犬を飼うとモテるらしいが、ハムスターにした
モテるには、犬を飼うといいらしい。
散歩しているときに、女子と交流できるし、健康と爽やかさアピールもできるし、犬という話題で困らない。犬を飼う精神的肉体的金銭的余裕があるというのが一目瞭然で、これはモテるはずだ。
モテるには、犬を飼うべき。
でも、散歩がめんどい。
俺はインドアなんだ。サボテンでモテることはできないか。ガーデニングみたいな感じで。畑仕事に萌える女子はいないのか。山ガールとか森ガールとか。
え、農業は嫁が来ない。ファッ◯ン。
ということで、全てを考慮した結果、ハムスターにした。
金魚や亀よりかはマシだ。犬には劣るが。
だいたい病気になったとき、哺乳類すぎる哺乳類は大変だ。保健所殺処分なんて、そんなメンタルにくる展開になりたくない。費用があれば犬やイノシシですら飼ってみたいけど。
まぁ、現実的なところ、ハムスターや鳥ぐらいがいいところ。でも鳥の方が大変そうだし、ハムスターなのだ。文鳥やインコとか可愛いけど。
俺の戦略は完璧だ。クラスに知られているSNSに、ペットを飼い始めたアピールを流す。動物好きに悪い人はいないのだよ。
「あのさ、これ」
「これは……」
「靴下」
ハムスターを買い始めて、女子から靴下をもらいました。
使用済み……なわけないか。
「うちも飼ってて、寒くなると、よく潜り込むから。かじっちゃう子だとダメだけど」
ああ、そういえば、寒さはダメなんだよな、ハムスターは。まだ暑いからいいかと思っていたけど。たしかに、よく靴下とか布にくるまって頭だけ出す可愛いハムスターの画像を見たことがある。
「あ、ありがとう」
女子から靴下を受け取る図。やばいな、なんか、超キモい。
靴下ってなんでエロティックなんだろう。足フェチ属性はないはずなのに。
でも、ニーソでHな動画を探したぐらいの経験はあるが。絶対領域とかに侵食されたせいか。
こうして、俺の性癖は歪んだ。
「妹よ、靴下って、いいよな」
「お兄ちゃん、最高のキモさを体現しているんだけど」
高校一年生の妹には理解されない感想だったようだ。
見ろよ、ハムスターが女子の可愛い靴下で愛くるしく眠っている姿を。
俺も同じように女子の靴下にくるまりたいと思っても自然の摂理。避けがたい人間の情欲だろう。
「ハムスターになりたい。女子の靴下にくるまりたい」
「鳥を飼うべきだったと、後悔してる。鳥になりたい、大きな空を飛びたい、がまだ健康的だよ」
妹は餌場にひまわりの種を追加して、水分補給用のボトルの水を入れ替えにいく。
「サンタさんも靴下フェチだったのかな」
俺はそんな壮大な哲学を奏でていた。今度、妹にストッキングでツルツルモフモフワクワクしてもらおう。
うん、盛大に、全力キックをされました。
それでも諦めずに、妹に一度靴下を履かせて欲しいとお願いし続けたら、女王様のように踏んづけられた。
「君の靴下が欲しい」
俺は靴下の君にお願いした。膵臓を食べるより健全だ。
「あ、ああ、ハムスター用のーー。も、もう交換するんだね」
「いや、使用済みの、できれば今している靴下が欲しい」
時が止まった。
女子の目が『ヘ、ヘンタイ』という目になっているが、構わない。靴下を求めることはリコーダーの先を欲しがるのに比べたら第二ボタンのような優しさに包まれている。
「あー、それだと、わたし、困っちゃうよね。素足になるし」
「コンビニのセルフレジで靴下持ってきてます」
「ッ!?」
抜かりはない。
セルフレジ、なんて青少年の購買意欲をそそるものなんだ。レディースものを隠れて買うにはうってつけだ。通販も同様。
「あっ、上履きもあります。準備してます。やっぱり、靴は人に見られるから。靴下の代金代わりにでもなればと」
