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2章7話 ベルゼは豊華と契約する

挿絵(By みてみん)


 目の前で息を引き取った豊華。雑に放置された死体に、僕はどうすることも出来ない。

 

 裏切られた恵実。魔力を暴走させ、今なおマーモインの供物とされている。早く何とかしなければ、生命を食い荒らされるだろう。

 

 だが、僕の体は痛みで言うことを聞いてくれない。

 

 僕の代わりにミカエルと戦うベオル。

 

 復讐の心を燃やすミカエル。

 

 べオルは劣勢ながらもミカエルの剣を交わし続けている。

 

 「おいおい、兄貴より弱いな。それより、ルシフェルは元気か?最近会ってねーんだよ」

 

 「ほざけ!!!お前が殺したんだろ!?」

 

 「あれ、そんなことになってんのか?俺の知ってる話だとお前が殺したはずなんだけどな。ミカエル?」

 

 「ふざけたことを抜かすなあ!!」

 

 終わりの見えない攻防戦。ベオルはよく戦っているが、時間の問題だろう。

 

 教会に溢れる血の匂い。鼻にこべりついて離れない。口の中も切れて鉄の味が滲む。倒れている大切な人の死体。あの日の光景に酷似して、既視感が拭えなかった。

 

 僕がここにいる限り、きっと巻き込んでしまう。

 

 今回のことが解決しても。

 

 またあの惨劇を繰り返すかもしれない。

 

 僕は恐れている。

 

 かつて仲間を殺した僕に、豊華を救うことが出来るのか。

 

 果たしてこれが正解なのか。

 

 ベオルが示してくれた契約という選択。

 

 「どうしたら、いい?豊華……」

 

 涙が溢れてくる。

 

 縋るように答えを求めるが、返答はない。

 

 だって、彼女は死んでいるから。

 

 涙を流し続けて、どうしていいかわからない僕。

 

 そんな僕を叱りつけるように、ベオルは声を荒らげた。

 

 交戦していたミカエルを吹き飛ばすと、他に目もくれず僕の前に立ちはだかる。

 

 その深紅の眼差しは紛れもない怒りと明確な呆れを表していた。

 

 

 

 

 「ちっ……せっかくいい人間に巡り会えてもそのザマかよ。その女はとんだ無駄死にだな。結局なんの見所もねえ、下等種族だった訳だ。その女も、お前の仲間も、皆な!!お前みたいなやつのためにゴミのように死んで行ったのさ!笑えるな!!!」

 

 ベオルの物言いに怒りが込み上げてくる。

 

 僕に罪の意識だけ擦り付けて、何も気にせず過ごしてきたコイツに何がわかるのだろう。

 

 何も知らないくせに。

 

 絶対にそんなことは無い。無駄死になわけあるか。

 

 「くっ……撤回しろ。君の今の言葉は間違えてる。」

 

 僕は怒りの眼差しをベオルに向ける。

 

 べオルは僕のその物言いに更に言葉を強める。

 

 「なら証明して見せろよ。お前の仲間やその女が正しかったってな。無駄死にじゃねえってな。……いいか、わかってるのか。お前の今のその躊躇いは全ての死を冒涜している。お前を恨んで死んだのか、そいつらは。絶望の死だったのか。なんのためにここまで後悔してきた。いい加減にしやがれ!!!」

 

 襟首を掴まれて、顔面を殴られる。

 

 悔しい。そう思える強い心を君に持っていかれたのが。

 

 僕に残ったのがこの弱い心なのが。

 

 ここまでいわれないと、立ち上がれない心が。

 

 その弱い心をようやく否定できるのが、紛れもない自分の言葉であるのが悔しい。

 

 でも同時に嬉しくもあるよ。

 

 君の心が僕に溶け込んでくるから。

 

 「……悔しいけど、君は僕で僕は君なんだね。それがよくわかったよ。今の言葉で。」

 

 フラフラだけど、気にしてられない。ようやく足に力が入る。胸の奥底から熱いものが沸き上がる。

 

 答えはもう決まっていたのに、弱い心に縛られていた。迷う必要なんて最初からなかった。

 

 手を差し伸ばしてくれたあの時から、もう決まっていたんだから。

 

 「ふっ、ようやくやる気になったか。勘違いするなよ。俺はただ、お前が死ぬと、困るってだけだ。」

 

 「……そういうことにしておくよ。」

 

 「言ってろ。」

 

 進むべき覚悟は見えた。

 

 足りない心をベオルがくれた。

 

 心の奥にあった迷いは、もう。

 

 

 

 なくなった。

 

 残ったのは、僕の純粋な心だけ。

 

 

 

 彼らの死は絶望じゃない。

 

 問に答えるなら、僕を信じて託してくれた死だ。

 

 彼らの死を無駄にすることは僕もべオルもバアルも許すところではない。

 

 そしてなにより、豊華に僕は何も返せてない。

 

 「笑って欲しかったのは、僕も同じだ。……約束したのなら、守ってよ。豊華。……君は僕に美味しい料理を食べさせてくれるって約束したはずだ。……そして、僕を守ってくれるって。……『僕のヒーローになって』」

