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【シルヴィア視点】



ヴェンデル公爵家。

ブロムベルク王国の中でも二つしかない公爵家のうちの一つ。跡継ぎ予定の長男とその補佐を担う次男、そして末の一人娘がいる由緒正しき一族だ。

そんなヴェンデル家の一人娘である私、シルヴィア・フォン・ヴェンデルには誰にも言えない秘密が二つある。


ひとつは、私が蝙蝠の亜人であるということ。


――亜人種


ごく一般的な普通の人間「常人種」から突然生まれる。

犬や猫、鳥などの人以外の生き物の特徴を持った人間のことを大昔の人がそう名付けた。

一定数が亜人として生まれてくるらしく、割合的には約六対四の割合で亜人がやや少ないくらい。

亜人の種類は様々で、先祖にその亜人種がいなくとも鳥だったり猫だったりが唐突に生まれてくる何とも不思議な現象よね。



ここブロムベルク王国だけでなくこの世界のどこにでもいる亜人種だけれど、昔から縁起が悪いと忌み嫌われる種類がある。

ネズミやコウモリ、アナグマ等がそれにあたる。

どうも神話の中で人が負の感情を持つ原因となったのがこれらの亜人種のせいと言われているらしい。忌み嫌われる彼らは総称して日陰者ひかげものと呼ばれている。

ただし、同じ夜行性でも鷹や鷲、ライオン等の亜人種は太陽神の生まれ変わりとされ尊ばれている。


本っ当に適当な神話よね。


夜行性なら夜行性で統一しなさいよ。まあ、そんなことしたら殆どの亜人種が日陰者になってしまうけどね。


そんな神話を大切にするお国柄だからか、ヴェンデル公爵家はシルヴィアが蝙蝠の亜人であることを必死に隠していた。

コウモリの羽を特殊な薬で隠し、生まれた娘は常人種であると偽って報告していたのだ。

もちろんこれは犯罪行為なので、見つかれば貴族とはいえ罰則罰金は免れない。

何よりヴェンデル家の名は地に落ちることとなるでしょう。

でも、そのリスクを犯してでも日陰者が生まれたことを隠したがるのはいつの世も一緒だ。

まだ死産として始末されたり、一生敷地の中へ幽閉されなかっただけマシだろう。




そしてもうひとつの隠し事は――私がシルヴィア本人ではなく、現代からの憑依者だということ。




この世界は『亜人の花嫁』という異種間恋愛を扱った乙女ゲームの世界だ。

亜人というのは先程の通りだとして。

その中でも主人公であるユリアーナは最初に常人種として登場する。途中、どのキャラクターを選ぶかによっては兎の亜人種として後天的に覚醒したりするので色々なバリエーションでの恋愛が楽しめるゲームになっている。

異種間であることを除けばごく普通の乙女ゲームと言えるかもしれない。


とはいえこのゲーム、ガッツリ獣ではなく可愛い人型のキャラクターにケモ耳だけ取ってつけているタイプなのでガチのケモナーには恐ろしく不人気の作品である。

現にケモナーの友人は獣人の良さがひとつも分かっていない!と立腹しておりかなり不評だった。


私としてはユリアーナのロップイヤーのような垂れ耳は萌え要素でしか無かったけれどね!

髪色が白に近いベビーピンク色だから全体的にふわふわしているし、いかにも主人公という出で立ちの少女は眼福ものです。

美少女も美少年も美味しく堪能いたしたい所存。



そんでもって、この世界にも悪役令嬢というのは存在する。

漆黒の髪に黄金(きん)の瞳を持つことから嫉妬に狂った悪魔とまで言われた令嬢。

ここでの悪役令嬢は、『王太子であるルドガー』を選ぶと出てくる彼の婚約者『シルヴィア令嬢』――そう、紛うことなきこの私だ。



シルヴィアは自身の婚約者である王太子と仲睦まじくなっていくユリアーナが許せず、あらゆる手段を使っていじめ倒す。

そして最後には野生モンスターまで夜会へ放り込んで殺そうとした。


若気の至りでヤンチャしたというにはなかなかファンキーな発想を持ったご令嬢だわ。


流石にモンスター放り込むのは後々のこと考えたら普通は出来ないわよ。

実際、シルヴィアも直ぐに足がついてしまいルドガー王太子に婚約破棄の上国外追放されるというお決まりテンプレートコースを歩むことになった。

お決まりフルコース過ぎてむしろ安定している。なろうゼミで散々見てきたやつだわ!

