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【シルヴィア視点】
「……さま」
誰かの声が聞こえる。
眠たい。もう少し寝かせて欲しい。
「ルーナ……あと五時間だけ」
「ルーナさんでは無いですが……さすがに五時間は長いですシルヴィア様」
揺すられてようやく目が覚めた。
目の前に居たのは侍女のルーナではなく、アルビノの美少女顔ショタ――エリアスだった。
そうだ、懐かしい夢を見ていたのでうっかり記憶が昔に戻ってしまっていた。
あの日アイテムボックスに放り込んだ美少年はエリアスという名前だった。
美少年は名前すら繊細で美しいのね。
赤い瞳がうるうると揺れて美しいわ。
私達と同じ亜人種ではないが、身体が弱く陽の光が浴びられない体質らしい。あの日ダンジョン到着後、彼の背中を確認すると赤く腫れていた。まだ完全に日が昇りきっていなかったのにあの状態なら、日を浴びたら本当に死んでしまうんじゃないだろうか。
せっかく常人種でお日様が浴びられるのにそれはそれで不憫だわ。
私も昔を思い出してか、時々太陽の光が恋しくなる。浴びられないわけではないけど体が辛くなるのだ。昔みたいに何も考えず浴びることが出来ない。
縁側でごろ寝するとか最高に気持ちいいのに!!
おっと話が逸れたわ。
「……今日も綺麗ねエリアス」
「シルヴィア様はいつもそうおっしゃいますね」
「綺麗なものには綺麗だと正直に言うのが私流よ」
そう言うと下を向いてちょっとだけ頬を染める姿が愛らしい。
あー、いいね!
恥ずかしそうにはにかむ美少年最高!!!
多分今貴族に有るまじきだらしない顔をしていると思うわ。でも仕方ないの。顔面国宝を見たら誰しもが破顔するに違いないわ。
あの頭でっかち堅物国王だって破顔するに決まってるわ。
だから私が破顔するのも致し方ないことよ。
ついでにヨダレが出そうになり、慌てて起き上がる。さすがにエリアスをヨダレまみれにする訳にはいかないわ。
横になっていたのは家を出た際、一緒に持ってきたソファーだ。少し休むつもりで座ったはずだが、しっかり身体を横たえて眠っていたらしい。
数時間しかいなかったはずの我が家だったが、今ではすっかり家具が身体に馴染んでいる。
「僕はシルヴィア様の方が綺麗だと思います」
「ふふ、ありがとう」
誰に言われても嬉しいが、美形のエリアスに言われると尚のこと嬉しい。
「なにか夢でも見てたんですか?」
「えぇ、ちょっと家を出た時の夢をね」
「家……大丈夫ですか?」
「大丈夫よー」
心配そうにされるがそんな切ない感じでは無い。
いや、父の頭部は確かに紛うことなく切ない感じだったけれど。
多分エリアスの考えている切ないとは違う。
家を出たのがまるで昨日の事のようだが、あれからもう二年も経つのだ。時が経つのは早い。
父の残り物はご無事だろうか。
そんなことを言ったらまた怒られそうだけどね。
私はあの後無事にダンジョンへと入り込み、早速洞窟改造に乗り出した。
エリアスも行くあてがないとの事だったのでそのまま一緒に行動することになり今に至る。
とはいえ、エリアスは身体が弱いので本当にどうにもならない時は強制的にアイテムボックス内に押し込んでおいたんだけどね。
決して楽だからとかじゃなく!心配だから!
