番外編 未婚の男女にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集 わたし達はもう、戻れない
文字数の暴力、再び。
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わたしには大切な婚約者がいた。
名はオスカー=ランベルト
騎士爵を賜った王宮騎士団の副団長を務めるランベルト卿の次男で、幼い頃から将来は王国を守る正騎士になるのだと研鑽を重ねた真面目な人だ。
そのオスカーの父であるランベルト卿とわたしの父親が親友同士で、わたし達の婚約は両家が望んで幼い時に結ばれた。
わたしの名はメアリ=ルフェーブル
宮廷貴族として国王の侍従長を務める父と元伯爵家の令嬢であった母の大恋愛の末に生まれた一人娘だ。
共に王都住まいのわたしとオスカーは頻繁に交流をし多くの時間を共有し、成長していった。
親が決めた婚約だったがわたし達は自然と互いを唯一と認め、幼いながらも愛情を育んできた。
その想いは成長と共に増して行き、一番近くに在りながらも一番近くに居たいと乞い願う、そんな激しい恋情を互いに身の内に抱えていた。
それもあと一年、長い婚約期間を経て漸く婚姻の儀を迎え結ばれるという時に、その事故は起きた。
それは王宮騎士達の訓練中に起きた不幸な事故だった。
オスカーが放った短弓の矢が、突然の強風に煽られて進行方向に誤差が生じた。
突風の原因は近くで魔術の練習をしていた新人魔術師のミスだ。
そこに運悪く居合わせた見学の令嬢の腕を矢が掠めたのだ。
幸い傷は浅く、大事には至らなかったが未婚の娘に傷を負わせたと、その令嬢の父であるウラン男爵は激怒した。
オスカーが所属する隊の隊長も、騎士団長も、何故か王太子殿下まで、弓の訓練中に的近くをウロウロしていた令嬢の方に非があるとオスカーを擁護したが、ウラン男爵が責任を取れと大衆紙にまで記事を載せさせて騒ぎ立てた。
オスカーは責任感の強い人だ。
そして義を重んじる人。
自分の放った弓により未婚の令嬢に生涯消えぬ傷を負わせたのは間違いない。
そしてこれ以上その事で騎士団に迷惑を掛けられないと考えたオスカーは、責任を取ってその男爵令嬢を妻にする事を選択した。
当然わたしとの婚約は解消。
こんな運命なんて酷すぎると絶望に打ちひしがれるわたしを最後に抱きしめ、オスカーはこう言った。
「愚かな俺を許してくれとは言わない。でも俺は本当にメアリを愛していた。キミだけが俺の唯一で、最愛で、生きる全てだった。これだけは…これだけはどうか、覚えていて欲しいっ……」
“愛していた、唯一だった、最愛だった、生きる全てだった”
彼はその愛の言葉を全て過去形として告げた。
きっとオスカーの中でその想いは過去ではなく今も在り続けるのだろう。
でも誠実な彼は、妻と迎えるからにはその男爵令嬢を愛するように努めようと考えているのだ。
わたし達はもう、戻れない。
互いだけを想い、それを素直に表現し、喜べた時間にはもう、戻れないのだ。
それを痛感し、わたしは再び涙した。
わたしに別れを告げて彼が部屋を去った後も、その想いの残滓があるような気がして空を抱きしめる。
そうやって泣くわたしに母が気付き、抱きしめて一緒に泣いてくれた。
そんなに泣いたら死んでしまうと母が心配したが、オスカーの婚約者だった最後のその日だけは泣かせて欲しいと懇願した。
そうして、わたしの大切な恋は終わりを告げた。
オスカーとの婚約が解消となってからは
又従姉にあたるミシュリーヌ第一王女殿下付きの行儀見習いとして宮廷に上がった。
