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夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集  作者: キムラましゅろう


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番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集  負けヒロインは自棄(やけ)ヒロイン



この異世界には勇者という職種がある。


他の輝かしい異世界の立派な勇者とは違って、村や町に大概一人は居る勇敢で腕っ節の強い若者がなる職業としての勇者だ。



その各地からスカウトされた()敢な若()略して()()達は勇者ギルドに在籍し、魔物の討伐や自警団への派遣や用心棒など、騎士団がわざわざ出張(でば)らないような日常的な荒事を請け負っているのだ。


だから当然魔王なんて倒さないし魔族とも対峙しない。


わたし、リアラの幼馴染であるジケルもそうだ。


ジケルはわたし達が住むチャザーレ公爵領でただ一人選出された勇者だ。


勇者の選出(スカウト)は適正年齢の者の中から魔道具を用いて選ばれる。


魔力や身体能力、性格や何故か容貌も選考内容に入り、最も優れた者を魔道具が弾き出すのだ。

(見目が良いと依頼が増えるとか…世知辛い事だ)


勇者に選出される事は大変な誉れとされ、

皆喜び勇んで勇者ギルドのある王都へと旅立って行くのである。


そんな勇者にジケルが選ばれた。


わたしとジケルは家が隣同士だった事もあり幼い頃から常に一緒に遊び、共に成長してきた。


幼い友情がいつしか恋情に変わり、14の年には将来は結婚しようと誓い合うほどに。


だけどそれからニ年後、ジケルがこの地に赴いた勇者ギルドのスカウトマンの持つ魔道具にて選出され、勇者となったのだ。


我が町から勇者が出た!と、町の人もジケルの家族も大変な喜びようだった。


わたしもさすがはジケルだわ!なんてのん気な事を思っていたら、

わたしがメイドとして勤めるチャザーレ公爵家のイヴェットお嬢様に言われた。


「……喜んでいる場合じゃないのよリアラ。私が()()で呼んだマンガや小説ではね、勇者の幼馴染とか、故郷の村で将来を誓い合った娘というのは“負けヒロイン”と呼ばれる立ち位置で、輝かしい人生を歩んで行く勇者に忘れ去られ捨てられる存在なのよ……!」


「……またお嬢様の前世のお話ですか」


イヴェットお嬢様は異世界転生者なのだそうだ。

なんでも前世では違う世界に住んでいて、そこで様々な“まんが”や“あにめ”や“らのべ”なるものを楽しんでいたらしい。


その知識を時々こうして話してくれるのだが、いつも大概が何を言っているのか分からない。


お嬢様は半年後には、王都に在る魔術学園に入学されるためにこのご領地を離れられるのだが、わたしとしては些か心配である。


変な事を口走ってご学友達から敬遠されなければいいのだけど……


「この世界は私が前世で読んでいた物語の世界そのものなのよ。そして起こっている出来事も全てそのまんまなの。可哀想だけれどリアラ、これは紛れもないテンプレパターンよ。貴女は近い将来、勇者に忘れ去られ捨てられてしまう……うぅっ…リアラっ……!」


お嬢様はそう仰って泣きながらわたしを抱きしめて来た。


……てんぷれ?


「悪い事は言わないわリアラ!自衛なさい!勇者とは距離を置いて、心を傷付けられるのを防ぐのよ!決っっして負けヒロインなんかになってはダメっ!!いいわねっ?分かったっ!?」


お、お嬢様っ、そんなに口角泡(つばき)を撒き散らさなくてもっ……


でもお嬢様は年が近いからと、一介のメイドあるわたしの事をとても可愛がって下さる。


そのお嬢様がこんなに必死になって仰るのだから、真摯に受け止めねばならないだろう。


それに、確かにお嬢様の仰る事にも一理ある。

前世の記憶のてんぷれ?なるものがなくても大いにあり得る事なのだ。


ここ数年でジケルは身長が伸び体格もガッシリとして、とても格好よくなった。


勇者に選ばれる前から女の子にも凄くモテ出していつも色んな女の子に追いかけ回されている。


ラブレターもしょっちゅう届くし、道を歩けば愛の告白をされるような始末だ。


そんなジケルが勇者として王都で暮らす……


王都にいる女の子達が放っとくわけがない。


きっと王都の女の子は華やかでいい匂いがして賢くて。

そんな女の子達に言い寄られたら、ジケルはいっぺんに夢中になるんだろうな。


今はこんな変わり映えのない町の変わり映えのない人間と付き合っているが、一歩外の世界へ踏み出して色んな事を知れば、ここでの暮らしのつまらなさに気付くのかもしれない。