もうなんか逆に安心する。

自分の身に起こるとなっては頭抱える案件だけどね!



しかも、初めてここへ来たのは忘れもしないシルヴィアが婚約破棄されたあの夜会の直前だった。

髪をセットされながらメイクをしている最中での憑依という、もっとタイミング考えてもよかったでしょうよと言いたくなるようなタイミングでの憑依だった。

お陰で髪は乱れるわ口紅は横伸びになるわで、私よりもお付の侍女達が大変だった。


慣れない夜会では大人しく壁の花になろうと思ったのに、中央へ引きずり出されていきなりの断罪パートへと突入。

話がそんなに進んでいるとは思っていなかったので完全に油断していた。


どうにか弁解の余地はないかと頑張って記憶を辿ってはみたが出てくる出てくる、悪行の数々。

ものを隠したり悪い噂を流したりという小さなものから、遠回しに他の令嬢へ指示を出す所謂お前たち察しなさいよ分かってるわね言う事聞かなかったらあんた達の家の事業潰すわよという口には出さないながらも圧を掛けまくる根回し。そして鉢植えを落としたり毒を仕込んでみたり、野盗まで送り込んだりと完全にアウトなものまで様々だった。

そして極めつけが野生のモンスター襲撃事件。



いやぁ、今は自分の身だけれどこれはなかなかの弾けっぷりだった。

夏の花火の如く盛大に散る心積りとしか思えない。

これは散っちゃうわよ。

それも暴発して辺り一面巻き込んで大々的に散って行くタイプの花火ね。


はっきり言って無理無理。

こんなん弁解しようがないわ。

王太子が浮気してたとしても言い訳にならない規模でやらかしているわ。

シルヴィアの小さな罪はともかく、特に後半は流石にどうにも出来ない。


ということで結局私は何の弁明も出来ぬまま大人しく断罪された。

そして最後の最後で蝙蝠の亜人であることまでバラされてしまう。

一体どこで入手したのか、常人種と偽る魔法薬を買い付けるヴェンデル家の帳簿が差し出されたのだ。

これはもう言い逃れできない。

その一件に関してはヴェンデル家にどうにかしてもらいましょう。

生まれた時の話だからシルヴィアにはどうにも出来ないし。

ここは大人しく退場しよう。そう思って前を向くと、ヒロインであるユリアーナと目が合った。




ユリアーナはここの誰よりも、なんなら断罪されたシルヴィアよりも真っ青な顔をしている。立っているのもやっとのような状態だった。




おかしい。ここの描写は、涙に濡れつつも嫌がらせをするシルヴィアをその赤い瞳で真っ直ぐ見つめる描写のはず。

なのにユリアーナはまるでこの世の不幸を全て並べたてたかのような表情をしていた。

そのまま倒れてしまいそうな雰囲気に思わず手を差し出しかけたが、両脇にいる王宮騎士達に押さえつけられてそれは叶わなかった。


ルドガーがシルヴィアの代わりにユリアーナを婚約者として宣言すると聞いても、ユリアーナの表情は変わらない。

それどころか、今はもしかしたらルドガーの声が聞こえていないのかもしれない。




シルヴィアの居場所を奪うのにどうしてあの子があんな顔をするのかしら。




そう思ったけれど、為す術なく私は屋敷へと逃げ帰ってきた。

この後、自分の部屋で暴れに暴れていたシルヴィアは帰ってきた父親にも勘当され、貴族籍からも抹消される。

行く宛のない彼女はそのまま行方不明になるというストーリーとなっている。

なので私はとりあえず、彼女の私物だった宝石類とか金品を持ち出すことにした。



うん、全部換金しよう!