両親には元婚約者となったオスカーの事を早く忘れて幸せになった方が良いと、新たな縁談を勧められた。
だけど今はどうしてもそんな気になれない。
それは相手の方に対しても失礼だ。
そんな時にミシュリーヌ様がお側に呼んで下さった。
王宮騎士であるオスカーと顔を合わせる機会が増える懸念はあるけれど、婚約者を奪われたわたしが社交界で心無い者達の餌食とならない様にと配慮して差し伸べてくれたミシュリーヌ様の手を、わたしは取ったのだ。
第一王女であるミシュリーヌ様の側付きとなりその寵を受けていると知れ渡れば、容易にわたしを虐めたり蔑ろには出来なくなるからだ。
誰かに嫁したとしても、生涯この国の貴族として生きてゆかねばならないわたしの自衛の策である。
そうやってわたしはお優しいミシュリーヌ様の元で、前を向いて懸命に生きた。
行儀見習いという側付きの仕事は楽しい。
侍女とは違い給金が支払われる事はないが、一緒にお茶を飲んだり手芸を楽しんだり買い物をしたり。
少しのお世話をしながら側で友達のように過ごす、とても恵まれた役割だ。
やはり父と母はわたしが良い方に嫁いで幸せになって欲しいと願っていたようだが、ミシュリーヌ様が責任を持って後に良縁を結ぶと仰って下さったので今は何も言わずに見守ってくれている。
時々王宮の窓からオスカーの姿が見えた時は胸が痛んで悲しくなるけど、それもきっと時間が解決してくれるはず。
そう、今もそうやってわたしはたまたま移動中に見かけたオスカーを廊下の窓から見下ろしている。
今日はもう上がりなのだろう、一人城門の方へと向かうオスカー。
そこへ約束があり迎えに来たのだろうか、今の彼の婚約者である男爵令嬢がオスカーの腕にしがみ付いて来た。
嬉しそうに、そして幸せそうに。
相手は婚約者なのだ。
当然オスカーはその腕を外す事なく歩き続けている。
わたしは二人を昏い気持ちで見つめていた。
そして頬を上気させてウットリとオスカーを見上げている男爵令嬢に心の中で語りかける。
ねぇ、その場所は……本来はわたしのものだったのよ……
貴女も傷を負って不幸だったと思うわ。
でもね、それ以上に貴女はとても得難い素晴らしい人を手に入れた。
わたしから大切な人を奪ったのだから、必ず彼を幸せにしてあげて欲しい。
傷を負わせた負い目を感じて生きるのではなく、
その事で生涯の伴侶と出会えたと後に喜べるような、そんな人生を彼に贈ってあげて欲しいの。
それが出来るのは、他ならぬ貴女だけなのだから……
そしてわたしはその場を立ち去った。
わたしの視界に入らなくなったからといって、
今もあの二人が腕を組んで歩いている事に変わりはない。
そしてそれを、本当は悲しくて苦しくて二人の幸せを心から望めていない自分がいる。
でも、それではいけない。
わたしも前に進まねば。
そうやって昏い気持ちを抱えながらもオスカーの幸せを願う自分ではなく、心からそう思える自分にならねば。
わたしは次の日に早速、ミシュリーヌ様に願い出た。
「ミシュリーヌ様。わたしもそろそろ新しい人生を歩きたいと存じます。以前両親にお約束して下さった縁談の件を進めて頂いてもよろしいでしょうか?」
わたしのその言葉を聞き、ミシュリーヌ様は少し間を置いて返事をされた。
「……そ、そのように急がなくとも良いのではないかしら?もう少し私の側にいて欲しいのだけれど……」
「大変有り難く、光栄なお言葉です。
わたしのお味方でいて下さったミシュリーヌ様にはどれだけ感謝の言葉を尽くしても尽くしきれないほどです。でも……わたしは前に歩き出さないといけないのです」
「と、とにかくもう少し待ってくれない?今はまだ時期尚早というか……」
「時期尚早……?」
