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あてがわれた妻(2)

かつて身分差の為にルーナへの想いを断ち切り、夫イーサンは仕方なく自分と結婚したのではないかと思い至ってから一週間、アイラはアイラなりにどうするべきかを懸命に考えてきた。


そしてアイラなりの答えに辿り着く。


そんな中、イーサンが宮廷晩餐会に出席する日を迎えた。


つまりアイラとイーサンが結婚して丁度一年、結婚記念日にもあたるわけだ。


魔術、魔法関連以外はどうでもいいと思っているズボラなイーサンの支度をきちんとするために、アイラは夕方近くから王宮に出向き、持参した礼服にイーサンを着替えさせた。


髪に櫛を入れ、整髪料をつけて後ろに撫で付ける。


髪がスッキリする事でイーサンの端正な顔立ちがより際立った。


「うん、素敵よ」


夫の仕上がりにアイラは満足して頷く。


何処から見ても立派な王宮魔術師だ。


これならどんな場に出ようとも見劣りはしない筈。


しかしイーサンは礼服の襟元が苦しいのか、窮屈そうな顔をする。

せっかく盛装したのだから、思い出としてちゃんとした姿を見せて欲しいのに。

まぁイーサンらしいけど。


「貴方は本当に素敵ね、イーサン」


「なに?藪から棒に」


「ふふ。なんでもないわ、それよりもルーナ様を迎えに行かなくていいの?わたしにはよくわからないのだけれど、社交界ではエスコートをする者が迎えに行くものなんでしょう?」


