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とある夫婦⑤ 浮気現場(?)をおさえました


「何アレ……!」


年の瀬の慌ただしさで賑わう大通りの片隅で、わたしはワナワナと震えながら通りの向こう側を見ていた。


その視線の先には……如何にも玄人な女達に囲まれた夫ジェイクの姿があったから。


数ヶ月前から王都の騎士団に出向している夫は、忙しさを理由に全く帰って来なかった。


王都の歓楽街に蔓延る魔法薬の検挙の為の増員として駆り出され、その捜査や取り締まりで休む暇もないと、最後に届いた手紙には書いてあった。


そして新年の休暇にも帰れそうにないと……。


任務に追われてちゃんとした食事を食べてないんじゃないだろうか。

睡眠は?衣類の管理はちゃんとして、いつも清潔な物を身につけているだろうか……忙殺されているという夫を心配して、それならこちらから出向いて年末は少しでも身の回りのお世話をしよう……と思って王都に来たのに。


お義父さんとお義母さんに3歳になる一人息子のテディを預けてはるばるやって来たというのに。


それなのに何?この状況は?


仕事に忙殺?

あんなに綺麗な女の人達を侍らせて?


楽しそうに談笑しながら向かっている先はあそこよね?


娼館やカジノや飲み屋が軒を連ねる王都でも有数の歓楽街よね?


両腕に絡ませている女達と、ソコで何をしようっていうの?


「………考えるまでもないわね」


酷い。一体いつから?

王都に来て直ぐ?

娼婦だから浮気には入らないとでも思っているの?