そう、心配だから!そういうことにしておいて欲しい。
実はダンジョンボスを決まった手順で倒すと自分がダンジョンボスになる事が出来るのだ。
ゲーム内のシルヴィアはたまたまこの法則を見つけ、運良くダンジョンボスとして君臨することになる。
ボスになるとダンジョン内のマップを入手出来る他、自分の意志でダンジョンを作り替えることが出来る。
私はそれを利用して見事マイホームを手に入れたという訳だ。
まあその後、エリアスだけでなくスラムにいた日陰者の亜人種達も一緒に着いてきて大所帯になったんだけどね。
「ヴィアさまー!!」
「うぐ……っ!!」
どん!と衝撃と共に突進してくる塊。
毎朝繰り返される習慣だが結構痛い。
「リタ、おはよう!今日も美人さんね!でも様はいらないって言ってるでしょう」
抱きついてきたのはスラムから着いてきたうちの一人、アナグマの亜人であるリタだ。
十四歳だけれどうちでは年長組に入る。そもそも日陰者はその身の上のせいで成人を迎えられるものが大変少ない。
大抵がその辺の路頭で最期を迎えることになるのだ。
まぁ、リタの場合もしかしたら冒険者にでもなって逞しく生き延びてたかもしれないけどね。彼女はアナグマらしく爪が大きくて鋭い。
そのせいでちょっと……いや、大分不器用ちゃんだけれど力は強い頼れる運搬係である。
茶色と時折入る白の髪がストライプ模様のようで可愛い。私が笑うと水色の瞳が嬉しそうに細められた。
「ヴィア様の方が美人ですよぉ!あと、様はもう癖なので諦めてくださーい」
「んもう、可愛いから許すー」
ウリウリと撫でくりまわすとキャッキャと笑い声が響いた。後ろでエリアスがちょっと羨ましげに見ているのが可愛い。
はぁ、国外追放されて良かった。
毎朝爪が背中に刺さるのは痛いけれど相手が美少女ならご褒美だと思う。ご馳走様です。
「そうだ、こんなことしてる場合じゃないんでした!人の足跡があったから知らせに来たんです」
「……あぁ、」
うっかり寝ていたので確認してなかった。急いで分身の蝙蝠で確認する。
蝙蝠の亜人種にはいくつかのスキル能力がある。それの一つが『分身』の能力。
保有魔力量の分だけ分身の蝙蝠を作ることが出来るのだ。ちなみに自分自身も蝙蝠になれる。
シルヴィアの魔力量は豊富なのでかなりの量の蝙蝠を生産できるけど、いっぱいいると怖いからあんまりやらない。
そしてとっても便利なのが、この蝙蝠は私と意思が繋がっているので視界の共有が出来る。
ダンジョン内の情報共有や確認作業に最適なのだ。
何より、この蝙蝠達は戦うことでそれぞれレベルアップさせることが出来るのだが、統一すると全てのレベルが私本体に換算されるチート能力を有している。
これのおかげでレベル上げがあっという間に終わったことは大変ありがたい。
なんせレベルと魔力量はイコールなのでダンジョン主として生きていく以上、魔力はあるに越したことはないのだから。
さて、侵入者の顔を拝むとしますか。
「……あー、」
「何かわかりましたか?」
侵入者、知り合いだわ。
というかルドガー王太子じゃないの。
何の用で来たのかと思ったら、話の内容的に今朝方暴れていたジャイアントアラネアを倒しに来たっぽい。
ごめんね。それもう別の所へ移動させちゃった。
実はこのダンジョン、私が色々実験がてら魔法かけたり、リタがあちこち穴掘ったりしたせいで他国のダンジョン三箇所と繋がってしまっているのだ。
そのうちの一つで生息していたジャイアントアラネアには今現在、我が家で作る衣服の主原料となる糸を紡いでもらっている。
これがなかなか使い勝手の良い糸で、衣服だけじゃなくてちょっとしたものを纏める紐の代わりだったり、釘の代わりだったり、子供たちのハンモックにしたりと大活躍だ。
もちろん衣服として使うには布地にしないといけないので、それは召喚した御手伝妖精に任せている。
出来上がった布地を使ってエリアスが衣服を作っている。いつかこのアラネア糸を使って商売も出来たらいいなと考えているがそれはまだ考え中だ。
そんな訳でうちにいる二匹のジャイアントアラネアだが、こちらはリタと同じくスラムからやってきたテオが面倒を見ている。
普段は温厚なみんなのお兄さん役をしているテオだけれど、彼は根っからのモンスター好きが高じてアラネア達の面倒役も率先して行っている。
というか、絶対自分がやるのだとアラネアに関する知識を総動員させてプレゼンし始めたのでテオに一任した状態だ。あれでダメなら床に寝転がって駄々を捏ねてでも勝ち取るつもりだったと言われた時にはちょっとだけ怖気付いたわ。
だって自分とほぼ同い年の青年が転がって駄々こねようとしてるのよ?びっくりを通り越して怖いわ!!
そんな訳でちょっとした騒動となった件の二匹の糸係だったが、彼女らは『ドスコイ』『ワッショイ』と命名された。
いや、他にも色々あったのよ?
