3章1話 異端な二人
昔から黒い羽根に憧れていた。
強い魔力を欲しがった。
綺麗な黒髪を求めていた。
でも、そんなのは、ただのコンプレックスで。
かわいい、かわいいと、綺麗だよ、と育ててくれる両親が好きだった。
秘境の奥地。
誰も住まないような所に私たちは、静かに暮らしていた。
強くてかっこいいパパ。
綺麗で、優しいママ。
どんなに他の悪魔に笑われても、ふたりがいればそれで良かった。
魔界は昔に聞くような、荒れたところではなくなりつつあった。
サタン様が革命を起こし、バアル様が世界を導いた。
そして、アモン様がその素敵な世界を引き継ぎ、発展させて行った。
私はいつか、魔王様の力になれるような戦士を目指した。
パパは私に武術と魔力を。
ママは私に癒しと剣技を教えてくれた。
何年も優しく、何よりもその時間が平和だった。
ーーーーーーー。
でも世界は、再び、闇に落ちた。
忘れもしない。あの姿を。
金色の髪に、緑の瞳。
揺れる長髪は長く揺れ、少女のような体。
子供のような、無邪気に笑うその顔は狂気を帯びていた。
「さあ、悪魔たちよ。宴だ。生ぬるい魔王はもう居ない!!あるのは略奪の世界!存分に奪い、独占し、欲のまま生きるのだ!それが我ら悪魔であろう!!!!」
時代が変わったのがわかった。
優しい世界は終わりを告げて、悪夢が始まった。
新たなる魔王『アンリマユ』によって。
ーーーーーーー。
「はは!!!こんなところに住んでいたのか!異端者どもめ!」
「まだゴミが生き残っていたか。何故魔王様に従わぬ。」
目の前に現れたふたりの悪魔。
こんなことが日常的だった。
略奪の世界。
力を持つものが、欲望のままに生きる。
弱き者は淘汰され、争いは絶えない。
混乱の時代。
私たち家族は生きていくだけで、精一杯だった。
「俺たちは平和に生きたいだけだ!愛するものと居られたら、それでいいんだ!!!」
「貴様は中々の魔力を持っている。俺に捧げろ。」
「逃げるんだ!ナーヴァ!ヴァラキエル!」
「いやだ!パパ!いやだ!!!」
「逃げるの。逃げるのよ。ナーヴァ!!」
パパは大柄な悪魔を足止めし、ママは私を逃がすために小さい悪魔と戦いを始める。
何日も飲まず、食わずの生活。
パパとママも限界だった。
「は、はやく!!早く逃げるんだ!!!」
「よそ見してんじゃねえ!!!」
「ぐわぁああああっ!?」
パパが斬られた。
血を流して、私に手を伸ばす。
「逃げ……ろ……ナー…ヴァ」
「あなた!?」
「う、うそ……ぱ、パパ……パパ!!!」
「行ってはダメ!!!あがっ!?」
かけ出す私。後ろで聞こえる悲痛な声。
振り返った時にはもう遅かった。
「え……ママ……ママ!?」
振りかざされた剣。私を庇うようにママは斬られる。
ママとパパは血塗られた手で、私の頭を撫でる。
「かわ……いい、かわ…いい。私たちの子……」
「どうか…どうか、幸せに……幸せに」
「いやだ!いやだよ!!!パパ!ママ!!」
「私たちの力……全部、全部。あげるから……」
「強く、強く、……生き…るんだぞ。」
私の記憶にあるのは、そこまで。
安らかな顔で見つめてくるパパとママ。
そして、欲望の限りを尽くす悪魔たちが群がる姿。
こんなことになったのは、全て魔王のせいだ。
あの金髪も、緑の瞳も、幼い体も忘れることはない。
「アンリマユ……!!!!いつか、必ず、貴様を殺す……!!!!」
憎悪に満ちた声。
わたしはその強い怒りだけ残して、眠りについた。
何年も終わらない、長い夢の中。
わたしは復讐することだけを願いながら、時空の狭間を進み続けた。
パパとママがくれた道標を頼りに。
いつか、復讐を果たすことを夢見て。
ーーーーーーー。