「………よし。自衛しよう」


とりあえずは今まで自分でも鬱陶しいくらいだったなと思うほど、ジケルにベッタリだったのをやめよう。


そしてジケルが王都に旅立つ日まで適度な距離を保ち、サラッと別れよう。


わたしはジケルが好きだから、ホントのホントに大好きだから忘れ去られてしまうのが辛い。


結婚の誓いなんて子どもの口約束みたいなものなんだから、このまま無かった事にしても問題ない。


ましてや昔約束したからと、王都で本当の恋人が出来た時のジケルの足枷にはなりたくないのだ。


これはわたしのプライド。

負けヒロインと呼ばれるわたしが負けヒロインにならない為の手段だ。


キメツケ?自暴自棄?


周りが知れば、自棄やけになるなと言われるかもしれないけど関係ない。


負けヒロインなんかになるもんか。


でもどうせそうなるなら、どうせジケルと一緒になれないなら、せめて記憶の片隅に残るのは仲良しの幼馴染……というもので在りたい、わたしはそう思った。


そうと決めてからわたしは極力ジケルと会わないようにした。


ジケルが来そうな時間には家に居ないようにし、

ジケルと鉢合わせするような店や食堂にも行かないようにした。


会ったとしても当たり障りのない会話をし、間違っても将来の話などしてはいけないと心掛けた。


「リアラ、この頃どうかした?」


「え?何が?どうもしないわよ」


「そうか……?」


ジケルはなんだか少し寂しそうにしていたが、

これも彼の将来のため。


町から一歩でも出れば、すぐに気にしなくなるだろう。


そしてとうとう、ジケルが王都へ旅立つ日が目前に迫った。


明後日にはジケルはこの町を出る。


王都にあるギルドの寮で生活するそうだ。


この一週間ほど、ジケルは色々な知り合いの家にお呼ばれして壮行会なる夕食に誘われている。


出発の前日は親子水入らず、ジケルは家族と過ごすのだが、その前の日にわたしの家でわたしの両親とささやかなお別れパーティーをしようという事になった。


本当に最後となる日だ。

この日ばかりはわたしもジケルを避けずに、昔と変わらない接し方をしようと決めた。


彼の中で、故郷で暮らした最後の記憶として楽しそうに笑っているわたしを覚えていて貰いたいから。


あぁ…幼馴染にリアラという()()()()女の子がいたな、なんて懐かしんで貰えるくらいには覚えていて貰いたいから。


わたしはいつもよりちょっとだけおめかししてジケルとご両親を出迎えた。


「いらっしゃい!おじさん、おばさん、そしてジケル。今日はようこそおいで下さいました!」


今日の為に買ったおにぅのワンピース姿のわたしを見て、ジケルのお母さんが褒めてくれた。


「まぁリアラちゃん、なんて可愛らしいの!やっぱり女の子は華があっていいわね。男の子なんてゴツくなって、こうやって何処かへ行ってしまうからつまらないわ」


「ふふふ、ありがとうおばさん。でもジケルは自慢の息子なんでしょう?」


わたしがそう言うと、ジケルのお母さんは片目を瞑りながら息子の肩を小突いた。


「まぁね。図体ばかりが大きくなってまだまだひよっ子だけど、愛しくてカワイイ息子だわね」


ジケルはなんだか恥ずかしそうにお母さんを見て笑っていた。


昔と変わらない優しい笑顔。

しっかり瞼に焼き付けておかなくては。


そんなまじまじと見るわたしを、ジケルもじっと見つめてきた。


「なぁに?」


「……いや…今日のリアラもとってもキレイだなと思って。それに今日はなんだか昔に戻ったみたいに接してくれるんだなと」


わたしは内心ギクリとする。

以前と接し方が変わったという自覚があるから。


急に態度を変えて悪いとは思うけど、お互いの為にはこれがいいと信じているから。


