番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集 好きだったんだけどね、
好きだったんだけどね、
ずっと、ずっと一緒に暮らして、
側に居たかったんだけどね、
これでサヨナラだ。
「ルド」
私は友人たちと一緒に居る幼馴染に声を掛けた。
幼馴染のルドは「今度は何の小言だ?」と言わんばかりの顔をこちらに向けてきた。
「なんだよリサ、ちゃんとトイレ行った後に手は洗ったぞ」
そうじゃない。
それは当たり前の事だし。
でもまぁいいや。
「……ルド」
「だから何だよ、パンツもちゃんと毎日変えてるって」
だからそれも当たり前の事だっつーの。
……最後までこんな調子か。
私達らしいわね。
これでいい。湿っぽいのは苦手だ。
「それならいいの。これからもしっかりね」
「へーへー、分かりましたよ」
いつもの調子のおざなりな返事を聞き、
私は数歩後退って踵を返した。
さよなら。
好きだったよ。
大切な大切な私のハツコイ。
でも、もうお終い。
私はアパートに帰って予め纏めておいた荷物を持つ。
五年前の街の大火事で互いの両親を一度に無くした私達が一緒に暮らしたアパートの一室。
二人で肩を寄せ合い、ルドは準騎士、私はお針子として、力を合わせて懸命に生きて来た。
年は私の方が一つ年上で、生まれる前から家が隣同士だった私達。
家と家族を失ったからと離れて暮らすという考えはなかった。
ルドは腕っ節が強くて単純でバカで、いつも喧嘩ばかりしていた。
生活もだらしなく、私はルドの面倒を見ながらいつも小言ばかりを言ってきた。
でもホントは優しくて涙脆くて寂しがり屋で、
あの大火で自身も火傷を負いながらも必死で私の事を守ってくれた。
ダメなところもイイところも全部大好きだ。
初めて本気で好きになった人。
それがルドだった。
ルドには口煩い幼馴染だと苦手意識を持たれていたけどね。
それを分かっていても、ルドにはちゃんと生きて貰いたくて色々と喧しく言ってきた。
それをルドも分かってくれていると。
でも私は、分かってたつもりで本当は分かっていなかったのだ。
ルドが私に対してどう思っていたのかを……
少し前に聞いてしまったルドの本心。
いつものようにルドが仕事帰りに遊び仲間と飲み屋の店先で呑んでいる時に溢した言葉を、偶然側を通りかかった私の耳が拾ってしまった。
「なぁルド~いいだろ?俺がリサちゃんをデートに誘っても」
「は?いい訳ないだろ。俺は友達思いなんだぞ?リサの口煩い小言の矛先がお前に向くのは忍びない。やめとけ、悪い事言わないからリサはやめとけ」
「俺がいいって言ってるんだからいいんだよ!リサちゃんになら口煩く言われたいの!いいじゃねぇかよ、お前いつもウザいって言ってただろ?姉貴面して鬱陶しいから離れたいって言ってたじゃねぇか」
「おう言ったな。言ったけどとにかくリサはダメだ。諦めろ」
「えーなんでだよぅ!」というルドの友人の声が遠くに聞こえながら、私は冷たくなった自身の唇を噛んだ。
ショックで血の気が引いた。
鬱陶しがられているのは分かっていたけど、離れたいとまで思われていたとは知らなかった………
それ以上聞いていられず、わたしはその場を立ち去った。
離れたい。
その言葉を心の中で何度も反芻する。
そうか、ルドは私から離れたいのか。
好きだから大切だからという理由だけで側に居続けるのは単なるエゴになってしまう。
だってルドはそうではないのだから。
「一緒に暮らして三年か……」
ルドももう十八歳。
自分一人で自分の人生を歩いてゆきたいのだろう。
私は決めた。
生まれ育ったこの街を出る。