でも……もしかしたら違うのかもしれない。

魔法薬の捜査絡みなのかもしれない。


そうであって欲しい……。


確かめなくては。


知らず、わたしの足はフラフラと夫と女達の方へと動いていた。


女の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


夫を見上げる顔には明らかな熱が篭り、誘っているのが同性のわたしから見てもわかる。


夫も何やら喋っているけど、前を向いているし街の喧騒がうるさくてよく聞こえない。


一行は少し離れて後ろから付いて来るわたしには全く気付かず、どんどん進んで行く。


大通りから脇道に入り、更に狭い路地を通って行く。


そしてとある一件の建物の前に辿り着いた。


そこは……娼館ではなく、男女がそういう行為を楽しむ為だけにある宿屋だった。


そして当たり前のように入って行こうとする夫と女達。


ハイ、浮気確定。現行犯逮捕。


わたしは渾身の力を込めて、持っていたトランクを夫目掛けて投げつけた。

トランクの中には夫の新しい衣類や下着が入っている。


「痛っ……!?だ、誰だっ!?」


背中にクリーンヒットしたトランクを見て、夫は襲撃だと思ったのか振り向き様に剣の柄に手をかけた。


敵と見做せば即座に抜剣するのだろう。


だけどそこに居たのはそこに居る筈のない妻。

それがわたしだった為に、夫の顔は臨戦モードから瞬時に驚愕の表情へと変わった。


ええそうでしょうよ、驚いたでしょうよ。


何も知らずに田舎で子どもと

のほほんとしているだろうと思っていた妻がここにいるのだから。


夫は信じられないといった様子でわたしを見ている。


「えっ……?ローズ……?な、何故ここ、に……?」


わたしは仁王立ちで腕を組み、夫に答えた。


「さぁ?なぜでしょうねぇ?心配して様子を見に来たって言ったら、貴方は迷惑なんでしょうねぇ?」


「え……?はっ、」


わたしの態度を見て、夫はハッとした様子で腕に絡ませている女を見た。


「待て!ローズ!これは誤解だ!これにはちゃんとワケがっ……!」


慌てる夫を見て、腕に纏わり付いている女が甲高い声を上げて笑いながら言った。


「いやねぇ、騎士サマったらごまかしたってムダよぅ。これからココでアタシ達の全身をスミからスミまでトリシラベするんでしょう?」


「コラっ!変な言い回しをするなっ!違うぞローズ、これは任務だっ!」


「……へぇ……頬に口紅付けて……それが任務なら、いいお仕事ね?」


「え?口紅?」


夫は驚いた顔をして自身の頬を擦った。

そして手の甲に付着した紅を見て、青褪めた。


「違っ……違うっ!これは多分身柄を押さえる時に付いたんだっ……!」


「見苦しい言い訳なんて必要ないわ、離婚よ離婚。テディはわたしが引き取ります。貴方はどうぞ好きなだけ遊んでください!」


わたしはそう言って踵を返して走り出した。


「待て!ローズ!待ってくれっ!ちょっ……離せよっ!」


「あぁんもう!なによぅ騎士サマのイヂワルぅ!キャハハハっ!」 

「面白そうアタシもっ!キシサマ行かないでぇぇん♡」

「アハハハハっ!」


夫が女達にしがみ付かれて引き止められているのが後ろから聞こえる声だけでわかる。


「ローズ!ローズ!」


待つものですか。

田舎育ちのわたしの脚力を舐めないで!

出だしで挫かれたのなら、絶対に追いつけないわ。


わたしはそう思いながら全力で走り去った。


もう顔も見たくなかった。

言い訳する声も聞きたくなかった。

腕に女を一人絡ませてる姿を見せつけられて、何が誤解だというのよ。


これが任務?笑わせないで!


その後はどうやって長距離馬車の発着場まで辿り着いたのかは覚えていない。


気がつけば息子が待つ街へ向かう馬車に乗っていた。


ふと窓の外を見ると辺りはすっかり暗くなっている。


窓には疲れて無気力な顔をした女が映っている。

誰よこのブサイクな女は……あ、わたしか。


今日は王都へ出たからちゃんと化粧をしたのに台無しになってる。


思えば普段は子育てと家事に追われて化粧っ気なんて全然ない。


「……キレイな女の人達だったな……」


夫のジェイクにしてみれば、こんな草臥れた妻よりも王都にいる綺麗で華やかな女性に惹かれても仕方ないのかもしれない……


一生、わたしだけを愛するって言ってたのに……


「うそつき……」


わたしはそう呟くと、窓の外の暗闇に引き込まれるようにして眠ってしまった。




◇◇◇◇◇



「えっ!?戻ってないっ!?」


俺、ジェイク=アンダーソンは、急ぎ戻った実家の玄関先で妻がまだ帰宅していない事実を知らされた。


「そんなっ……馬を走らせ過ぎて追い越してしまったのか……?いやしかし、絶対にローズの方が先に王都を出たはずだし……」


ブツブツ言う俺に、両親が心配そうな眼差しを向けてくる。


「急にどうしたんだ……年末年始は帰れないんじゃなかったのか?ローズさんはどうした?会えなかったのか?」


血相を変えて戻って来た俺を見て、余程の事が起きたのだと察したのだろう、父が矢継ぎ早に尋ねてきた。


「全部俺が悪いんだ……」


俺はそう言って、事の次第を全て両親に話した。


魔法薬の製造販売ルートと大元を突き止めた騎士団が一斉検挙をしたのは良いものの、大詰めのところで一番の黒幕を逃した事。


その潜伏先や逃亡先を割り出す為に、1ダースはいるという奴の女を集めて取り調べを行う任に当たっていた事。


黒幕の愛人である娼婦達を騎士団が拠点とする為に借り上げている宿屋へ連れて向かう所をローズに見られて誤解された事。


そして怒ったローズがそのまま走り去ってしまい見失ってしまった事。


それから直ぐに仲間に事情を話して妻を追いかける時間を貰い、単騎でここまで帰った事を全て、包み隠さず話した。


母がジト目で俺を睨め付けながら言った。


「……女を連れて行くのに何故わざわざ腕に絡ませてなくてはいけないのよ?」


「俺だってやめろって何回も言って、腕を(ほど)きもしたさ。でも嫌がらせか面白がってか執拗に絡めて来るんだ。それでもう、疲れてどうでもよくなってそのままにしてたら……」