「そう?いつも通りだと思うけど。とにかくどうぞダイニングへ。母さんと一緒に腕に縒りをかけてご馳走を作ったんだから」


「それは楽しみだな。リアラの家のメシは何食っても旨いからなぁ」


「じゃあ今日は食べ納めね、お腹の皮がはち切れるまで食べて帰ってね」


わたしのその言葉にジケルは何か言いたそうにしていたが、ダイニングから母さんが呼ぶ声がしたのでそちらへ向かった。


その後はウチの家族とジケルの家族で和気あいあいと夕食を食べ、懐かしい昔話などで盛り上がる。


そして夕食後は両方の父親は食後酒を呑みながらチェス盤を挟んだ。


母親達も片付けを共にしながら楽しそうにお喋りをしている。


わたしは、というと………


何故かテラスでジケルの腕の中にいた。


「……えっと……ジケルさん?これは一体どういう……」


何故抱きしめられているのか、

わたしは不思議で堪らなくてジケルに質問する。


ジケルはわたしをぎゅうっと抱きしめて、わたしの首筋に顔を寄せながら声を押し出した。


「……どうして俺を避けるんだ?俺、お前に嫌われるような事を何かしたか?」


「何も……何もしてないわ」


――これからするんだろうけどね。


とは、当然言わないでおいた。


「王都に行く準備とか忙しいと思ったから邪魔をしたくなかったのよ」


「リアラが邪魔になるなんてあるわけがない」


――これから邪魔になる可能性が高いんだけどね。


とも言わないでおく。


「ねぇジケル。体にだけは気をつけて。貴方は自分が頑丈だからと無茶をするところがあるから心配だわ」


「リアラ。とりあえず王都へ行って仕事してくるけど必ず迎えに来るから。仕事に慣れて生活の基盤を整えて、リアラを養っていけると確信出来たら必ず迎えに来るから、それまで待ってて欲しい」


「……ジケル……」


ジケルの瞳にはなんの迷いもなかった。


これからもわたし達が何も変わらないと信じている目だ。


でもね、ジケル、


人は変わるものなのよ。


そして心は移ろい易いもの。


わたしはこの狭い町で生きて変わり様などないけれど、貴方はきっと違う。


そんな時、きっとわたしとの約束を後悔するんじゃないかしら。


だけど今、ここで何を言っても仕方ない。


その時が来ないと分からない事もあるのだと思う。


イヴェットお嬢様のてんぷれを話すわけにもいかないしね。


わたしはジケルの背中に腕を伸ばし、彼をぎゅっと抱きしめ返した。


“愛してる”なんて絶対言わない。


“待ってる”なんて絶対に言わない。


ただひと言、これだけを告げた。



「頑張ってね、ジケル……」



そうやってジケルは別れる瞬間まで、

「待っててくれ。絶対だぞ」

と言いながら町を去って行った。




そしてあれから半年。


結論から言おう。


わたしはやっぱり忘れ去られる運命にあるようだ。



最初の方は手紙のやり取りはあった。


それがいつしか回数が減り、今ではなんの音沙汰もナシ。

繋がりも一切ナシのもはや絶縁状態である。


ジケルのご両親の方にも手紙はおろか一切の連絡がないところを見て、ジケルはきっと王都での暮らしに夢中になり過ぎて余裕がないのだろう。


珍しいもの、美味しいもの、楽しいものが沢山あり、後に残したものを振り返っている暇がないのだろう。


――やっぱりね!てんぷれ恐るべしっ!


あまりにもイヴェットお嬢様が仰ったてんぷれ通りになって、わたしはもう全てがどーでも良くなった。


バカらしくてやってらんない。

そして自棄(やけ)になって、こう決めた。


――王都に怒鳴り込んで一発殴る!!


そして綺麗さっぱり全てわすれてやる!!