長い長い時間の中。どれくらいか忘れるその時の中で。
『……さ……い』
そんな言葉が頭に響いた気がした。
ようやく瞳をあけられる。
どこかもわからない。
知らないうちに肉体は大人になっていた。
銀の髪に白い翼。
相変わらず、私は悪魔から程遠い。
それでも体は育ち、力も感じられる。
『許……』
まただ。
また、声がする。
強い怒りの声。
私と同じ、復讐を望む声。
復讐……?あれ、私は誰かを恨んでいた……?思い出せない。
私は訳も分からず、そこへ飛び出した。
ーーーーーーー。
月夜が照らす宵闇。
見慣れぬ建物が立ち並ぶ文明的な世界。
きらびやかな光に包まれて、私はふたたび目を覚ます。
『許さない』
声が近くなった気がする。
その声のする方へ視線を送ると、男の人間が一人。
「人間……?」
彼を視界に入れた刹那。物凄い魔力不足に襲われる。
「な…に、反動……?まさか、地上界への……渡航……?うぐっ!?」
さらに激しい痛みが全身を襲う。
違う。
彼の魔力が大きすぎて、影響を受けてる?
まさか…召喚された?
力が抜けて、男の元へ落ちていく。
「……綺麗だ……」
ぽつりと、そんなことを男は呟いた気がした。
私が……綺麗……?
そんなのパパとママしか言ってくれなかった。
ぎゅっと、抱きしめられ温もりに包まれる。
どうやら、この人間にキャッチされたらしい。
「……君は……天使……?」
「悪魔……だ、よ。」
ああ、ダメだ。眠い。
この人、なんだか、いい匂い。
優しそうな顔立ち。がっちりとした体。
眼鏡をかけて、髪の毛はボサボサ。
見慣れないかっちりとした服を着こなしている。
それにしても、すごい魔力。
「綺麗な……黒髪……」
私は彼の赤い瞳に見つめられながら、漆黒の髪の毛に触れる。
「っ……君……おうちは?」
「……覚えて……ない。どこか……休ませて……」
なぜだか力が入らない。体が疲弊していることに気がつく。
「わかったよ。家汚いけど……そこぐらいしかない」
「どこでも……いいよ。」
「初対面で信用しすぎな悪魔さんですね。って……もう寝てる……放っては置けないか。」
暖かな背中。
心地いい魔力。
「パパ……ママ……」
私は涙を流しながら、その男の人に身を委ねた。
なぜだが、パパとママを思い出すと、涙が出てきた。
ひとまずはこの温もりに甘えよう。
異端者である私を、綺麗だと言った不思議な人間に。
どこか、彼にはパパやママを感じたから。
ーーーーーーー。
突然目の前に現れた天使……ではなく悪魔。
怪我しているのかボロボロだった。やたらと疲れているような様子も見られた。
俺はどうすることも出来ず、連れ帰ってきてしまった。
ゴミや洗濯物が散乱する汚い部屋。
ベッドだけは綺麗だったから、彼女を寝かせた。
明日には出ていくだろう。
そう思い、俺は眠った。
仕事帰りでクタクタ。
眠るのにそんなに時間は掛からないだろう。
ゴミを雑に避けて、ソファに寝転がる。
「あの子…泣いてたな。それに……」
俺は自分の髪の毛をそっと触る。
『綺麗な黒髪……』
彼女は愛おしそうに俺の髪を見つめていた。
「……物好きもいるんだな。」
だめだ……頭回んねえ。
明日のことは明日の俺に任せよう。
ーーーーーーー。
意識を手放すと、いつも通り陰鬱な夢の中へと落ちていく。
赤い瞳。
黒い髪の毛。
昔から悪魔だと言われて生きてきた。
自分じゃ、全くわからないけど、花は枯れるし、動物はすぐ死ぬ。
もちろん、大切な人も。
不運に巻き込まれることが多かった。
だからか、次第に社会との距離ができていった。
散々就活に落ちて、迎え入れてくれた会社。
辞める訳にも行かない。
でも、どこか虚しかった。
