2章9話 豊華とベルゼは託される
「バルバトス!!!!どうして!!!!」
確実にソロモンさんの命を奪った悪魔に、憎悪に満ちた声を浴びせる。
2人は確実に長年連れ添い、分かり合えていた。
悪魔と人間でありながら、共に生活し同じ時と思い出を共有していた。
それは他人のアタシでも見てわかったことだ。
それなのに。
こんなのってないよ。騙し討ちみたいな。
これは明確に悪だ。
「バルバトス……?ああ、そうか。この姿が紛らわしいのか。」
「……え?」
「下がって!豊華!!!」
ベルゼがアタシを抱き抱えて、後退する。
べオルもベルゼの横に並び、臨戦態勢をとる。
黒い霧が立ち込めて、バルバトスの姿はドロドロとした黒い影となる。
魔力を感じられる今だからわかる近づいたら飲み込まれる。そういう類の魔力だ。本能的に攻撃することを避けるようなそれほど強大な魔力を感じる。
正直、魔力だけなら天と地ほどベルゼ達と差が開いている。
恐ろしい怪物だ。
人ならざるもの。影に紛れ、形をその膨大な魔力で包まれている。
「影の……魔獣……?」
アタシは咄嗟に記憶の中にある存在を口にした。あまりにもピッタリな姿だったからだ。
前にソロモンさんを襲った魔獣。
指輪を狙って必ず現れるとソロモンさんは話していた。
「嫌な呼び方だね。僕には名前があるんだ。……うーん……そうだなあ、『マリス』って呼んでよ。」
「マリス……?聞いたことねえ悪魔の名前だな」
「悪魔?笑せないでくれよ。僕はそんな新しい存在じゃない。君たち悪魔より遙か遠い時代から僕はいるんだ。」
「……もしその話が本当なら、思い当たるのが、ひとついる。」
「知ってるの?ベルゼ」
「万物を作った悪の化身……ということだけ。」
「……神様って……こと?」
スケールが大きすぎて唖然とする。万物を作った、つまりこの世界の全ての理を作り出した存在ということ。
そんなの、神様ってことじゃん。
それも、悪の化身って。
なんでこんなモノが今、目の前にいるの。
「どうでもいいけどよ。お前、バルバトスをどうした」
困惑するベルゼとアタシを他所に、べオルはいつも通りな様子で問いを投げかける。
「あの悪魔なら殺したよ。おかげでソロモンに近づけた。彼には感謝しないとね。」
つまり、マリスとやらはバルバトスさんを殺し、バルバトスさんに成り代わっていたということになる。
その言葉に更に怒りが沸き立つ。
人の感情を弄び、おもちゃのように次々と人や悪魔を関係なく殺している。
どうしようもない悪だ。
悪という認識しか湧かない。
「あんた、一体何がしたいのよ!?」
「半端者の君には分からないよ。君は悪魔にも人にもなれない中途半端な存在だ。かといって、強い欲望を持っている訳でもない。天使に愛される訳でもなく、ただそこにいるだけ。なんの価値もない。」
「確かにアタシはなんでもない存在だよ。力もないし、分からないことばっかりだし。……でもそんなアタシを何者に変えてくれるベルゼがいる。そばにいてくれる恵実がいる。今という時間を精一杯生きてる。……それが、それこそが『人間』であることだとアタシは思ってる。」
「講釈は終わったかな。どうせ消える君には何も期待していないんだ。君の役割はそこにいる魔王2人を僕の前に連れてくること。……だから『あの時』あえて君を襲わなかった。僕によって作られたシナリオとも知らずに、この男はそれに賭けた。滑稽だよね。」
マリスは影をドロドロとうねらせて、触手のようなものを生やす。
その手でソロモンさんの首を絞めあげ吊り上げる。
表情や顔なんて分からない。
それでもソロモンさんの死体を見せしめのように弄ぶ姿に我慢ができなかった。
立ち向かおうとするアタシをベルゼは強く引き止める。
「豊華!!気持ちはわかるけど、引いた方がいい。今の君ならアレがどれだけ凄まじい魔力を持っているかわかるでしょ?」
「でも!!!!」
言われなくてもそんなことはわかっていた。
全神経を逆撫でするような不快な感覚。
恐ろしいを通り越して、殺意しか湧いてこない。
これが所謂魔力による精神汚染。
自分の自我を保てないほどに、黒い感情が己を支配しているのがわかる。
「僕は前にそれに飲み込まれたことがある。近づくだけで危険なんだ。」
「これは引いた方がいいな。2万4000年前のサタンを遥かに超える魔力だ。……話しぶりから見て、俺らを狙ってるみたいだしな。」
「だね。」
2人は顔を合わせると瞬時に廊下へかけだす。
アタシは対応しきれずにいたが、ベルゼに抱き抱えられそのまま運ばれる。
「め、恵実も一緒に……!」