もうね、王命が出ちゃった以上出ていかなきゃ行けないのは確実だし。



さてどうやって運ぶかと言いますと、ここで役立つのがこのアイテムボックスなのです。


手に魔力をためると現れるそれは黒のハンドバッグの様な形をしている。

上級者にしか扱えない上に膨大な魔力が必要なのでひと握りの人間しか作れない四次元ポケットみたいなものだ。


シルヴィアはユリアーナから奪った私物を隠すくらいにしか使ってなかったけど、彼女の魔力量で作られたそれはかなりレアなもの。

ゲーム内ではあまり出てこなかったので知らないが、入口さえ広げられるならかなりの量が入るはず。


正直、あの襲撃事件もこのアイテムボックスを使って連れてくればバレなかったのではと思ったりもする。

そもそもどのくらい入るのかは分からないけど。

それに使わなかったのはご都合主義というやつなのでツッコミを入れてはいけない。



そのアイテムボックスに、私はとにかく部屋中の荷物を詰め込んだ。

宝石はもちろん、髪飾りやドレス。あと忘れちゃいけない羊皮紙!

下手したらその辺の服より高いからねこれ。

ついでに小物入れとかも入れちゃおうかしら。

ドレスと装飾品達だけでも結構な量だったけど意外と入るわね。

でも小物入れがいけるならスツールもいけるかしら。

あら入ったわ!

持ち上がらないから無理かと思ってたけど、角さえ入れてしまえば重さが減るみたいでドレッサーもなんの苦もなく持ち上がる。



なんか普通に家具も入る気がしてきたわ。



ということで片っ端からいれていく。

数十分後、部屋のものを全て収納することに成功した。

やったね!ちょっとスッキリしすぎな気がするけどまぁ良いでしょう!

全ての荷物を入れられて私は満足よ。


「シルヴィアー!!」


騒がしくしていたからか、国外追放されたのを早々に聞いたらしい当主……つまりシルヴィアの父親が部屋へとやってくる。


「なんと言うことをしてくれたのだ!!王太子に嫁ぐどころか国外追放とは……!たかが男爵令嬢にしてやられるとは情けない!!」

「申し訳ありませんお父様」


そこに関しては私のせいじゃなくてシルヴィアのせいだからどうしようも無い。

というか、部屋に対するリアクションは無いのですね。

まぁ、国外追放なんてとんでもない王命がくだったらそれどころでは無いのか。

彼女がこんなストレスばかりかけるからか、父親の頭部が薄くなっていくのだ。



あぁ、またお父様の残り少ない御髪が減っていく。



とっても素敵なカツラで隠してはいるけれどこの世界のカツラはあぁ、被っているなーと分かるような現代で言うところの歴史の教科書に載ってる音楽家が被ってそうなカツラだ。

くるくるパーマがわざとらしいわ。



お父様、ちょっとピアノ弾いてみません?



シルヴィアの記憶によると割と若い頃からの悩みらしい。なんてこと!シルヴィアは母親似だから大丈夫だとは思うけどちょっとだけ不安だわ。

万が一の時のために私もウイッグを作るべきかしら?



「本当に……お父様には色々とご迷惑やご心配をお掛けしました」

「な、なんだ急にかしこまって。そんなこと言っても家には置かんぞ!」


今まで自分から謝ったことの無いシルヴィアが頭を下げるものだから、目を白黒させて父が一歩後ろへと下がる。

そんなに怪しまなくても良いでは無いですか。


「王命ですもの、勿論分かっておりますわ。私がいない分ストレスが減るかと思いますのでどうぞこれからは残りのものを大切に育んで下さいませ」

「全くお前は本当に手のかかる……ん?どういう意味だ!!」


いえ、そのままの意味です。


「いえね、ふと思ったのです。私のせいで本当に負荷をおかけしたなぁと」


そう言って私は父上(の主に頭部)を見上げる。

シルヴィアの記憶によると、やはりここ数年で殊更減っている気がする。

なんてお労しいのでしょうか。


「……な……ん……っ!!」

「ここだけの話ですが、人工毛の育成にアゼリ草のエキスとユニコーンのたてがみと刻み、エルダー種のドラゴンの鱗をひとつ分砕いて、それらを万年氷を凍らせて作ったトネリコの木の枝を使って混ぜてから光魔法で温めたものが効くそうですよ!もし研究出来る者が雇えるようでしたら是非お試しあれ!」

「……っ!!シルヴィアー!!」

「念の為女性用も是非作ってくださいね!」


恥ずかしさからかそれとも怒りからか、父の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

これ、実は続編で実際に町中で売り文句を言っている場面に遭遇するのだ。

何故かやたらと育毛とカツラに関してだけ細かいセリフが設定されており、ネットではかなり話題になった。

もしかしたら製作者の願望が混ざっていたのかもしれない。


「あ!もし売り出すなら必ず特許を取ってからにしてくださいませ!絶対に売れますから!!」

「いーからさっさと出て行かんかー!!」

「出来れば通気性に配慮した方がもっと良いものができますわ!風属性の薬草とか編み込んだらいいと思うのですがどうでしょうかね?あ、それとも風スライムを引き伸ばして編んでみるとか」



