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2章5話 暴食のベルゼ・バアル

ベルゼの過去回想です

残酷な描写を含みます。苦手な方は閲覧注意です。


挿絵(By みてみん)


 また夢を見た。

 

  夢、というよりかつての記憶。

 

 それを思い出したという方が正しいだろう。

 

 かつての僕は冷たくて、つまらなそうで、今の僕とはかなりかけ離れていたと思う。

 

 きっと、かつての己を忘れてはならないという啓示なのだろう。

 

 豊華と共に過ごすうちに穏やかになっていく心。

 

 それはかえって、過去の罪をより深くし、心を抉ってくる。

 

 そんな感覚だ。

 

 忘れたくても忘れてはならない。

 

 罪と己と、彼とまだひとつだった時の記憶。

 

 24000年前の記憶だ。

 

 豊華との日々が充実していくほどに、その記憶は鮮明になっていく。

 

 ーーーーーーーー。

 

 くだらない。

 

 俺は心の中でそう呟いた。

 

 見るに堪えない人間の死体。もはやそれが誰かの死体であったかも判別がつかないほど、ただの肉片と相違ない。

 

 俺を神と崇め、人々から悪魔崇拝だと断罪された女。

 

 「つまらない最期だったな……人間。」

 

 契約者である人間が死んだことで、俺の前に扉が出現する。

 

 面倒な制約だ。契約を結ぶとその人間の世界に拘束される。地上界の調査のためとはいえ、人間の下につくなど不快感が勝る。

 

 これでようやく解放される訳だ。

 

 「ようやく帰れる。」

 

 俺は迷うことなくその扉をくぐり抜けた。

 

 ーーーーーーー。

 

 「お帰りを心よりお待ちしておりました。バアル様。」

 

 「よい。それより魔界の状況を伝えよ。」

 

 「はっ!!」

 

 扉をくぐり抜けると、俺の配下サタナキアが平伏してみせる。

 

 羽毛に包まれた深い緑の顔に、尖った嘴。人間の発達した筋肉の腕と腰まで伸びた見事な翼。鎧を身にまとい、今にも戦いに行くような姿だ。

 

 なるほど。状況は好転していないわけか。

 

 聞くまでもないが念の為、魔界の近況を話すように促す。すると何を思ったのかサタナキアは、俺をサタンの玉座へと通す。

 

 「お座り下さい。これより、貴方様が魔界の王となられます。」

 

 「なんの冗談だ?俺に王になれ、と?」

 

 威圧するように睨みつける。だが、瞳を閉じ、頭を下げ続けるサタナキア。その様子にくだらない冗談では無いことが分かる。

 

 「サタン様のご命令です。」

 

 「ほう。そのサタンはどうした?姿が見えぬが」

 

 「人間を滅ぼし、天使を追放し……神を殺す……との事です。」

 

 「……せっかちなやつだ。それで、留守の間をこの俺に任せると?」

 

 「いえ、今後全ての実権をバアル様に譲ると……」

 

 「死ぬ気なのかあいつは。」

 

 「恐らく本気なのでしょう。アスタロト様、我が配下のアモンや元天使のリヴァイアサンまでお連れになられました。」

 

 「バルバトスやアスモデウスがいない今、そこまでの戦力を出していくとはな。かつての争いで多くの有力な悪魔が死んだというのに。今度は神に挑むか。それで今のこの魔界に俺と貴様以外適任者がいないというわけか。」

 

 「ええ。アスタロト様は争いの方が好みですし、ルシフェル様は天使の身。堕天した訳ではありませんから。高位の悪魔はあなた様のみです。魔力枯渇が続く魔界は略奪の世界です。……どうかそのお力で民をお導き下さい。」

 

 懇願するように地面に頭を擦り付けるサタナキア。

 

 サタンのヤツめ。とんでもない物を遺して戦いに行ったものだ。だが、暫しの遊戯としよう。人間の世界よりは楽しめそうだ。退屈しのぎと行こう。

 

 「仕方あるまい。すこし実験に付き合え。俺は人間の世界で面白いものを見てきたぞ。」

 

 「面白いもの……?」

 

 「食事だよ。」

 

 「……食事?」

 

 「そして金に文化。俺たちは大きな思い違いをしていたのさ。」

 

 俺は玉座に座り、足を組む。

 

 そして笑ってみせる。

 

 「人間に崇拝される必要などないのだ。奴らが持つ魔力を欲望を引き出してやればいい。」

 