 

 僕は優しく豊華を抱き上げ、額にキスをする。

 

 「僕も約束守るよ。『もう死のうとしたりしない。君のそばで笑って生きていこうと思う』」

 

 刹那。

 

 口付けと強い想いが合図となり、豊華の全身に僕の魔力が流れ込んでいく。

 

 豊華の体からは膨大な神力が溢れ出し、僕の魔力と重なるように渦を巻いていく。

 

 「ふう。成功か。世話の焼ける半身だ。……俺なりの恩義は返したぞ、人間。」

 

 「ぐっ……なんだ!?契約……?悪魔から契約を持ちかけたっていうの!?」

 

 ミカエルとベオルが再び向き合い、臨戦態勢を取っている。

 

 でも僕には他の何かなんて視界に入らなかった。

 

 感じるんだ。

 

 豊華との繋がりを。

 

 心が満たされて、豊華の世界が流れてくる。

 

 大きな青い空。そこに広がる大自然。青い草花と実る果実たち。

 

 五感が研ぎ澄まされて、大きな世界の中心に僕は今いると、感じられる。

 

 豊華はゆっくり瞳を開いて、微笑む。

 

 「君の全部を受け入れるよベルゼ。アタシは君のそばにいるよ。」

 

 差し出される温かな手。頬に触れて、心地いい。

 

 そうか。彼女には見えたんだ。僕の記憶と経験が。

 

 それでも彼女は僕を受け入れてくれた。

 

 「おかえり、豊華。」

 

 「ただいま、ベルゼ。」

 

 僕は豊華と家族になることを受け入れた。

 

 ーーーーーーー。

 

 

 「へえ、あれだけの神力を受けて生きてたわけか。」

 

 「あの女には神力と魔力を平均に保つ力があるんだ。」

 

 「知ってるよ。そんなの。もう一回、殺すだけさ。」

 

 「無理だと思うけどな。」

 

 ミカエルは再び剣を構え直し、斬撃をベオルに与える。

 

 だが、ベオルは影に潜り姿を消す。

 

 残った斬撃が地面を穿ちながら、こちらに向かってくる。

 

 「ベルゼ……?」

 

 「豊華は休んでてよ。あいつは僕が何とかするから。」

 

 「でも……!」

 

 「大丈夫だよ。契約に嘘はないから。」

 

 「……え?」

 

 「安心してよ。僕、魔王だから。」

 

 僕はニコッと微笑むと、豊華から離れ神力を纏う斬撃の前に立つ。

 

 刹那。斬撃が僕に到達することなく、消失する。

 

 「……なに…っ!?」

 

 「誰を相手にしていると思ってる。僕は魔王。ベルゼ・バアルだ。」

 

 「たかが、人間と契約したぐらいでいい気になるなよ!!!」

 

 ミカエルは翼をはためかせて、閃光を飛ばしながらさらに斬撃を放つ。

 

 その全てが僕に到達する寸前で消え去り、無に帰る。

 

 「お返しだ。」

 

 「ぐっ!?」

 

 僕が親指を立て人差し指をミカエルに向けると、異空間から先程受けた全ての攻撃が出現する。

 

 「これは!?神力!?」

 

 「そうさ。君の攻撃、全部食べさせてもらったよ。……だからこそ、僕の糧となる。」

 

 「ぐああああああっ!?」

 

 悲痛の声を上げるミカエル。

 

 恵実から受けた拘束の力で、ミカエルを光の鎖で拘束する。

 

 天井に吊るされる天使。哀れなものだ。

 

 「ぐっ!!!!!そこの人間!!!お前は絶対に後悔するよ!!!そいつは同族を喰らい、魔界を再び混乱に陥れた大悪魔なんだよ!!!!」

 

 「うん、全部知ってるよ。悪魔を救おうとした大悪魔であることも。」

 

 「ぐっ!!!!…今なら間に合う、今すぐ契約を破棄し、そいつを殺せ!!!……そ、そうだ、恵実も助けてあげる。お前がそいつを殺すなら、見逃してあげるよ。悪魔と契約したこともなかったことにしてあげる。どう?悪くないでしょ?」

 

 「……可哀想な人」

 

 「……なに?」

 

 「恵実をあんな目にあわせたアンタは許せない。でも、だからこそ、大切な家族を傷つけられておかしくなったアンタの気持ちもわかるよ。もうやめようよ。アタシはベルゼとの絆を手放す気は無いよ。」

 

 どうやら、豊華は僕と契約したことで、僕の記憶まで共有しているらしい。

 

 恵実がミカエルに何をされたのか、理解しているようだ。

 

 そのうえで、理解を示そうとしている。相変わらずと言える。

 

 だが、その言葉はミカエルにとって不快だったのだろう。表情を歪ませて激昂する。

 

 「調子にのるなよ!!!人間があ!!!!!」

 

 ミカエルは体を引きちぎりながら、無理やり拘束から抜け出す。

 

