聖夜の前夜祭の贈りもの
思えば最近、彼の行動がおかしかった。
仕事が忙しいと予定をキャンセルされる事が増えたし、いつもそわそわして落ち着かない。
何か隠しているのではないかと疑ってじと…っと様子を窺うとあからさまに目を逸らされるし、極め付けは今夜のパーティーだ。
毎年二人で参加している街の商工会が主催する聖夜の前夜祭のパーティー。
街で一番大きなホールを貸し切って、老若男女、街を支える中産階級が集う賑やかなパーティーだ。
それに毎年彼と……いつの間にか幼馴染から恋人に変わっていたローダン=スチュワートと一緒に参加するのを楽しみにしていたのに、今年は用事が出来て行けなくなったというのだ。
聖夜の前夜祭に恋人を置いての用事?
それってどれほどの用事だというの……?
それでも次の日の聖夜の日は一日中一緒に居たいから空けておいて欲しいと言われているし、我儘は言いたくないので我慢した。
だけどせっかくの聖夜の前夜祭。
ただ家に篭って一人でホットワインを呑んで過ごすなんて勿体ない!
十九歳の前夜祭は一生に一度なのだ!
という訳で、私は一人でも前夜祭のパーティーに出席する事にした。
我々平民は女性が一人でそういう場に行ってもおかしな事ではないのだ。
むしろ出会いを求めて一人で参加する人もいるくらい。
まぁ私は違うけれども。
私、シェリー=マクギリスにはローダンという素敵な恋人がいるからね。
私は近頃流行のミモレ丈のツーピースドレスを着て、ウキウキ気分でパーティー会場に着いた。
華やかに飾られた会場、華やかに着飾った人達。
わたしはすっかり気分が高揚していた。
だけどそれが一瞬にして全てが色褪せ、凍りつく。
パーティー会場で恋人のローダンの姿を見つけたのだ。
ローダンは一人ではなかった。
小柄で華奢な、まだ十六~七歳くらいの女性と一緒だった。
年若い女性は初々しく頬を染め、ローダンの腕にそっと小さな手を添えてエスコートを受けている。
ローダンはローダンでお前誰やねんと言いたくなるような、穏やかで紳士的な笑みを浮かべていた。
どういう事?用事があるってこういう事だったの?
彼女とパーティーに参加する為に、私とは行けないと言ったの……?
考えるまでもない。
答えは今、目の前に立っている。
近頃様子が変だと思っていたのはこれだったのか……。
両想いだと、幸せだと思っていたのは私だけだったようだ。
それならそうと早く言えばいいのに。
コソコソと、それが気遣いとでも思っているのか。
こんな昏い気持ちで過ごすのは嫌だ。
遅かれ早かれ別れを告げられるなら……それならそうと、この場で決着を着けるしかない。
心変わりをした人とはもう一緒にはいられないから。
私はゆっくりとローダンと女性の元へと歩いて行った。
二人は楽しげに談笑しながらドリンクを口にしている。
そのドリンクはさぞ甘く、美味しく感じている事だろう。
私は彼に声をかけた。
「今晩はローダン」
ふいに名を呼ばれ、振り返った彼の顔が一瞬で凍りついた。
何その顔。
今まで一度だってローダンのそんな顔を見た事はなかった。
「……シェ、シェリー……っ?どうしてここに……?」
しどろもどろになりながら言うローダンに私は敢えて満面の笑みで答えた。
「毎年参加しているパーティーだもの、一人でも来るわよ。貴方はいいわね?素敵な方と一緒で。とてもお似合いだわ」
私がそう言うと、年若い女性はハッとしてローダンの腕に添えていた手を離した。
ローダンが焦った様子で言う。
「違うんだシェリー。今、お前が頭に思い描いているような事じゃないんだ。俺と彼女はそんな関係じゃない、疾しい事なんて一つもないぞ」
「アラ?私が何を思い描いているというの?」
「そ、それはっ……」
いつものローダンらしくない歯切れの悪さにイライラが募っていく。
「もういいわ。それならそうと早く言ってくれればいいのに。私を捨てる事への罪悪感で出来なかったの?」
「捨てるも何もそうじゃない、誤解だ、話を聞いてくれシェリー」
ローダンが私の肩に触れようを手を伸ばす、
私はその手を思いっきり払い退けた。
「触らないで。新しい彼女に申し訳ないでしょ」