クロロンとルシルンとかバレンとジャンとか、蜘蛛と聞いて思いつく限り割とギリギリを攻めた名前を上げまくったんだけど、なかなか皆が納得してくれなくて。残念だったわぁ。
最後の方は面倒になってつらつらと日本語を言いまくっていたら語呂の良さで選ばれてしまった。他にいくらでも名前らしい名前があったはずなのに何であえてその名前を使ったんだろうか。
何だかアラネアたちに対して謎の罪悪感が込み上げてくるわね。
おっとまた話がズレた。
そんな訳でジャイアントアラネアはうちにいるのだが、一度リタの掘った穴から外へと出てしまったことがある。
その時にたまたま運悪く通りがかった冒険者たちに遭遇してしまい騒ぎになったというわけだ。
うちの職人二匹を狩らせるわけにはいかないのでさっさとお帰り願いたいところだが、せっかく王太子が来ているのならばあの話も進めたいところ。
「ふふふふふ!」
「わー、ヴィア様すっごく悪い顔してるー」
「あの話を進めようと思ってね」
「え、じゃあとうとう……?」
「そうよ。エリアス、私は暫くお客様の相手をするからテオと一緒にドッちゃんワッちゃんのお世話をお願いね」
「分かりました」
「私はー?」
「リタはー、」
一緒に来てもらってもいいのだけれどルドガーが絶対失礼なこと言うだろうし。リタも下手したらルドガーを殴りかねないからやめときましょう。
「んー。お客様が来るけど心配しないよう伝えて」
「はぁーい!みんなに知らせてくるー!」
さて、私は出迎えの準備をしないとね。
さっそくダンジョンの奥へ部屋を用意し、彼らを待ち構えることにした。なんか格好がつくかしらと思い、それっぽい豪華な椅子を用意して座る。
うーん、なんか偉い人になった気分だわ。
でもちょっと落ち着かないわね。
足を組み直したり、椅子の横に立ってみたり。部屋の端から端まで歩いてみたりしたけれど一行は到着しない。
……まだなのかしら。
待ちきれず確認すると、どうやら途中の落とし穴にはまってしまい難儀しているらしい。
あれ、リタが遊び半分で掘りまくった穴の残りだわ。みんなにお願いして全部埋めたと思っていたのだが、埋め方が浅い所があるのかトラップに面白いほどルドガーだけがはまっていく。
というか、ルドガーはモンスター討伐などにも参加しているはずなのになんでリタのトラップにだけはまるのかしら。
うーん、これはある意味リタの才能かしら。
っていうか手が掛かるわね。
仕方ないので部屋をもう少し手前に設置し直して待ち構えることにした。
* * * * * *
「……シルヴィア?」
「あら、殿下もいらしてたのね。まぁまぁ!洞窟観光なんてさぞ大変でしたでしょう?」
いや居るのは知ってたけど。
というか穴に落ちる所一部始終みてたけど!
家族の掘った落とし穴に知り合いがはまっていくとか見てて気まずいからやめてほしいわー。
つい二年前全力のドヤ顔で私を追放したくせに全力で穴にハマりまくるとかなんなの?
もしかして私を笑い殺そうって魂胆なの?
逆にドン引きよ!
ということで全てをスルーして無かったことにする。これから話すことを考えても、敵認識されるとめんどくさいし。
「お前……!何を……というか、死んだはずでは……!」
「まぁ、縁起が悪いことをおっしゃるのね。この通りピンピンしておりますわ」
えぇ、貴方に国外追放されて苦労はしましたが生きていますよ。
というか、死んでると思われてるとか酷くない?
まぁ確かにいきなり国外追放されたいい所の貴族お嬢様が一人で生きていけるはずもないけれど。
あからさまに言われるとちょっと腹が立つわね。
冒険者達はまさか貴族の令嬢がいると思わなかったのか、成り行きを見守っている。
というよりはどう反応すればいいのか分からなくて戸惑っている気配がする。
「お前なんでここに……!」
「嫌ですわ殿下ったら。国外追放は国王様の計らいでもう取り消されたではありませんか」
実は一年もしないうちに父が国外追放を取り消してもらえるよう動いてくれたのだ。
多分ウィッグ作りが成功したからだろう。
最新の蒸れないウィッグは貴族の間で今や大流行しているらしい。
そうつまり、今やみんなふっさふさ。
父も今までの違和感あるウィッグではなくごく自然にふっさふさというわけだ。
良かったわねお父様!
それで国外追放取消の直談判をしてくれるのだからカツラ様々だわ。
ありがとうおハゲ様!