 「欲望を引き出す……?」

 

 「そうすれば、この世界は再び魔力に満ち溢れるだろうよ。」

 

 「人間ごときの真似をするということですか?」

 

 「たわけが。人間にできる平穏な暮らし。何故、俺たちができぬ?…そんな道理あると思うか?」

 

 「そ、それは……」

 

 「人間を滅ぼす必要などない。奴らは俺たちの糧となるのだから。クックックッ。」

 

 「で、では早速サタン様をとめなくては!!!!」

 

 「……愚か者。」

 「……え?」

 

 俺は大きなため息をつく。

 

 希望に満ちた表情を浮かべるサタナキア。俺の冷めた物言いにそのまま表情を固まらせた。

 

 どうやら彼は何も理解していないようだ。

 

 俺はガッカリしている。ここまで考えが回らないやつだったとは。

 

 「そんなこと奴が一番理解していたはずだ。それでもなお、憤怒の炎を燃やさずにはいられなかった。それが貴様には分からぬのか?」

 

 「……思慮にかけておりました。すみません。」

 

 「良い。……それでは今の戦力を報告せよ。」

 

 「はっ。」

 

 一瞬顔を曇らせるが、俺の命令に従うサタナキア。

 

 「ご存知の通り、アスモデウスは貴方様と同じく人間の偵察中で、地上界に行っております。」

 

 「他に地上界に行っている者は?」

 

 「すみません。そこまでは。しかしながら、サタン様は早々に人間に見切りをつけていたので、戻ってきていなかったのはバアル様とアスモデウスだけです。……ただ、バルバトスについては恐らく地上界に行ったかと。」

 

 「恐らく……?」

 

 「はい。バルバトスはそのままサタン様と共に人間の制圧を行う予定でした。」

 

 「行方不明になった……と聞いているが?」

 

 「はい。突然光に包まれ、姿を消したのです。アスタロト様が魔力の痕跡を調べたところ、『召喚』された、と。」

 

 「……召喚?」

 

 「はい。地上界の人間に召喚されたと思われます。」

 

 「ほう……。人間にもそんな芸当ができるとはな。我々を使い魔とするか。連れ戻すことは出来んのか?」

 

 「無理だと思われます。ご存知のとおり、原則同じ地上界への移動は一度までです。」

 

 「……24000年の経過だったか。」

 

 「はい。何度も魔界からひとつの地上界に移動すると、時間の流れがどんどんズレていき、我々の時空が歪む可能性があります。」

 

 「なら一度の渡航で見つけるか、複数回に別々の悪魔に捜索されるかという訳か。確かにコストがかかるな。……だが、魔力の痕跡から探れるのではないか?」

 

 「いえ、それが……もうひとつ問題があるのです。」

 

 「まだ何かあるか?」

 

 「はい。その召喚先というのが、この時空ではないんです。」

 

 「なんだ、どういう意味だ。」

 

 「詳しくは不明なのですが、ここより遙か遠くの次元ということしか。」

 

 「つまりは悪魔でも渡航するには遠すぎる、というわけか。」

 

 「はい、申し訳ありません。」

 

 「惜しいな。貴重な戦力だったのだが。奴の軍団はどうした。」

 

 「現在バルバトス、アモンの軍団は全て私めが統括しております。」

 

 70の軍団と言ったところか。7000の悪魔はすぐに動かせるな。

 

 「魔王が指揮する数にしては少ないが、いいだろう。」

 

 「その他、フルーレティ隊はそのまま待機しております。」

 

 「ほう。バティン、プルソン、エリゴルもそのままか。」

 

 「はい。もちろんでございます。」

 

 「お前の隊とは違い俺に忠実だな。」

 

 「ま、まあ。そうですね。アモンはサタン様を主として認めておりますから。バルバトスは自由ですし。」

 

 俺の嫌味に対して、やや気まずそうに答えるサタナキア。

 

 「お前も大変だな。」

 

 俺は玉座から降りると、サタナキアの肩に手を触れる。

 

 戦力はフルーレティを入れて、2万ほど。

 

 まずは略奪を働く悪魔を止めるか。

 

 だが、魔力供給の面を解決しなければならない。

 

 力でねじ伏せるのは簡単だ。だが、納得させるのは難しいだろう。

 

 いやまてよ。アモンとバルバトス、あともうひとり悪魔がいたな。

 

 「……サタナキア。」

 