「わかってる!」
一直線に恵実の眠っている部屋に駆け込み、抱き抱えるべオル。
しかし部屋全体に泥のような影が溢れ出す。
「くっ……読まれてたか!!!」
「逃がさないよ。世界を滅ぼすには七つの悪魔を殺す必要があるんだ。もうたくさん悪魔は殺した。あとはべオル、ベルゼ、アモンだけなんだ。」
「へっ……生き残ってる大罪悪魔はそれだけかよ。」
「そうみたいだね……アスモデウスも、リヴァイアサン、ルシフェルも、サタンもこいつの仕業か……!!」
「そうだよ?ま、僕は『導いた』だけで『飲まれたのも殺されたのも』僕のせいではないけどね。ああ、そうそう、君が暴走したのも僕の力の影響さ。サタンを介して遊ばせてもらったのさ。まさか2つに分離するとは思わなかったけどね。」
「通りで、嫌な予感が止まらない訳だ」
「こいつが……ベルゼを暴走させた元凶……!」
「だが、アモンには逃げられた訳か!!」
「未来へ飛ぶ力は厄介だね。おかげでこれが4度目の世界だ。」
「4度目の世界……?また訳わかんねえことを言いやがって。じじいの言うことは時代錯誤もいいところって感じだな。」
ベルゼとべオルは必死に出口を探しているが、突破口は開けそうにない。
なんとか2人とも魔力を放っているが、攻撃も全てきいておらずマリスはむしろ魔力を吸収している。
「くっ……効果なしか。ダメ元でやってみたけど、やっぱりダメか。」
「だろうよ。俺らがひとつの時でさえ、こいつに抗えなかったんだ。今飲み込まれたら本当にまずい。」
二人は相当困っている様子だ。悪魔の力が効かないどころか陰が濃くなるにつれて、二人とも苦しそうな様子だ。
なにか、なにか方法は無いだろうか。
アタシは必死に今までの事を振り返ってみる。
今のアタシにできることは無いのか?
そんな時ひとつの閃きが降りてくる。
今までずっと、封印を解いてきたじゃないか。
そうだ。前に恵実の結界も破ったことがあった。
あの時みたいに出来れば。
アタシは流れる力を平均に保てる。
こいつの流れてる力も本質的には魔力。
神力を高めることが出来れば、突破できるはず。
「くっ!!!」
「豊華!!だめだ!やめるんだ!」
「お、おい!馬鹿なにやろうとしてる!!」
アタシは二人の静止を無視して、影の中に飛び込む。
「はは、馬鹿じゃないの?君。死ぬよ?」
ーーーーー。
「え?」
刹那。深い闇が広がる。
自分は今何をしていたのかそんな意識さえ遠く感じる。
なにもない。
なにもない。
何も無い。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。なにもない。
意識が途切れ……て
ーーーーーーーーー。
『ついに完成したんだ。この指輪を君に真っ先にあげたかった。これで君は普通の生活を送れるんだ。……僕と結婚して欲しい。一緒に世界を変えていこう。』
『ごめんなさい。私……子供がいるの。……だからもう、ここには来なくていい。』
『子供……?何の冗談だよ?』
『お父様が……魔力のあるお前には早く結婚してもらうって……だから……』
『う、うそだ。そんな急に……』
『もう5年だよ。……なにもかも遅かったんだよ。』
『お願いします!!!この指輪だけでも!!!72個全てここにあります!!!』
『うるさい!!もう帰れ!!!結婚はもう決まったことなんだ。なにより、あの子が結婚するのはトラスト家からの打診なんだ。お前らふたりが悪魔なんぞ召喚するからこんなことになったんだ。エリスはお前を守るために結婚を飲んだんだ。この恥知らずめが!!!!』
『そんな………』
『指輪を置いてどこかに消えるんだな。この指輪はいつかまた呪われた子が生まれた時に使わせてもらう。』
『そんな、待ってください!!!この指輪は魔力に苦しむ人達のために、僕とエリスが作ったんです!!せめて、エリスに使ってあげてください!!!』
『あの子はもう時期、魔力過多で死ぬ。悪魔の力でも多すぎる魔力は抑えきれなかったんだ。その指輪を使っても、すぐに死ぬ。出産はそれだけ、体に大きな負荷をかける。だが、アマハネの血は絶やしてはならない。これはもう避けられないことなんだ。』
『バルバトス、俺に力を貸せ。エリスは死ぬ気なんだろ。死なせてたまるか。』
『契約を上書きするんですね。』
『行くぞ。』
『どこへでしょう?』
『……結婚式場だ。エリスの魔力を奪い取る。できるんだろ。』
『かしこまりました。我が主。神に愛されながら、悲しき魔力を得た者よ。』
ーーーーーーーー。
「はっ!?」
ハッとして目が覚める。
今何が起きた?