ありがとう制作陣様!
あなた方のおかげで私は今日も元気です。
「んもう、ユリアーナ嬢にご執心だからって私のことはお忘れですのね」
「ユ、ユリアーナは関係ないだろう!というかそういう話ではないわ!なんでお前がダンジョンにいるのだと言っているのだ!」
ギャンギャン騒ぐ姿は相変わらずうざ……じゃなかった。大変お元気そうで何よりです。
「あら、何か変ですか?」
「令嬢がドレスを身にまとってダンジョンにいる時点でおかしいだろう!」
だって生まれてこの方ドレスだけで生きてきたのよ。今世ではこれがしっくりきてしまう。
それにここは私のマイホーム!
家でどんな格好をしていようとも咎められることは無い筈だ!
いや、小さい子達も居るし痴女にはなりたくないので格好には気をつけますが……!
「家にいるだけですもの。何らおかしいことなどございませんわ」
「……は?……家?」
ぽかんとした顔で私を見るルドガーの顔はなかなかなおマヌケ顔でちょっと笑えるわ。
「どこが?」と聞かれたので「ここが」とハートをつけて返すとたっぷり三秒の間があってから彼が叫んだ。
「はぁー!?」
「声が大きいですわよ殿下」
「あ、すまん……じゃなくて!!話を逸らすな!」
失礼な!逸らしてなどおりません。
「雨風を凌げる屋根があり、そこで寝起きを続けているならばそれは家でしょう?」
「いや理屈で言えばそうだが!!違うだろう!なんでこんな所に住んでいるんだ!」
「そんなの殿下が私を国外追放したからに決まっているではありませんか」
「国外追放されたからってダンジョンに住むやつがあるか!」
ツッコミが怒涛の如く出てきますわねぇ。
「……ん?ちょっと待て!お前国外追放された時からここにいるのか?!王命無視じゃないか!」
あら、バレましたか。
流石に王命無視は処罰ものなのでここはどうにか誤魔化したいところです。
「まぁまぁ、そう興奮なさらず。それに、ブロムベルクに隣接してはおりますがここはダンジョンです」
「だからなんだと言うのだ……!」
「基本的に国はダンジョンへの介入は致しませんわ。土地代や、王宮と冒険者の仲介時、ギルドと国の間で取引し品物のやり取りがあった際はお金が発生しておりますがあくまでそれだけです。うちの土地のダンジョンだからと冒険者が持ち帰ったものをうちのものだ!と言って奪い取ったりしませんわよね?」
「いや、うん……そうだがな?」
なんで今ギルドの話になるのだとツッコミを入れるルドガーを押しのけて一歩前に出る。
「ということはですよ。ダンジョンは国であって国では無い特殊な場所ということです」
いまいち納得いかないらしいが大丈夫!
ルドガーはPONだから押せば行ける!
「勿論国にダンジョンがある以上、モンスターが出てきてしまうなど不測の事態を防ぐ為ある程度様子確認などはしているはずですけれどね。とはいえ、モンスター達は基本的に自身の住処から出てくることはありません」
そもそもダンジョン自身がダンジョンを守る為にモンスターを生み出しているに過ぎないので外へ出ていくわけが無いのだ。
まとめと言わんばかりにパチンと両手を合わせる。
「ということで、ここはブロムベルクであってブロムベルクではないということです」
「屁理屈だろう!いや!この際その話はひとまず置いておくにしても!お前がここにいるのはおかしいだろう!」
「おかしいですか?」
「おかしいだろう!どこの世界にダンジョンの中に令嬢がいるというのだ!」
「いやですわ殿下ったら。現に、私がここに居るでは無いですか」
「だーかーらー!それがおかしいと言っているのだ!」
はぐらかすな!と怒られる。
そんなに叫んでは王太子としての威厳を保てないわよ。
まあ、さっきの穴落ち事件のせいで最早威厳も何もあったものでは無いけれど。
「まぁまぁ、立ち話もなんですから。奥へどうぞ」
これ以上付き合っていると話が進まないので移動することにする。
奥に扉を新たに形成すると警戒した冒険者達が武器に手を伸ばす。
ルドガーが騒ぎ立てる間大人しくしててくれたことには感謝するけど攻撃してくるなら話は別だからね?