「僕にもよくわからないけど、僕の迎えを待ってたら遅刻する恐れもあるって言われて、ルーナの方が来る事になってるんだ」


「そうなのね……」


アイラがそう返事した時、イーサンの研究室のドアがノックされた。


「あ、噂をすればルーナ様じゃない?」


アイラはドアを開けた。

するとそこにはやはり、煌びやかなドレスを着たルーナの姿があった。


ルーナはアイラが見た事もないような瑠璃色のドレスで着飾っている。

同性のアイラから見ても、本当に美しかった。


「まぁ……!ルーナ様、本当にお綺麗だわ……!」


アイラの口からするりと本心が溢れる。


嫉妬も羨望もバカバカしいくらいに、ルーナの美しさに感嘆の声を上げた。


ルーナは花が咲き綻ぶような笑顔で言う。


「ありがとう、アイラさん。イーサンの用意は出来ているかしら?」


「ええ。たった今。ね?イーサン」


「あぁ…面倒くさい、行きたくないなぁ」


イーサンが既にウンザリした顔で言った。


「何言ってるの!こんなに着飾った私を見て、まずはお世辞でも褒めるのが礼儀でしょ?」


と、ルーナが呆れながら言うとイーサンはハイハイという態で告げた。


「お美しいですよ、ルーナ嬢」


その言葉を聞き、アイラの胸がつきりと痛む。


「よろしい!」


そう言って二人で笑い合った。


それをアイラはまるで遠くから観劇しているような気分で見ていた。


盛装姿で並ぶ二人は本当にお似合いだ。


まるで一対の陶器人形のようだった。


今夜の宮廷晩餐会ではルーナのエスコートはイーサンが務める事になったと聞いた時、アイラはそれが当然の事だとしてすんなりと受け入れられた。


平民であり、あてがわれた妻のアイラではこのような華やかな場に共に出席する事は叶わない。


でもいずれは筆頭魔術師になろうというイーサンはこれから幾らでもこうやって華やかな席に出る事が増えるだろう。


そんな時パートナーとして遜色なく並び立てる女性がイーサンには相応しいのだ。


堂々として美しいルーナこそが、イーサンの隣に相応しい。

アイラはそう思った。


今日は自分なりにケリつける為に来たのだ。


「ではお二人とも、いってらっしゃい。楽しんで来てね」


アイラはとびっきりの笑顔で見送る。


「今日はなるべく早く帰るよ」


とイーサンはアイラに言う。

アイラはそれには何も答えずに笑顔だけを向けた。


二人伴って晩餐会の会場へと向かう。

その姿を見えなくなるまでアイラは見送った。


その背中が見えなくなるまで心の中で語りかける。


さよならイーサン。


ありがとう、この一年間幸せだった。



そしてアイラは、

軽く研究室を片付けてから王宮を後にした。


街はすっかり夕闇に包まれている。


アイラはゆっくりと歩きながら家に帰った。


そして軽く夕食を食べ、自分の荷物を詰めてゆく。


結婚してまだ一年だ、あまり荷物は増えていない。


ヴァリスが用意してくれた家財道具以外は嫁入り当初と同じトランク一つの荷物量に、アイラは思わず吹き出した。


「身軽でいいわね」


引き出しから諸々の書類を取り出す。


アイラの署名入りの離婚届けと、地方都市の住み込みの家政婦の斡旋状だ。


アイラはこの王都から遠く離れた街で住み込みで働ける所を見つけていた。


家政婦ギルドの斡旋だ。


その街で一人で生きて行く、イーサンは解放してルーナに返す。


それがアイラの出した答えだった。


これからはもうイーサンにとってアイラは必要ではなくなる。

あてがわれた妻ではなく、みずから望んで得た妻と暮らすべきだ。


アイラは次は家政婦としてあてがわれた場所に行くだけ。


アイラは部屋を見渡した。


一年間、イーサンと過ごした思い出がいっぱい詰まった部屋だ。


狭くとも優しくて温かい、大切な居場所だった。


「結婚記念日が離婚する日だなんて、おかしな話ね……」


アイラは自嘲した。

そしてトランクを持つ。


今夜の夜行長距離馬車に乗れば、明日の夜には新しく住む街に着けるだろう。


アイラは玄関のドアノブに手をかけた。


この扉を出たら、それで最後だ。


アイラはもう一度振り返り、部屋を見渡した。

部屋の片隅かけてあるイーサンのローブが目についた。


「さよなら……」


最後にもう一度だけ呟くように言った。


そして振り切るようにドアを開ける。


だけどそこには……


「わあっ!?ビックリしたっ、アイラっ!?」


「……………え?イーサン……?」


何故この人が今ここに?


何故こんなに早く?


宮廷晩餐会はまだ終わってないはずなのに……


どうして?


アイラは呆然としてドアの前に立つイーサンを見上げていた。




◇◇◇◇◇




「イーサン、その自堕落な生活をなんとかしろ。家政婦を雇え。それが嫌なら見合いしろ、嫁を取れ、人間らしい暮らしをしろ」


会う度に魔術師団長のヴァリスにそう言われ続けて、イーサンは正直ウンザリしていた。


自分の身なりや生活など、王宮の魔術師団には関係ない事じゃないか、と。


「関係ないわけあるか。臭い醜悪な魔術師が王宮にいるなんて魔術師団の恥だ。加えて国家の恥。結婚しろ」


何も言ってないのに何故考えがバレたのだろう。

イーサンは更に辟易とする。


でも待てよ、結婚……嫁か……それなら……


イーサンはヴァリスに向き直った。


()()()となら結婚してもいいです。むしろ彼女を僕のお嫁さんに下さい」


「何っ?お前……お前にも心を寄せるような女性がいたのかっ?」


驚いているヴァリスの顔を見て、イーサンはニヤリと笑った。


「ええ。出会いは偶然でしたが……師団長のよ~く知ってる人ですよ」


「な、何っ!?」


そうやってイーサンは、ヴァリスの遠縁の娘だというアイラと結婚する事が出来た。


ヴァリスにも言ったようにアイラとの出会いは本当に偶然だった。


新人魔術師のミスでケージから逃げ出した魔法生物に襲われている彼女を救ったのがきっかけだ。


怖い思いをしながらも、魔法生物が恐怖でパニックに陥って襲ってしまった事を知ると、アイラはその魔法生物が無事に帰れて良かったと微笑んだのだ。

その笑顔を見た瞬間に、イーサンの心は鷲掴みにされた上、根こそぎ持って行かれた。


それ以来、魔術師団棟でメイドをしているアイラの事が気になって仕方がなかった。

師団長の遠縁だと知ったのはかなり後になってからの事だったが。


アイラの為にとセッティングされた見合いの席でも、そしてささやかな結婚式でも、アイラは本当に可愛くて綺麗だった。

会う度にどんどん好きになっていく。


イーサンは今まで異性に対してこんな感情になった事はなかった。

それまで一番親しい異性だったルーナ=モリーにですら、ただ人間の女の同僚……という感情しか湧かなかったのに。


凄いなアイラは。

もしかして無自覚で僕にだけ魅了魔法をかけたのか?とアホな事を考えてしまうほど、イーサンはアイラに夢中になった。


ただ、己の感情の起伏が一切面に出ないイーサンの想いは、アイラには1ミリも伝わっていないが。

でもそんな事に気付けるようなイーサンではない。

アイラの事が大好きなくせにそれを言葉にして伝えてないという事も、イーサンは気付いていなかった。


とにかくアイラとの生活は温かで優しくて穏やかで、とても幸せなのだ。


料理上手のアイラがいつも美味しい食事を作ってくれるおかげで、きちんとお腹が空くようになったし、清潔な衣類や寝具、そして清められた室内で快適に暮らす心地よさを知った。