瞳を開けて視界が開けると、目の前に光を纏う恵実がいた。
「恵実………?」
「へえ。僕の魔力を受けつけないんだ。」
「お姉ちゃんを殺してしまう絶望より辛いことはないから。」
恵実の光を避けるように影は消えていき、道が開ける。
その隙を狙って、ベルゼ、べオル、恵実、アタシの4人は外へと抜け出した。
「恵実!!良かった!!目が覚めたんだね!!」
抱きつくアタシの頬をギュウと両手で掴むと、恵実は真剣な顔で怒る。
「危ないことしないの!どうするつもりだったの!?お姉ちゃん、あいつに取り込まれそうになってたんだよ!?」
「あはは、あんま考えてなかった。」
確かに恵実の言う通りだった。
さっきのは無理しすぎだ。
ベルゼに死のうとするなと、言っておいてこれは酷い。
「感動の再会のところ悪ぃけどよ。どうすんだ?あれ来てるぞ。」
べオルが指さす方には、もちろんマリスがいた。
どんどんと世界を飲み込むように巨大化している気がする。
「逃げても無駄だって。ちょっとそこの加護持ちには驚かされたけど、それだけだ。」
「ベルゼ、べオル、何とかならないの?」
「無理だなあれは。悪魔と相性が悪い。」
「ごめん。本当に無理そうだ。」
「恵実は!?」
「残念だけど、100人居ても無理だろうね。さっきのはアタシの全力だった。それでも逃げるので、精一杯。頑張るけど繰り返してるうちに、飲み込まれる。あんなにでかくなられたら封印も出来ない。」
よく見ると、恵実は額から大量の汗をながしている。
余裕がなくて気がつかったけど、相当体に負担をかけているのが分かる。
「作戦を立てても無駄だよ。僕は全ての理の悪そのもの。近づく者には悪を増幅させ、悪魔は糧とし、天使の持つ光さえも飲み込む。あらゆる攻撃は僕を始まりとしている。だから何をやっても無駄なんだよ。」
「ならお前が飲み込めないほどの神力で身体を貫き、膨大な魔力を封じ込めればどうだ?お前という概念そのものが消えるんじゃないのか?」
どこからともなく、声がして空を見上げる。そこには歪な姿をした青年がいた。
青年と呼んでいいのかは分からない。
黒い翼をはためかせて、黒と白の髪の毛をなびかせている。
翼は片翼しかなく、瞳は紅で整った顔立ち。
でも何故か見覚えがあった。
ただし、記憶の中の誰とも一致しない。
美しい和服を身に纏う人間か悪魔分からない存在は、アタシ達の目の前に着地する。
「どこの誰か知らないけど、何を馬鹿なことを。そんなの幾重もの世界で僕を封じたソロモンの指輪かアリスにしか出来ないことだろう?」
「指輪ってこれのことだろ?」
青年は右手の人差し指を見えるように翳す。
そこには紛れもなく、先程見たソロモンの指輪がはめられていた。
「なぜ?それはさっき壊したはず。君は何者なのかな?」
「製作者が生きてるんだから、いくらでも作れるだろ。レプリカとは違うんだからな。世界の秩序、つまり悪魔の数までしか指輪は存在できない。言わば、悪魔の加護を授けたわけだ。でもこの指輪は違う。全ての悪を受け入れ無力化する力を持つ。過去にお前が封じられたように。」
「その指輪を渡せ!!!」
黒い影が謎の青年を飲み込むように包む。
だが、その刹那。爆散するように辺りに影と泥は飛び散る。
「お前……!!!!!生きていたのか!!!ソロモン!!!!」
形を整えるように集合する影。
簡単に元の姿に戻る。
「ま、半分正解だな。俺はソロモンであり、バルバトス。またこの姿になるとは思ってなかったけどな。あの結婚式以来だ。」
「……何がどうなっているの?」
目の前で圧倒的な力を見せる青年。
彼の口から今とんでもないことが語られた気がする。
「そうか……融合か。」
「融合……?」
「ソロモンとバルバトスは今融合してんだよ。悪魔と契約した人間にしか出来ない力だ。」
「聞いたことある……悪魔に人間の体を譲渡することで、とんでもない力を発揮するって。悪魔はこの世界に適応するために力が10分の1になるから、充分に発揮できるようにするための方法だって。」