「……お父さん、テディの目に触れないようにちょっと背中を向けててくださる?」


何を思ってか母は徐にそう告げた。


父が「一発だけにしとけよ」と言って、息子のテディを抱いたまま俺に背を向ける。


テディは父の背に阻まれて俺の姿が見えない筈だ。


「?」


訝しむ俺に、母は一歩近付いて……


ベチーーンッ!「べふっ」


俺に強烈な平手打ちをした。

顔をグリンと持って行かれる程に痛烈な一打を。


そして呆れた様子で静かなる怒りを露わにする。


「貴方のその迂闊さで、ローズさんがどれほど傷付いたかわかっているの?遠く離れた王都で働いている貴方の事をどれだけ心配していてくれたかわかっているの?」


「……ああ。ごめん……」


「私に謝ってもしょうがないわよっ!今すぐローズさんを探しに行って、ちゃんと二人で帰って来なさいっ!貴方一人では絶っっ対に我が家の敷居は跨がせないわよっ!」


「わかりました」


その前に水だけ一杯飲ませて貰っている俺に、親父がこそっと言って来た。


「……母さんはローズさんの事を本当に気に入っているからな。お前、もしローズさんに許して貰えなくなって離婚なんて事になったら、追い出されるのお前だぞ?」


「わかってるよ。離婚なんて絶対にしない。謝り倒してローズに許して貰うよ」


そうだ。

母さん以上にローズの事を愛しているのは俺だ。

絶対に彼女を失いたくはない。


しかしローズは何処にいるのか。

長距離馬車は正規の大陸公路や国道しか通らない筈だ。


まずはそのルートを辿って、各宿場町を片っ端から探し回るか……と考える俺にテディが言ってきた。


「ぱぱ、ままは?」


俺は親父から息子を譲り受け抱き上げた。


「ままはちょっとお出かけしてるんだ。すぐに見つけて一緒に帰って来るから、テディはお利口さんに待っててくれな」


「うん!」


「いい子だ」


そう言って俺は息子の柔らかい頬にキスをする。

ふわん、とローズと同じ香りがした。


後ろから母の冷ややかな声が聞こえたが。


「貴方にだってそんなお利口な時期があったのにね!」


「……すみません」




◇◇◇◇◇



『困った事になったわ……

これは命の危機に陥っていると言ってもいい状況なんじゃないかしら』


乗り合いの長距離馬車に乗っていて、眠ってしまっているうちに馬車ジャックに遭ったようなのだ。


どうやら一緒に乗り合わせた乗客の一人に、

王都で魔法薬の製造と販売をした黒幕とやらが居たらしい。


運良く王都から逃れられたまでは良いものの、

恐らく既に国中に手配されているであろう検問を恐れて馬車を正規のルートではなく一般道を走らせろと要求しているのだ。


乗客の一人を人質にして……


問題はその人質というのがわたしだという事ね。


「………」


か弱い女性を人質に取るなんて卑劣な男だこと!


さて、どうしようか……


わたしは辺りを見回した。


他の乗客は三人。

二人の御者と一緒に一箇所へと集められている。


わたしを後ろ手にしてその両手首を掴みながら魔法薬の黒幕らしき男が言った。


「御者は一人でいい。あとは人質としてこの女だけを連れて行く。他の者は悪いがここでおさらばだ」


それはこの場所でおさらばという意味なのか、

この世からおさらばという意味なのか。


どちらにせよ少し時間を稼いだ方がいいのだろうと、わたしは判断した。


「ねぇ、腕が痛いわ。怖くて足が竦んで逃げられないから、せめて腕を離してくれる?」


「はぁ?お前の腕が痛かろうがそうでなかろうが俺には関係ないね。そのおキレイな顔をナイフで傷付けられたくなかったら大人しくしてるんだな」


まぁ、なんて横暴な人なんでしょう。


「正規ルートから逃れても無駄だと思いますよ?騎士団の手配はきっと、公路だけでなく一般道や私道、宿場町や周辺の集落にまで及んでいると思いますから」


「なにおぅ?生意気な女だな。フン、ある地点まで行けば仲間がいるんだ。そこまで行けばなんとでもなる。そこまではお付き合い願うぜ?まぁその後も俺の女にしてやってもいいが」


そう言って男は下卑た眼差しでわたしの全身を見遣る。

キモっ!


