんなことを考えてしまう。
糖分を摂取したからか、先程までの情報が頭の中を駆け抜けていく。
少し整理してもいいかもしれない。
悪魔に繁殖や家族といった概念はない。
だが、彼女がイレギュラーな悪魔だったとして、大切に育てられた悪魔だと言うなら納得だろう。
アスタロトはナーヴァに関することで、リリスという悪魔の話をした。
アダムとイブ、それらはよく人間の原点として語られる存在だ。
リリスも同じように神に作られた存在だと言うなら、人間は悪魔になれるという事なのではないか。
アスタロトが次に話した悪魔や人間、天使の生態とも矛盾しない。
つまり、ナーヴァの両親は元々人間。それがなにかの原因で悪魔になり、魔界で過ごすようになった。
としたら、あまりにも人間っぽいナーヴァの正体に繋がってくる気がした。
だが、一つ引っかかることがある。
『悪魔はかならず黒い翼とシッポを持つ。天使は必ず白い翼を持つ。人間は天使になることは出来ない。天使は悪魔になることが出来る。』
ナーヴァの見た目はどう見たって、天使だということだ。
それに恐らく加護持ちであった先程のお兄さんはナーヴァを『天使』と読んでいた。
神力や魔力をまとめている本にはより強い加護持ちは天使や悪魔を見極められると記載があった。
天使になることの出来ない人間。
悪魔になることの出来る人間。
そんな人間から、天使が産まれてくるだろうか。
どうしても、ここだけが分からない。
ひとつだけ言えることはナーヴァは悪魔の中でも、極めて特殊な環境に身を置いていたことがわかる。
普通の悪魔のことすら分からない俺には、ここまでが限界なのだろう。
やはり記憶を取り戻すのが早いということだ。
出来れば自分の力で答えをみつけ、ナーヴァを助けたかった。
アスタロトは俺にこんな知識を与えてどうするつもりだったのだろうか。
もう、考えすぎてよく分からなくなってきた。
俺は考えるのをやめて、パフェを美味しそうに食べるナーヴァスを見つめた。
きっと俺は彼女に記憶を取り戻して欲しくないのだろう。
なぜだが、いま目の前にいるナーヴァが消えてしまうような恐怖がある。
でも、そんなの、きっと無理だろう。
俺はきっと、彼女のためなら、彼女の記憶を取り戻す手伝いをしてしまう。
ーーーーーーー。
俺は帰宅してすぐにトラスト財団のホームページを開く。
企業の相談や商品開発はかなり予約待ちの状況だ。
サイト上には5年待ちと書かれている。
こんな流暢に待っているつもりは無いので、相談フォームからメールを送信する。
『トラスト財団様。
こんにちは。以前お世話になった明星です。
前回相談時は魔力を抑えるネックレスの制作ありがとうございました。日々、大切に使わせてもらっています。
この度は折り入って、お話があり、ご連絡致しました。
知人の女性が記憶喪失に悩まされて過ごしています。トラスト財団では、そういった相談も受け付けてくれるのでしょうか。
今の現状をとある方に相談したところ、トラスト財団をおすすめ頂き、ご連絡いたしました。返信お待ちしております。
明星清直』
これで話だけは見てもらえるだろう。
返信がなければ、他の方法を頼る。
だが、アスタロトの話ぶりから見て、今持ってる情報で充分に戦えるということだ。
俺はそれを信じてメールを送った。
翌朝、メールを開くとトラスト財団から返信が届いていた。
『会員番号12104 明星清直様。
引き続きのご利用ありがとうございます。
今回は相談フォームからのご連絡ありがとうございます。相談フォーム担当真昼豊華です。よろしくお願い致します。
相談内容確認いたしました。十分対応可能な案件だと思われます。しかしながら、知人の方の状況を把握する必要があるので、一度最寄りのトラスト財団支部に足を運んでいただく必要があります。
また、とある方からご紹介頂いたということで、よろしければ、その方のお名前を記載の上、もう一度ご連絡頂いてもよろしいでしょうか。
もしかすると、早くにご相談できるかもしれません。もしくは、ご紹介いただいている証拠のような物があれば、添付して頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。
相談フォーム担当真昼豊華』
なるほどな。紹介だと思われてしまったか。でも好都合だ。
「アスタロトさんに確認しに行こう。」
俺はまだ眠るナーヴァを起こさないように起き上がり、身支度を整え図書館へ向かおうとする。
刹那。
『その必要はないわよ♡』
脳裏に聞き馴染みのある声が響く。
「うわっ!?」
オレは驚き尻もちを着いてしまうが、あたりは静寂そのものだ。
どうやら、俺にだけアスタロトの声が聞こえているらしい。
『言ってなかったけど、わたしが知識を授けると、一定期間パスが繋がるのよ。貴方がワタシを望めば、私は答える。それで、どうしたのかしら?まさかアモンちゃん召喚するのかしら?』