 「はっ。」

 

 「お前の部隊にはもうひとり悪魔がいたな。」

 

 「は、はい。プルフラスのことでしょうか。」

 

 「魔界に残ったのか?」

 

 「はい、奴は戦う力を持ちませんので。」

 

 「ふっ。特殊系か。いいじゃないか。」

 

 悪魔の部隊は大体、力・知識・特殊性で組まれることが多い。

 

 俺の直属であるフルーレティ隊は力と知識がメインだった。

 

 戦場では特に特殊性が重視される。敵を翻弄するのに長けているからだ。

 

 にもかかわらず、残ってくれていたのはいい誤算だ。

 

 「では、至急そのプルフラスを呼べ。あとはフルーレティも連れてこい。」

 

 「は、はあ。しかし一体何をするつもりで?」

 

 「始めるんだよ。」

 

 「始める……?」

 

 「魔界を開拓してやるんだ。」

 

 

 「そう言うと思ってたッスよ。既にフルーレティの姉御とエリゴル先輩が紛争を止めに行ってるッスよ。」

 

 俺とサタナキアの会話に割り込むように声が聞こえてくる。

 

 柱の影から現れたのはフルーレティの配下バティンであった。

 

 黒い肌に長髪を一つ結びにしている。蛇のようなしっぽを隠すように緑色の腰巻を巻き、黒の短パンを身につけ、鍛えられた足が露出している。

 

 黒の前開きシャツに白のスカーフを身にまとい颯爽としたフットワークに、明るく愛想の良さを感じさせる。

 

 どうやら、俺の知っているバティンで間違いない。俺の知る限りここまでラフな印象を持たせる悪魔はそういないだろう。愛想の良さを感じさせるやつだ。

 

 「相変わらず話が早いな。フルーレティの手腕か?」

 

 「それもあるッス。ただ今回はプルソンのおかげッスね。使い魔を使って魔界中の監視をしてたッスから。」

 

 話しぶりから見て、俺が帰ってきたのをいち早く気づいてくれたのだろう。

 

 そのうえで俺がとるであろう行動を考え準備していた。

 

 事前に紛争を止めていれば、俺への知名度になる。止めることは遅かれ早かれ行なうと踏んでいたのだろう。

 

 俺の部隊の中でも最大火力を誇るエリゴルと、それらを統率するフルーレティを前線に当てているのも的確だ。

 

 そして速度を誇るバティンをこちらに向かわせた。

 

 俺が戻ってきてそれほど経っていないのにここまで的確に動かせるのはさすがだ。

 

 だが、具体的な方針や策がなければ、根本的な解決にはならない。ただのその場凌ぎだが、信じて貰えていたということなのか。

 

 まったくよく動いてくれる。

 

 「それは褒美をやらないとな。それで貴様は何をしてくれるんだ?」

 

 「護衛、必要ッスよね。プルフラスを守るために。」

 

 プルフラスは戦闘向きの悪魔では無い。戦闘に巻き込まれたらひとたまりもないだろう。

 

 「わかってるじゃないか。さ、始めるぞ。サタナキア、準備を。」

 

 「はっ!」

 

 ーーーーーーーー。

 

 そこからは順調に進んだ。

 

 プルフラスが能力で各地の悪魔たちに不和を招き、争いを誘発。

 

 わざと生活を困窮させ、フルーレティ隊と俺、サタナキアで各地の紛争を根絶。

 

 悪魔を次々と地上界に送り込み、人間の欲望を引き出すというやり方で魔力循環の調整。

 

 従来のやり方は天使同様に悪魔を信仰させることだった。

 

 それによって、悪魔と天使の力関係を保っていたが、人間は奇跡の力を信じるようになり、悪魔が与えた生活に関する知識や世界に関する真実には抵抗が見られた。

 

 だからこそのやり方だ。

 

 人間は欲深い。

 

 その欲望を叶えてやることで、悪魔の力を信じるようになって言った。

 

 どうやら、人間特有の悪意の感情は我々の魔力に近いらしく世界の魔力供給はどんどん整っていった。

 

 全てが全て上手くいったという訳でもない。

 

 やはりサタンを崇高する輩は多く、知識を重視する誇り高い悪魔は俺を嫌った。

 

 中でもサタンに置いていかれたというアンドラスはかなりの武人であったが、俺に従うことは無かった。

 

 サタナキアの話では、彼は置いていかれたのではなく、魔界を守る命令を受けたはずなんだがな。

 