「違う!そういう関係じゃないと言ってるだろうっ、とにかく説明させて欲しい」
「要らないわ。ついでに明日の約束もキャンセルでいいのよね?このところドタキャンばかりだったからもう慣れたわ。今まで無理に付き合わせてごめんね?」
「シェリーっ!」
「さよなら」
「シェっ……ぐはっ!?」
私に追い縋り、腕を掴もうとしたローダンの顔面をグーで殴ってやった。
「キャーーッ、スチュワートさんっ!?」という連れの女性の声がホール中に響き渡ったが、私は振り返る事なく立ち去った。
足早に、どんどん加速してして歩いて行く。
立ち止まる訳にはいかなかった。
きっと立ち止まったら蹲ってしまうから。
そのまま無様にその場所で泣いてしまいそうだから。
私はどこまでもどこまでも、すっかり夜の帳を下ろした街の中を歩いて行った。
気がつけばいつもの場所に来てしまっていた。
無意識に足が向いているなんて困ったものだ。
ここは家の近所の小さな公園。
幼い頃から何か嫌な事や悲しい事があるとこの公園のブランコを乗りに来ていた。
そして幼いローダンともよく一緒に遊んだ公園。
あの頃はこんな日が来るなんて思いもしなかった。
こんな呆気なく終わるなんて。
これが夫婦ならまだ離縁の手続き等で接点もあるのだろうけど何の約束もない自称恋人の幼馴染なんて会わなければそれっきりだ。
明日からどうしよう。
明日からどうすればいい?
思えば今までの私の人生、彼一色だった。
それが明日からはもう違うのだ。
一体、どうやって生きていけばいいのだろう。
「明日から…じゃないか、今もうすでに失なっているわね……」
私は力なくそうひとり言ちてブランコをユラユラと揺らした。
足を地に付けたままブランコを小さく揺らす。
俯いて自分のつま先を眺めながら。
だけどその視界の端に、大きな靴のつま先が見えた。
騎士が履く長靴のつま先だ。
「…………」
誰のつま先かは顔を上げずとも分かった。
「シェリー……」
ローダンだ。
何かあってこの場所に来てしまう癖は、彼も知っているから。
「……まだ何か用?私たちはもう終わり、それでいいと思うんだけど」
「良いわけがない。終わらない。終わらすものか」
「心変わりをしておいて何なの?このところ様子がおかしいと思っていたのよ。会えない事が増えたし、妙に落ち着きがないし……新しく好きな人が出来たなら全て腑に落ちるわ……」
「心変わりなんかしていない。俺はガキの頃からシェリーひと筋だ……」
「誤魔化さなくていいから。それよりいいの?大切な人を放っておいて。彼女、泣いてるんじゃない?」
「大切な人はシェリーだ。さっきの女性は一緒に来ていた彼女の兄に託した」
「……そう」
「確かに今夜、あの若い女性をエスコートした。だけど二人っきりじゃない、彼女の兄も同席していたんだ」
「でもエスコートしたんでしょ?私に隠れて。私に黙って。私を一人置き去りにして」
「……すまない……ある物を手に入れるために、あの女性の父親にとても世話になったんだっ。それで礼として、今夜だけ騎士にエスコートされるのに憧れていたという娘のパートナーになってやって欲しいと言われて……!」
「ローダンはカッコいい騎士様だもんね」
「シェリー」
「もういいわよ……疲れたから帰るわ……」
私は力なくブランコから立ち上がった。
その瞬間ローダンの腕の中に閉じ込められた。
「ちょっ……何するのっ?離してっ……」
ローダンは逃がさないと言わんばかりに私を抱きしめる。
そして嘆くように声を震るわせて言った。
「嫌だっ、絶対に離さないっ!誤解されて終わるなんて嫌だ、辛すぎるっ、お前にプロポーズをする為に必死で段取りして来たというのにっ」
「……………え?」
たっぷり間を空けて私は間の抜けた声を発した。
「プロポーズ……って今言った?」
「言った。……本当は明日、最高のシチュエーションでお前にプロポーズをしようと思って動き回っていたんだ……。その準備の所為でデートの予定もキャンセルする事が多くなって……すまない」
「嘘でしょう?」
「嘘じゃない」
そう言ってローダンは徐に私の目の前に跪き、懐から小さな箱を取り出した。
そして私の前で箱を開けた。
