番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集 鎧の姫⑦
魔法学園での学園生活も残すところあとひと月となった。
来月には卒業である。
ジオルドは卒業と同時に本格的に政務に携わるようになるらしい。
臣籍には降りず、兄王子が即位した後も“王弟”として、そして王族の一人として責務を全うしてゆくのだそうだ。
そしてイヴェットは卒業してすぐに婚約を結んでアデリオールへ移り住むという。
お相手はアデリオール建国以来の名家で、その次期当主となられる方だとか。
爵位は侯爵。
銀髪に赤い瞳が印象的な超イケメンらしい。
そしてとても優しい方なのだそうだ。
初めての友人となってくれたイヴェットが幸せになれるよう、チェルシーは祈らずにはいられなかった。
写経同好会のみんなもプリンの角に頭をぶつけて死ねるのかを考察する同好会のみんなも卒業後の進路や身の処し方が決まっていて、それに向かって邁進しているようだ。
迷っているのは自分だけか……
このままいけば放っといてもジオルドと結婚する。
ジオルドがそれで良いと言ってくれているのだから、
呪いが解けようが解けまいがそれは変わらないらしい。
チェルシーだってジオルドの事が大好きだ。
出来る事ならば彼のお嫁さんになりたい。
でもそれにはやはり鎧は脱いだ方がいいのだろう。
ジオルドは後継の事やその他の柵は一切気にしなくていいと言ってくれている。
ただチェルシーが側に居て共に生きてくれるだけで幸せなのだとも言ってくれた。
だけど臣下達はそうは思うまい。
いくらジオルドが良いと言っても、王子の妻が呪い持ちの鎧女なんて国内外問わず外聞が悪いのは間違いないのだから。
呪いを解き、鎧を脱ぐ。
かつてチェルシーにこの鎧を授けてくれた大賢者イグリードは言っていた。
チェルシーに掛けられた呪いを解けるのは他ならぬチェルシーしかいないのだと。
「鎧がないわたし……」
チェルシーはポツリと呟いた。
◇◇◇◇◇
「チェルシー様ぁ~。ワタシぃ、婚約者にドレスをプレゼントして貰いましたのぉ~♡」
魔法薬実験の授業中、班に分かれて作業をしている時にもうすぐ“元”が付く聖女リリアンナがチェルシーに話しかけてきた。
余程縁があるのか、チェルシーはリリアンナとイヴェットと同じ実験班である。
リリアンナはチェルシーを貶めんとした事とその他様々な罪に問われた。
そしてその罰として血反吐が出る程の重労働を含む、大陸縦断奉仕活動行脚を終えて先日ようやく復学したばかりだった。
チェルシーはリリアンナに返した。
「まぁ、素敵ですわね!卒業式のプロムに着られるドレスですか?」
「もちろんそうですぅ~。彼ったら独占欲モロ出しでぇ、自分の瞳の色のドレスを贈ってくるんですよ~もぉ愛され過ぎて困ってるんですよねぇぇ」
身をクネクネさせながらそう言うリリアンナに、イヴェットがジト目で言った。
「……困っているようには見えませんわね」
「ヤダァ、イヴェット様ってばぁ~!でもそう言うイヴェット様だって婚約者(仮)の方からドレスを贈られたんでしょ~?」
「(仮)を強調しましたわね……ええまぁ、頂きましたわ。彼の髪の色のドレスを」
「やっぱりぃぃ~♪えーでも~じゃあチェルシー様はどうするんですかぁ?」
リリアンナの言葉にチェルシーは首を傾げた。
「どうするとは?」
「だぁってぇ~。ジオルド殿下ってばチェルシー様にぃ、ドレスを贈りたくても贈れないじゃないですかぁ、チェルシー様はドレスが着られないわけだしぃ?だからプロムはどーするのかなぁ?と思ってぇ。やっぱりその鎧のままで出席されるんですかぁ?」
「ダ、ダメなのでしょうか?」
確かプロムにはドレスコードは無かった筈だ。
ドレスアップして着飾るのが暗黙の了解となっているが、別に制服や普段着で出席してもいい。
だけどリリアンナのもの言いにチェルシーは不安になった。
チェルシーの問いかけにリリアンナではなくイヴェットが答えてくれた。
「ダメじゃありませんわチェルシー様。どのような姿でも良いのです。チェルシー様の鎧姿は勇壮でとても素敵でいらっしゃるから何も気にされず出席されればいいですわ。でもそうですわね、もし何か婚約者と繋がりの物を持ちたいのであれば、手首にジオルド殿下の髪か瞳の色のリボンを巻かれるのはどうかしら?」
「まぁそれは素敵ですね!」
チェルシーの様子がパッと明るくなったのを感じ、イヴェットは微笑んだ。
「ジオルド殿下とご相談されて、お二人で揃いにされるのも宜しいかと思いますわ」
「そうします!ありがとうございます、イヴェット様」
「ふふふ。お役に立てて何よりですわ。
っていうかリリアンナ様、ドレス一着くらいでマウントを取るなんてセコいですわねーー」
チェルシーに微笑み、返す刀でイヴェットはリリアンナを睨め付けた。
それに対してリリアンナがわざとらしくぷぅと頬を膨らまして言う。
「えーーマウントなんて取ってませんよぉ~」
「ぶりっ子しても可愛くありませんわよ?」
二人のその様子を見ながらチェルシーは思った。
ジオルドと揃いのリボンかぁ。それは特別な感じがしてプロムにぴったりだ。
――後でジオ様に相談してみましょう
◇◇◇◇◇
放課後、帰りの馬車の中でチェルシーは先ほどイヴェットから受けたアドバイスについて説明した。
