番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集 鎧の姫 ⑤
「殿下、国教会より聖女との面談の申し出が出されておりますが……」
側近の一人の言葉に、オリオル王国第二王子ジオルドは和やかに返した。
「我が国は多宗教国家だ。如何なる宗教も信仰の自由を認めている。それなのに特定の宗教の象徴的存在となる者と王族が安易に会うのは宜しくない、そう思わないか?」
「殿下の仰せになる通りと存じます」
「では先方にはそのように返答してくれ」
「かしこまりました」
側近が執務室を退室した後、ジオルドはひとり言ちた。
「清らかなる存在で在らねばならぬ聖女を妃に仕立て上げようなどと……聖人が聞いて呆れる」
誰がなんと言おうが自分の妃はチェルシーだけだ、婚約を結んだ時からジオルドはそう決めていた。
もしチェルシーと結婚出来ないのであれば生涯独身でよいとすら考えている。
幸い自分は第二王子だ。
兄王子には既に息子が二人もいる。
後継を残す義務はない。
だからチェルシー、キミは何も諦めなくていい。
キミはただ、自分が幸せになる事だけを考えていればいい。
呪いが解けようが解けまいが、チェルシーと共に生きてゆきたい。
それがジオルドの願いだった。
◇◇◇◇◇
「ぷうぅ…どーしてですかっ?どーしてジオルド殿下は個人的に会ってくれないんですかぁっ!」
「公平を期すために、殿下は特定の宗教に関わらないようにされていると返答があった。そなた、学園できちんと己の務めを果たしておるのだろうな?」
国教会の司教の一人に言われ、聖女リリアンナは一段と頬を膨らませて言った。
「もちろんですぅ!ワタシの可愛さを総動員して殿下にアプローチしてますぅ!でもあの鎧姫が来てからはぁ、殿下ったら鎧姫にベッタリなんですもん。図体がデカい鎧姿だから仕方ないのかもしれないけどぉ、鎧姫しか視界に入ってない感じ?みたいな?」
「そこを籠絡するのがそなたの役割であろう。無理、出来ないは聞きたくないぞ。必ず王子を落とせ、そして妃の座を掴み取るのだ。国教会を再び政治に欠かせない存在とならしめるのだ」
「わかってますよぅ。ワタシだってぇジオルド殿下のお嫁さんになりたいもん♡
素敵な旦那サマに愛されながら贅沢三昧の暮らしをするんだーー♡」
「バカものっ、婚姻がゴールではないぞっ!王子を骨抜きにして国教会に便宜を図らせるように持っていかなくてはならないのだぞっ!」
「要するにイチャイチャしてお願いを聞いて貰えればいいんでしょ?簡単ですよぉ~♪」
それを聞き司教は、「いやお前相手にもされてねぇじゃねぇか」とは言わないでおいた。
リリアンナには是が非でも頑張って貰わねばならないのだ。
やる気を削ぐような発言はやめておこう、そう思った司教なのであった。
◇◇◇◇◇
「チェルシー殿下♪」
学園で聖女リリアンナがチェルシーに声をかけて来たのは休み時間中の事であった。
聖女に真心を寄与せんとする令息達の取り巻きを引き連れて。
小柄で花のように愛らしいリリアンナが笑顔でチェルシーに近付いた。
「チェルシー殿下におかれましてはぁ、ご機嫌麗しゅう?こんなに暑い最中の鎧って大変そーですねぇ。ホントかわいそ~」
チェルシーはリリアンナに返した。
「ご機嫌よう聖女様。お気遣いありがとうございます!でも大丈夫です。鎧の中は一定温度で保たれておりますので年中快適なんですのよ」
それをチェルシーと共に行動していたチャザーレ侯爵家の令嬢イヴェットが食いついた。
「えっ?冷暖房完備ですのっ?全自動洗濯機にエアコン機能までついて……究極の家電みたいですわねっ!」
「うふふ、イヴェット様の仰る事は時々難解ですが、とっても興味深くて楽しいですわ」
チェルシーはイヴェットにそう言った。
「興味深いのはチェルシー様の方ですわよ♪」
イヴェットとチェルシーが互いに微笑み合った。
多分。
チェルシーも雰囲気からして微笑んでいるに違いない。
その様子を見て、リリアンナはさもおかしそうに言う。
「まぁ~お二人ともすっかり仲良しさんなんですね~イヴェット様ぁいいんですかぁ?あなたもジオルド殿下の妃の座を狙っていたじゃないですかぁ~」
リリアンナのその言葉にイヴェットは顎を僅かに突き出して答えた。
