サブスクサブスクサブスク
旧友から引っ越しの知らせが来たので、ひさびさに顔を見に行くことにした。働き者で知られた男だから、今頃はマイホームを建てて妻子と幸せに暮らしているのだろう。
「いい天気だし、友人にも会えるし、今日はいい日になりそうだなあ」
よく晴れた外を歩きながら俺はひとりごちた。が、そんな呑気な気分は引っ越し先の住所に着いた途端吹き飛んだ。
友人宅はとんでもないあばら家だった。築年数は数十年を越えてそうだし、そもそもサイズも小ぶりで子持ちの一家が住むには狭すぎる。物置か倉庫かと見紛う一応は表札を掲げた平屋をおそるおそる訪ねれば、出てきたのは旧友に間違いなかった。
「やあ……なにもないけど、どうぞ上がって」
覇気のない声に、「あ、ああ」と戸惑いつつ中に入る。友人は薄汚れた身なりで見るからに金がなさそうだ。電球の一個だけ灯された薄暗い室内で、妻も悲しそうな顔をしていて、やせ細った子供はぐーぐー腹を鳴らしている。
「一体どうしたんだ。働き者のお前がこんなに困窮するなんて」
俺は聞かずにいられなかった。仕事を辞めたとか、借金を抱えたなんて噂は知人づてにも聞いていない。働き者という評判は変わらず届いていたのに。
友人は暗い顔でうつむいていたが、返答を待つ前に外から配達員の呼ぶ声がした。宅配がきたようで、段ボール箱を受け取って戻ってくる。友人は開封するでもなく部屋の奥へ持っていき、箱を置いた。
薄暗いため気づかなかったが、よく見れば、部屋の四方は未開封の段ボールだらけだった。壁一面に積まれた段ボールが、窓まで塞いでしまっているらしい。
「サブスクだ」
友人が呻くように絞り出した。
「全部サブスクのせいだ。サブスクのやめ方がわからなくて、働いても働いても毎月引き落とされてしまうんだ!」
頭を抱えて悲痛に叫ぶ友人に、俺は当然の反応を返した。
「やめればいいじゃないか」
「わからないんだよ! なんなんだ、サブスクってやつは。入るときは簡単だったのに、解約の仕方が難解すぎる! おかげでよくわからんサプリとお買い得のトイレットペーパーが毎月大量に届く。テレビじゃあらゆる番組が観放題だ、結構被ってるから一つでいいのに」
俺は呆れた。つまりなんだ、この困窮の原因はサブスクの契約しすぎということか。
「なんでそんなに契約したりしたんだ」
「無料トライアルって言葉に釣られて……」
ただより高いものはない。自業自得だが、友人として見放すわけにもいかない。意気消沈した友人の肩をポンと叩き、俺は申し出た。
「仕方ないな。代わりに解約してやるからスマホ貸せ」
「嫌だ、やめてくれ、考えてもみろよ……」
◆
まだつべこべ言っている友人から無理やりスマホを奪って解約手続きを進める。メールフォルダに山ほど届いている契約更新の知らせ。記載されたリンクからサイトに飛んで、解約ページを探そうとする。
と、突然、引き戸がガラリと開いて、外から人が入ってきた。
「こんにちは。家事代行サービスです。掃除をはじめますね」
割烹着を着た女がはたきを手に部屋のほこり取りをはじめる。段ボールに積もったほこりが舞うのを呆気にとられて見ていると、友人が言いにくそうに、
「毎月サブスクで来てくれる出張の家政婦さんだ……」
「帰ってもらえ!」
俺は家政婦を家から追い出す。入れ違いで配達員がドンと重たい荷物を置いたので、両手でバツを作って受け取りを拒否する。配達員が渋々持ち帰っていくのを見送り、解約を進める。今届いたのは何だ? 出張の家事代行と……。
スマホで手続きをする間にも、家には入れ替わり立ち替わり、人や商品がやってきた。
「靴磨きのサービスです」
「季節のお花セットのお届けでーす」
「どうもー! 派遣猿回しの者ですー!!」
「季節のかき氷セットのお届けでーす」
何を契約しているかわかったら、すぐさま解約する。どんな売り文句に釣られたのか知らないが、困窮した生活に不要なものばかりだ。なんだ季節のかき氷セットって。かき氷なんて夏しか食わんだろ、しらんけど。
俺は怒涛の勢いでスマホを操作し、解約の文字が見えたら反射でボタンを押すくらいに機械的にすすめていった。
受信メールの中に、飛び抜けて高額の妻子代行サービスがあった。迷わず解約する。
「ご利用ありがとうございました」
空腹にぐずっていた子供が泣き止み、悲しげな顔だった妻が事務的な笑みを浮かべる。二人は深々とお辞儀をして帰っていった。「ああー」と友人が名残惜しげに手を伸ばすが、仕事でしかない家族は振り返りもしなかった。
レンタル掘っ建て小屋のサービスを解約すると、紙箱みたいに天井や壁が外れて空き地に放り出された。どこからともなく業者がやってきて、家のパーツを回収していく。
頭上で太陽がさんさんと輝いているが、なんだ、今日のいい天気もサービスのひとつじゃないか。解約。同時に太陽がどこかへいってしまい、全体を薄ぼんやりした明かりが包むだけになる。
次はなんだ、草木の生えた地面のサービス? こんなものも必要ないだろう、解約。すると、あたり一面にあった地面がぽろぽろ剥がれていき、消滅していく。俺と友人は虚空に浮いた状態となる。
こりゃなんだ、有機生命体の肉体のサポート? そんな肉の体は生活に必要ないに決まっている。解約すると友人は肉体を失い、自分と同じおぼろげな光を発する球体となった。
「ふむ、こんなところか」
あらかた解約し終えて、ぼんやり光る世界で所在なげにふわふわ浮いている友人にスマホを返した。友人は輪郭を収縮させて泣き顔を表現した。
「ひどい。何もなくなってしまったじゃないか!」
「すっきりしたな。これからは人生に本当に必要なものだけに金を使えよ」
親切な忠告をしてやる。俺はなんて友人甲斐のある男なんだろうと満足して、ふわふわ虚空を浮いていく。友人は後をついてきながら、さみしげにつぶやく。
「こんな光の玉みたいな体をして、上下の判別もないような世界で、生きていくのに必要なものってなんだろう……」
◆
「――みたいなことになったら怖いじゃないか!!」
絶対に離さないようスマホを握りしめて友人は主張した。段ボールに囲まれたあばら家の中で、荒唐無稽な話を聞いた俺は呆れ顔。
「なんだその極端な妄想は」
「もう、契約しすぎて何がサブスクで何がサブスクじゃないのかわからないんだよ……妻も子供も、この家も太陽も地面も、この肉体さえサブスクだったらどうするんだ!」
妻子や家や自分を指して必死な様子で語る友人から、強引にスマホを奪い取る。どうも、貧乏生活で追い詰められてしまったらしい。
「馬鹿言ってないでさっさと解約するぞ」
冷静に告げて、スマホを操作する。こうしているうちにも宅配は届いて未開封の段ボール箱は増えるばかりだ。妄想に出てきた家政婦だって、今にも現れるかもしれない。
コツさえ掴めば解約だって簡単だ。小さくて目立たない退会や解約の文字を見つけてボタンを押して……おっと。
友人関係を提供するサブスクを見つける。まるで古くからの友人のように関係を築くサービスだ。まあ……長年のご愛顧に感謝して、解約は一番最後にしておいてやるか。