(実家の母は食事は作ってくれるけど、掃除や洗濯は苦手な人だった)

そしてそれを“妻”と呼べる大好きな女の子が魔術のように施してくれる。


そうか……これが人間らしい暮らしというものなのか。

そしてこれが幸せな家庭というものなんだな、とイーサンが初めて魔術以外に興味を示し、そして理解した事であった。


そして驚く事に生活が整うと魔力も整う。

おまけに思考も冴え渡り、イーサンは魔術研究の功績をどんどん上げていった。


それによりいつの間にか次代の筆頭魔術師と囁かれるようになる。


イーサンは筆頭だとか次席だとかそんな肩書きに一切興味が無かったのだが、自分の研究室を貰えたのは嬉しかった。


同期のルーナが、今までイーサンが平民だった為に表立って研究など一緒に出来なかったのが、これからは肩を並べて共に研究出来る事を喜んだ。


そしてその気持ちが研究室へ届けられた花束に添えられていたメッセージカードに書かれていたのだ。


“わたし達を隔てる壁はもう存在しないわ。これからは貴方と共に魔法研究を更に進めてゆきたいので協力してね”と、


そうカードには書かれていた。

(コーヒーを溢して汚してしまったが)


「ふぅん、そんなものなのか」


同じ魔術師でも貴族と平民では待遇が違うのは知っていたがさして興味もなかった。


可愛いアイラがいて好きな魔術の研究が出来る、それだけでイーサンは満足していたからだ。


それだけで良かったのに、なまじ功績を上げたが故にこれまで出なくて良かった会議や宮中の行事などに、イーサンも出席しなければならなくなった。


それがまた本当に煩わしいのだ。


もっと上に行く為には有力な後ろ盾があった方がいい、だとか


それにはやはり、名のある家の令嬢を娶り直した方がいい、だとか


平民の妻など今後の出世の足枷になるだけだ、

などと好き勝手にほざく輩が有象無象に集って来る。


ハッキリ言って大きなお世話だ。

くだらない事を喋るその口を二度と開けないような魔術を掛けてやろうか。


とイーサンは本気で考えたが、そんな事をしたらアイラに嫌われそうだなぁと思ってやめておいた。


アイラと一緒に居られないなら筆頭魔術師とやらになんぞなれなくていいし、なんなら王宮魔術師を辞めてもいい。

イーサンはそう思っていた。


そんな中で、宮廷晩餐会に出ろと陛下直々のお達しがあったという。


正直出席したくない。

そんな時間があるなら、ここ数日なんだか元気がないアイラの側に居てやりたい。

どうしたのか尋ねてもアイラは何でもないと言うだけだし、実際普段と変わらないように過ごしている様子だ。


それでもなんだか気になるというのに、晩餐会が始まる時間は迫ってくる。


渋々支度をして礼服に身を包むと、アイラが嬉しそうに見つめてくれた。


そして素敵だと褒めてくれる。

それだけでイーサンは、窮屈な礼服と宮中の催し物に辟易としていた気持ちが浮上する。


ついご機嫌が良くなるのは、惚れた弱みだろう。


そうこうしてアイラに見送られながら晩餐会にルーナと共に出席した。


会場に着くなり、ヴァリスがそっと耳打ちしてく来る。


「お前、今日は折角の結婚記念日なのに災難だな。陛下のお言葉の後の最初の乾杯にだけ顔を出して、あとはこっそり抜け出していいからな。早くアイラの元に帰ってやってくれ」