「じゃあ……あれはホントにホントのバルバトスさんとソロモンさんなの?でも死んだんじゃ……」
確かにソロモンさんは死んだのを見た。紛れもなく現実として。
「俺らが相手してたのは分身だったんだろうよ。悪魔がよくやる手段だ。あのじいさんは加護持ちのくせに、魔力を使えるようだな。悪魔を騙せるほど濃厚な。」
「じゃ、じゃあ!バルバトスさんは!?殺さたって!」
「最初会った時に言ったはずだぜ?『バルバトスには未来を見る力』があるってな。ま、あれはもう乗っ取られかけのしかも分身の言葉だけどな。……俺は事前にこのことを知っていた。自分が乗っ取られる未来をあえて選択する馬鹿はいないさ。案の定マリスは騙されてくれたしな。」
青年は話しながら、マリスの体を破壊していく。
みるみるうちに小さくなっていくマリス。
まるで抵抗することが出来ていない。
指輪に怯えているのか魔力の力が、弱まっているのがわかる。
「クックックッ……やっぱり君はこうじゃないとね。いつも手こずらせてくれる。アリスを止めれば、エリスとソロモンが邪魔をして、2人を殺せば、アモンが消え、追いかけて来てみれば、今度はたかがバルバトスに邪魔されて。忌々しいよ、本当に。」
「邪魔で悪かったな。だが、エリスを殺したお前を許す訳には行かない。消え去れ!『マリス』!!今度は封印ではなく、完全に消し去ってやる!」
青年は貫くように拳を放つと、ドロは跡形もなく光の中へと消えていく。
「今回は見逃してやるよ……だが、必ず殺してやるぞ!ハッハッハッハ!!!」
不快な笑い声が響く。
魔力は全て指輪に集まり、マリスの瘴気だけが辺りに充満する。
「やったの……?」
全員が息を飲む中、辺りは静寂に包まれている。
その刹那。青年は光と闇に包まれる。
気がつくとソロモンさんとバルバトスさんが、見慣れた姿でそこに立っていた。
「たくさん迷惑をかけたな。みんな。」
相変わらずこの人は。何事なかったようにケロッとしてる。そんな変わらない様子に思わず笑ってしまう。
「当主がすみません。このやり方しかいい方法がなくてですね。巻き込んでしまいすみません。」
全員苦笑いで返すしか無かった。
だが、ふたりに助けられたのも事実だ。
最後まで手のひらの上で、おどらされてたみたいで気に入らないけど。
それにマリスの中で見た誰かの記憶。あれはきっとソロモンさんの記憶なんだろう。
多分、二人は悪い人じゃないんだと思う。
本当に世界のために動こうとしていた。
ベルゼとべオルを本当の意味で、守れたのは2人のおかげだ。
「結局あんまりよくわかってないですけど、ふたりに助けられたのは分かります。ありがとうございます。指輪の件、絶対叶えましょう。アリスちゃんだけでなく、世界中の人たちのために。……そして、エリスさんのために。」
「君なりそう言ってくれると信じてたよ。……これからも引き続き、協力してくれると嬉しいよ。世界がより良くなるために、頼む。」
「アタシとベルゼで良ければ。」
「僕は豊華のやりたいことを応援するよ。」
「ありがとう、ふたりとも。」
ソロモンさんは安心したように微笑む。
「べオルさんと恵実さんはどうします?」
「バルバトスの能力上仕方なかったんだろうけど、もう面倒事はこりごりだな。元々は半身の様子見に来ただけだしな。これ以上居たら、また巻き込まれそうだから俺は消えることにするよ。」
べオルは面倒くさそうに頭の後ろで手を組むと、一度ベルゼとアタシを見やる。
「……なに?」
ベルゼが疑問符を浮かべるが、「なんでもねーよ」と言って消えていった。
かなり呆気なく消えるべオル。
彼らしいけど本音を言えば、もう少しお話したかったな。
「私も行くよ。お姉ちゃんには悪いけど、その子のことまだ私は受け入れられないから。……でも、だからって何もしないから。……いってもお姉ちゃんは聞かないしね。」
「恵実……」
寂しそうに呟く恵実。まだ彼女には時間が必要なんだと思う。
「それから、ごめん。お姉ちゃんのことや悪魔のことになると周りが見えなくなるからさ。少し自分を見つめ直すよ。」
「待ってるよ。アタシは。」