待ってろと言われて素直に待っていたわけではない。


だけど待ってろと言ったくせにこの為体(ていたらく)はなんなんだ!!


勝手に人を負けヒロインに仕立てやがってぇぇ……!


「王都に行って来ますっ!!」


と激怒しながら両親に告げ、わたしは勢いのままに王都へと向かった。





「ほ、ほえーーー……」


こうやって辿り着いた花の王都。


その人の多さと物の多さと道の狭さと建物の高さに、わたしは只々驚いていた。


見上げた空が枠に嵌められ切り取られたように少ししか見えず、生まれ育った町との違いに呆気に取られた。


華やかで賑やかで活気に溢れている。


王様のおかげで隅々にまで光が届き、生活困窮者の数が減って来ているという。


至る方向から音が聞こえ、様々な香りがする。

熱気を感じたと思ったらどこから風の流れを感じた。

見る物全てが刺激的で、五感の全てを刺激される。


こんな所で暮らしていたら、そりゃあ田舎での暮らしなんて忘れたくなるわ……


悔しいけどわたしは酷く納得しながら(わたしは違うけど)、ジケルが籍を置いている勇者ギルドへと足を運んだ。


ギルドの寮に住んでると最初に貰った手紙には書いてあったので、今は違うかもしれないけどとりあえず行ってみようと決めた。


勇者ギルドは繁華街の一画、中通りの道沿いにあった。


大きなドアベルの付いた扉を開き、中に入る。


「あのー……すみません」


わたしが声を掛けると、カウンターにいた20代後半くらいの女性が対応してくれた。


「はい?いらっしゃい、どういったご用件ですか?勇者の派遣の依頼なら先に依頼内容を確認しますので、責任者との

面談になります。この申し込み用紙にご記入くだ…「すみません、客じゃないんですっ」


カウンターのお姉さんの言葉を遮ってわたしは告げた。


「あの……人を探していて……こちらのギルドに所属しているジケル=バートンという者なんですが……「あなた、ジケルのご家族か何か?」


今度はわたしが、カウンターのお姉さんに言葉を遮られた。


「い、いいえ違います」


「ご家族でないのなら個人情報になるので何もお答え出来ない事になってるのよ。ごめんなさいね。でも一応、お名前だけ伺ってもいいかしら?」


わたしは身分証を提示しながら答えた。


「ジケルと同じ町の者でリアラと申します」


「えっ!?あなたがリアラさんっ!?」


わたしの名を聞いた途端にカウンターのお姉さんが身を乗り出してきた。


「え?ええ、はい。わたしがリアラさんですが……?」


呆気に取られながらも答えると、カウンターのお姉さんはわたしの身分証を目をかっぴらいて確認して微笑んだ。


「良かったぁ……本人には口止めされていたけどホントは気になっていたのよね~。このまま黙ってていいものかと……でも、ジケルの口から散々聞かされていたリアラさんなら教えてもいいでしょうよ。なんせココまで来ちゃったんだもんねぇ~」