その言葉を聞き、イーサンはしばらく押し黙った。


「………結婚記念日?なんですかそれ」


そのイーサンの言葉を受け、今度はヴァリスが押し黙る。


「………は?お前、まさかと思うが結婚記念日を知らないのか……?」


「はい。それって何です?」


「本気かおい……まさかお前、そこまで常識知らずだったのか……?」


だからそれはなんだと不貞腐れて尋ねるイーサンに、ヴァリスは子どもに説明するように丁寧に教えてくれた。


「………師団長……」


「何だ?」


「今すぐ帰らせて下さい」


「アホか却下だ」


「でもだってアイラがっ……」


「気持ちは分かるがやるべき事だけはやって帰れ。ホントに最初だけでいいから」


そんなやり取りでわちゃわちゃしているイーサンとヴァリスに、ルーナが呆れて言った。


「やっぱり結婚記念日を知らなかったのね。可哀想なアイラさん。イーサンてばやっぱり結婚生活には向いてないんじゃない?私みたいに一生独身を貫く覚悟を決めたらいいのに」


「結婚生活を続けたいんじゃない、アイラと一緒にいたいんだよ」


「まぁまぁご馳走さまですこと」


「とにかく帰る!」


「コラ、イーサンっ!」


転移魔法を用いようとしたイーサンをヴァリスとルーナが必死に止める。


その後なんとか二人でイーサンを宥め、当初の予定通り国王の有り難いお言葉と乾杯だけはなんとか我慢させた。


そしてイーサンは、「乾杯!」という掛け声が上がり、皆が一斉にグラスを傾けてそのグラスを置くと同時に、転移魔法で姿を消した。


そうやって慌てて戻ったイーサンが家のドアを開けようとしたと同時に、家を出る為にドアを開けたアイラと鉢合わせしたという訳なのだった。




◇◇◇◇◇



「イ、イーサン……どうしたの?こんなに早く帰って来るなんて、何かあったの……?」


まだまだ帰宅しない筈のイーサンが目の前に現れて、アイラは狼狽えた。


「アイラ……アイラは結婚記念日って何するか知ってたの?」


「え?……ええまぁ……一般的な知識程度には……?」


「マジかぁぁ……!ごめんアイラっ!僕そんなモノがこの世に存在するなんて全然知らなくてっ!」


「い、いいのよ。イーサンが魔術以外の事には興味がないのは分かってたし……」


「でもっ……他ならぬキミとの記念日なのにっ!!」


イーサンが礼服が汚れるのも厭わずにその場に(くずお)れる。


「イーサンっ!?」


アイラは手にしていたトランクを離して膝をつくイーサンの側にしゃがみ込んだ。


「僕は自分が情けないよ……こんな大切な日の事を知らずにいたなんてっ……!」


「イ、イーサン……」


これはどういう事なのだろう。


先ほどからイーサンはアイラとの記念日を大切に感じていて、

今日という日を知らなかった自分を責めているように見える。


全て自分の望みがそう解釈させてるだけなんだろうか……


「イーサン、晩餐会はどうしたの?早く終わったの?」


「いや、最初の乾杯だけで帰って来た」


「え、ええっ……?そんな事して大丈夫なの?」


「平気だよ。それで咎められるなら王宮魔術師なんか辞めて国も出てやる」


「そんな……どうしてそこまでして……?」


「だって!一年前にキミと夫婦になれた日なんだよっ!?こんな大切な日に一緒に居られないなんて嫌だよ」


「イーサン……」


どうしてそんな目でわたしを見るの?

まるで……愛する者へ向けるようなそんな眼差しで……


アイラはぎゅっと固く手を握ってイーサンに尋ねた。


「わたしは……イーサンにとって、ただ魔術師団から都合よくあてがわれた妻なのでしょう?何故そんな事を言うの?それじゃあまるで、イーサンがわたし自身との結婚を望んでくれたように聞こえるわ……ねぇ、どうして……?」


アイラのその言葉に、イーサンはバッと顔を上げた。


「え?僕が望んで結婚したに決まってるじゃないか。キミは覚えてないだろうけど、見合いの前に僕らは一度出会ってるんだ。魔法生物が逃げ出した時にね。僕はその時にキミに会って一目惚れをしたんだ。それで妻を迎えるとなった時にキミがいいって師団長に直談判したんだよ」


「ええっ!?そ、そんなの初耳だわ!」


「まぁ……必要ないかと思って言ってなかったからね。師団長から聞いてるとも思ってたし」

(そのヴァリスはヴァリスでそんな肝心な事は本人が言うだろうと思い、アイラには伝えていなかったという……)