つい先日、腕の良いお針子を探しているという王都のドレスメーカーで働いてみないかと誘われたのだ。
その時はこの街から、ルドから離れる気がなかったので断るつもりだったけど、幸か不幸か丁度いい。
私はさっそく勤めていた装飾品工房の店主に話し、推薦状を書いて貰った。
この街を出て行く事をルドに話そうかどうか迷った。
露骨な態度は取られないとしても、内心喜ばれるのが悲しいので結局何も言わないことにした。
そして役所で転出の手続きを取り、私物の片付けをする。
五年前の大火で全てを失ったから持ち物はほとんど無い。
アパートの家財道具はほとんど置いてゆく。
私が使っていた食器や寝具カバーなどだけは持ってゆく事にした。
ルドがこれからここで恋人か奥さんと暮らす時に、姉貴分の幼馴染とはいえ女の気配が残っていたら良い思いをしないだろうから。
そうして街を出る夜行馬車に乗る前、最後にルドの顔を見に行ったわけだ。
いつもと変わらない様子のルド。
それが最後に見れて良かった。
さようならルド。
両親を亡くした私の側にずっと居てくれてありがとう。
もしかしたら……面倒を見て貰っていたのは私の方だったのかもしれない。
最後にテーブルに手紙を置き、私は部屋を出た。
カチャリと耳に馴染んだ施錠する音を聞く。
私が使っていた鍵は玄関ドアのドアポケットから室内へ入れた。
もう使う事はないから持っていても仕方ない。
これで何もかもが終わった。
両親との思い出も、ルドとの思い出も恋心も胸の痛みも全て、この街へ残して行く。
そして私は長距離夜行馬車に乗り込み、故郷の街を後にした。
◇◇◇◇◇
王都に移り住んで早いものでひと月が過ぎた。
新しい職場、新しい環境に馴染むのに手一杯でルドを恋しがって感傷に浸っている暇はなかった。
その事が救いだった。
それでも時々夜中に目が覚めると、ふいに寂しさを感じて堪らなくなる。
怖い夢を見た時にルドが起きてきて、私が再び眠れるまで枕元で手を繋いでいてくれた事を思い出して泣きたくなった。
ルド。
ルド…ダメだな私は。
本当はあなたがいないと上手く息も出来ない。
それでももう一人で生きていかなくては。
あなたがいない人生を歩んで行かねば。
わたしは上掛けを頭から被って、身を丸くして眠った。
次の日、いつものように仕事に行き、針子としての作業をこなす。
今は納期が迫っている品がないので定時で上がれた。
帰り支度をして店を出ようとした時に、先に上がったはずの同僚が慌てて引き返して来た。
「ねぇ!表に騎士風のイイ男がいる!」
「それがそんなに珍しい事?」
他の同僚が意に介さず言っている。
「だって~超好みだったんだもん!」
そうか……好みだったのか……
「じゃあお先にお疲れ様~」
と、私は同僚達に声をかけて店を出た……瞬間横から腕を掴まれた。
「!?」
「リサっ!!」
「………ルド?」
どうしてここにルドが?
今さっき同僚が言っていた表にいる騎士風の男ってルドの事だったの?
いやでもなんでここにルドが?
驚き過ぎて瞬きしか出来ない私をルドがぐいぐいと引っ張って歩き出した。
私は慌ててルドに言う。
「ちょっ……ルドっ?どうしたのっ?なんで王都にいるのっ?どこに行く気っ?」
私の問いかけにルドは立ち止まり振り返った。
「どうして、なんではこっちのセリフだっ!!なんで勝手に出て行ったんだっ!行き先も告げずに、いや、その前に俺に何も言わずにっ、どうして俺の前から消えたんだっ!!」
こ、こんなルドは見た事がない。
こんな余裕のない、憔悴しきったルドを、私は初めて見た。
目の下に隈をつくり、頬が少し痩せこけている。
どうして?