「一応確認ですけど、その方法聞くのって、また代償必要ですか?」
『もちろんよ。ただ、サービスするわよ♡』
「はは、まだやめておきます。」
『あらそう?ざーんねん。で、何の用なのかしら?』
「トラスト財団と接触できました。」
『あら、早いわね。それで?』
「あなたの事を聞かれまして。名前だけでも出して大丈夫ですか?」
『あら、随分お優しいのね。てっきり、もう名前出してるかと思ったわ。別にいいわよ。』
「いいんですか?」
『ええ、知識は力だもの。あなたが持っている情報で戦ってみなさい。ワタシ、簡単にくたばったりはしないのよ。これでも悪魔だから。だから心配は無用よ。』
「ありがとうございます。」
『ただ、その知識を使って、貴方が危険な目に遭っても、責任は取らないけどね。』
「もちろん、わかってます。」
『そう、それなら、良かったわ。』
相変わらず、どこか含みを持たせた話し方をするアスタロト。
どこまでも思考を読まれていそうで怖い。
一方的にパスが切断されたのか、もうアスタロトの声は聞こえてこない。
ひとまず、許可はとった。
トラスト財団へ返信しよう。
その後、サクサク話は進み、面会してもらえることになった。
俺はナーヴァと共にトラスト財団へと向かった。
ーーーーーー。
「わ、今日はオシャレしてるね」
「さすがにね。財団相手だから。」
外に出て、トラスト財団へ向かっていると、ナーヴァがそんなことを言い出した。
ナーヴァもレースの白いドレスのような服装で、髪の毛を綺麗に結っている。
俺は黒のジャケットに白のインナー、肌色のズボンを合わせている。
「それにそれ!いつもつけてるネックレス!」
ナーヴァがオレの胸元のネックレスを指さす。
いつもは服の中にしまっているが、今日は服の外に出している。
星と月がデザインされたトラスト財団に作ってもらったネックレスだ。
魔力を抑える効果があるという。
俺の力が暴走しないための保険だ。
俺はどうやら、自分で魔力をコントロールできているらしいが、感情の高まりで暴走することも考えられた。
だから、制作を依頼したんだ。
「このネックレスはこれから行くところで作ってもらったんだ。」
「そうなんだ!トラスト財団……だっけ?」
「そうそう。それじゃ行こうか。」
「うん!」
俺達は電車に乗り目的の地へと急いだ。
電車が初めてだったナーヴァは嬉しそうに外を眺めていた。
数駅乗っていると、アナウンスが流れる。
「次は、学園前。学園前です。」
この次の駅だな。
俺はナーヴァに声をかけようとした、刹那。
ナーヴァの瞳が一瞬、赤く染まったような気がした。
「ん?清直?どしたの?」
「いや……次の駅だよ」
「うん!」
一瞬、全身に鳥肌が立った。
ナーヴァの魔力がほんの一瞬だけ、底が見えないほど邪悪に広がった。
気のせいだろうか。
ーーーーーーー。
「ここがトラスト財団?」
「そうみたいだね。」
「おおおおおおっきいね!!!」
体全身を使って大きさを表現するナーヴァ。
大きいなんて物じゃない。
大人二人分はある大きな門。門の中から聞こえるししおどしの音と水流。
家が見えないほど大きな大木。
中はさぞ豪邸だろう。
あまりのスケールの違う建物に圧倒されていると、中から黒い紳士服に身を包んだ男性が出てくる。
赤い瞳に漆黒の髪。
オールバックにして、眼鏡をかけている。
綺麗な所作で、お辞儀してみせると、言葉を発する。
「お待ちしておりました。明星清直様、ナーヴァ様。ワタシハこの屋敷の使用人、バルバトスと申します。ご案内致しますね。」
「あはは、ご、ご丁寧にどうも。」
「………」
俺が慣れない挨拶に遅れを取っていると、ナーヴァはゆっくりとバルバトスに近づく。
「……アンリ…マユ……」
「……ナーヴァ?」
「アンリマユ?なんのことでしょう?」
バルバトスは困惑した表情で俺を見つめてくる。
「い、いや、俺もよく分かんなくて。ナーヴァ、どうした?」
オレがナーヴァの肩に手を触れた刹那、物凄い魔力の圧で手が弾かれる。
「いたっ!?」
「おやおや。随分、無作法なお客様のようですね。」
「……アンリマユ!!!!」
突然、ナーヴァは魔力を解き放つ。
「ナーヴァ!!なにしてる!!」
「切り裂かれた痛みは聖なる力へ。受け継いだ力は復讐のために。悪を貫く刃となれ!!!」
「なっ……詠唱!?」
加護持ちが得意とする詠唱を唱えると、ナーヴァの背中から翼が生え、光を纏うと、右手には剣が握られていた。
「なんですか、あなた。もしかして、混ざりものですか?」
「消えろ……悪魔ぁあああああ!!」
聞いたこともないナーヴァの憎悪の声。
ナーヴァの瞳は赤く染っていた。
ナーヴァは、バルバトスに切りかかる。
俺はどうするとも出来ずに、立ち尽くしていた。
俺はもっと、彼女のことを調べるべきだったのかもしれない。
知識は力。
今の俺は無力だ。
目の前にいるのは俺の知っているナーヴァではない。
今の彼女は復讐に取り憑かれている。