3章2話 二人の生活
私はあれから、清直と暮らしている。
清直は毎日、ボロボロになりながら帰宅し、玄関で倒れて眠る。
言葉を交わす時間はほとんどなく、あれから話していない。
話していないというか、話せないというのが正しいか。
清直はいつも、朝早くに絶望したように起き上がり、おもむろにシャワーを浴びる。
そのあとは冷蔵庫からゼリーのような飲み物を取り出し一気に飲み干し、そのまま仕事へと向かう。
部屋が綺麗になったことにも、食事を用意していることにも、私がいることにも気が付かず、そのまま居なくなって、帰ってきての繰り返しだ。
これが人間……。
パパやママが話していたような存在ではない。
二人は地上界のひとつ間球で、過ごしたことがあるらしい。
そこでの思い出話はいつも楽しそうだった。
でも、清直はいつも苦しそうだ。
「また……食べてないし。せっかく用意してるのに。」
私は寝起きに手をつけられていない食事を見て、落胆する。昨日の食事だ。
『あっかいご飯と味噌汁……何年も食べてないから、食べたいな。』
「そう言ってたから頑張って勉強したのに。」
あの日、一通りの約束を決めて、生活に必要なものは揃えてくれた。
その時、どんなご飯が好きか聞いたら、そんなことを言っていた。
与えられたパソコンとやらで、調べながら毎日練習して、結構美味しくなったと思う。
「清直なら、パパとママみたく、褒めてくれると思ったのに。」
『綺麗だ……』
なぜだか私はあの時の言葉を、忘れられなくなっていた。
苦しみながら生活する清直を見ているうちに、なんだか笑ってほしいと思ってしまった。
また、私のこと見て欲しいと思った。
パパやママみたいに上手って、褒めて欲しかった。
「仕方ない、ふたつとも食べよーっと。」
私は用意していた食事と残っている食事ふたつを食べる。
ひとりで大量のご飯。
なんだか、寂しいな。
あの日みたいに二人で食べたいな。
あの日は買い物ついでに外食をした。
その日1日過ごしたけど、悪い奴ではない。
私が人間の男たちにナンパされた時は、『この子14歳なんですよ。手を出したら捕まりますよ』って言ったのだけは許せないけど。
清直よりは遥かに年上だっての!
私は怒りながら、ご飯を口に入れていく。そのままふと、部屋を見渡す。
あの日より、遥かに綺麗だ。
物は整頓され、ゴミはなく、全部ピカピカ!なんて美しいのでしょう!
というか、ふつう、こんなに部屋綺麗になったら気づくでしょ。
どれだけ、おバカさんなのよ。まったく。
ーーーーーーー。
夜。のんびり、パソコンを眺めていると、夜中を過ぎていた。
「なんかやること無くて、暇だな。」
そんなぼやきを一人でする。
すると、ドアがガチャと開き、清直が帰宅する。
久しぶりに会えた気がする。
一度朝絶望して出勤する姿を見たきりだった。
その時の私は唖然として、話しかけられなかった。
でももう我慢できない。
今日こそは話してやる。
そんなことを思っていると、清直は部屋に入ることもなく、玄関でぶっ倒れる。
「またあっ!?」
「すぅ……すぅ……」
「ええっ!?もう寝てる!?」
「ぐー……ぐー……」
「いびきまで!?」
こうなったら、叩き起こそうと思う。
せめて、布団で寝てもらおう。
そして、いい加減、部屋が綺麗なことに気が付きなさい。
「いい加減、私を構いなさい!!!!」
鬱憤が溜まっていたからか、つい本音が漏れる。
そうか、私構って欲しかったのか。
私が勢いよく清直を叩くと、思った以上に力が入って面白いぐらい転がり壁に激突する。
「あ、力入れすぎた」
「へぼっぐふぉっ!?」
思いがけない衝撃に清直は白目のまま、驚いたような痛がるような声を出す。