「分かったから早く出ていけー!!!」

「はい!ではお元気でー!」


そのうち手紙を出しますわねー!と手を振って、シルヴィアが十七年育った家を後にした。

まぁ、私は数時間くらいしか居なかったので感慨も何も無かったけれど。



さて、先程も話した通り、シルヴィアはこのあと行方不明になった。詳細は誰も知りません、なんていうとても曖昧なラストでしかない。

けれど私はシルヴィアとして生きていくのに最適な場所にひとつだけ心当たりがある。




それは、ブロムベルク王国の端に位置する大きなダンジョン。




実は夜行性である蝙蝠種には太陽の下だと本来の半分以下の魔力しか使えないという大きな縛りがある。

しかし暗いダンジョンの中だと夜と同じ扱いになり本来の力を存分に発揮出来る。

この法則は亜人の花嫁の続編に出てくる設定だ。

実際にシルヴィアはこの洞窟の奥で復讐の機会を虎視眈々と狙っていて、続編のラストでユリアーナ達に立ち塞がるラスボスとして登場するようになる。



最早ボスっていうか立ち位置がモンスター扱い……。



その時のシルヴィアは大型のモンスターを何十体も従えていたけれど、私にはまた違った目標があった。



それはダンジョンここにマイホームを建てること……!



このブロムベルク王国、兎に角日陰者達にめっぽう冷たい。

日陰者と分かると家も借りれないどころか町中での買い物すら断られる。

結局日陰者の亜人たちはスラムのような場所で、時には犯罪に手を染めながらその日暮らしをしていくしかないのだ。


他の国に行けばもう少しマシな扱いをしてくれる国もあるかもしれないけれど、国境を越える検問は厳しい。賄賂を払えば通してくれないこともないけれど、それには莫大な金がいる。

そもそも力を発揮出来ない以上、そこに行くまでに力つきかねない。


けれどダンジョン内ならばそんな心配は無いし。この世界はモンスターを狩って食べたりもするので食事にもありつける。

上手く出来れば素材を入手して売ったりもできるかもしれない。

というか、腕の立つ日陰者は実際そうやって生活している者もいるらしい。


シルヴィアの魔力自体はボスキャラとなるくらいなのでお墨付きの魔力量だし、ダンジョンの攻略方法もわかっている。

ついでに色々なアイテムのドロップ場所も隠し場所もばっちり把握している。

これはいけるのでは?と思った私は後先考えずローブを目深に被り、ダンジョン付近の町へ行く最終馬車に乗り込んだ。











さて、ここが新たな出発地点となるダンジョン近くの街のはずだけれど。


「暗くて何も見えないわね」


この辺は冒険者が多くて栄えているはずだが、時間帯が悪いのか人が見当たらない。

もう一本隣の通りに出れば酒屋があるからか、そちらは人気がある。

あまり人の多いところは目立つので行きたくないわね。万が一王宮に話が言っては困る。


人気を避けてウロウロ歩き回っているうちに段々と周りの雰囲気が変わってきた。

建物の外観は荒れ始め、道端にうずくまる人や物陰から覗き込んでくる人影が見える。

どうやらスラム街へ入り込んだらしい。

引き返そうとした時にはもう遅く、どちらから来たのか分からなくなっていた。


あーね、これは方向音痴あるあるだと思うんだけど。知らない所で振り返ってばかりいるとどっちから来たか分からなくなるやつね。

この場合私が方向音痴なのかしら。それともシルヴィアが方向音痴なのかしら。


いや今はそんなことはどうでも良くて!


それより人影がだんだん増えていることの方が問題だ。

シルヴィアは明らかに良い所のご令嬢感が消しきれていない。早く退散した方がいいだろう。

そう思って慌てて角を曲がると、


「どぅわ……っ!!」


何か蹴っ飛ばした!

ゴンッていい音がしてしまった!!


驚いたせいで思わず令嬢らしからぬ声が出たわ。他人に見られたてたらあの令嬢「どぅわ」とか言ったわよ、なんて噂されるのかしら。それは困るわ!