私は思わずルドの目の下の隈に手を伸ばしていた。
目元に触れると、途端にルドの表情がくしゃっとなった。
そしてその瞬間、腕の中に閉じ込められた。
ルドにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
もう逃さないと、もう離さないと言われているような、そんな抱きしめ方だった。
私はとりあえずルドを今住んでいるアパートへ連れて帰った。
部屋に入るなりまた強く抱きしめられた。
「リサっ……急に居なくなって心配したんだっ……置き手紙には王都で暮らす事になったからさよならだみたいな事しか書いてなかったし、前の勤め先にリサの新しい職場の場所を聞いても本人が告げなかった事を教えられないと突っぱねられるし、誰も何も知らないって言うし……だから王都のドレスメーカーや装飾品工房をしらみ潰しに当たる事にして一軒一軒順番に店を回ってたんだ……」
それを聞き、私は思わず大声を出してしまう。
「一軒一軒店を当たっていたのっ!?無茶すぎる!ドレスメーカーだけで王都に何軒あると思ってるのよっ!?」
「でもそうでもしなきゃリサを見つけられないだろうっ」
「どうしてそこまでっ?ルドは私から離れたかったんでしょうっ?私の事ウザいって、鬱陶しいって……だから私、あなたから離れたのにっ……せっかく離れたのにっ、これじゃあ意味がないでしょう!」
私のその言葉を、ルドはとても辛そうな顔をして聞いていた。
「友人に言っていた事を聞いていたのか……ごめん、ごめんリサ。あれは本心じゃない。そして俺は何も分かってなかったんだ。自分でも分かってなかった、俺がどれだけリサの事が好きで、リサとの生活が大切なものだったのかをっ……リサが目の前から突然消えて、漸く分かったんだ。リサがいなけりゃ生きていけない、どうしようもなくリサの事が好きなんだと……!」
「ルド……」
「俺は本当にとんでもなく自惚れたガキだった。リサが俺から離れるわけがないとタカを括って、子どもじみた態度を取り続けた……ごめんリサ……リサに嫌われても、呆れて見捨てられても当然だと思う。それでも俺はリサと共に生きたいんだっ……」
これは……なんだか久しぶりに見る顔ね。
しょぼくれて叱られた子犬みたいなルド。
昔はよく、私を怒らせた後とかにこんな顔して謝ってきたっけ。
もう体も大きくなって少しも子犬っぽくはないけど。
結局は何?
ルドも私と同じ気持ちでいてくれたって事?
でも素直になれなくて捻くれた態度しか取れなかったって事?
なんだ……そうか…そうだったの……
私はなんだか肩の力が抜けるような感覚がした。
ルドと両想いだった喜びの所為もあると思う。
だから余計に、ちょっと意地悪をしてやりたくなった。
ルドがどういうつもりであったとしても、
ルドの言葉に傷ついたし悲しかった。
故郷を出て行くくらいには思い詰めていたのだ。
私はルドに言った。
「……お友達に私は口煩いからやめておけって言ってたわよね?」
「っ!いやそれは違うっ、イヤ言ってしまった事は事実だから違わないけど、アレは他の奴にリサを取られたくなくてわざとあんな言い方をしたんだっ」
「姉貴面で鬱陶しかったんでしょ?」
「それを言った時はリサに弟分にしか見られていないと思ってたからヤサグレててっ……でも鬱陶しいなんて言葉、使うんじゃなかった、ホントごめん……」
「いつも私の話を適当に流してちゃんと聞いてくれなかったじゃない」
「リサの小言が慣れになってしまっていて……良くない態度だったと反省してる……」
「私が髪を切っても新しいワンピースを着ても褒めてもくれなかったし」
「あ、アレは単に照れてたんだよっ、ホントはむちゃくちゃ可愛いって思ってたけど、どうせ気の利いた言葉も言えないし、そんなキャラじゃないとカッコつけててっ……ごめんっ最低だっ」
ふふ、最低とまで言った。
「トイレットペーパーが無くなっても補充してくれないし」