「な、なんだ!?」
目が充血して、飛び上がるように起きる。
「やっと起きてくれた。寝るなら、布団で寝なよ!」
「君は…確か……ラーメン」
「ナーヴァよ!1文字もあってないじゃない!覚えてよね!!一緒に生活してるんだから!」
「そ、そうか……そういえば、そうだった。」
「はああああっ!?忘れてたの!?」
「ごめん、忙しくて、ほとんど意識飛んでた……ほんとにごめん!」
清直は手を合わせて、謝罪する。
「どんだけ忙しいのよ!部屋綺麗にしたし、ご飯だって、毎日作っておいたのに!夜ご飯も!!!」
「え……!?」
「人間って、人間の家って、おかえりとかただいまとか!いただきますとか、ご馳走様とか!ありがとう!おはようとか!そういうのがあるじゃないの!?」
私は何故か、パパとママの楽しそうな話を思い出して、涙を流す。
清直なら、そういうことを言ってくれる気がした。
もうどこにも行けない私を簡単に受け入れてくれたから。
清直はおもむろに立ち上がると、玄関から廊下を経由して、部屋を見渡す。
食卓テーブルには冷めきった食事がラップをかけて置いてある。
「俺は……幸せだったんだな……」
「え……?」
清直は泣きじゃくる私にハンカチを差し出してくれる。
「ありがとう……ナーヴァ。ただいま。」
「もう遅いってぇ……」
「そうだね。俺が悪かった……たくさん頑張ってくれたね。ありがとう。」
そう言いながら、清直は私の頭を優しく撫でる。
その穏やかな優しさがパパとママを思い出させた。
再び、泣き出す私をギュッと抱きしめてくれる。
「知らない土地で、こんなにも頑張ってくれて……ほんとにありがとうね。……ご飯頂けるかな。」
「……うん!」
私は嬉しくなって、食事を温め直し二人で食事にした。
「「いただきます」」
ふたりで声を合わせて、食べるご飯。
朝のご飯の時とは全然違う。
『ご飯はね。みんなで食べると美味しいのよ。』
そういうことだったんだね。ママ。
「この味噌汁……って……」
「清直が食べたいって……言ってたから」
「練習したのか……?この前話した時は知らなかっただろ」
「そ、そそ、そそ、そんな訳ないでしょ……」
「そうなのか?でもめちゃくちゃ美味しいよ!」
「当然でしょ!悪魔なんだから!」
「お、おう……そうだな……」
私はなんだか恥ずかしくて、言えなかった。
鼻真っ赤で泣いた後だし、余計になんか照れる。
でも美味しそうにご飯を食べる清直見ていると、嬉しくなる。
それに美味しいって言ってくれた。
「明日も早いの?」
「うん……でもちゃんとご飯は食べるよ。」
「ほんと!?でも大変なんじゃ……」
「何言ってんだよ。疲労困憊な俺を叩き起したくせに。」
「それは……その」
「気にしなくていい。ご飯作ってもらって、部屋も綺麗してもらって。そのありがたみを受けないのは失礼だ。その大変さを知ってるから、俺はあんな生活してた訳で。助かるよ、むしろ。」
「そう……それならいいけど。」
「今度まとまった休み取ってみるよ。取れるかわかんないけど。」
「どうして?」
「復讐……するだろ。俺も君の力になりたい。」
「いいの……?」
「ああ、俺は君に今、救われたんだ。こんなに気持ちがあったかくなのは久しぶりだからね。なにかお礼がしたい。今度は俺の番だ。」
「ありがとう」
やっぱりこの人元に来て、よかった。
私は改めてそう感じた。
これからようやく、二人での生活が始まる気がした。
誰に復讐するのか、私に何があったのか、どうしてこの世界に来たのか、パパとママはどうしているのか、どうやったら、帰れるのか、何も覚えてないし、わからないけど、なんとかなる、そんな予感がしている。