 「その首貰った!バアル!!!」

 

 黒いフクロウの頭に斧のような剣。オオカミに乗り、突撃してくる悪魔。複数の悪魔を引き連れている。

 

 天使の翼を持つ悪魔、アンドラス。いよいよ、本格的に俺の命を狙いに来たらしい。

 

 「他の悪魔は騙されているようだが、この俺は見抜いているぞ!プルフラスの力で争いを引き起こし、そして民を洗脳している!!!俺が民をみんなを守る!!!」

 

 なるほど、そういう理屈で動いているのか。魔界をこの俺が侵略していると。

 

 感情的に高ぶる魔力。呼応する直線的な剣。

 

 見切るのは、容易い。

 

 だが、敵にしておくには惜しい魔力だ。

 

 恐らくサタンが彼を魔界に残したのは、この魔力が原因だろう。

 

 俺の部隊も簡単に突破された。

 

 立っていられるのは俺とフルーレティぐらいなものだ。

 

 だが、それも味方を巻き込んでいるようで、彼の軍はもう彼一人しかいない。

 

 「くたばれぇえええええ!!!」

 

 「……凄まじい魔力。だが、それだけだな。」

 

 「何っ!?」

 

 振り下ろされた剣を掴み取ると、そのまま砕く。

 

 呆気にとられるアンドラスの隙をついて、フルーレティが腰から下を氷漬けにする。

 

 これで身動きは取れまい。

 

 「卑怯なッ!!!一対一で戦え!!」

 

 「卑怯……?では貴様の後ろに倒れているのはなんだ?ゴミか?」

 

 「くっ!!!俺の仲間をゴミと呼ぶな!!!」

 

 「ほう。仲間ねえ。……お前の言う1対1というのを享受願いたいものだな。……そんなことは、まあ良い。お前の魔力は、なにかに使えるかもしれん。共に来い。」

 

 矛盾が激しい会話を切り上げて、俺は切り替えるように手を差し出す。だが、当然のように拒否される。

 

 「くっ!!!俺の仲間を殺しておいて、よくもぬけぬけと!!!俺はサタン様以外信じない!」

 

 抵抗し、氷の檻から抜け出すアンドラス。俺はそのまま頭を掴み地面に叩きつける。

 

 「ぐっ……な、何故だ……なんで、そんなに強いのに!!!サタン様を助けに行かない!!!ふざけた遊びを続ける!!」

 

 

 「……はあ。」

 

 俺はつい深い溜息をつき、力が抜ける。

 

 「遊びか。その遊びで何故魔界の魔力循環が整った。何故、皆俺に着いてくる。奪って奪われてそんな日々が続いて本当にいいと思っているのか?サタンを助ける?サタンはお前にそんなことを命じたのか?」

 

 「う、うるさい!黙れ黙れ黙れ!!!お前はみんなを洗脳している!それが答えだ!魔界の問題は必ず、サタン様が戻られたら、必ず、必ず何とかしてくれる!」

 

 「そのサタンが帰ってくるのはいつだ。」

 

 「もうすぐ、もうすぐだ!!!」

 

 「……そして俺の遊びを止めると?」

 

 「そうだ!」

 

 「聞くに絶えない。戯言ですね。魔王様、彼を殺す許可を。魔界の防衛は彼には無理です。殺しましょう。」

 

 全身を青く染めた美しい女性。フルーレティは氷の息吹から剣を生成する。

 

 彼女は仕事を早く終わらせたいタイプだ。見切りも早い。

 

 「ならぬ。」

 

 「はっ。かしこまりました。」

 

 俺の一言で問題は解決する。

 

 彼の序列は確か63だ。

 

 バティン、プルソン、エリゴルがいないとはいえ、簡単に突破される程の実力者ということになる。

 

 今の魔界はつまりその程度ということだ。

 

 逆に言えば、彼がいなくなるのは大きな損失となるというわけだ。

 

 それにプルフラスの能力を受けなかったということになる。

 

 戦力としては十分だ。

 

 敵味方関係なく、放たれる魔力も多数体を相手にした時に役に立つ。

 

 防衛戦に特化しているだろう。

 

 「お前は使える。もう一度言う、俺とこい。この魔界を守れ。サタンにもそう言われたんだろう?」

 

 「ふざけるな!!!俺はサタン様に置いていかれたんだぞ!味方を傷つけるから!……でもお前は違う。強い力も仲間もいる!お前なら、サタン様を助けられるんだ!」

 