「え?どういう事ですか?」


お姉さんの話の内容が理解出来ずにわたしの眉根が自然と寄る。


お姉さんは「とにかく案内するわ」と言って、わたしをギルドの二階へと連れて行った。


二階の部屋の奥、208と書かれたプレートが付いたドアをお姉さんがノックする。


ややあって中から「はい」というくぐもった声の返事が聞こえた。


ジケルの声だ。


お姉さんはドアを開けて部屋に入り、ジケルに声を掛ける。


「調子はどう?医師の話だと完治するまでは絶対に動かすな、との事だから無理しちゃダメよ」


「姐さん、いつもすみません」


「いいのよ。勇者(あんた達)の世話を焼くのがアタシの仕事なんだから。でもホントはやっぱり、大好きな子にお世話して貰うのが一番よね~♪」


「イヤですよ……こんなカッコ悪い姿を、リアラにだけは絶対に見せたくない」


「えー、でもゴメンね?本人が来ちゃったんだから仕方ないわよね♡」


「……え?」



お姉さんがわたしを見る。


その視線を辿ってジケルが首だけを動かしてわたしを見た。


きっとジケルの目には、驚き過ぎて目が飛び出しそうになって固まっているわたしが映っている事だろう。


わたしは持っていた鞄を思わず足元に落とす。


「リ、リアラ……」


「ジケ……ル?」


なんとそこには、全身包帯ぐるぐる巻きのジケルがベッドに横たわっていた。


お互い驚き過ぎて声が出ないわたし達に、お姉さんは言った。


「観念なさいなジケル。カッコつけてる場合じゃないわよ?リアラちゃんも怒らないでコイツの話を聞いてあげてね、男ってホント、バカだからさ」


「じゃあねごゆっくり~♡」と言って、お姉さんは部屋を出て言った。


目の前の状況に理解出来ずに立ち尽くすわたしに、ジケルが恐る恐る声を掛けてきた。


「リアラ……ゴメン、驚いた……よな」


わたしはなんとか声を押し出して返事をする。


「そ、そりゃあね。その怪我……どうしたの……?」


「その……実は……」


そう言ってから、ジケルはこれまでの事を話してくれた。


「ギルドに入って、とにかくがむしゃらに依頼をこなしたんだ。早く認められてもっと難しい仕事も任せて貰えるようになりたかった。そうすれば給料が上がって、早く寮生活から抜け出せるから……そしたらリアラを迎えに行けると思って……」


「え………」


「でも、焦り過ぎたんだな。先輩達に止められたのに、俺のレベルじゃまだ難しい魔物の討伐に手を出して……」


「……それでその大怪我を負ったと?」


「うん……もうこてんぱんにやられて、命からがら逃げ出して……もう情けなくてカッコ悪くて、頼むから家族にも誰に知らせないでくれってギルドの人に頼んだんだ。こんな姿、特にリアラには絶対見られたくなくて……」


「お生憎さま。バッチリ見ちゃったわね」


「うっ……そうだね」


「音信不通になったらこんな事になるとは思わなかったの?」


「そ、そこまで考えが至らなかった。とにかく早く怪我を治そうと思って」


「怪我の内容は?」


「両手両足骨折に肋骨も何本か内臓もちょっとやっててそれは治癒魔法で治療した。でも治癒魔法は高額だから一回しか受けれなくて、骨折とかは自然治癒に頼ってて……」


「いつからそんな状態に?」


「………三ヶ月前から……」


「バカじゃないのっ!!」


わたしは思わず叫んでいた。


「そんな不自由な状態で三ヶ月間もっ!?その間ずっとギルドの人に迷惑掛けてたのっ?どうしてわたしを呼ばなかったのよ!他人に迷惑かけるよりよっぽどマシでしょうっ!?」


「だけどこんな姿を見せてリアラに幻滅されるのが怖かったんだ。だって町を出る頃のリアラは、俺を避けていたみたいだし……」


うっ……それを言われると何も言えないわ。


確かに突き放すような感じだったものね。


でも、それでも……


「わたしと結婚したいって、今でも思ってくれているの?」


「そりゃあもちろんっ……あ(いて)てっ……」


「じゃあやっぱりわたしには連絡するべきだったわ。そうじゃなきゃ、音信不通になったジケルを捨ててさっさと他の人と結婚したかもしれないわよ」


「えっ?なんでっ?」


「だってわたしは負けヒロ……ううん何でもない、だって華やかな王都で暮らすジケルにいつか忘れ去られるって思っていたもの。手紙も届かなくなって、やっぱりそうなんだなぁと思ったの」


