1章2話 アモンの主
魔界とこの世界の時間の流れは違うのかもしれない。
それでも、記憶している限り10年前だろうか。
あの日お嬢様に召喚されて、今日まで仕えてきた日々。今でも思い出せます。
ワタクシ『アモン』にとって、満ち足りた日々だからです。
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ワタクシは昔人間に悪い事をしたらしい。
そのせいか、人間の住む地上界に召喚される身の上となった。
自らは渡航することは出来ないが、召喚なら留まれるらしい。
忌々しい天使と神が定めた法らしいから、従う他ないだろう。
どうせワタクシの魔力に耐えられる人間など早々いない。
さっさと契約をして魔力過多で人間が死んでおしまいだ。
召喚者と契約者が死ねば、ワタクシは魔界に返される。
契約する過程で死んでも同じことが起きる。
余程の理由がない限り、悪魔は人間に仕えない。
本来なら、自ら地上界に渡航し、人間の欲望を引き出すのが役目。そのため、召喚者なんて居ないはずなのですがね。でもワタクシは召喚されなければ、渡航はできない。
ならば、わざわざ契約を結ぶ必要などないように思う。ワタクシは魔界で何も考えず、過ごすのが性に合う。
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と、思っていたのですが。なんでしょう、この小さく可愛らしいお子様は。加護持ちの人間ですか。
目の前に突然現れた金髪の少女『天羽アリス』。
突然召喚された小さな屋敷。その一室。窓もなく光は入らない暗い部屋だ。
沢山の本が収められた本棚と机と椅子、ソファがあるのみの面白みがない部屋。
少女の年齢は6歳か7歳ぐらいだろうか。フリフリの青いドレスに綺麗な宝石のような碧眼。
こんな幼く可愛らしい少女がワタクシを召喚したと言うのですか?
ワタクシは絶句します。
自信喪失です。
ワタクシ、魔界第7位ですよ?72柱の7位ですよ?
天使からは強欲っていう二つ名まで与えられているんですよ?
おかしいでしょう!?
何がどうして、どうなったら、こうなるんだ!!!
ワタクシが困惑していると、クリクリとした瞳で見つめられる。
可愛いなあ、ちくしょう。
どうしてこう、子供って無邪気で可愛いんでしょうか。
打算まみれの天使より100億倍天使ですよ、これ!!!
仕方あるまい、きちんと説明して還してもらおう。さすがに子供は殺せない。
悪意まみれの欲望剥き出しな人間ではないようですし。何かのイレギュラーでしょう。
昔人間の子供を生贄にしてた人間とかもいましたね。そういう類でもなさそうです。
よかったですね、アリスとやら。
ワタクシはワタクシのルールと美学で動きますから、殺さないで差し上げます。
「……人間?人間と変わんないね!」
ムカっ……は?このガキ今なんと言った?おどかしてやろうか?コノヤロウ。
ようやく言葉を発したと思えば、ワタクシが人間……だと!?
人間がワタクシ達に寄せて作られたんですよ!そんな成り立ちまで知らないとは!程度が知れる!!
ワタクシへの侮辱と捉えて殺すこともできるのですよ?契約を結んでいないただの召喚者などただの供物でしかない。
などと、思考を続けようやく言葉がまとまる。子供の無邪気な行動ではないか。一旦許し、懇切丁寧に説明してあげればいい。
「ってあれ!?いない!!」
ふと目を離すと、先程の少女は視界から消えていました。ワタクシが慌てながら探しますが、突然体全身の力が抜けていきます。
「えっへへ、シッポびよーん!」
「くっ!?し、シッポに触らない!」
「あっははは!!力抜けてる!おもしろーい!」
気がつくと少女はワタクシのシッポをおもちゃのように伸ばし始める。
悪魔にとって弱点のようなもの。
それを好き放題遊ばれて、不甲斐ないことにチカラがまったく出ません。
床に横たわると少女はワタクシに馬乗りになり、ぴょんぴょんと跳ねます。
「ぐふぇっ!?ごほっ!?」
「お馬さん!パカっ!パカっ!」
「こ、この!!やめ、やめてください!!」
ぐおっ!?なんですか!この人間!さっきから何をしているのですか!いい加減、我慢の限界ですよ?子供だからといって調子に乗りやがって。
少し怪我するかもしれませんが、仕方ありません。魔力を解き放ちましょう。
「このっ……人間が!!!」
「えいっ」
「はあっ!?」
まてまてまて。大ピンチです。
今起きたことをありのまま整理します。
ワタクシは怒りに任せ、魔力を全身に張り巡らせ少女を吹き飛ばそうとしました。
しかし、少女がペシンとワタクシの背中を叩くと、魔力が止まりました。
いえ、正確に言うならワタクシの魔力を越える魔力をぶつけられ相殺されたのです。
この子供、加護持ちでありながら、ワタクシの魔力を超えるというのですか!?