 「何も分かっていないな。お前は。」

 

 「なに……?」

 

 「お前が仕えたサタンはそんな器の小さいヤツなのか?天使や人間に負けるような、小物か?」

 

 「ちがう!!!そんな訳ないだろう!!!」

 

 「ならば、信じて待つが良い。」

 

 「なっ……」

 

 「お前の言う通り、俺が悪だと言うなら、首をとってみるといい。俺は何度だって、戦ってやる。」

 

 「ま、まて!!見逃す気か!?」

 

 「お前の主はサタンなんだろ?なら、その命令に従うんだな。……己の力を知れ。今のお前ではサタンの格を落としているだけだ。」

 

 「なっ、くっ!!!」

 

 悔し涙をうかべるアンドラス。俺はそのまま城へ戻る。

 

 「魔王様はああ言われたが、次に攻めてきたなら、必ず殺す。お前のようものに費やす時間は無いのだ。……魔王様の言葉をしかと受け入れよ。これ以上のチャンスはないぞ。」

 

 「ぐっ!!!!分かってんだよ!!!そんなこと!!!ちきっしょう!!!!」

 

 ふっ、こういうのも悪くない。やつに響いたかどうかわからんがな。

 

 これでサタンの意図を組めないようなら、俺が殺すまでだ。

 

 ーーーーーーー。

 

 城に戻ると、白いフクロウの頭を持つ悪魔が控えていた。

 

 よく見ると、アンドラスに似ている。

 

 天使の羽根はないようだが、どうやら同じく特殊な力を持つからだろう。

 

 その悪魔プルフラスはアンドラスによく似ている。

 

 「ボクの不手際でとんだ被害を。今後はより、気をつけます。」

 

 どうやら、自分の力で今回の件を招いたと言っているようだ。

 

 「気にするな。それよりもお前と奴はよく似ている。同じ出か?」

 

 「はい。だからこそ、僕の力が効かなかったのだと。」

 

 「なら、奴の溢れる魔力をお前は中和できるのではないか?」

 

 「……やってみないと、分かりませんが、恐らく。」

 

 「なら試してくるといい。」

 

 「で、ですが、まだ地域の紛争は収まる気配がなく……」

 

 「いや、いい。そろそろ次の段階に進もうと思ってな。大義であった。」

 

 「い、いえ!!身に余る光栄!貴方様に役割を見出してもらわなければ、僕は落ちこぼれの悪魔のままでした。」

 

 「なに、俺はお前の可能性を見ただけだ。全てはお前の力が引き起こした手柄だ。存分に誇るといい。」

 

 「はっ!!!!」

 

 勇ましく、その場を後にするプルフラス。

 

 ようやく自信を持つことが出来たようだ。

 

 信頼を寄せられるというのも悪くない。

 

 「魔王様。例のお方がお見えです。」

 

 魔界の開拓が順調なことに酔いしれていると、フルーレティが報告をしてくれる。

 

 「分かった。通せ。」

 

 「はっ!」

 

 ーーーーーーーー。

 

 「先程の戦闘見させてもらったよ。中々大変そうだね。手伝おうか?」

 

 フルーレティに通されたのは白き翼を持つ天使『ルシフェル』だ。

 

 黄金の長髪をなびかせ、微笑む。

 

 その後方には彼の配下『アガレプト』。胸元が強調される赤いドレスを身にまとい、こちらを妖艶な瞳で見つめている。黒髪の女性の姿をかたどっている。

 

 さらに後方には見慣れない悪魔が一人。

 

 四つの黒い翼と長く伸びた細い触覚。民族衣装のような柄の服に、植物が巻きついた異形の姿だ。

 

 「見ていたのなら、手伝って欲しかったがな。」

 

 「そう言うと思って、ブエルに倒れていた悪魔たちを治療させてるよ。」

 

 「それはありがたいな。」

 

 「で、だ。君の望みを聞いて彼を連れてきたわけなんだけど。交渉と行こうじゃないか。もちろん、聞いてくれるよね。」

 

 「内容にもよるな。」

 

 「怖い顔しないでよ。戦うつもりは無いよ。君のことは友として見ているんだ。その証拠にグシオンやボディスは連れてきてないしね。戦う気なら、彼らを連れてこないと君と戦うのは厳しい。」

 

 指摘されて気がつく。どうやら、顔が強ばっていたらしい。

 