思わずため息を吐いてしまう。


どうしてこんな事に。

ただジェイクに会いたかっただけなのに。


見たくないものを見せられた挙句、こんな辺鄙な場所で人質にされるなんて……。


それもこれもみんな、ジェイクの所為だ。

初犯なのか常習犯なのかはわからないけど、

酷い裏切り行為だ。


腕に絡ませていただけだとしても許せない。


あの場所はわたしだけの場所だったのに。


あの腕に身を寄せていいのはわたしだけの筈だったのに。


ジェイクとは職場結婚だった。

同じ班で任務に当たっているうちに惹かれ合った。


気が付けば想いが溢れて、

気が付けは体を重ねていて、

気が付けは身籠って、

気が付けは結婚していた。


幸せだった。

大好きだった。

ずっとわたしだけを愛するって言っていたのに……


段々とお腹の底から熱い怒りが湧き上がってくる。


今は全てが憎い。

むしゃくしゃして堪らなかった。


男の腰をチラリと盗み見する。

今手にしているナイフの他に、男は腰に帯剣していた。


「………」


他の者との距離はそこそこ離れている。

……イケるかしら?

久しぶりで腕が鈍ってるかもしれないけど相手は一人、なんとかなる?


いやなんとかする。

暴れれば少しは気が晴れると思うし。


わたしは男に囁いた。


「ねぇ……貴方よく見たら本当に素敵ね?貴方の顔をよ~く見てみたいのよ、お願いだからこの手を自由にして?」


わたしの言葉に、男は一気に気を良くしたようだ。

コイツは相当な女好きらしい。

後ろ手に拘束していたわたしの手を離し、直ぐにわたしの腰を抱いて向き合う形にしてきた。

キモっ!


「可愛い事言うじゃねぇか。待ってろ、安心出来る場所まで行ったら、たっぷり可愛がってやるからよ」


「…………」


わたしは黙ったまま笑みを貼り付けた。


心の中では「誰がお前なんかと」と毒()きながら。


わたしはゆっくりと男の腰に手を回す。

男はわたしが抱き着こうしていると思ったのだろう、なんの抵抗もしなかった。


そして瞬時に男が腰に()いていた剣の柄を掴み、身を翻して離れ様に鞘から抜き取った。


「なっ……!?」


剣を奪われたと知った男が腕を振り回してわたしから剣を取り戻そうとする。


わたしはそれを巧みに躱しながら男に斬り込むチャンスを窺った。


「ホラ、女がそんなの振り回しちゃ危ねぇから返すんだ。今なら怒らねぇでいてやるから、な?危ねぇからホラ」


男はわたしが剣を奪ったものの何も出来ないとタカを括っているようだ。


でもお生憎さまね。


「大丈夫。問題ないわ、こんな(なまくら)でも貴方の首くらいスパァッと落としてあげるから」


「はぁ?強がってねぇで(ソレ)をこっちに返しやがれ」


男が一気に踏み込んできた。

少しは剣の心得はあるようだ。

だけど……


「あ?」


迎え撃つわたしの方から男の間合いに飛び込んだ。

攻撃されるまで大人しく待ってやる義理はない。


男のナイフを下段から掬うように払う。

男の手からナイフを奪い、ガード(鍔)で後頭部を打ち付けた。


「ッガッ……」


男はそのまま昏倒した。

斬り払うのは容易いが、この男が指名手配中の人物なら、なるべく無傷で騎士団に引き渡さねばならない。


夫が所属し、かつてはわたしも騎士として籍を置いていた騎士団に。


そう。わたしは結婚するまでは王国を守る女性騎士だった。


妊娠して結婚して剣は王国に返上し、今では万能包丁がわたしの剣だ。


「まだまだわたしもイケそうね。離婚したら職場復帰……かしら……」


そう思うと胸がつきんと痛んだ。


でもその隙が、長く現場を離れていたわたしの致命傷となる。

後ろからふいに拘束されたのだ。

何かの術を施された縄で両手の自由を奪われる。

掴んでいられずに、剣は手から滑り落ちて足元の地面に刺さった。


「よくも元締めを……。女だと思って完全に油断していたな……」


「な、仲間……?」


乗客の一人だと思っていた者の中に一人、魔法薬の黒幕の仲間がいたなんて……。

しかも相手は魔術を使う。

よく見れば御者や他の客も術により拘束されていた。


わたしはその男に抵抗も出来ずに地面に組み伏された。


「くっ……」


背中を強く打ち、息が詰まる。


「殺してやる……騎士団の奴らに見せしめとして残酷な殺し方で息の根を止めてやるからな……」


耳障りな男の声と鋭い視線が上から降ってくる。


こんな所でわたしは死ぬの……?


