呪い刈り取り〼呪い耐性しか能が無いドラゴンに転生してしまった俺が、伝説の解呪師になるまで
診断メーカー「あなたが異世界に転生するとしたら」で出来たキャラを膨らませました。フォロワーさんたちのキャラもお借りして読み切り短編に仕上げてあります。
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「呪い刈り取り〼」
路地裏の小さな吊るし看板が風に揺れる度キィキィと嫌な音を立てる。
本来なら解呪は神殿か聖職者に頼むのが筋だが、呪いの性質的にそういった「正しい場所」に行くのが憚られるような場合、怪しげな妖術士崩れや解呪屋を頼る事になる。
「ホント、手に職があって良かったよな。荒事とか苦手だからマジ助かるわ~」
王都の裏路地で、そんな解呪屋を営む一匹のドラゴンの話。
目が覚めると知らない天井…と言うよりぼんやりと淡い光りを放つ鍾乳石が目に入った。
突っ伏している床は冷たくゴツゴツと原始的、というか何これ? 洞窟? 鍾乳洞?
上体を起こして辺りを見回し更なる違和感に気づく。
刺々しい硬いウロコに覆われた体、指先には鋭い爪、背中にはコウモリのような被膜の翼…。
目覚めればそこはダンジョンの最奥、異世界に転生したらドラゴンだった件。
いや、ドラゴンなのは別にいいんだけど、自分でもびっくりするほど弱かったのは正直参った。
どれぐらい弱かったのかって?
物音に驚いて飛び跳ねたスライムが顎にクリーンヒット。もんどり打って倒れた勢いで後頭部強打して死ぬかと思うぐらい弱かった。
てか、チートとか俺TUEEEEEE!とまで行かなくても、すぐ死ぬのはドラゴンではなく吸血鬼の専売特許ではないのか?
そもそも一度死んだドラゴンが生き返るのは生半可な事じゃない。下手すればドラゴンゾンビになってしまう。転生して早々のゾンビ化とか、正直、勘弁して欲しい。
そもそも何故ドラゴンになってダンジョンの最奥で倒れていたのだろうか?
おぼろげな記憶を手繰り寄せ、過労でぶっ倒れた瞬間に神の声を聞いた…ような気がするのを思い出す。
それにしても、なんでドラゴンなんだ? とかドラゴンなのに弱いのは詐欺じゃないのか? とか思いながら即死級のトラップと強力なモンスターと凄腕の冒険者との邂逅を避けるよう慎重にダンジョンを徘徊していた時、偶然にも隠し扉を押し開けてしまい宝物庫らしき場所を発見した。
きらまぶしい金銀財宝が無造作に山のように詰め込まれた一室である。整理整頓という概念は此処に無い。
足元に転がっている金貨を一枚拾って眺めてみると、見た事もないような文字が彫られているのに何故か「王国100周年記念」という意味だけは読み取れた。こういう所だけは転生チートらしい。
『あら? お客さん初めてかしら?』
妙にフレンドリーに話し掛けてきたのは、ふわふわと髪を靡かせ豪奢なドレスを身に纏う靄のようにおぼろげな淑女の幽霊だった。
「あ、どうも、お邪魔しております」
反射的にペコリと頭を下げると、幽霊はふわりと笑う。
『意外と律儀なモンスターね、そう言うの嫌いじゃなくてよ』
幽霊曰く、此処はわりと古くからあるダンジョンで、人間の冒険者には初級~中難易度程度と思われているが実際は多くの隠し部屋や隠し階層が秘匿されたままだという。
『貴方が目覚めた階層や、この宝物庫はまだ手付かずなんだけど…。最近近場に新しいダンジョンが出来たから、此処は閑古鳥が鳴いているのよねぇ…』
転生する場所を間違えたわ。と溜息を吐く幽霊。ん? 今、なんつった?