ミシュリーヌ様が何を仰いたいのか、わたしには分かりかねた。
だけどこの望みはぜひお聞き届け頂きたい。
この苦しみから早く救われたかったから。
「わたしの我儘だとは分かっているつもりです。でも願わくばわたしにも、新しい人生を歩む為の良き伴侶を……どうかお聞き届け下さいませ」
懇願するわたしに何か思うところがあったのだろう。
ミシュリーヌ様は「分かったわ……なるべく早く良いお相手を見つけるわね……」
と言って下さった。
その後直ぐにミシュリーヌ様は兄君である王太子殿下の元へと行かれた。
兄妹で込み入った話になるからと、侍女長だけを連れて執務室へと向かわれたのだ。
その間わたしは他のミシュリーヌ様付きの侍女やメイド達と衣装部屋の整理などをした。
夜になりわたしは今日のお役目を終えて、王宮に賜っている自室へと戻る事にした。
だけどリネンルームの前を通り掛かった時に、いきなり口を塞がれてそのリネンルームへと引き摺り込まれる。
「!?」
咄嗟の出来事で、口を塞がれて声を出す事も叶わずわたしは恐怖を感じたが、すぐに耳元で小さくわたしの名を呼んだ声にハッとした。
そして恐怖ではなく「何故?」という疑問が頭に浮かぶ。
わたしをリネンルームに引き込んだのは元婚約者のオスカーだったからだ。
「……メアリ」
「オスカーっ?どうしたの?何故突然こんな事を?これでは要らぬ誤解をされてしまうわ」
「大丈夫だ。誰にも見られてはいない」
「でもだからと言って…「メアリ」
“これは正しくない”と続けようとしたわたしの言葉に被せるように、オスカーがわたしの名をもう一度呼んだ。
そして彼に抱き寄せられる。
何?何が起きているの?
何故?何故彼はこんな事を?
元婚約者のわたしが忘れられないからこんな事を?
でもわたしの知っているオスカーはこんな不誠実な事が出来る人ではない。
では何故?
頭の中で一人混乱するわたしを抱きしめながら、オスカーはわたしの耳朶に唇を当てながら囁くような小さな声で言った。
「メアリ、もう少しだけ待っていて欲しい。必ず、必ずキミの元に戻るから。縁談など受けず……信じてくれ……」
「オスカー……?」
彼は何を言っているの?
縁談を待て、と言っているの?
でも何故?
訳が分からない。
わたしがそれを伝えようとしたその時、遠くで人の気配を感じた。
オスカーはふいにわたしの首筋にキスをして、そして人に気配を気取られないように素早くリネンルームから出て行った。
わたしは何が起きたのか訳が分からずその場に立ち尽くす。
“必ずわたしの元に戻る”
彼は確かにそう言った。
わたしに待っていて欲しいと、そう言った。
それがどういう意味なのか理解できず、この後の数日間を悶々と過ごした。
だけどある日、オスカーと男爵令嬢の結婚式の日取りが決まったとわたしの耳に届く。
やはり……
やはり戻る事なんて出来ないじゃない。
必ず戻るなんて言って、やっぱり戻れるわけなんてないのに。
わたしに淡い期待を持たせて。
わたしを翻弄して。
わたしたちはもう戻れないんだと、二度目の絶望を味わわせられただけだった。
彼は、オスカーはなんて残酷な人なんだろう。
ミシュリーヌ様も縁談の話は一向に口に出されない。
このまま待っていても仕方ないと、わたしは頃合いを見計らって宿下りを願い出た。
ミシュリーヌ様は驚いた顔をされる。
「何故っ!?どうしてっ!?」
「何故という事では……一度両親の元に戻って、そこで結婚相手を探す事に決めました。そうすればお忙しいミシュリーヌ様のお手を煩わせる事もないかと思いまして……」
わたしがそこまで言うと、ミシュリーヌ様はかなり焦った様子で言われた。