 いくら中立とはいえ、サタンが戦いを仕掛けている最中だ。天使と戦闘になることは有り得るだろう。

 

 戦力面の話ならルシフェルの言う通りだが、正面から戦えば厳しいかもしれない。

 

 彼がどちらかにつくかで戦局はおおきく変わるだろう。

 

 サタンと同様かそれ以上の力を奴は持っている。

 

 ここは素直に話を聞いてやるとするか。下手に戦闘になれば被害を受けるのはこちらだ。

 

 「まあ、聞こうじゃないか。天使と悪魔は別に敵対している訳じゃないしな。」

 

 「そうだね。どちらかと言うと、神が作ったシステムが悪い。……そうだろ?」

 

 「ふっ、高位の天使様から聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がするな。」

 

 「いやあ。僕が言った訳じゃないさ。君がいいそうだなと思っただけだよ。」

 

 「ま、そういうことにしておこう。それで?交渉というのは?」

 

 人間は悪魔や天使に魔力と神力を供給してくれる存在。元を辿れば、精霊という立場だった俺たちが、道を分かったのは、方向性の違いだ。

 

 万物の法則を重視し、その現象を現実に再現する魔力と、事象をねじ曲げ常識を覆す神力。

 

 知識の探求を求める悪魔と世界を管理する事に重きを置いた天使の方向性の違いだ。

 

 世界を管理するために作られた我々は神により、エネルギーを供給され生きていた。つまり天使の方が仕事が上手く行き始め、悪魔は数を減らしていった。

 

 それにより一度大きな戦いが起きた。天使のやり方ではいつか世界に大きな歪みが生まれると、悪魔たちは結論づけたからだ。正しいことを言っているのに悪魔は数を減らし、天使はエネルギーを貰う。そんな状況において、サタンが立ち上がった。

 

 その結果、神は天使と悪魔が生きるために必要とするエネルギーを人間が放出できるようにした。

 

 つまり人間を正しく導くことが生きるために必要となったのだ。

 

 これにより、敵対しなくても良くなったわけだ。

 

 だが、人間は奇跡を起こす天使を崇拝し、悪魔を悪と断罪した。

 

 だからこそ、サタンは人間と天使を倒してしまえばいいと考えたのだ。神に騙された、と。

 

 俺の政策が上手く行けば、問題はなくなる訳だが、ルシフェルは恐らく神に対してあまり良くは思っていないのだろう。

 

 だが、そんな昔話はどうでもいい。今は話を先に進めよう。

 

 「君は人間を見てきた。その結果、魔界を今大きく変えようとしている。君にとっての人間というものを知りたいんだ。」

 

 「学ぶべきところはあった。だが、醜い生き物だと思うよ。」

 

 「うん。やっぱりいいね。君と僕の意見はよく合う。じゃあさ、愛というものについてはどう思う?」

 

 「なんだそれは。」

 

 「あれ、君は知らないのかい?」

 

 「初めて聞いたぞ。」

 

 「人間はどうやら、男女でツガイになることで子孫を繁栄するらしいよ。」

 

 「神は耄碌したか。我々と同じ姿で動物の真似事をさせるのか。どこまで野蛮にすれば、気が済むのだ。」

 

 つい頭が痛くなる。我々と同じ姿でつくりあげて動物と同じ行為をさせるというのは、いかがなものだろう。

 

 「同意見だよ、まったく。……ま、それで、その過程で育むものを愛と呼ぶらしい。」

 

 「ふーん。仲間意識みたいなものか?」

 

 興味無さそうに返事をする。酷くどうでもいい。そんなことを調べてなんになるというのだ。

 

 「どうなんだろうね。まあ、要はそれを調べてきて欲しいんだよ。」

 

 「この俺にまた調べてこいと?お前が行けばいいでは無いか。」

 

 「そうしたいのは山々なんだけど、神は最近僕を疑っているみたいなんだ。……それに僕が調べると、バイアスかかりそうだし。」

 

 「お前が人間に良くない感情を抱いているのはわかってる。それとは別に何かやらかしたのか?」

 

 「人間ごときのために悪魔と天使が争うのはおかしいってね。言っちゃってさ。」

 

 「ごもっともだが、人間がいなければ、また悪魔と天使の全面戦争が始まる。」

 

 「どうかな。僕なら、あんな泥人形は作らない。」

 

 「泥人形って……おまえな。」

 