「お嬢様も転生者ですか?」
『あらやだ、お嬢様なんて呼ばれたの久しぶりよ…って、もしかして貴方も転生者?』
小さいのに随分流暢に人語喋ると思ったのよね~と微笑まれる。ドラゴンにしては小さいのか。
幽霊曰く、生前は小さな国の王女フリュイルージュと呼ばれていたらしい。だが、国王が莫大な富と強大な力を手に入れようと禁呪を行使し国が滅びたという。
『此処にはとても強力な神聖魔法や解呪の道具が揃ってるのよ。これで呪われた国を救おうと思ったんだけど…私、幽霊でしょう? 自分では扱えないの』
「それはまぁ…そうでしょうね」
アンデッドがターンアンデッド使ったら、本人がターンアンデットするもんな。
『貴方、もし良ければ何か持っていかない? この聖なる鍬とかお勧めよ?』
「なんで鍬なんすか? もうちょっとこう、持ち運びとか使い勝手とか考慮して頂けません?」
『注文が多いわねぇ…。あ、それならこれなんかどうかしら? 呪いを刈り取る鎌よ』
それは、刃の部分が三日月形に湾曲した月鎌と呼ばれる厨二心が疼く素敵な形状の鎌だった。
しかもこれ、面白いぐらい呪いがサクサク刈り取れる。
雲丹のように刺々しい呪いを放つオーブも、ひと撫ですればツルリと綺麗に解呪済み。
幽霊フリュイルージュと頷き合って宝物庫の中の呪われた武具や道具を片っ端から刈り取った。
「なんか癖になりますね、これ!」
『もっと沢山刈り取りたいなら是非とも私の国を紹介するわ!』
かつて強力な禁呪によって滅びたと噂の小さな国、その廃園に住み着いて適当に呪いを刈りつつ早幾年。
魔界も各やという禍々しい植物が蔓延っていた廃園もだいぶ綺麗になってきた。
というか呪いさえ刈り取れば手入れされた美しい庭園に早変わりするのは、元々精霊が住まう場所だったから…というのは件の幽霊から聞いてはいたが、生憎と精霊魔法の適正がなく何も見えぬ。
ドラゴンという種族と妖術使いという属性ゆえ呪いや瘴気耐性はMAXなのだがそれ以外の能力値がマジ底辺。
精霊の方も当初なんとかコミュニケーションを試みてくれたようなのだが、最近は庭園の阿舎に新鮮な野菜と果実を籠に山盛り置いといてくれるだけになった。それでも十分ありがたい。
呪いを刈って日々の糧を得る、Win-Winの優しい世界だ。
そんなある日、廃園の入り口付近に豪華装備ながら満身創痍の若者たちが倒れていた。
というか、その豪華装備なんかめっちゃ呪われてるんだけど大丈夫?
なんか苦しそうだし呪い刈っとこうか?
とりあえず庭園の中央にある美しい雪花石膏の女神像が掲げた盃から滾々と水が湧き出す噴水付近まで運び、武器やら防具やらに絡みついた禍々しい呪いを刈り取ると顔色もだいぶ良くなった
ちなみに、この噴水の水は冷たくてめっちゃ美味い。しかも、あかぎれや擦り傷を洗うと治りも早いので大変重宝している
満身創痍の若者たちにどれだけ効果があるかわからないが、少なくとも害になることはないだろう。
手ですくって傷口を洗うように水を注ぐと眩く輝いて傷が一瞬で癒えた。
なにこれすごい。なまじ丈夫なドラゴンだったからこんなにすごい回復の泉だなんて思わなかった。
そもそも、ここ最近はモンスターや冒険者とかち遭うこともなかったし怪我すること自体が無かったもんなぁ…。
そこまで考えてふと気がついた。この若者たち、どう見ても冒険者じゃね?
いや、この豪華な装備から推測するに勇者パーティとか言われても不思議じゃなくね?
そして、自分は小ぶりではあるが紛うことなきドラゴンである。これマズイんじゃね?
見た感じ怪我は治ったっぽいし庭園の外に運び出す?
いや運んでる途中で目を覚まされたら絵面的に完全にアウトだから隠れた方が良い?
悩んでいる内に、桃色ロップイヤーの獣人戦士が目を覚まして飛び退ると、背中に背負ってた大斧を構える。
「ドラゴン!」
鋭い声に細身だが靭やかな体躯のエルフ、聖職者らしい金髪少女、そして…聖騎士のような白銀の鎧を身に纏った銀髪の美青年が一瞬で跳ね起き間合いを取って各々武器を構える。
絶体絶命のピンチ! ピンチになってるのは勿論ドラゴンの俺!
「あ、あ~…悪いドラゴンじゃないよ?」
混乱して有名なあの台詞を口走ってしまったが、あれはスライムだから通用するんだろ!?とセルフツッコミする前に、弓を構えたエルフと大斧のウサミミ戦士が「ぶっふ!」と吹き出した。
もしかして、この二人…お仲間(転生者)か?