「ひょええええええっ!?」
「あっはははは!変な声!変な声!」
なんですかこの化け物!この人間本当にワタクシを召喚したと言うのですか!?
どういうことですか!!!
「けいやくー!」
「え……」
「けいやくして?」
「ほ、ほんき?」
「うん、悪いことしないから!」
「えぇっと……ちょっと考えてもよろしいでしょうか?」
「うん!いいよ!」
ーーーーーー。
「またアルバム見てますの?顔がキモイですのよ?」
10年前のアルバムを見てニヤけていたのだろうか。牛(一色)に悪態をつけられる。ふと出会いを思い出していた所を水を刺されたな。
「うるさいですね。寝顔みてヨダレ垂らす変態には言われたくありません。」
「あんな可愛い寝顔みて誰がヨダレたらさないのでしょう。」
「牛、もう少し自重してください。」
「貴方こそ、過保護ですよ。いい加減。」
「わかってますとも。」
「分かってません。お嬢様はもう16の乙女ですのよ?」
「お前には言われたくないですね。」
「私はほら!女だから!」
自信ありげにターンをしてみせる牛。確か『一色あさひ』とか言ったな。
メイド服でヒラヒラと回ってみせるその姿は人間であれば、素敵だと思うのだろうか。
ワタクシにとって彼女のバカでかい牛ちちはただの脂肪でしかありませんが。
天使の加護持ち由来の綺麗に結われた銀髪。それに青い瞳。
加護持ち、常人離れした身体能力と幸運の持ち主だそうだ。長年ひとりでお嬢様を見ていけたのも、天使の力あってこそだろう。
そんなことを考えながら、くだらないやり取りを続ける。
「時代は変わったんですよ。今は性別も悪魔も関係ないのですよ。」
「しれっと悪魔混ぜないでください。」
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ワタクシは丁寧にアルバムを本棚へと片付けると、お嬢様の祖母の部屋を後にする。そして、調理場に向かう一色に着いていく。
「お嬢様は?」
「シャワーとお着替えですよ。今日から高校生ですからね。」
「上手くやれると思いますか。」
「さあ。それはお嬢様次第かと。成長を見守るのも家族の務めですよ。」
「そんなものですか。」
ため息混じりで、答える。やはり心配だ。
過剰な魔力を持つお嬢様。
加護持ちが優遇されるこの世界。強い魔力を持つものは恐れられる。
この広い屋敷にお嬢様がひとりで暮らしているように。
地上界のひとつここ『間球』では、それが常識だ。
悪魔のワタクシから見れば、お嬢様は充分加護持ちです。でも秘めている魔力が強すぎるがために、そういう扱いは受けない。学校の制服も白服でしたが、天羽家の息がかかっていると思われるでしょう。本当はお嬢様の実力なのに。
見守るのが家族の務め……ですか。
そうか、ならワタクシも学校に行こう!!!そうすれば見守れますね!
「はあ、多分考えてること的外れですよ。アモンさん。」
呆れたように一色がなにか言っているが、気にしていられない。
そうと決まれば、準備です!
最初は魔力に逆らえなかっただけで、成り行きでした。
恐らく同情の類だったことでしょう。
それでも、今は違う。
お嬢様はもっと欲望に忠実に、ワタクシを使うべきなのです。
難儀なものです。ほんとうに契約を結びたいお嬢様と結べないなんて。お嬢様には契約を結んでいると嘘をついたまま。
だからこそ、心配で仕方ないのです。
寂しがり屋なお嬢様のために、約束を守るために、ワタクシは今日も頑張ります。
あの日、守っていくと誓ったのですから。