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再会

華族の位に居る人が使うのにも不似合いだったのに、それを持って、また公園に来てくれるなんて、本当は冗談だったのでは? そんな風に思ったのに、葉のない寂しい木々が立ち並ぶ公園に足を踏み入れると、昨日と同じところに青年が居て、八重はなんだか胸の奥がじん、と痺れてたまらなくなった。青年は今日は着物を着ており、そのたたずまいもくちなしの花の様で似合っている。走ってきて乱れた前髪を手で直しておずおずと青年に近づくと、青年は読んでいた本から顔を上げて、やあ、と朗らかに笑った。その笑顔にどきりと心臓が鼓動を叩く。


「こ、こんにちは」


頭を下げると、青年は本を脇に置いて、椅子に立てかけてあった八重の傘を手に取った。


「昨日、これを貸してもらったおかげで、風邪をひかずに済んだよ。ありがとう。君はやさしい子だな」


「い、いえ! 困ったときはお互い様です!」


当たり前のことを褒められて、少し照れる。饅頭屋の主人のように、得意先と店、などという理由なしに人から褒められるなど、もうずっとないことだったので、青年の言葉が胸に染みた。


「これは傘の礼だよ。おうちの方と一緒に食べるといい」


そう言って青年が風呂敷から取り出したのは、銀座に店を構える和菓子屋の包みだった。流石にぼろ傘の礼としては不釣り合いで、八重は驚いてしまう。


「こ、こんな高価なもの、頂けません……。そもそも、その傘で雨漏りがしないか気にしていたくらいですのに……」


おろおろする八重に対し、青年は明朗に笑った。


「ははは。では饅頭ではなく傘を買って来ればよかったかな。次はそうしよう。取り敢えず僕はまんじゅうを食べないから、これは君に受け取ってもらわないと困ってしまう」


う、う……。差し出された包みの逃げ場がない。最後にずいっと差し出されて、八重は包みを受け取らざるを得なくなった。


(こんな立派なお店の包み、家に持って帰ったら、なにを言われるだろう……)


不安な気持ちが顔に出てしまったようだった。青年に、迷惑だっただろうか、と残念そうに問われてしまい、決して自分に向けられた厚意が嫌だというわけではない真実ことを伝えなければならなかった。


「あのっ、……あの、ご厚意とても嬉しいです……。ですが、私のような身分の人間には高級すぎて……」


「君は僕の身分を見越して傘を貸してくれたわけではないだろう? だったら僕も、その恩情に温情で応えたい。これは人の自然な気持ちだと思うが、君はどう思う?」


確かに青年の言うことは正論ではあるが、しかし八重にも事情がある。


「でも、私は下働きの娘です。この包みを持って帰ったとして、旦那さまや奥さまにどう説明したらいいのか、良い案が思い浮かびません……」


そう聞くと青年は、そうだったのか、と言って桜の木の下にある椅子に座ると、持っていた饅頭の箱の包みを開きだした。ぱりぱりと包装紙を開くと、白い箱の中に和紙に包まれた上品な大きさの饅頭が六つ、整列していた。


「そら。これを袂に入れて、持って帰りなさい。仰々しい箱などなくても、この小さな饅頭六つなら持って帰れるだろう?」


そう言うと青年は八重の手を持って、その上に饅頭を六つ、載せてくれる。大きな手が八重の手に触れて、かああ、と顔に熱が集まるのが分かった。


「さあ、袂に仕舞いなさい。仕事の合間にわざわざ来てくれて、ありがとう。帰国早々、良い人に出会えて、僕は嬉しかったよ」


「あ、はい……」


そう言って青年が促すから、仕方なく八重は饅頭を袂に仕舞った。その時、昨日、木で叩かれたあざが袖口から出てしまった。


「君、その傷跡は何だい?」


「あっ、たいしたことではございません。私が愚図なのがいけないのです」


さっと傷を隠す八重の弁明に、しかし青年は眉を寄せた。


「暴力か……。そのような事、本来だったら許してはおけないが……」


「いえ、本当にお気になさらず。私は養って頂いている身ですので」

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