仕事して、仕事して、仕事して。
いなくていいような、疎外感。
必要とされていない無力感。
いつしか、心が満たされることなんてなくて。
乾いていた。
何のために生きているのか分からなかった。
生きているだけで、ウイルスのように扱われて、激しくこころを動かしても、もがいても、誰も見てくれない。
疲れるだけだった。
『好きでこんな体に生まれた訳じゃない!』
『俺が殺したわけじゃない!』
逃げても逃げても、俺の中から魔力が消えることはなかった。
何度も自殺した。
でも死ねなかった。
強すぎる魔力が勝手に俺の体を回復させる。
『ならなんで!!俺から大切なものを奪うんだよ!!』
叫んだって、答えが返ってくる訳じゃない。
本当はわかってる。
俺は死にたいけど、死にたくない。
何処かでそう思ってしまっていると。
認められたいし、必要とされたい。
普通の生活が送りたいだけなんだ。
だが、世界は言う。
生きることすら大変な人だっている。
明日を夢見ることすら、難しい人がいる。
お前だけが辛いわけじゃない、と。
なら、どうしたらいいんだよ……
この思いを、痛みを、どうしたらいいんだよ。
誰でもいいから、わかってくれよ。
一緒に分かちあってくれよ。
わかってる。そんなの無理だって。
ないものねだりだって。
だから、俺はこう思うことにした。
これは罰なんだ、と。
俺はきっと、前世はとんでもない悪党で、罪を償わないといけないんだ。
苦しみの中で、生きていくしかないんだ。
これは、ここは地獄なんだ、と。
そんな風に思い始めたら、ただ、無気力に毎日が過ぎていった。
だからなんだろう。
「綺麗だ。」
そんな言葉が出てしまった。
返された言葉は何よりも嬉しかった。
だから、連れてきてしまったんだろう。
こころが久しぶりに動いた気がした。
期待してはいけない。
そう思っても、無理やり押さえつけていた心は爆発しそうだ。
だから、起きたら日常に戻ることを、願った。
もう、傷つきたくないから。
いや、待てよ。疲れすぎて、夢を見ていたのではないか。あれも夢だったんじゃないか。
その可能性はないのだろうか。
考えてみれば、おかしな話だった。
クタクタで冷静な判断は鈍っていたし、ただ、帰りたかった。
そもそもおかしな話だ。
俺の髪を綺麗だという天使が目の前に現れるなんて、おかしな話だ。
そうだ。あれは夢だったんだ。
どうやら、俺は願望を見ていたらしいな。
働きすぎて、夢と現実の区別がついていないらしい。
ほんとにバカバカしい妄想だ。それに期待してしまっている俺も、惨めな男だ。
意識がはっきりしてくるにつれて、思考が整理されていく。
どうやら、目覚めが近いようだ。
ーーーーーーーー。
「おはよう」
「……え?」
俺はつい間の抜けた声を出してしまう。
目の前に昨日助けた天使のような悪魔がいる。
ひょこっと、無邪気に顔を覗かせてこちらを見つめている。
めっちゃ可愛いな。
綺麗な青い瞳。美しい銀髪。天使のような白い翼。
レースのドレスのような、こちらの世界では見ないようなデザインの服。
幻想的で神秘的だ。
俺はまだ夢を見ているのだろうか。
試しに頬や顔をつねったり、引っ張るが、非常に痛い。
試しに目の前に映る可愛らしい頬にも触ってみる。
ぷるんと心地よい感触が返ってくる。
「やわらか……」
「あの……何してるの?」
「夢かどうかの……確認?」
「いい方法あるよ。」
「何……?」
「ていやあ!!!!」
「へぼっぐふぉっ!?」
天使は何を思ったのか、俺の両頬を両手で思いっきり叩く。
あまりの衝撃に俺の体は30回転ぐらいして、床に体を打ち付ける。
痛すぎる。あ、コレ現実だわ。
どうやら、夢ではなかったらしい。