中には……美しい色合いの不思議な石が飾られた指輪が入っていた。
「これって……」
「エンゲージリングだ。シェリー、俺と結婚して欲しい」
「嘘っ……」
「だから嘘じゃない」
「だって……」
こんな綺麗な石を、私は見た事がない。
瑠璃色に菫色がかった…これはそう、私の瞳の色だ。
母方の家系で時折生まれる朝焼けが始まる前の空の色の瞳。
こんな嘘のように同じ色をした石があるなんて……
「この石を探し出す為に、さっきの女性の父親に世話になったんだ。勿論こちらが代金を支払う客だから当然と言えば当然なのかもしれないが、必死に探してくれた彼に何か礼をと申し出たんだ……」
「それでその方に頼まれて娘さんのエスコートを?」
「ああ。彼女は昔から姫君のように騎士に守られてパーティーに出るのが夢だったんだそうだ。それで今夜だけという条件で……でもすまなかった。やはり引き受けるべきではなかった……お前にこんなに辛い思いをさせてしまうなんて……あぁ…シェリー、泣かないでくれ。お前に泣かれると、俺はどうすればいいのか分からなくなる……」
「え?……私、泣いて……?」
ローダンが私の頬に手を寄せ、
溢れ落ちる涙を掬い取ろうとしている。
「シェリー、好きだ。お前だけをずっと愛している。どうか俺の妻になって、人生を共に生きて欲しいっ……」
「ローダンっ……」
私は思わず彼の胸の中に飛び込んだ。
嬉しい。
ホントに?ホントなの?ローダン。
ホントに私と結婚したいと思ってくれているの?
もしそれが本当なら……
私の答えは決まっている。
「シェリー……結婚、してくれるか?……もう別れるなんて言わないよな……?」
大きな体でおどおどと情けなく言うローダンに、私は思わず吹き出した。
「ふっ…ふふふ、勿論喜んでお受けします。ローダン。私を貴方のお嫁さんにしてください。幼い頃からの夢が叶ったわ」
「夢?」
「ええ。ローダンのお嫁さんになる、私の子どもの頃からの夢なの」
「シェリーっ!」
感極まったローダンが再び私を抱きしめた。
彼の肩が少しだけ震えていた。
私を失う恐怖を感じていたのだと理解する。
あぁ……まさかこんなにも愛されているなんて、想像以上だった。
鼻血の跡が顔にべったり付いたままのプロポーズだったけど、もう幸せすぎてどうにかなりそうだった。
翌日、もうすでに昨日の公園でプロポーズをされたので今更シチュエーションも何もないのだけれど、せっかくローダンがサプライズをしようと準備していてくれたのだ。
二人で一つ一つ、予定通りに進めていった。
こうやってネタバレしているのに周るというのはかなり恥ずかしいらしく、ローダンは羞恥で顔を真っ赤にして、まるで拷問に耐えるかのように私に付き合ってくれた。
ローダンが準備していたプロポーズのシチュエーションは………これは二人だけの秘密にしたいので割愛させて頂こう。
その後は、あの年若い女性とその世話になった父親にも一応謝罪をした。
知らぬ事とはいえ、誤解だったとはいえ、夢見る乙女の萌えシチュを台無しにしてしまったのだから。
でもあの女性は恋人のいる人に頼む事ではなかった、自分の軽率な行動を深く反省すると逆に謝ってくれたのだった。
その点は私も同感なので敢えて謝罪はきちんと受け取った。
その上で互いに許し合えたのだ。
以降それからはその女性、メリルとは姉妹のような友人として付き合い続けている。
こうして聖夜の前夜祭に起きたちょっとした(?)珍事件は終了した。
その後私達は結婚式を挙げ晴れて夫婦となった。
毎年聖夜の前夜祭をプロポーズ記念日として二人で……今では生まれた子ども達と共にお祝いをしている。
詳しい事は知らないけど、どこかの世界の聖夜の前夜祭に似たお祭りがある国では、その夜にプレゼントが貰えるのだとか。
それなら私はあの日、最高のプレゼントを貰ったという事になる。
聖夜の前夜祭の幸せな贈り物。
私は生涯、それを大切にして生きてゆくことだろう。
おしまい
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読者様皆さまに感謝を込めて。
メリークリスマスイブ!
お読みいただきありがとうございました!