だが、聖職者の少女と白銀の青年は全く動じない。恐らく、この二人は現地の人達だ。
ようは自分がドラゴンだからアカンのだ。こんな時のため、以前から用意していた妖術を行使する。
今までの解呪で溜めに溜め込んだ呪力を吐き出し、ドラゴンの体を構築している魔素を強引に組み換える。
「うぐ…が…あぁあ…」
あちこちを捻ったり縮めたりするので正直苦しいが背に腹は代えられぬ。
バキバキ、ベキボキと嫌な音を立てながら縮んていく眼の前のドラゴンに攻撃を加えようとした聖職者の少女を白銀の青年は手で制した。
人間形態に変化した俺は、ゆっくり立ち上がると改めてスチャッと片手を上げて爽やかに笑う。
「ほらね! 俺、悪いドラゴンじゃないよ!」
ウサミミ戦士が再び「ごぶふっ」と吹き出し、エルフは弓を下ろしてそっぽを向いた。肩が震えてるので笑いを堪えているのだろう。
変化の妖術はイマジネーションが大切だ。理想の自分を強く思い描く必要がある。
多少癖のある黒髪に金の瞳、フードと用途不明の飾りベルトが付いてる黒のロングコートは生前の俺がゲームで愛用していたアバターと良く似ている。指ぬき手袋とロングブーツのコーディネートも完璧だ。
「厨二病すぎんだろ…」
思わず呟いた弓エルフ、お前やっぱり転生者だな。そこで激しく噎せているウサミミ戦士、お前もだ!
だが、予想外の反応を見せたのは白銀の青年だった。
「…あ…兄上…」
その瞬間、青年の制止を振りほどいた聖職者の少女がモーニングスターで殴りかかって来た。
「勇者を誑かす邪竜め!」
うわ、やっぱこいつら勇者パーティじゃん…これ確実に死んだわ。
そう思った瞬間、光の壁がモーニングスターごと聖職者の少女を弾き飛ばした。
『我の恩人を害することは許さぬ』
脳に直接響くような声に振り返ると、噴水の女神像が後光を放ちながらゆっくりと歩み寄ってくる。
『精霊王の御前である。控えよ』
白銀の勇者たちが片膝を付いたのを見て、自分も膝を付こうとしたところで肩に手が添えられた。
『呪い刈り殿よ、我が此処までの力を取り戻したのは長きにわたるそなたの尽力ゆえ。そして、呪われ満身創痍であった勇者を癒やしたその善行も我は全て見ておったぞ』
「あ~…えっと…恐縮です」
善行とか面と向かって言われるとなんか照れる。てへへって笑ってると弾き飛ばされた聖職者少女が立ち上がり、懐から小瓶のような物がついたネックレスを取り出した。
いや、なにそれ? なんか封印の御札みたいなの貼ってあるじゃん?
瓶の中身なんか黒いの蠢いてますけど、マジでなにそれ???
「異教徒どもに災い或れ!」
聖職者の少女は叫びながらおおきく腕を振りかぶり、小瓶を勇者に向かって投げつけた。
白銀の勇者は反射的に小瓶を剣で切り捨て、中で蠢いていた呪いの塊が勇者に降り注ぐ。
「伏せろ!」
足払いで勇者を転がし呪いの間に割り込むと月鎌を振るう。
ジュッという音と共にタイヤが焼けるような嫌な匂いがして、呪いが霧散する。
聖職者の少女は弓エルフとウサミミ戦士が取り押さえていた。
月鎌をコートの裾で拭ってから、尻もちを付いたままの勇者に手を差し伸べる。
「怪我はないか、勇者殿」
次の瞬間、勇者の彫刻のごとき端正な顔がくしゃっと歪んで大粒の涙が溢れ出した…と思ったら強く抱きしめられていた。
「兄上…あにうえ…!」
「オウッフ! ギブ! ギブ!」
大泣きする勇者に抱きしめられ、俺は意識を失った。
精霊王の一柱だった噴水の女神が回復してくれたので、俺は一命を取り留めた。
大げさだと思うかもしれないが、俺は呪い耐性以外はEランク冒険者程度の能力しかない雑魚である。
「先程は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
しゅん…と項垂れている白銀の勇者アナベルの身の上話は想像の斜め上を行く凄惨なものだった。
とある国の王子として生まれたが双子であった為に過酷な運命を背負わされた事。
双子の兄カインズは10年前に大規模な呪いの素材として殺された事。
アナベル自身は勇者としての適正があった為、聖餐教会に引き取られ魔物退治に明け暮れていた事。
だが、アナベルが立ち寄った場所は必ずといって良いほど魔物に襲われる為、多くの仲間と無関係の人々が犠牲になったこと。
「その為、呪われた灰の勇者と呼ばれておりました。私が通った後には灰しか残らぬと」
今なら分かる、あの聖餐教会の聖職者である少女ベゴニアが行く先々で呪いを振りまいていたのだろう。
獣人戦士シャンティとエルフの弓兵ユタカリヤは、故郷を呪いに焼かれアナベルに同行するようになったとの事だった。
「ウチの一族は逃げ足早いので全員無事だったんですけどね。憔悴してる勇者サマの力になりたくて」
シャンティは村の子供を守ろうとして亡くなった前任の戦士から大斧を託され参加を決意したそうだ。
「自分、エルフなんですけど本当は弓より鍬の方が手に馴染むんですよね。でも鍬って戦闘には向かなくて」
なんか前にも聞いたな、鍬。この世界では流行ってんの? マスト装備なの?