さっさと移動したいところだけどと思いながら振り返ると、やせ細った少年が倒れていた。



え、もしかして私あの子蹴り飛ばした?



「だ、大丈夫?」


声をかけるが少年は微動だにしない。

まさか今ので怪我でもしたの?

少年の頬は痩けていたがとても整った容姿をしている。


わーお、超絶美少年!


シルバーブロンド……というよりホワイトブロンドの髪は男の子にしては少し長い。

あちこち汚れているけれど洗えば確実に美しくなると分かる整った顔立ちをしている。

歳的にはシルヴィアより年下だろうか?

やせ細っているのでもしかしたら幼く見えているかもしれないけれど。

思わずまじまじと見つめてしまったが、段々と当たりが白けてきたことではっとした。


いけないわ。シルヴィアもこの子も外見的に目立ちすぎる。

早くダンジョン内に入らないと!

サッと立ち上がったところで目の前の美少年がうめいた。


あらうめき声も可愛い……じゃなかった。

なんだろう?さっきからずっと苦しげにしている。


「大丈夫?体が痛いの?」

「……に、……ってくださ……」

「なんて?」


何か小さく呟きているがなんと言っているのか聞こえない。時折咳も聞こえるがカラカラで声を出し切れていない。

多分喉が乾いて上手く声が出ないんだろう。

アイテムボックスから水筒を取り出し、水を飲ませようとするが何かに気を取られていて上手く飲んでくれない。


「飲んでくれないと死にかけのカエルみたいな声しか出てなくて分からないわ!とりあえず飲んで!」


しかし発語しようと口を動かすばかりでなかなか飲んでくれない。

痺れを切らしたシルヴィアは少年の顎を掴んだ。


「いいから飲めぃ!」

「んぶっ!!」


水筒を傾け強制的に流しこむと、盛大にむせ込んだ後でごくんと飲み込むのが見えた。


「……っはぁ、ひ……日の当たらない所につれてってください」

「日の当たらないところ?」


飲み終わるや否や、美少年は縋るようにして懇願してくる。

ミミズの亜人か何かなの?

そうは見えないけど、そもそもミミズの亜人にあった事がないから分からないわ。


すぐ近くに日陰もあるが引きずっても大丈夫かしら。

とりあえず水筒をしまって、とアイテムボックスを開けた所で閃いた。


ここに入れれば人も運べるのでは?

もしそうならこっちも急いでいる身だから連れてった方が早い。

ボックス内は時間が経過しないし人が入っても多分きっと恐らくだけど大丈夫でしょ!

分かんないけど!


「じゃ、とりあえずここ入って」

「……はい……え、それ何……!?」


指さされた先では風景が両断され真っ黒な空間が広がっている。

アイテムボックスの入口を思いっきり広げたのだ。何も映らない完全な闇を見て少年が怯えたのが分かる。


「何って、アイテムボックス」


見ればわかるでしょうと思いつつ、アイテムボックスの入口を下方に調整して少年を押し込もうとする。

しかし怖がった少年が手足を突っ張って全力で抵抗する。あれだ、子供がお菓子売り場の前から動こうとしないでお母さんと引っ張り合いになる恒例のやつだ。

ちょっと!私だって急いでるんだから!


「ほらー!早く入ってー!」

「ちょ、入って大丈夫なんですか?」

「わかんない」

「入ったことあります?!」

「ない!」

「ダメなやつぅー!!」

「大丈夫よ!多分!」

「その多分って絶対信用ならないやつじゃないですかー!!」

「もー!そんなこと言ってられないの!」


あらいけない!人の声が近づいてくるわ!