ジオルドは嬉しそうに微笑んで言う。
「それはいい考えだね。さすがはイヴェット嬢だ。じゃあチェルシー、もし良かったらそのリボンを私に贈らせてくれないか?」
「まぁジオ様が?」
「うん。私がキミの為に心を込めて選んだリボンを身につけて欲しいんだ」
「身につけて……分かったわ、楽しみにしているわね!」
チェルシーが快諾したのを見て、ジオルドはより一層嬉しそうにした。
その様子を見てチェルシーは思う。
やはりジオルドも婚約者にちゃんとしたドレスを贈りたかったのだろうかと。
きっとジオルドは……
贈りたかっただろうし、贈らなくてもよい、そう思っているだろう。
――大切なのはわたし自身の気持ち、ジオ様はいつだってわたしの考えを尊重してくれた。
でも、だからこそチェルシーは怖いのだ。
チェルシーは馬車の窓に映る鎧兜の顔を見た。
自分の顔といえばこの兜の顔だ。
中にある本当の自分の顔を見てもきっと違和感しか感じないだろう。
その時、周りの皆もそう思うのかもしれない。
本物のチェルシーの筈なのに以前までのチェルシーとは別人だと、そう認識されるのではないだろうか。
これまで生きて来た全てが無くなってしまうような感じがした。
それがチェルシーにはどうしようもなく怖いのだ。
鎧を脱ぎたくない……
誰にも明かした事はないが、それがチェルシーの本心であった。
鎧を脱がずにいてはダメだろうか。
しかし鎧を脱がないのであれば、一生をこのままで過ごすと決めたのなら、やはりジオルドの側にはいられない……これはもうずっと自分の中にある迷いで、チェルシーはずっとその答えを出せずにいた。
しかしいよいよ答えを出さねばならないだろう。
そんな思いを抱えながらも日々は過ぎてゆく。
呪いを解くのかどうするべきか、自分の中で答えを見出せないながらも残り少ない学園生活を悔いのないように送った。
そしてとうとう、卒業の日を迎えた。
魔法学園卒業記念式典は学園長の挨拶に始まり、学園の理事や来賓貴族達が祝辞を述べてゆく。
そして学年最高位であり、成績も主席のジオルドが卒業生を代表して答辞を述べた。
その姿は王族らしく堂々としていてカッコよくて、チェルシーは思わずぽ~っと見惚れてしまう。
一年間だけだったが楽しい学生生活を送れた。
これも全てジオルドのおかげである。
心配性の父王を説得し、チェルシーが伸び伸びと過ごせるように学園内での環境も配慮してくれた。
ジオルドが婚約者だったからこそ、こんなにもありのままの自分でいられたのだ。
ジオルドがいてくれたからこそ、運命を呪う事なく平穏な日々を過ごしてこれたのだ。
チェルシーは壇上に立つ婚約者を見つめた。
――ジオ様……
そして無事に卒業式は終了した。
卒業のプログラムも、あとは夜に開催されるプロムナードパーティーを残すだけとなった。
その夜の学園内の大講堂はプロム会場となり、卒業生やその関係者で賑わっていた。
イヴェットは今夜のエスコートは二年前にこの学園を卒業した兄に頼んだ。
会場入りをし、見かけた他の友人達と会話をしている時に後ろからネットリと耳障りな声が聞こえた。
「あらぁ~、イヴェット様じゃないですかぁ~もう来られていたんですね~」
イヴェットは思わず眉間にシワが寄ったが、振り向く時には笑顔を貼り付けた。
「……ご機嫌よう、リリアンナ様」
声をかけて来たリリアンナにイヴェットは挨拶をした。
「きゃ~イヴェット様ってばお綺麗ですわぁ~!まぁワタシほどではないですけどね~♡」
「……婚約者の方の瞳の色のドレスを贈られたって言っていましたわよね?……婚約者の瞳は黒なんですのね」
イヴェットはリリアンナのドレスを一瞥して言った。
リリアンナは全身真っ黒のドレスを身につけていた。
ラメ入りの生地にビジューでキラッキラしているので喪服ではないと分かるが……リリアンナらしからぬドレスの色を見て、イヴェットは『これは一癖も二癖もありそうな婚約者ね』と思った。
その時、ホールの入り口付近が俄に騒がしくなった。
どうやらジオルド殿下が到着されたらしい。
学生以外の客もいるのでさすがに護衛二名という訳にはいかないだろう。
数名の近衛騎士達が先にホールへ入って周囲を確認している。
そしてややあってジオルドが入場して来た。
ジオルドは王族の盛装姿だった。
さすがは美貌の王子。
まさに完璧な美しさであった。
しかし……
――あら?チェルシー様のお姿が見えないわ。
隣に並んで入場する筈のチェルシーの姿がどこにもない。
どうかしたのだろうか。
体調を崩した?それとも何か不測の事態が?とイヴェットの胸に不安が過ぎったその時、
ジオルドが後ろを振り返り、その視線を向けた方へと手を差し伸べた。
「……ほらチェルシー。大丈夫だから、怖がっていないでおいで」
その声が聞こえ、イヴェットは胸を撫で下ろした。
良かった。
ちゃんとチェルシーも会場に来たのだ。
しかしジオルドの大きな手にそっと乗せられた細い指の小さな手に、イヴェットは瞠目した。
ジオルドに手を引かれて姿を見せた人物を見て、会場中が息を呑む。
何故ならジオルドは、下手をすれば彼の美貌さえ霞んで見えてしまうほど美しい娘を連れていたからだった。
次回、鎧の姫の最終話です。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます!




