表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/34

3章2話 二人の生活


 私はあれから、清直と暮らしている。

 

 清直は毎日、ボロボロになりながら帰宅し、玄関で倒れて眠る。

 

 言葉を交わす時間はほとんどなく、あれから話していない。

 

 話していないというか、話せないというのが正しいか。

 

 清直はいつも、朝早くに絶望したように起き上がり、おもむろにシャワーを浴びる。

 

 そのあとは冷蔵庫からゼリーのような飲み物を取り出し一気に飲み干し、そのまま仕事へと向かう。

 

 部屋が綺麗になったことにも、食事を用意していることにも、私がいることにも気が付かず、そのまま居なくなって、帰ってきての繰り返しだ。

 

 これが人間……。

 

 パパやママが話していたような存在ではない。

 

 二人は地上界のひとつ間球で、過ごしたことがあるらしい。

 

 そこでの思い出話はいつも楽しそうだった。

 

 でも、清直はいつも苦しそうだ。

 

 「また……食べてないし。せっかく用意してるのに。」

 

 私は寝起きに手をつけられていない食事を見て、落胆する。昨日の食事だ。

 

 『あっかいご飯と味噌汁……何年も食べてないから、食べたいな。』

 

 「そう言ってたから頑張って勉強したのに。」

 

 あの日、一通りの約束を決めて、生活に必要なものは揃えてくれた。

 

 その時、どんなご飯が好きか聞いたら、そんなことを言っていた。

 

 与えられたパソコンとやらで、調べながら毎日練習して、結構美味しくなったと思う。

 

 「清直なら、パパとママみたく、褒めてくれると思ったのに。」

 

 『綺麗だ……』

 

 なぜだか私はあの時の言葉を、忘れられなくなっていた。

 

 苦しみながら生活する清直を見ているうちに、なんだか笑ってほしいと思ってしまった。

 

 また、私のこと見て欲しいと思った。

 

 パパやママみたいに上手って、褒めて欲しかった。

 

 「仕方ない、ふたつとも食べよーっと。」

 

 私は用意していた食事と残っている食事ふたつを食べる。

 

 ひとりで大量のご飯。

 

 なんだか、寂しいな。

 

 あの日みたいに二人で食べたいな。

 

 あの日は買い物ついでに外食をした。

 

 その日1日過ごしたけど、悪い奴ではない。

 

 私が人間の男たちにナンパされた時は、『この子14歳なんですよ。手を出したら捕まりますよ』って言ったのだけは許せないけど。

 

 清直よりは遥かに年上だっての!

 

 私は怒りながら、ご飯を口に入れていく。そのままふと、部屋を見渡す。

 

 あの日より、遥かに綺麗だ。

 

 物は整頓され、ゴミはなく、全部ピカピカ!なんて美しいのでしょう!

 

 というか、ふつう、こんなに部屋綺麗になったら気づくでしょ。

 

 どれだけ、おバカさんなのよ。まったく。

 

 ーーーーーーー。

 

 夜。のんびり、パソコンを眺めていると、夜中を過ぎていた。

 

 「なんかやること無くて、暇だな。」

 

 そんなぼやきを一人でする。

 

 すると、ドアがガチャと開き、清直が帰宅する。

 

 久しぶりに会えた気がする。

 

 一度朝絶望して出勤する姿を見たきりだった。

 

 その時の私は唖然として、話しかけられなかった。

 

 でももう我慢できない。

 

 今日こそは話してやる。

 

 そんなことを思っていると、清直は部屋に入ることもなく、玄関でぶっ倒れる。

 

 「またあっ!?」

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 「ええっ!?もう寝てる!?」

 

 「ぐー……ぐー……」

 

 「いびきまで!?」

 

 こうなったら、叩き起こそうと思う。

 

 せめて、布団で寝てもらおう。

 

  そして、いい加減、部屋が綺麗なことに気が付きなさい。

 

 「いい加減、私を構いなさい!!!!」

 

 鬱憤が溜まっていたからか、つい本音が漏れる。

 

 そうか、私構って欲しかったのか。

 

 私が勢いよく清直を叩くと、思った以上に力が入って面白いぐらい転がり壁に激突する。

 

 「あ、力入れすぎた」

 

 「へぼっぐふぉっ!?」

 

 思いがけない衝撃に清直は白目のまま、驚いたような痛がるような声を出す。

 