 「まあ、だから、人間が本当に信用できるのか僕は知りたいんだ。そのうえで君たちにつくか。考えたいんだよ。」

 

 「オレはお前を引き込むために嘘の情報を流すかもしれんぞ?」

 

 「君はそんな事しないさ。」

 

 「もし人間が信用出来たら?」

 

 「サタンとミカエルの戦いを止めてみせるよ。」

 

 「ミカエル……?貴様の妹か。」

 

 「うん。僕は前線から外されたからね。」

 

 「わかったよ。やってやる。」

 

 「あれ、でもあんまり気乗りしてない?」

 

 「そりゃあな。魔界でのやることが山積みだからな。」

 

 「もし、その愛というのが悪魔にも関係あるとしたら、どうする?」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「アスモデウス。彼、ラファエルに捕まったらしいよ。」

 

 「……どういうつもりだ?」

 

 気をつけていたものの、怒りがこみ上げる。

 

 「ああ、違う違う。加護持ちを殺し回ったらしくて、仕方なくだよ。それに僕の命令じゃない。」

 

 「アスモデウスはそんな馬鹿なことはしない。」

 

 俺の高まる魔力を警戒してか、すぐに言葉を続けるルシフェル。

 

 「それが愛の力なんだよ。彼、人間の女の子に恋をしてしまったようなんだ。」

 

 「……ばかな。」

 

 「ね、少しは興味湧いた?君が食事の件を進めようとしたのは悪魔の魔力に食事が影響することがわかったからだろう?それと同様に愛が悪魔に影響を及ぼすなら、君にとっても悪い話じゃないはずだ。」

 

 確かに言う通りだった。今日こいつを呼んだのは、料理のできる天使か悪魔を紹介してもらうためだ。

 

 恐らく彼の後ろに控えている悪魔がそうなのだろう。

 

 悪魔は食事を取らない。生きるためには魔力が必要だ。

 

 だが、料理は人間の知識と技術が詰まっている。

 

 そこに魔力が発生しないわけがなく、現に俺は地上界で食事を取り魔力を補填した。

 

 あれを料理と言っていいか分からない。人間の死体を与えられ、魔力補填のために仕方なく食らっただけなのだから。

 

 死の概念か、それとも人間の悪意か、どちらかが影響していた可能性はある。だが、試す価値はあると思う。

 

 長年食事は取れないと思っていたのに、食らうことができたのだから。

 

 そのための料理人という訳だ。

 

 だからこそ、アスモデウスを狂わせた愛とやら、調べない訳には行かない。

 

 「ちっ。わかったよ。調べてやるから。」

 

 「やったね。」

 

 俺は舌打ちをしてみせるが、ルシフェルは嬉しそうだ。

 

 かくして、俺は新たに料理人のニスロクを迎え、料理の発展に取り組んだ。

 

 なんでも彼は、エデンの園を管理していたが、実験体の人間に禁断の果実を食べられ、堕天したのだという。

 

 つまり極上の果実を知る悪魔な訳だ。

 

 そう、ここまでは良かった。

 

 ーーーーーーー。

 

 魔界の開拓も進み、料理が浸透していくにつれて、魔界はどんどん安定して行った。

 

 人間から魔力を引き出すのもうまくいっていた。

 

 アンドラスも次第に俺を認めてくれていたし、サタナキアやフルーレティ、プルフラスはオレに忠誠を誓ってくれていた。

 

 それなのに。

 

 ルシフェルの頼みであった人間の調査を終え、戻ってきた俺の目の前に現れた大きな赤い月。

 

 燃えるように激しい魔力が魔界を包み込んでいた。

 

 「な、なんだあれ。……ぐっ!?」

 

 その月を認識した時俺の中で何かが壊れた。

 

 「お前……サタン……なのか……!?……負け、たのか……ぐっ……サタン……!!……やめ、ろ、入ってくるなあっ!!!!」

 

 赤き月。そこから溢れ出る怒りの魔力。

 

 どうやら、悪魔全体に魔力を強制的に供給しているようだ。

 

 これはダメなやつだ。

 

 俺の中の悪意が増幅されていく。

 

 度を超えた魔力が俺を支配していく。

 

 

 

 

 

 「渇く……渇く……!!」

 

 襲ってくる急激な空腹感。

 

 渇望していた、食事を。

 

 気がついた時にはもう。

 

 仲間の腕や目玉、大量の魔力を食べ尽くしていた。

 

 バティン、プルソン、エリゴルの死体だろうか。

 

 オレを止めようとしたのか……?