「うん。……あ、そこの胡散臭い二人、お姉ちゃんに変なことさせたり、やらせたら許さないからね。」
「しませんよ。」
「しないとも。トラスト財団の一員として迎えるつもりさ。」
「それならいいけど。……ベルゼ・バアル。お姉ちゃんをお願いね。色々無茶する人だから。」
「わかった。今度は一緒にご飯食べよう。」
「……悪魔とご飯か。……それもいいね。」
恵実は複雑な表情でその場を後にした。
ーーーーーーーー。
そのあとアタシたちは荒れた家の家具たちを整理して、ぐっすり眠った。
恵実は1週間ぐらいで学園に戻ったらしい。
アタシとベルゼは正式にトラスト財団へと迎え入れられ、日々を忙しなく過ごしている。
小さい頃からの夢だった正義のヒーロー。
こんな形で叶えられるとは夢にも思っていなかった。
今は充実感でいっぱいだ。
それから、1ヶ月がたった今日。
ようやくアリスに指輪を渡せる準備が整った。
アタシはこれからもベルゼと一緒に、この奇妙な日々を過ごしていこうと思う。
諦めかけていたアタシの夢を思い出させてくれたベルゼと一緒に。
また大変なことに巻き込まれるかもしれない。
でも、大丈夫。
だって、アタシのパートナーは正義の大魔王なんだから。
ーーーーーー。
果てなく続く雲海。
それを突き抜けると太陽が顔を出し、べオルを照らす。
広がる青い空。
この景色ともお別れになる。
「……じゃあな。」
珍しく感傷に浸っている。
少しだけ、彼女たちと暮らす未来を空想したのかもしれない。
「ぐっ……!?」
刹那。
べオルは自分の体に認識できない痛みを覚える。
「痛み……?何年ぷりだ……?」
久しく忘れていた痛み。
痛みは次第に熱を帯びて行く。
腹部を貫かれたようだった。
触れると、血がつく。
べオルは相手と必ず同じレベルで戦えるという力を持つ。
だからこそ、瀕死のダメージを負ったのはかなり久しぶりの経験だった。
つまり、攻撃だと認識できない何かを受けたようだった。
「油断したかな?キミは自分の力に慢心するね。」
目の前に現れたのはミカエルだった。
美しくて、愛らしいその笑顔は時に残酷だ。
「おいおい、ラファエルに捕まったんじゃ……」
「あいつなら、瀕死だよ。一命を取りとめても天使として戻るには時間がかかるんじゃないかな。」
「仲間じゃ……ねえのかよ」
「仲間だよ。大切なね。だからきっと、わかってくれる。」
ミカエルは淡々と話し、指を弾く。
すると、見覚えのある本が出現する。
タイトルは『蝿の王』。
「そいつは……!?」
「かつて、お兄ちゃんと君がベルゼを封印した本だよ。」
「お前に……使えるかな……?」
「使えるさ。」
封印には悪魔と天使の力が必要だ。
そのことを知っているのかミカエルは再び指を弾く。
すると黒い玉と白い玉が出現する。
「ひとつはラファエルの神力。もうひとつはマーモインの魔力さ。」
「そうか……さっきのはラファエルの……」
「認識の外から、そして、君が知らない力。これで君はそこまでのダメージを受けた。」
以前戦った時より、数段落ち着いている。
これが本来のミカエルなのだろう。
「かなり冷静じゃねえか。」
「僕はずっと冷静だよ。君たちを殺すためなら、何でもするさ。」
「封印ってことは……俺を殺したらバアルに戻ることも知ってたのか。」
「そうだよ。封印して、『神の炎』で存在ごと消す。これで君は完全に消滅する。そのあとはベルゼだ。」
間髪入れず手を合わせるミカエル。抵抗虚しくべオルは本の中へ飲み込まれていく。
その刹那。
ミカエルの顔が酷く歪んだのが見えた。
そして、べオルは死期を悟った。
ああ、そうか。
俺はこんなにも恨まれていたのか。
あの時適当な報告をルシフェルにしていなかったら。
もっと人間をよく見ていたら。
あんな風にベルゼのことを思ってくれる人間と出会えていたら。
何かが、変わったかもな。
「お前は……もう、間違えるなよ。……もう一人の俺。」
その日。
間球の空で蒼い炎が迸ったという。
べオルは最期に、人間への認識を改めたのであった。