 「な、なんだ!?」

 

 目が充血して、飛び上がるように起きる。

 

 「やっと起きてくれた。寝るなら、布団で寝なよ!」

 

 「君は…確か……ラーメン」

 「ナーヴァよ!1文字もあってないじゃない!覚えてよね!!一緒に生活してるんだから!」

 

 「そ、そうか……そういえば、そうだった。」

 

 「はああああっ!?忘れてたの!?」

 「ごめん、忙しくて、ほとんど意識飛んでた……ほんとにごめん!」

 

 清直は手を合わせて、謝罪する。

 

 「どんだけ忙しいのよ!部屋綺麗にしたし、ご飯だって、毎日作っておいたのに!夜ご飯も!!!」

 

 「え……!?」

 

 「人間って、人間の家って、おかえりとかただいまとか!いただきますとか、ご馳走様とか!ありがとう!おはようとか!そういうのがあるじゃないの!?」

 

 私は何故か、パパとママの楽しそうな話を思い出して、涙を流す。

 

 清直なら、そういうことを言ってくれる気がした。

 

 もうどこにも行けない私を簡単に受け入れてくれたから。

 

 清直はおもむろに立ち上がると、玄関から廊下を経由して、部屋を見渡す。

 

 食卓テーブルには冷めきった食事がラップをかけて置いてある。

 

 「俺は……幸せだったんだな……」

 

 「え……?」

 

 清直は泣きじゃくる私にハンカチを差し出してくれる。

 

 「ありがとう……ナーヴァ。ただいま。」

 

 「もう遅いってぇ……」

 

 「そうだね。俺が悪かった……たくさん頑張ってくれたね。ありがとう。」

 

 そう言いながら、清直は私の頭を優しく撫でる。

 

 その穏やかな優しさがパパとママを思い出させた。

 

 再び、泣き出す私をギュッと抱きしめてくれる。

 

 「知らない土地で、こんなにも頑張ってくれて……ほんとにありがとうね。……ご飯頂けるかな。」

 

 「……うん!」

 

 私は嬉しくなって、食事を温め直し二人で食事にした。

 

 「「いただきます」」

 

 ふたりで声を合わせて、食べるご飯。

 

  朝のご飯の時とは全然違う。

 

 『ご飯はね。みんなで食べると美味しいのよ。』

 

 そういうことだったんだね。ママ。

 

 

 

 

 「この味噌汁……って……」

 

 「清直が食べたいって……言ってたから」

 

 「練習したのか……?この前話した時は知らなかっただろ」

 

 「そ、そそ、そそ、そんな訳ないでしょ……」

 

 「そうなのか?でもめちゃくちゃ美味しいよ!」

 

 「当然でしょ!悪魔なんだから!」

 

 「お、おう……そうだな……」

 

 私はなんだか恥ずかしくて、言えなかった。

 

 鼻真っ赤で泣いた後だし、余計になんか照れる。

 

 でも美味しそうにご飯を食べる清直見ていると、嬉しくなる。

 

 それに美味しいって言ってくれた。

 

 「明日も早いの?」

 

 「うん……でもちゃんとご飯は食べるよ。」

 

 「ほんと!?でも大変なんじゃ……」

 

 「何言ってんだよ。疲労困憊な俺を叩き起したくせに。」

 

 「それは……その」

 

 「気にしなくていい。ご飯作ってもらって、部屋も綺麗してもらって。そのありがたみを受けないのは失礼だ。その大変さを知ってるから、俺はあんな生活してた訳で。助かるよ、むしろ。」

 

  「そう……それならいいけど。」

 

 「今度まとまった休み取ってみるよ。取れるかわかんないけど。」

 

 「どうして?」

 

 「復讐……するだろ。俺も君の力になりたい。」

 

 「いいの……?」

 

 「ああ、俺は君に今、救われたんだ。こんなに気持ちがあったかくなのは久しぶりだからね。なにかお礼がしたい。今度は俺の番だ。」

 

 「ありがとう」

 

 やっぱりこの人元に来て、よかった。

 

 私は改めてそう感じた。

 

 これからようやく、二人での生活が始まる気がした。

 

 誰に復讐するのか、私に何があったのか、どうしてこの世界に来たのか、パパとママはどうしているのか、どうやったら、帰れるのか、何も覚えてないし、わからないけど、なんとかなる、そんな予感がしている。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