「別に武器を持っていたって構いませんけれど、抜いた時点で反撃しますのでご容赦くださいませ」
痛いのは嫌だし。私は兎も角うちの子達に何かあっては大変だから問答無用ではっ倒すわよ。
部屋の奥は吹き抜けの廊下になっているが、上は夕焼けを模した空になっている。とはいえ、あまりにも明るいと私たちには眩しすぎるので夜に染まりかけた薄紫の空だ。
足元はさっきの部屋と同じように赤のベルベットを敷き重厚感を出すようにしている。
普段はそんなの敷いていないけれど、曲がりなりにも王族が来てるからそれなりの雰囲気へと変えたつもりだ。
橋のようになったそこを通り奥へと進んでいく。
橋下ではうちの自慢である青々とした作物が育っている。
魔素をエネルギーに変換出来るよう改良するのはダンジョンに元から生えている薬草などと掛け合わせる事で割と簡単に出来た。しかし一代限りでなくその後もずっと続いていくよう品種改良するのが大変だった。
彼らも驚いているのか皆一様に口をぽかんと開けて橋の下を覗き込んでいる。
「あれはなんだ?」
作物の間からふわふわと浮かぶ光の玉を見て兵士の一人が呟いた。
薄暗いから、壁には蛍のような光をふわふわと放つ苔を敷き詰めている。
それが足元へと落ちて、歩く度にまた上へと上がっていくのだ。
光は段々と小さくなり、最後には消えてしまう。
私は勝手にホタル苔と呼んでいるけれどちゃんとした名称は知らない。
これがあると少しだけ周囲が明るくなるのだ。
「日が余り当たらない分、魔素を吸って大きくなっていますの」
紹介しながら同じように下を見ると子供達が嬉しそうに手を振るのが見えた。可愛いなぁと思いながら手を振り返すとルドガーに変なものを見る目で見られる。
何よ私が手を振ったら変なのかしら?
いや、確かに彼らの記憶の中の『悪役令嬢シルヴィア』は子供に手を振ったりしないでしょうけどね。むしろ汚らしいと言って追い出しかねないわ。
でも、今は私がシルヴィアだから問題ないのよ。
そんなこと可能なのかと尋ねるリーダーらしき男に頷いてみせた。
「ポーションなどに使う魔法薬草と同じですわ。あれも魔素を吸って魔力を貯めていますからね」
「すげぇー」
感心しているのはメンバーの中でも若い青年だ。シルヴィアと同じくらいかもう少し年下だろうか。
見たことの無い光景に興味津々でこちらとしては嬉しい限りだ。
働いているのは基本子供だけれど、勿論大人も少し混じっている。
皆日陰者としてスラムに溢れていた人達だ。
コヨーテやハイエナの亜人にネズミの亜人なんかが主にいる。
あまり長居すると子供たちの集中力が続かない。仕事の邪魔になってしまうので退散することにしましょう。
廊下を抜けると今度は魔石で出来た燭台が立ち並ぶ大きな部屋へと移動する。
中央に大きなテーブルが置かれているここは作戦会議などに使おうと作っておいた部屋だ。
「皆様お好きな所へどうぞ」
そう言って私は最奥へと座る。
ここでの主は私なので上座にいても問題ない。事情がいまいち分かっていない為か、ルドガーもとやかく言わなかった。
冒険者達はみな顔を見合わせていたが、ルドガーが大人しく座ったことでひとまず全員が席へと座わる。
それを確認してからテーブルを人撫ですると、テーブルの上にたくさんの食べ物が現れた。
皆一様に驚いているが、別になんてことは無い。厨房で作ってもらったものを移動してきただけである。
これが出来上がるのを待つ目的もあり畑を通ってきたのだ。
まぁ、一番はこれだけの事が出来るというのを見せつける目的があったのだけれど。
予想通りの反応を返してくれて満足だ。
「ふふ、厨房で作ったものを移動してきただけですわ」
普通、移動魔法には結構な魔力が必要となる。
私は魔力量が多いのであまり関係ないけれど。
とはいえ、昔は半分以下の魔力しか扱えなかったので底辺のシルヴィアがこんなことをするなんてとルドガーは驚いているに違いない。
現に食い入るようにして私を見ている。
「お話は食べながらどうぞ。ダンジョン内ではあまり温かいものは食べられませんでしょう?」
毒味の意味を込めてスープに手をつける。
うーん、相変わらず美味しいわー!