家族と離れて。

大切な息子と離れて。


……愛する夫と離れて。


「いやだ……ジェイク……」


気がつけばその名を口にしていた。


悔しいけど、腹立たしいけどやっぱり好きだ。


もう一度彼に会いたい、そう思った………瞬間、急に視界が開けた。


上に覆いかぶさっていた魔術を使う男が蹴り飛ばされてわたしから離れて行くのが、まるで時間をゆっくり動かしているかのように見えた。


何が起きたのかを視認するために半身を引き起こす。


そして蹴り飛ばされて地面に転がった男が、苦しそうにしながらも何やら術式を口遊む、が、男は魔術を発動する前に斬り払らわれた。


夫、ジェイクに。


「ジェ、ジェイク……」


ジェイクに斬られた男は辛うじて生きている、そんな状態だった。


それからジェイクは気絶する黒幕らしき男の髪を掴んで頭を引き上げ、顔を確認した。

そして依然気を失ったままのその男の両手両足を縛り上げた。


わたしはそれを呆然として見つめる。

そんなわたしの元へとジェイクが急いで戻って来た。


「ローズ!」


そして拘束を解いてくれた。


「ど…どうし……


“どうしてここに?”と言う前に強く抱き締められる。


「ローズ……ローズ、あぁ……無事で良かった……地面に組み敷かれたキミを見た時、逆上して気が狂いそうになった……」


そう言って夫はぎゅうぎゅうとわたしを抱き締めてくる。


「ジェイク……」


「ローズ、嫌な思いをさせてすまなかった!でもアレは本当に誤解なんだっ、勝手に腕に纏わり付かれていただけなんだっ、でも安易な考えで放置するべきじゃなかった……ごめんローズ、本当にごめんっ、頼むから許してくれ、俺を見捨てないでくれっ……!」


よくもそんなに一気に喋れるなと感心する程にジェイクは必死に捲し立てた。


でも震えながらも発する声と余裕なく力一杯わたしを抱き竦める腕から、彼の本気度が伝わってくる。


…………もういいや、と思ってしまうわたしも大概甘いわね。


でも死ぬかもしれないと思ったあの瞬間、やっぱりジェイクの事を愛しているのだと思い知らされた。


それなら……一度だけ、許してやってもいいかなと思えるほどに。


わたしは娼婦に抱きつかれていた方の夫の腕を思いっきりツネりあげた。


「い゛ぃぃっ……!?」


そしてその次は口紅が付いていた方の頬をこれまた力一杯ツネる。


「いだだだっ……!!」


子どもの頃から剣を握ってきたわたしの握力を舐めて貰っては困る。


どちらも絶対、腫れあがるし、酷い内出血も伴うと思う。


でもジェイクはそれを甘んじて受けた。


そしてしょぼんとして肩を落とす。


「ごめん……ローズ……俺は……キミなしではもう生きていけない……キミとテディが俺の全てだ」


なんて……情けない顔をしているの。


その顔を見て、わたしは毒気を抜かれてしまった。


もう……ホントにしょうがないなぁ……


わたしは言葉ではなく態度で示す事にした。


夫の両頬に手を遣り、わたしからそっとキスをする。


「……!ローズぅ……」


わたしの答えを、ジェイクはくしゃくしゃな顔をしながら受け止めた。


そしてもう一度強く強く、わたしを抱き締めた。



もういい。

今は早く、貴方と共に帰りたい。



帰りましょう、わたし達の家に。


愛する息子が待つ家に。


そして二人でこれからも、喧嘩をしながらも共に手を携えて、息子の成長を見守ってゆきましょう。



それが出来る幸せを、わたしは力一杯噛み締めた。





        おしまい




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



補足です。

この後すぐに他の騎士達が駆け付けて、黒幕の男たちは捕縛されました。


ジェイクに斬られた男は重症ながらも命に別状はなかったとの事です。


そして、ジェイクの腕に執拗に絡まり、挑発し、揶揄ったあの娼婦は魔法薬の使用及び売人もしていた罪により、獄中で一生をすごす事となりました。


この国の魔法薬の取り締まりは、かなり厳しいのです。


そしてジェイクはちゃんとローズを連れ帰る事が出来、母親から親子の縁を切られずにすんだそうな。

めでたし、めでたし☆


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