埒が明かないので顔面をひっつかむと足払いして頭からアイテムボックス内に放り込んだ。


「大丈夫大丈夫!すぐ出してあげるから!」

「い、いやぁああぁ!!」



美少年の悲鳴がボックス内に木霊するが幸いこちら側には聞こえなかったのでそのまま無情にも私はボックスを閉じた。


あ、名前聞き忘れたけど後でいっか。


無事美少年を放り込んだ私は清々しい気持ちでスラム街を後にするのだった。







* * *






【ルドガー視点】



真っ暗な洞窟の中を部隊は進んでいく。

蜘蛛の大型モンスターであるジャイアントアラネアが出たと聞いたのはルドガーが王宮に出向いてすぐのことだった。

ジャイアントアラネアはA級モンスター。これは一大事だとそのまま急遽討伐に参加することとなった私は発見したというB級ハンター達を道案内にして報告のあったダンジョンの奥へと進んでいる。


明かりをいくつも手にしているにも関わらず、辺りの暗さは一向に良くならない。周りの壁に明かりが吸収でもされているようだ。


冒険者から言わせれば、ダンジョンは生き物なのだという。だとするならば、私たちは招かれざる客なのかもしれないとふと脳裏を過った。



「ルドガー様、あともう少しで最奥になります」

「うむ。心して行こ……うぉあ!!」

「ルドガー様ぁ!!」


なんなんだこれは!!

突如として現れた謎の落とし穴。他の者たちははまらなかったのに私だけがはまるとは……まさか、私を狙ってのトラップか?!

慌てて周りを見るが特に何も発動しない。

ただ腰から下が穴にがっちりとハマっている。


なんなんだこれは!!


「だ、大丈夫ですか……!」

「…………とりあえず引っ張りあげてくれ」


いくら何でも一人だけずっとここにはまっているわけにはいかない。

その後も何故かやたらと落とし穴トラップにハマる。

他の者は全くもってハマらないのに何故か自分だけが尽くハマっていく。



なんなのだこれは!!!!



憤りを感じながらもどうすることも出来ない。ハンター達も今まで無かったトラップに戸惑いながらも笑ったら自分の首が飛びかねないと青い顔をしている。

そんな最悪の状態でなんとかかんとか最奥へとやってきたのだった。








「えっと……ここが、最奥ですかね?」


冒険者が戸惑うのも無理は無い。

どん、と立ち塞がっていたのは洞窟の中には似つかわしくない重厚な扉だった。

金の蔦が縁どられたそれはまるで王宮にでもいるかのような美しいものだった。


「前入った時こんなだったか?」

「いや、こんな立派な扉では無かったような……」


冒険者たちは困惑して首を傾げている。


「どういうことだ?お前たちは一昨日、ここでジャイアントアラネアを見たのだろう?」

「はい。ですが、その時はただの木でできた大きな扉があるだけでした」


こんな立派なもんでは……と言葉尻が小さくなりながら扉を見上げている。

思わずそれに釣られて私も扉を見上げた。

一体なんだと言うのだ。

とはいえ、ここまで来たのだから開けない訳には行かない。


「とにかく入ってみるぞ」


片手を上げることで先頭の扉開け係以外はいつ何が襲ってきても言いようそれぞれ武器を身構える。


下手したらすぐにジャイアントアラネアがいるかもしれないと心臓の音が大きくなってきた。

実を言うと、ジャイアントアラネア程の魔物はなかなかお目にかかれない。

案内係はBランクの冒険者たちだし、手練の王宮兵士達を連れてきているとはいえどこまで頼りになるか分からない。


緊張した面持ちで扉が開かれていくのを見守る。

その扉の先は明るい。


……明るい?


「な、なんだ?」


まるで夕焼けに照らされるかのような柔らかい光だが、真っ暗闇にいた私たちにとっては強い光だった。


光の次に視界に入ってきたのは赤の重厚なベルベット。周りの壁も一新して、白を基調とした円柱の柱や壁に変わっている。まるで本物の宮殿のようだった。


「す、すげぇ……」


冒険者の一人が呆然としてそう呟いた。

確かに、これは凄い。モンスターにこんなこと出来るのか……?


「ルドガー様、上を……」

「何だ……これは……」


さっきまで明かりが届かず何も見えなかったのに、温室のように硝子で囲まれた屋根の向こうには夕焼けが見える。

思わず自身の懐中時計を見ればまだ昼過ぎを指していた。

まさか、魔法で映し出しているのか?

それだけの力を有した魔物など、ジャイアントアラネアではありえないし、そもそもA級どころではない。

どう考えても部隊のレベルが足りない。

このまま全滅するくらいなら一度撤退して報告するべきか。


撤退指示を出そうとしたその時、奥からここには似つかわしくない女性の声が響いた。

やたら聞き覚えのある声に首を傾げる。


「あらあら皆様お揃いで!お待ちしていましたわ」



声の主を辿っていくと、そこに居たのは――。




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