「今度からはちゃんとするっ、ストックが少なくなった時点ですぐに買いに行くっ」
「服は脱ぎ散らかすし」
「もうしないっ、ちゃんと脱衣カゴにいれるっ」
「私が怖い夢を見た時はいつも手を握ってくれていたし」
「不安そうなリサを守ってやりたくてっ……って、え?……」
「私の作った食事をいつも旨い旨いって全部平らげてくれるし」
「………だって本当に旨いから」
「あの街の大火で自分の身の安全はそっちのけで私を救ってくれたし」
「親や祖父母を失って、この上リサまでも失ったら生きていけないと思ったから、必死だった……」
「こうして王都まで私を探しに来てくれたし」
「リサを取り戻したくてなりふり構っていられなかった。正直自警団に職質された事もある」
「今、私の事が好きだと他の人に渡したくないって言ってくれたし」
そう言って私はルドを見上げた。
体温が伝わってきそうなほど至近距離にルドがいた。
ルドは自身の額を私の額にコツンと付けて答えた。
「ああ、言ったよ。リサ好きだ。本当に好きだ。他の男になんか絶対に渡したくない。そしてもう二度と、リサと離れたくない……」
そう言ったルドが私の目を見つめてくる。
「ルド……」
私は目を閉じた。
そしてそっと重なる唇の感触。
温かくて、どうしようもなく嬉しくて泣きたくなる。
私はルドに言った。
「私もルドが好きよ。側を離れたのはルドに迷惑がられていると思って辛かったから。大好きだから、側にいるのが苦しくなったの……」
「リサっ……!」
ルドが私を抱き寄せた。
優しくて力強い腕の中に閉じ込められる。
あぁ……私は漸く、深く息をする事が出来た。
私にだって、ルドは必要な人なのだ。
でももう少し、いぢめてやる。
「でも私、もう王都での生活の基盤が出来たから故郷には戻らないから」
「……えっ?」
「ルドの友人達にも口煩い女だと認識されてるし」
「それは俺の口から弁明しとくっ!全部俺が悪いんだからっ」
「それでも都会暮らしが楽しくてもう馴染んじゃったのよねー(ウソ)今さら地方で暮らそうとは思えないわー」
「っだったらっ!俺も王都に住むっ!!」
「――え?」
叫びにも似たルドの言葉に、今度は私が慌てふためく羽目になる。
「俺もここに住むぞリサ!リサと一緒ならどこで暮らしてもいいんだ!」
「ちょっと待ってよ、騎士になる夢はどうするのよっ?もうすぐ正騎士の試験でしょっ?」
「正騎士になれたら王都の騎士団に入団希望を出す、もし落ちたら自警団で雇って貰うよ。とにかく俺はもうリサから離れないからなっ!」
「からな!ってルド……落ち着いてっ」
「イヤだ、リサ、俺を捨てないでくれっ……!」
………これは……
どうやらルドにトラウマを植え付けてしまったようだ。
突然消えた私を、ルドは熱に浮かされたように探し回ったらしい。
家に帰っても暗く冷たい部屋。
私の笑い声も小言を言う声も何も聞こえない部屋。
とても耐えられるものではなかったとルドは言った。
自らの意思で出て行ったわたしと、突然出て行かれたルドでは心境が違うのだろう。
今度はわたしからルドを強く抱きしめた。
互いの距離を無くすように。
少しの隙間も作らないように。
安心させたくて、少しでも近くに居たくて。
だってやっぱり、私はルドの事が好きだからね。
こうして結局、私たちはまた一緒に暮らし出した。
今度は王都で。
ルドはあれから一旦故郷の街に戻り、所属していた騎士団で正騎士の試験を受けた。
結果は見事次席で合格。
成績上位者は希望する駐屯地へ行けるそうで、ルドは必死だったらしい。
そして凄まじい執念の末に王都の勤務を掴み取ったのだ。
その報告と同時にプロポーズをされ、私達は夫婦となった。
生まれる前から家が隣同士で一緒にいた私達が、とうとう死ぬまで一緒にいる事になった。
いや、一緒のお墓に入るから死んでも一緒かな。
私達のお墓の墓石にはこう刻んで貰おうか、
“ルドとリサ、長い人生の中で二人はもう二度と離れる事はなかった”と。
終わり