言ってよ!と思ったが、アイラとてその時にイーサンに一目惚れをした事を本人には話してないのだからお互い様だ。


「わたしはてっきり……イーサンはルーナ様の事を好きなんだと思っていたわ」


「へ?なんでルーナ?ルーナはただの同僚だよ?」


「ごめんなさい、メッセージカードを見てしまったの。そこに書かれていた言葉で、きっと身分差の為に諦めた恋だったんだと……」


イーサンは何の事だか分からないらしく、暫く考えてから漸く理解したように言った。


「ああ。僕が自分の研究室を持てた時に貰ったメッセージカードだね。あれはこれからバンバン研究に付き合えって意味らしいよ。貴族って回りくどい言い方をするよね」


「そ、それじゃあルーナ様とはホントになんでも……?」


「ないない!好きになったのもキスをしたのもその他諸々もキミにだけだよ。そうか……想いってのはちゃんと口にしないと伝わらないんだな、術式はある一定の魔力量になったら無詠唱で扱えるけど……って、アイラっ?何で泣いてるのっ?」


アイラの目からいつの間にか涙が溢れていた。


「だって……だって……」


ぽろぽろと、今までの想いがすべて零れ落ちるように、涙を流す。


それを見たイーサンはただオロオロと狼狽えるだけだった。


妻の泣き止ませ方などこの男が知る筈もない。


どうしていいのか分からず、それでも静かに涙を流すアイラの事が堪らなく愛おしく感じ、イーサンはそっとアイラを抱き寄せた。


腕の中に小さく収まるアイラが可愛くて仕方ない。

ただそうやってイーサンはアイラを抱きしめて側に寄り添った。


すると少しずつ、アイラが落ち着きを取り戻したように、今度は涙ではなく言葉をポツリポツリと溢し始める。


「ずっと……わたしだけの片想いだと思っていたの。貴方にとってはただのあてがわれた妻で、別にわたしでなくても誰でもいいのだと…」


「違うよ。アイラだから結婚したいと思ったし、アイラだからこれからも一緒に居たいと思うし、アイラだから大切で大好きなんだ。ごめんね、僕が普段から不甲斐ないからキミに辛い思いをさせて……」


苦しそうに声を押し出すイーサンに、アイラは首を振りながら言った。


「わたしも悪いの。勝手に思い込んで勝手に決めつけて勝手に離れようとした……ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


結婚したきっかけは確かに魔術師団絡みではあったけど、結局は二人は互いに想い合って求め合っての、恋愛結婚だったのだ。


良かった。

嬉しい。

大好き。


閉じ込めて忘れてしまおうとしていたイーサンへの想いが、アイラの中でまた、ぽこぽこと泉のように湧き出した。


イーサンがちゃんとアイラの目を見て告げる。


「アイラ、愛してるよ」


「わたしもよ、イーサン」


どちらからともなく唇を重ね合う。


記念すべき結婚記念日は、

記念すべき告白記念日ともなった。



「ところで……」とイーサンが言う。


「なあに?」涙を拭いながらアイラが答えた。



「あのトランクは何?」


「あ、あの……その……」


「僕と別れてどこかに去ろうとしていたの?」


「う、うん……だって……」


「僕が悪かったから責められないけどさ、どこに行ってもアイラの居場所は僕にはすぐ分かるよ」


「え?どうして?」


「だってアイラにはもう、僕のマーキングを施しているからね」


「マ、マーキング……?」


あの自分の魔力を相手の体内に取り込ませて印を付けるという……?

い、いつの間に……とアイラは思った。


「だからね、アイラ。ずっと一緒にいようね」


「は、はい……」


嬉しい言葉の筈なのになぜか怖い……

アイラは複雑な気持ちになりながら、そう返事をした。






                       

            終わり





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




マーキング……

イーサン!お前もかっ!!


補足です。


それからも夫婦仲良く暮らし、二人の女の子のパパとママになりました。


そしてイーサンは25歳の時に王宮筆頭魔術師に。


その後も夜会や式典などなんやかんやと出席しなくてはならなかったイーサンは、アイラも出席出来そうなものはアイラを伴い、そうでないものは一人で顔を出していつの間にかさっさと帰るというスタンスを貫いたそうです。


不敬だとか不遜だとかいう声も上がったけど、

結局は実力で黙らせたイーサンなのでした。


そして王宮筆頭魔術師として長く、その国の魔術の繁栄に貢献したそうな。


でも相変わらず、家ではアイラに甘えてばかりのダメダメな夫だったとさ☆


これまためでたしめでたし。


いつもお読みいただきありがとうございます!

また、誤字脱字報告もありがとうございます!

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[一言] すれ違い・溺愛・・・大好物です。 この短編集見つけて小躍りしてます。 さて・・つづきにいこう
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