俺、紳士だな。
これは女子にモテるわ。ハムスターよ、ありがとう。
靴の大事さはアウシュヴィッツで学びました。まずは靴。歩くという行為には靴がいるのだ。
例えば、どこかで靴がなくなったら困るだろう。雨の日のビニール傘消失以上に。靴なくして移動はありえない。しかし、当たり前のことだから忘れやすい。
スク水や体操服や弁当箱が消えても、まぁ帰宅には困らない。だが、靴は陰湿イジメだ。靴と靴下は人間の尊厳なのだ。
「ご、ごめん。わたし、宗教上の理由で、靴下は脱げないの」
テンパっているのか、意味不明な水虫宣言のようなことを言われた。
軍人病である水虫になりますよ。彼らは靴を脱ぐ暇もない塹壕戦で永遠に治らないレベルの水虫になるらしい。
「あ、安心して欲しい。使用済み靴下と新品の靴下、どちらをハムスターが愛用するか確認したいだけなんだ」
「あ、ああ、そういうこと」
人間、どんなにおかしなことでも理由をこじつければ受け入れるのだ。文化、万歳。人間の思考、万歳。
24時間働けますか。無理は嘘つきの言葉。休めっ。
彼女は、目の前で、靴下を脱ぎ始めた。
な、なんていうか、これからスカートにも手をかけて、徐々に大いなるジャンケンポンの脱ぎゲーでも始まりそうな予感。
シュバっと。
「はい、これ、新しい靴下」
着古した靴下を交換する。
「なんでニーソなの。さっきは普通のくるぶしを隠すぐらいの」
「気のせい」
ニーソニーソニーソ、ニーソ女子を見たいです。
「学校はストッキングやニーソ禁止なんだけど」
おっと男子ゆえの失策。
うん、俺、やっぱ靴下フェチではないな。
そんなことにも気づいてないし。
正気になったわ。
だいたい靴よりも大事なのは服だろう。全裸で靴下と靴だけしていたら、もうやばいよ。全裸では歩けないけど、素足ならば歩ける。分かるだろう。想像してみろ。スカートがないと家には帰れない。服こそ社会。服こそ人間の尊厳。バケツでずぶ濡れにするイジメとか陰湿すぎる。替えの服をせめて用意しなさい。冬だと風邪ひいちゃうぞ。
「ハムスターって、肌着にくるまっても可愛いんじゃないかな」
「えっ」
「キャミソールとかでも悪くはないな」
「ちょっと職員室に用事があって、ご、ごめんなさい」
女子が全力ダッシュで逃げていこうとしていた。
あれ、俺、なにか言っちゃいました。
追いかけて、靴下の君の腕を捕まえた。
別にブラジャーから顔を出すハムスターが可愛いとは言ってないじゃないか。誤解だ。
「誤解。誤解だよ。ちょっと哲学的問題と服装について考えていたら、言葉は自然と本能に従っただけで」
「ひっ、脱がされる」
「脱がさない。脱がさないから」
だいたいハムスターだって全裸だ。人間も見習えよ。服なんて見栄だ。トップレスで女性がプールで泳ぐ権利だってあるよ。服を捨てよ、野生に帰れ。見ろよ、昔のギリシャの像を。全裸に自信を持っている。自信があれば脱げる。肉体よ、そなたは美しい。
「襲わない?」
「襲わない」
どうして俺はこんな不審者を見るような目で見られているんだ。まともなことしか言ってないのに。
ちょっとハムスター関連で性癖を弄られただけなのに。
「なぜだ、動物を飼えばモテるはずだったのに。犬にしなかったせいか」
「そ、それは自業自得だと思うけど」
靴下の君、俺はどうすればツガイを見つけられるんだ。
「でも、ペットも一生恋愛せずに生活するでしょ。大丈夫、恋愛が全てじゃないよ」
ハッとした。俺は、ハムスターと結婚してくる。
ケモナーになって幸せにしてあげないと。
恋愛できない苦しみを、分かりあわないと。
「お母さーん、お兄ちゃんがずっとハムスターと会話してて、やばーい」
「そういう年頃なのよ」