目の前に銀髪で青い瞳を持つ天使がいた。
どうやら、俺は限界のようだ。
「おはよう……ございます…まだ居たんすね。」
「やっと、目が覚めたのね。昨日のお礼言えてなかったから。それに……行くあてないし。」
よく見ると、天使は身体中真っ白で、怪我なんてしていないように見えた。
見慣れない服を着ているが、この際どうでもいいか。
羽生えてるし。
「怪我治ったの?相当しんどそうだったけど」
「あ、うん。君の魔力貰ったからね。」
「はい?」
「あれ、翻訳されてると思うだけど、聞こえなかった?」
「え、俺の魔力食ったの?」
「いいじゃん。減るもんじゃないし。」
「減るだろ、多分。」
「だって、ろくな食べ物なかったんだもん。こんな魔界の悪魔みたいなこと、私だって、したくなかったよ。部屋だって、汚いし。」
「汚くて、悪かったな。事前に言っただろ。……てか、なんだよその普段は普通に食事してるみたいな、言い方は。」
「え、食べてますけど?」
「いや、あなた悪魔なんでしょ?なら、食べないでしょ。」
「悪魔だって、ご飯食べるわい!」
「翻訳どうなってんだよ。ま、いいか。魔力なんてない方がいいし。」
「それはどうかな。」
「え?」
「君は生まれつき、高い魔力を有していた。それは所謂君の魂の在り方だ。命のひとつなんじゃないかな。」
「どうだか。魔力で苦しんでる人はたくさんいるんだ。寿命が少なかったり、体調ぐすしたり、とかな。」
「それは呪いの類とか、代償だと思うけどな。だって、君はなってないでしょ?」
「……それは、まあ。……てか、そんなことはどうでもいいんだよ。どうすんの?これから。」
「ここに住まわせてよ。君、魔力濃いし、復讐を果たすまでだからさ。」
復讐……?
その言葉を聞いた刹那、酷く頭が痛んだ。
『許さない』
「ぐっ……復讐……?」
「そう、復讐……しないといけない気がする。覚えてないけど。」
「……なんだそりゃ。」
「ね?いいでしょ?代わりに君の願いを叶えるよ。家事とか得意だよ!」
「悪魔が家事って……」
それに昨日泣いていたの時の言葉。パパとママ……って言ってたよな。
なぜだか、この子に対して、違和感が拭えなかった。
悪魔は食事をすることも無ければ、子孫繁栄をすることも無い。
もしそんな異常なことがあるとしたら、人も悪魔も狂わせる愛しか知らない。
なぜだか、俺はそんなことを考えていた。
そんな突拍子もない知識、オレに覚えは無い。
ただ、なんでかそんな気がしてならなかった。
それだけ、目の前の天使の姿をした悪魔が異質なのだろう。
「なんも出来ないけど、それでいいならいていいよ。家事は実際助かるしな。」
「やった!!!よろしくね!」
俺はどうしても、彼女との関係をここで切りたくなかった。
いつか終わりが来るその時まで、俺は彼女を住まわせることにした。
これはただの気まぐれだ。
無気力に生きることが疲れだけなのかもしれない。
でも一度、動いてしまった心は止めようがない。
期待したらいけないとわかってるのに、どこかで俺は期待していた。
ただ、惰性で毎日を過ごしていた俺の目の前に変化が起きた。
そして、俺を必要としてくれた。
理由はそれだけで、充分だったのかもしれない。
「俺は『明星清直』。君は?」
「私は『ナーヴァ』。魔界では『異端者ナーヴァ』って呼ばれていたよ。」
かくして、俺とナーヴァの奇妙な生活は始まったのである。
ある意味、異端者同士の生活なのかもしれない。
とりあえず、今日は休みだし、生活に必要なもの買わないとな。
羽根は隠せるんだろうか……。
俺も外に行く時は、髪と目を隠している。
なんだかほんとに肩身が狭いな。
ああ、貴重な休みよ、さらばだ。