魔女、発つ
「エンドゥミオン…?」
エルルカの名前にも確かエンドゥミオンが入っていたような?
「まぁわかると思うけど、私の祖先が遥か昔に色々嫌気がさして国を抜け出してその先で見つけたらしいんだよね
だからエンドゥミオンって呼ばれてる」
「初めて聞きました…」
「魔女の間での御伽話みたいなモノだからね、人間が知らないのは当たり前だし逆に知ってたら…ね?」
エルルカの鋭い眼光が私に刺さる。
その瞬間、私は死を悟った。
し、知ったかぶりしなくて良かった。
下手なことを言う=死。
相変わらず、私は死と隣り合わせの状況に居る。
「で、でも御伽話なら存在しないんじゃ」
「あぁ今でも皆そう考えているよ、私以外は」
そういってエルルカは腰のベルトに引っ掛けているポーチに手を突っ込んだ。
「えーっと…これでもないし、いやこれも違うな」
そんなやりとりを2、3分程続けると
「あった!これだよこれ!」
ポーチから手を取り出し、その手に握っていたのは丸まった紙だった。
というか明らかにポーチに収まるはずがない大きさなんだけど、いったいポーチの中はどうなってるの?
「それは?」
「これはエンドゥミオンへの道標、表面は簡易的な地図だけれど本来の役割は地図じゃなくてこっちの方」
エルルカの体が一瞬光りだすと、地図から光がどこかに向かって走っていった。
「これってもしかして…」
「そう、この地図自体がエンドゥミオンへのコンパスになっているんだ!」
まだ会って間もないけど、今まで見たことの無いくらいに目を輝かせるエルルカ。
魔女も、こういう人間みたいな顔をするんだ。
意外なことに気を取られていたけど、考えてみるとこの地図には問題がある。
「ところでエルルカ様、ここからエンドゥミオンまでどのくらいの距離があるんですか?」
「えっ?知らない」
「!?」
私の聞き間違いかな?知らないって言った?
距離もわからずに旅してるって本気?
「ち、因みにどこから来て何日ぐらい旅をしてきました?」
「私の国がガザーランド帝国の近くにあるんだけど、そこから300日くらいかな」
ガザーランド帝国、人類が開拓した土地の中で一番北にある大きな国だ。
私の住んでた村もド田舎で端っこだったけど帝国領の中にあった。
帝国領は広いって聞いてたけどガザーランド中央からここまで300日くらいならもしエンドゥミオンが世界の端っこにあったとしたらどれだけ時間がかかるのか考えるだけで不安になってきた。
しかも問題はこれだけじゃない。
「エルルカ様、この地図なんですけど帝国のマークとか何も書かれていないんですけど…?」
「そりゃあ私の祖先が残したものだから帝国が出来るより全然前の時代のものだし、多分5000年位前かな」
「え、えぇ……」
ガザーランドは千年帝国と呼ばれていて文字通り国が出来たのは1000年前。
それよりも遥かに前の地図だから今の地図と比較しても何もあてにはならない。
つまり目印になるのは地図が出す光だけで他には何も分からないままこれから先、辿り着くまで旅をすることになる。
…私が生きてるうちに辿り着けるのかな?
「まぁ光が指す方へ歩いていればいつか辿り着くでしょ」
「そんなのんきな…」
「旅は楽しんでこそでしょ、時間はたっぷりあるんだから気長にいこうリタ」
「…わかりました」
「ならよし!
とりあえずお腹すいたし、食事してから出発しようか」
「はい、でもこの馬車に積んでた食料はもう盗賊達が…」
「え?食べ物ならそこに転がってるでしょ」
…まさか
「も、もしかしてこの人達のこと言ってます?」
「それ以外何があるのさ?」
やばい、このままだと人肉食べさせられる!
それだけはやだ!
「エルルカ様!何か木の実とか見つけてそっちにしません!?」
「何言ってんの、まだ実が成る時期でも無いしこの辺りには食べられる物は無いよ獣も見てないし」
「そ、そんなぁ…」
「あーそういえば、人間って共食いしないんだっけ」
「そうです!」
「じゃあ食わず嫌いだよね、よくないね」
「え?」
エルルカの顔がにやりと厭らしい表情に変わっていく。
「食べたら美味しいかもしれないよ?お腹すいてるんだよね?もうこの機会を逃したらしばらく何も食べれないかもね?」
私のお腹の虫がエルルカの言葉に返事を返した。
バカお腹!
「で、でも食べると病気になるかも」
「じゃあ焼いてあげる、火の精よ我が血を糧としその力を我に与えたまえ」
そう言うとエルルカの指先に火がついた。
その火を死体に向かって投げると、あっという間に死体が燃え出した。
しばらくすると火は収まって辺りには肉の焼けた匂いがし始めた。
でもその匂いが人が焼けた匂いだと知っている私には、とても普段みたくいい匂いだと言えなかった。
「ほら美味しい匂いがしてきた!うーんたまらないね!」
わざとらしく私を焚きつける演技をしながらエルルカは死体から腕をもぎ取った。
「さぁリタ、腕だから食べやすいよ」
確かにお腹は空いている。
でも、目の前にあるのは人の腕だ。
その状況が私を混乱させる。
「リタ、食べて」
エルルカの機嫌を損ねても、このまま食べなくてもどちらにしても私は死ぬ。
この腕を食べる選択肢以外は残されていない。
恐る恐る手に持ったその腕に私は噛みついた。
さっきエルルカにされたことを今度は自分がしているということが信じられなかった。
そんなことを思っている一瞬の間に噛んだ感触と肉から出てきた臭みが私をえづかせた。
普段食べているお肉と違う臭いと感触が私に人を食べていると強制的に意識させてくる。
必死に一口分を、噛みちぎって口の中で咀嚼する。
頭を真っ白にして感触も味も何も考えないように。
やっとのことで飲み込めた時にエルルカは今にも吹き出しそうな顔で私に聞いてきた。
「ど、どう…お、美味しかった?」
「…お゙い゙しい゙でず」
「あはははははは!」
嫌悪感の中振り絞って出した答えに、我慢の限界だったのかエルルカはお腹を抱えて転げ回りながら笑い始めた。
向こうは最高の気分なんだろうけど私は最悪だ。
ひとしきり笑った後、肩で息をしながら呼吸を整えるエルルカがポーチから何かを取り出した。
「はぁはぁ、リタこれを使いな…」
「…これは?」
「香辛料、肉の臭みを消してくれる」
それがあるんならさっさと出して欲しかった。
でもエルルカのことだから私が苦しむまで出す気はなかったんだろう。
「まぁ抵抗はあるだろうけど食べないと、この先生きていけないよ」
物凄く正論なんだけどそれとこれとは別問題だ。
私は貰った香辛料を満遍なく振りかけて何度か躊躇した後何も考えないようにしてひたすら胃にお肉を流し込んだ。
食事の時間だったはずなのにとてつもなく疲れた私はぐったりと地面に横たわっていた。
そんな私にエルルカは容赦なく告げる。
「さて食事も済んだし、そろそろ行こうか」
「えっ!?もうですか…?」
「まぁこれだけ死体があれば色んな生き物がたかりにくりだろうし、リタが臭いから私達が狙われる可能性も高いし」
臭いって面と向かって言われると事実だとしても傷つく。
そして何より恥ずかしいから早く水浴びしたい。
「とりあえずどこか川でも池でも目指してそこで体を洗おう」
「は、はい」
「それじゃあ新たな冒険の旅に出発!」
「お、おー…?」
今、私とエルルカの冒険の旅が始まった。
果たして私は生きてエンドゥミオンに辿り着けるのかな…?