 血まみれになった体を神力で無理やり回復させ、豊華に向かっていく。

 

 やっぱり大したダメージにはなっていないか。

 

 「残念だが、チェックメイトだ。大天使さんよ。」

 

 刹那。背後から現れたベオルの不意打ちが直撃する。

 

 「またお前か!!!!ベオル!!!!……あっ……」

 

 激昂するミカエルだったが、見上げた先にいた人物に絶句する。

 

 「残念だ。ミカエル。マーモインを捉え次第、君を連行させてもらう。ウリエルの裁判が決定した。」

 

 「ラファ……エル……」

 

 ミカエルの前に現れたのは白き衣を纏う天使だった。

 

 厳格な男性の姿を模しており、以前見た姿とは異なっている。

 

 ミカエルの言葉を鵜呑みにするなら、あれがラファエルなのだろう。

 

 以前会った時はそれは美しい女性だったけど。

 

 今は褐色肌の筋骨隆々な男性だ。天使特有の白髪の長髪。後ろで束ねているが、腰まで伸びている。

 

 「報告感謝するベオル・バアル。それから、ミカエルが迷惑をかけたベルゼ・バアル。」

 

 話しながら、ミカエルに手錠をかけるラファエル。

 

 あの手錠は神力と魔力を込めないと、開かないようになっている。僕が封じ込まれた本と同じ細工がされているようだ。

 

 「……お詫びにはならないが、そこの女の子を回復させよう。」

 

 ラファエルは倒れている恵実に視線を向ける。

 

 「え、恵実助かりますか!?」

 

 「もちろんだ。本来、それが我々の仕事だ。」

 

 豊華はその言葉を聞くと、ぱあっと表情を明るくする。

 

 ラファエルは恵実の手を握り、祈りを始める。

 

 「ラファエルを呼んだのは、君だね。」

 

 「今の俺とお前じゃ、どうやってもミカエルには勝てないからな。……バアルに戻れば余裕だろうが、俺は俺で好きにやりたいんでね。」

 

 「そうだね。僕も同じ意見だ。せっかく豊華と契約したしね。……それにしても恐ろしいよ。ミカエルが冷静だったら、瞬殺されていたよ。」

 

 恵実を回復させているラファエルを他所に、僕たちはそんな会話を繰り広げた。

 

 流石にサタンとルシフェルを殺しているだけの事はあった。

 

 本人はどうやら、記憶が無い様子だけど。

 

 辛い過去だから記憶を改ざんしたのだろうか。

 

 僕には関係ないことだ。

 

 ミカエルは終始僕たちを睨みつけていた。

 

 「マーモインのことはやりすぎだったかもしれないけど、バアルを殺すことは間違えていないはずだよ。これ、解いてくれないかな。ラファエル。」

 

 「無理な相談だな。お前のせいで余計な仕事が増えたんだ。処罰を受けるまでは許さない。……それに天使が悪魔を殺そうとするのも重罪だ。知っているはずだ。お互いが存在することで、世界は成り立っていると。」

 

 「ぐっ…でも!!!こいつらはお兄ちゃんを殺したんだよ!?」

 

 「……殺したのは……彼らではないと、いつも言っているだろう。もう争いは終わったんだ。忘れろ。」

 

 「そんなの……そんなの……できるわけないだろ!!!!」

 

 歯を食いしばり僕たちを睨みつけるミカエル。

 

 憎悪は消えるどころか強まっているようだ。

 

 ラファエルは興奮するミカエルを構うことなく治療を続ける。

 

 生命の香りが強くなった。

 

 どうやら、この世界に意識が戻ってきたらしい。体から魔力も消えている。

 

 召喚された悪魔はまだ、残っているようだが。後始末はラファエルに任せよう。

 

 「これで治療は終わりました。これ以上良くするためにはこれまでの記憶を消すぐらいしかありません。相当彼女は悪魔を恨んでいるようですね。堕天したきっかけを消しても、いずれ堕天することに変わりはありません。どうしますか?」

 

 ラファエルは豊華に問いかける。確かに生命は戻ったが、目を覚めす様子はない。

 

 起きたとしても、また僕のことで堕天する可能性は高いという事だろう。

 

 豊華は迷うことなく、首を横に振った。

 

 「ベルゼのこと、ちゃんと知って欲しいから。時間はかかるけど、記憶は消さないであげてください。きっと、わかってくれますから。」

 

 「分かりました。……それでは失礼します。」

 

 ラファエルはそう言うと、ミカエルを連れて光の中へと消えていく。

 

 どうやら、ようやく落ち着いたらしい。

 

 皆ボロボロだ。

 

 その後、僕たちはソロモンとバルバトスに保護された。

 

 どうやら、僕たちと連絡が取れなくなり、心配して駆けつけてくれたようだ。

 

 事情のあれこれは明日話すとして、今日はもうゆっくり休みたい。

 

 今宵はいい夢が見れそうだ。

 

 僕は帰宅中の車の中、豊華の肩にもたれかかって眠った。

 

 

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