「ま、待って……!本当に待って!もう!お兄さまは、騎士団長も魔術師団長もオスカーも何をしているの!」
わたしの宿下りとその御歴々が何故関係あるのか分からないが、とにかく一度だけでも家に戻らせて欲しいと願い出て、休みを頂いた。
家に使いを出して迎えの馬車を寄越して貰おうと思ったが、ミシュリーヌ様が馬車を出して下さると、いや是非使って欲しいと願われたので、そのお優しさに甘える事にした。
家に戻ったら、しばらく地方にある親類の家にでも身を寄せようか……
下位貴族の中にはもっとフランクな、自ら結婚相手を見つける為のパーティーなどもあると聞く。
わたしももう18歳。
嫁ぐと決めたからには早くしたい。
急がないと行き遅れになってしまうから。
そんな事を考えなが乗っていたら、ふいに馬車が止まった。
だけど我が家に着いたわけではない。
見慣れない古い大きなアパートの前で馬車は止まっている。
どうしたのだろうと訝しんでいると、馬車の扉が急に開かれた。
「……え?」
わたしはそこにいた人物を見て目を見張る。
だってそこにオスカーが居たから。
馬車の扉をあけて、
「メアリ。おいで」と手を差し伸べて来る。
「オスカー?これはどういう事?」
訳が分からないと、少し苛立ったわたしの手をオスカーはやや強引に引き、わたしを抱き上げた。
「オスカーっ!?」
「静かに」
わたしの耳元で小さく囁き、オスカーはそのまま歩き出す。
そしてわたしをアパートの一室へと連れて行った。
そのアパートは裕福な層の為のアパートらしく、広い部屋が何室もあり、内装もとても上質な物だった。
リビングであろう部屋に置かれたソファーの上に、オスカーはわたしを座らせた。
わたしは彼が何がしたいのか理解出来ず、ただ狼狽える。
「オスカー、貴方は何がしたいの?もうすぐ結婚式なんでしょう?こんな事をしている暇もないでしょうし、こんな所を誰かに見られたらどうする気なのっ?」
最後の方の語尾がキツくなっても仕方ないと思う。
そんなわたしの足元にオスカーは跪き、見上げてきた。
わたしの手を取りながら、真剣な眼差しで。
「メアリ。本当は全てを片付けて元通りにしてから迎えに行こうと思っていたんだ。だけどキミが縁談を急ぎ出したと聞き、仕方なくこの方法を取った」
「元通りに……?迎えに行く……?」
「俺は男爵家の娘とは結婚しない。する必要がない」
「何を言っているの?責任を取るのでしょうっ?だからわたし達は泣く泣く別れてっ……」
その時の気持ちを思い出して、どうしようもなく胸が苦しくなった。
その所為で泣いてしまう。
そんなわたしを、オスカーは隣に座って抱き寄せた。
彼の腕の中で、彼の心音を聞き、わたしの気持ちが落ち着いてゆく。
わたしを抱きしめながら、
オスカーは全てを話してくれた。
最初は本当に、令嬢は自分の所為で傷を負ったのだと思っていた。
その為に責任を取ると、そして自分なりに彼女を幸せにしなければならないと思っていたそうだ。
わたしへの想いを胸に秘めたまま。心を殺して。
だけどオスカーは最初に男爵家の令嬢と接した時に違和感を感じたらしい。
婚約を結んだ日、令嬢は喜びはしゃいで、腕の傷はオスカーと結ばれる為には必要な傷だと満面の笑みで言ったらしいのだ。
そして最初からオスカーを熱の篭った恋情溢れる眼差しで見つめてきたのだという。
一生消えない傷を負わせて結婚にまで至ったオスカーに対して、少しの怒りも諦めも憐憫も感じない。
それはその令嬢の心が寛容であるから……ではないだろうとオスカーは思ったらしい。
それに令嬢は言ったそうだ。
オスカーと自分は結ばれるべき運命の相手同士なのだと。