「リアラを忘れ去るって!?そんなのあり得ないっ」


「よくあるパターンなんだそうなの。王都に行った恋人が戻らないというのは」


「そんな……だから王都行きが決まってからリアラの様子が変だったのか……でもリアラ、そう思っていたのに何故ここに?」


「それはもう一発殴ってやろうと思って」


「え゛」


「あの野郎、やっぱりわたしの事捨てやがったなー!って。迎えに来るって言ったくせにー!って一発、いや二発くらいは殴ってやろうと思って来たの」


「ひ、ひえーー……」


「ジケル」


わたしはジケルの名を呼び、彼の顔をじっと見つめた。


わたしの不穏な発言に怯えていたジケルが真剣な眼差しを返してくる。


「気持ちは今でも変わらない?わたしの事、お嫁さんにしたいと思ってる?」


「お、思ってるっ……!っ……」


ジケルは首を縦に振り過ぎて怪我に障ったのだろう、痛そうに顔を顰めた。


わたしはひとつ、ため息吐いた。


今まで色々溜め込んだものを呼気と共に吐き出す。


てんぷれを恐れていたけど、ここまで来てこれ以上意味もなく怖がるのはバカげている。


「じゃあ覚悟なさいジケル。もう絶対、離れてやらないんだから。もう町には戻らない、このままあなたの側にいるわ」


「えっ……それは嬉しいけどリアラを迎える用意がまだ出来てないんだよ?」


「そんなもの、自分でなんとかするわよっ!わたしも働けば寮を出て二人で小さなアパートくらい借りられるでしょ」


「リアラ……」


「てんぷれを乗り越えた負けヒロインを舐めないで貰いたいわね。とにかくジケルは一日も早く怪我を治す事、いいわね?」


「うん……ありがとう、ごめんなリアラ……ん?てんぷれ?まけひろいん?」




そうやってわたしはそのままジケルの怪我が完治するまで、ギルドに頼み込んでジケルの部屋に居候させて貰った。


怪我人の面倒を見る為だからと、ギルドマスターも快く了承してくれた。


そしてジケルの怪我が完治してすぐに、わたしたちは入籍をしてギルドの近くにアパートを借りた。


わたしは結局、王都のタウンハウスから学園に通っているイヴェットお嬢様のメイドとして働いている。


もともとチャザーレ公爵家に勤めていたのだから異動扱いになるらしい。


そこのところはイヴェットお嬢様が良きに計らって下さった。


お嬢様は今、同じ学園に通うお姫様に夢中になっている。


なんでもそのお姫様は全身鎧姿なのだそうだ。


「鎧の中には意外な人物が入っているのがセオリーというかテンプレなのよっ!」


お嬢様が興奮して話される。


「でもわたしのてんぷれはハズレましたよ?」


「そうね、珍しい事もあるものだわ。そうならなかったという事は貴女達は運命の相手同士なのよ。そういう二人が後々まで幸せに暮らしましたとさ、というのもまたハピエンのテンプレなんだから」


「またてんぷれですか、何です?今度ははぴえん?」


「物語がハッピーな最後を迎えるという事よ、良かったわね」


「それならいいですけど」


お嬢様からはいつも新しい言葉を聞かされる。


てんぷれ然り、負けヒロイン然り。


でも今聞いたハッピエンという言葉は良いわね。


ハッピーなエンド。


ジケルと共に迎えたい。


怪我が治ったジケルはまた復職して、勇者として頑張っている。


わたしとの約束を守って以前みたいに無茶をする事もなく、懸命に務めている。


今日の仕事は、大人しいけど巨大な体で岩のようにしゃがみ込んで道を塞いでいる、大型の魔物を退かせる依頼だと言っていた。


順調にいけば夕方には戻ると言っていたけど。


もしかしたら帰り道が一緒になるかもしれない。


「リアラ」


ホラやっぱり。


「ジケル、おかえり。魔物は上手く退いてくれたの?」


「うん。面倒くさそうに帰って行ったよ」


「ふふ」


「あ、来週両方の親達が来るって?」


「そうなの。わたしもあのまま王都に居ついて結局式も挙げてないでしょ?だから改めて両家で集まって食事会でもしてケジメをつけましょう、だって」


「まぁ仕方ないな。俺の怪我の所為で色々と狂ってしまったから」


「そうね。でも丁度良かったのかも。家族みんなに報告したい事もあったし」


「報告?」


どうしようかな。

もう言っちゃおうか。


ジケルには一番に言いたかったし。


今日産院に行って分かったばかりだけど。


わたしはつま先立ってジケルに耳打ちする。


「あのね、ジケル………」




結局負けヒロインにはならなかったわたし。


そんなわたしに、新たな幸せが訪れようとしていた。




             おしまい




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