ちなみに、聖職者ベゴニアは隠し持ってた毒を飲んで自害した。聖職者が自害していいのか? とは思うが、そもそも聖餐教会という宗教が恐ろしくきな臭い。
ガッツリ呪われてたアナベルの豪華白銀装備一式は聖餐教会の秘蔵の品だったし、シャンティとユタカリヤの装備も教会から支給されたものだという。
そして、アナベル曰く俺の人間の姿は10年前の双子の兄そっくりだそうだ。
「癖のあるその黒髪も、金色の瞳も、笑顔も兄上そのままで…いつか、世界を…二人で広い世界を見に行こうって言ってた兄上と…私は兄上が見たかった世界を守りたかっただけなのに…呪いを振りまいていたなんて…」
ボロボロと大粒の涙を流すアナベルの頭を胸に抱き撫でてやる。こんな不幸な勇者、俺は絶対認めない!
見ればエルフ弓兵ユタカリヤとウサミミ戦士シャンティも頷いている。
多分、二人が勇者パーティに入ったのは故郷を焼かれたのも理由の一つではあるが、この不幸な勇者をほっとけなかったのだろう。
「勇者アナベルよ、貴殿はもっと幸せになるべきだ。貴殿に降り注ぐ悪しき呪いは全て俺が刈り取ろう」
アナベルは驚いたように銀色の瞳を見開く。
「呪われた灰の勇者は本日で廃業だ! 明日からは祝福された白銀の勇者アナベルと呼ばれるようになるぞ!」
「兄上…あにうえーーーーー!」
「オウッフ!!!」
感極まったアナベルに抱きしめられ、俺はまた意識を失った。それも今から100年ほど昔の話だ。
結果として、白銀の勇者アナベルは諸国を旅しながら数々の偉業を成し遂げ世界を救った。
各地に勇者アナベルの伝説が残り、人々に語り継がれ、吟遊詩人が歌い歩く。
勇者の仲間だったエルフのユタカリヤは古代王国の国宝「聖なる鍬」を譲り受け、緑豊かな国を作った。
同じく仲間のウサミミ獣人シャンティは後進の育成に尽力し、安全な国を作った。
そして、勇者アナベルが兄と呼び慕った解呪師は、アナベルの死後ひっそりと姿を消したという。
「さて…伝説の勇者の兄君は、一体どこに居るんでしょう?」
身の丈もありそうな大剣を背負ったエルフの美女。その背後に黒い影が忍び寄る。
刹那、大剣が鋭い光を放ち無法者を刺し貫いた。
「あちゃ~、またやっちゃいましたか…」
野盗か強盗かは知らないが、この大剣は悪意あるものに容赦はしない。
それは別に構わないのだが、どれだけ手放そうとしてもいつの間にか手元に戻ってくるのは気味が悪い。
ぶっちゃけ、これはもう呪いの装備だと思う。
「偉大なる力をお持ちの解呪の御方様がいらっしゃる…と村の長老から言われて赴いた庭園には精霊王がいるし、周囲は小さいながらも農業や防衛にも力を入れた立派な国になってるし。勇者アナベル半端ないですね」
そんな伝説の勇者が兄と慕った解呪師なのだ。きっとこの大剣の呪いも解けるだろう。
ついでに美丈夫だった勇者アナベル似のロマンスグレーのイケオジだったら最高に癖である。
エルフの美女ミリアムは、大剣を背負い直すと情報を集めるため酒場に向かった。
END.