 

 食い散らかされて、誰が誰の死体か判別できない。

 

 服と武器でなんとなくわかるぐらいだ。

 

 くそ!!!なんでだ!!!なんで食べることを辞められない!!

 

 意識が戻りつつあるのか、そこからの所業はすべて覚えている。

 

 

 

 「どうして……だよ、あ、アンタを信じていたのに……」

 

 顔半分を喰われ、こちらを残った眼球が睨みつけるアンドラス。

 

 オレは彼から信用を得ていたんだ。

 

 た、頼む。動いてくれ。俺の身体!!!

 

 抵抗も虚しく、俺はそのまま残りの体を喰らい尽くした。

 

 

 

 「な、なにかこれにも理由があるんですよね……大丈夫ですよ、ぼ、僕はし、信じていますから」

 

 全身を血まみれにし、腹部が無くなっているプルフラス。

 

 苦痛な表情を浮かべることも無く、俺に笑顔を向ける。

 

 やめてくれ。俺をそんな目で見るな。

 

 抵抗も虚しく、俺はそのまま残りの体を喰らい尽くした。

 

 

 「かはっ……も、申し訳ありません、な、なにか私しっぱい……したのですね……」

 

 腕、足をもがれ、綺麗な水色の肉体は真紅に染まるフルーレティ。

 

 残った上半身のみで俺を縋るように見上げる。

 

 違う。違うんだ。

 

 抵抗も虚しく、俺はそのまま残りの体を喰らい尽くした。

 

 

 

 「正気に……お戻りください……あ、貴方はま、魔界を……統べるお方だ……」

 

 意識が残る最後まで俺に言葉を掛け続けるサタナキア。

 

 俺はそのまま、彼の体をちぎって、口の中に入れて噛み続ける。

 

 やめてくれ。やめてくれ。

 

 俺は残りつつある意識で抵抗するが、この渇きはまだ収まらない。

 

 

 ーーーーーー。

 

 どれだけの時間がたっただろう。

 

 全員の体は血まみれでバラバラだ。

 

 それをこの俺がやったんだ。

 

 口の中に広がる味のしない肉。

 

 拭えない鉄の匂い。

 

 これじゃあ、人間と変わらないじゃないか。

 

 

 

 「な、なんだ……これ。な、なんだよ、なんだよ!?なんだよ!?なんだよ!!!!!!」

 

 その刹那。

 

 俺の中にふたつの心が生まれた。

 

 仲間を喰らった嫌悪感と後悔、苦しみから『ベルゼ・バアル』が。

 

 その心を保つために無関心な心と今まで人間を苦しめてきたことによる耐性、全ての感情への圧倒的なまでの無気力から『ベオル・バアル』が。

 

 それぞれ生まれ、分かたれた。

 

 そして、ベオルとルシフェルによって、僕はあの本に封じられたんだ。

 

 「残念だよ。我が友。君とは分かり合えると思ったのに。」

 

 「ルシフェル。こいつは、人間に毒されたんだよ。少なくともこんなこと出来る『知識』は持ってなかった。暴走したにしても影響を与えたのは人間だ。……人間にはろくな奴がいなかった。嫉妬に裏切り、欲望に、醜い憎悪にな。ま、俺の調べた限りの話だがな。」

 

 「……そうか。やはり人間に守る価値は……ないな。」

 

 「どうする気だ」

 

 「僕が……神になる。今の神はこの世界にふさわしくない。」

 

 「そうかよ。」

 

 「君はどうする?」

 

 「やることも無いし。人間を見て楽しむさ。あいつらは暇つぶしにちょうどいい。」

 

 「悪趣味だな。」

 

 「俺にバアルを重ねるな。やつの良心はもうこの本の中さ。俺は罪に耐えるために作られた人格だ。記憶しか共有してねえ。」

 

 「そう……だな。ならば、この本は僕が管理しよう。約束する。世界を平和にしたのなら、必ず解放すると。」

 

 「ああ、頼むぜ?堕天使ルシフェル様よ。」

 

 ーーーーーーー。

 

 これが僕の罪だ。

 

 仲間を好き放題掻き回し、信用させて食い殺した。

 

 友になれたかもしれないルシフェルを堕天させた。

 

 それなのに、今こんな幸せでいいわけが無い。

 

 消えた方がいいに決まっているんだ。

 

 

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