玉ねぎにそっくりの野菜、クロンミュをじっくり炒めてから他の野菜と一緒に煮込んだスープは絶品だ。
手作りしたオーク肉の燻製がまた味に深みを出している。
ちなみに燻製するために使ったのはダンジョン内で出現するトレントの枝だ。ここのダンジョンにいるトレントは紫色をしているのでパッと見毒々しいのだが、燻製にしてみたらこれが意外にもすっきりとした香りをしている。
オーク肉との掛け合わせが一番美味しいなぁ。
あー、あとで是非夕食にも出してもらおう。
舌鼓を打っていると我慢出来なかったのか、先輩冒険者が止めるのも聞かずに若手が食事に手をつけ始める。
「おいマルク……!」
「うまぁ!!こんなうまいの初めて食べた!!」
あんたマルクって名前だったのね。
いい食べっぷりだわ。うちのシェフ達がみたら大喜びね。いっぱい食べていきなさい。
「うちのシェフが喜ぶわ。さ、皆さんもどうぞ」
ガツガツとマルクが一人食べ進めるのを生唾を飲み込んで見守っていた者達も我慢できず手をつけ始める。
「なんだこのスープ!」
「う、うめぇ!!こんなの初めて食べた!」
「パンもめちゃくちゃ柔らかい!」
皆が絶賛する中、一人悶々と我慢していたルドガーだったが、とうとう耐えきれず一口だけパンを口へ放り込む。
その瞬間、目を見開いて驚くのが見え、心の中だけでガッツポーズを取った。
このしてやった感……!最高ね!
「これは砂糖か何か入れているのか?」
「特に何も入れてませんよ。そのまま焼き上げただけのパンです」
余程美味しかったのか、ルドガーが尋ねてきたので正直に伝える。
ふふふ!うちのパンはその甘さが売りなのよ!
何せ成長魔法を掛けて発酵時間を倍速以上にして作っているからね!
亜人種は常人種に比べて魔力量もそのコントロール力も上を行くのでこの方法が可能なのだ。
普段は殆ど魔力を使えなかったもの達がここへ来た途端様々なことが出来るようになる。
その時の喜びようを私は忘れない。
さぁて、そろそろ話の方も始めないとね。
「それで、皆様はここにどういったご要件で?」
それに応えたのはルドガーだった。
「ジャイアントアラネアが出たと聞いて確認に来たのだ。Dランク冒険者もくるダンジョンにAランクの魔物がいたのでは騒ぎになるだろう」
やっぱりそうですよねー。
逆に他の案件でやってきたと言われたら心当たりがなくて困るのだけれど。
とりあえずここは適当に誤魔化さないとね。
「あぁ、その件でしたら今朝片付けましたわ」
「は?」
「ええ、どうも迷い込んできてしまったみたいですの。なので早々にお引き取り願いましたわ」
ドッちゃんワッちゃんは部屋におかえり頂いたので間違ってはいない。
「どういうことだ。この辺りにはジャイアントアラネアは生息していない筈だろう。というか、片付けたってまさかお前が追い払ったとでも言うのか?」
「いやですわ殿下。私の得意分野が運動全般な事をお忘れですの?」
「いやだからそういう問題では……!!」
追い払えと言われれば武術で追い払うことも出来るわ。
シルヴィアの家門であるヴェンデル家は武功によって公爵家となった家柄だ。女とはいえ、私も一通りのことは習っているの。
というか、シルヴィアは武術に長けていた母様の血が濃かったのか、幼少期の頃から大の大人に尻餅をつかせるくらいには武術に長けた子だった。
それもルドガーに一目惚れした事でほっぽり出してしまったのだけどね。
父様からも婚約者としての振る舞いをしっかりするよう口を酸っぱく言われ続けていたし、ルドガーに見せたことなど一度もない。なので疑われても仕方ないわ。
今までのやり取りで疲弊したのか、ルドガーは頭を押えている。なんでそんなに疲れてるのかしら?やっぱりダンジョンに慣れてないから?
疲れてるみたいだし、これでこの話はおしまいかしらね。もういいなら私の本題を話しても良さそうね。
「そうだわ、せっかく来てくださったんですもの。私からも是非よろしいかしら?」
「なんだ?」
今度は何を言い出すつもりだと言いたげな表情をしている。
王族って顔に出さないよう色々教育されるはずなんだけどな。まぁ、おかげで私はやり易いから良いのだけれど。
「私、ここに国を作ろうと思いますの」
「…………は?」