「私は自分の欲望に忠実ですの。かつての私はジオルド殿下のお顔に夢中になり、今はチェルシー様の全てに夢中なだけですわ。それに私、卒業と同時に纏まりそうな縁談が来ておりますの。元々は婚約者候補の一人に過ぎなかったのですが、先方に是非にと言われてますのよ?」
イヴェットのその言葉を聞き、チェルシーは思った。
――イヴェット様はきっと、そのお方をお気に召したのね。表情には出ていないけど、とっても嬉しそうな“気”がイヴェット様から漏れていますもの。
学園に入学して初めて出来た、同性で同年代の友人と呼べる存在であるイヴェットの事が大好きなチェルシーは、彼女の幸せそうな気を感じて我が事のように嬉しくなった。
そんなイヴェットにリリアンナは満面の笑みで言う。
「まぁ~そうだったんですねぇ~!それはおめでとうございますぅ。ワタシもライバルがまた一人減って嬉しいですわ~♪ヘティ様は自滅してくれましたしぃ、ワタシったらツイてるぅ。後はジオルド殿下に選んで貰うだけだわ♡」
「……そのポジティブなシンキングはもはや才能ですわね」
「だぁって~王子サマと聖女が結婚するのってぇ、ラノベではテンプレじゃないですかぁ♡」
「!!」
チェルシーの隣でイヴェットが息を呑んだ。
その様子をリリアンナはチラリと見て笑い、言葉を続けた。
「だからぁ、ワタシが妃に選ばれる確率ってすんごく高いと思うんですよね~♡それではご機嫌よぅ~♪」
とそう言ってリリアンナは取り巻きをぞろぞろと引き連れて去って行った。
「イヴェット様?」
急に顔色を悪くして黙り込んだイヴェットを不思議に感じたチェルシーがイヴェットの名を呼んだ。
イヴェットはわなわなと震えている。
「え?今あの方テンプレって仰った?……まさか、そんなっ……聖女も転生者なのっ?いや違うわね、もしかして聖女と言えばお決まりの異世界召喚されてたわけっ!?」
またイヴェットの口から聞いた事もないような単語が連発された……
チェルシーは興味深げにイヴェットを見た。
「もしそうなら厄介な相手がライバルですわよチェルシー様っ!で、でも大丈夫、私がついておりますわっ!私の持ちうる前世の記憶を総動員してチェルシー様にご助力いたしますからっ!!」
強く拳を握りしめてイヴェットが言った。
それを見て、分からないけどなんだか面白くなりそうだ、と一人ワクワクするチェルシーであった。
忘れてはいけない、彼女はアルト=ジ=コルベールの妻、ツェリシアの教え子なのだという事を……
◇◇◇◇◇
放課後、熱烈な信者達の見送りを受け乗り込んだ馬車の中でリリアンナは一人ほくそ笑んでいた。
この世界に召喚されてからというもの理想の暮らしが出来ている。
聖女というだけで人々から敬まわれる立場。
美味しい物を沢山食べ、欲しい物をポツリと呟けば次の日にはお布施と称してプレゼントされる。
カッコいい貴族の御坊ちゃま達にはチヤホヤされてまさに逆ハー状態だ。
そう、リリアンナは元の世界から異世界に召喚された者だ。
表向きは孤児院から引き取られた類稀なる神聖力の持ち主……とされているがその実、国教会の“聖女は異界の者がなる”という定めに則り召喚された。
彼女の本名は……まぁどうでもいいので割愛しよう。
元の世界ではろくでなしの親の所為でまともな暮らしをしてこなかったリリアンナ。
それが今や聖女として崇められ、唯一無二の存在であるかのように大切にされている。
自分が聖女である限りその生活が続くのだ。
でも年齢を重ねたらどうなるのだろう。
ババァの聖女なんていらねーと捨てられてしまうのではないだろうか。
また惨めな暮らしにだけは戻りたくない。
元の世界にはもう戻りたくないのだ。
そうならない為には結婚して、旦那に一生を保証してもらう人生をゲットする必要がある。
――ワタシほどの存在の旦那になるならぁ、ジオルド殿下くらいのイケメンで地位のある人じゃぁないとねぇ~♡
さぁて、どうやってあの邪魔なチェルシー姫を排除するか。
リリアンナは凡そ聖なる女とは呼べない、そんな悪どい顔をしていた。
ハイ、つづきますよ☆
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明日はちょっとお休みをいただきます。
次回更新は11日です。
よろちくびお願い申し上げます!