その言葉を聞き、オスカーの胸には嫌悪感と共にある疑念が湧いたという。
そして秘密裏に調べ出した。
あの事故の事を調べ出してまず最初に分かったのが、放たれた矢の方向を変えた原因をつくった魔術師が早々に魔術師団を辞めていた事だった。
あの事故に責任を感じて職を辞したのか……オスカーは魔術師のその後の消息を辿った。
しかし不自然なほどにその魔術師の行方が分からない。
まるで故意に消されているような、自らと第三者の手により巧みに隠されているような感じであったという。
これは自分一人ではどうしようもないと、オスカーは騎士団の副団長である父親に相談した。
そして話を聞いた彼の父親が団長と王太子殿下にも話し、協力を要請したのだった。
皆、幼い頃からオスカーを父のように兄のよう可愛がってくれている方々らしい。
そうして魔術師を見つけ出し、今度は魔術師団長の協力も得て、魔術師に全てを自白させる事に成功した。
やはりオスカーが最初に抱いた疑念は当たっていた。
前々からオスカーに恋慕していた娘に希われたウラン男爵が、金を積んでその魔術師に矢の方向を変えてワザと娘に少しだけ傷を負わせるように頼んだのだそうだ。
そしてその事でオスカーに責任を負わせて娘と結婚するようにし向ける、
それがまんまと成功したというわけなのだ。
それを調べる上で、ついでにその男爵の不正や悪事も芋蔓式に出て来たらしい。
今はその裏付けの作業らしくそれが出来次第、ウラン男爵を捕らえて罪に問うそうなのだ。
そして当然、でっち上げた事故の責任などオスカーが取る必要はない。
男爵の捕縛と共に婚約は解消、そして事故を作り上げた罪で令嬢も捕らえられるらしい。
それらの事は全て、王太子殿下の名の下に公表され、ウラン男爵親子の仕組んだ姑息で悪辣な偽装事故だったと広く世間に知らしめる事となる。
そうなった上でわたしを迎えに行こうと、オスカーは考えていたそうなのだが、わたしが急に縁談を望み出した事により、男爵親子よりもわたしの身柄を先に確保する事にした……という事だそうだ。
そこまで聞き、わたしは体に力が入らなくなり、オスカーに身を預けた。
「本当に……?今話してくれた事は本当なの……?本当に貴方は男爵家のご令嬢と結婚しなくてもいいの……?」
力なく問いかけるわたしに、逆にオスカーは力強く返事をしてくれる。
わたしを抱きしめたまま。
わたしを腕の中に閉じ込めたまま。
「ああ」
「じゃあ……わたし達は本当に元に戻れるの……?」
「ああ」
「婚約者同士に……?そして互いの唯一に……?」
「ああ、そうだよ。それをキミが再び望んでくれるなら」
「……っバカねっ、望むに決まっているじゃないっ……」
そう言ってわたしの涙が溢れ出る。
オスカーの騎士服の胸元を盛大に濡らしながら。
だって、だってこんなの泣かない訳がない。
もう戻れないと思っていた将来を取り戻す事が出来るのだ。
これが嬉しくない訳がない。
これが泣かずにいられる訳がない。
涙でぐちゃぐちゃになっているわたしにお構いなしに、オスカーはわたしに口付けをした。
わたしは内心ちょっと待って欲しいとも思ったけど、
今の彼の心情が分かるから何も言わずに受け入れた。
こんなにも愛している人と一緒に生きてゆける喜びを行為として形にしたい、その気持ちが痛いほど分かるから。
そしてわたしはこの一連のゴタゴタが全て片付くまで、このアパートで過ごした。
王宮を出る時に、下手すると誘拐監禁となるこの手段を聞かされていたミシュリーヌ様から、「オスカーが度を越した所業をするようなら直ぐに助けるので連絡をしなさい」というメッセージが届けられた。
ミシュリーヌ様は前々から男爵家の疑惑を王太子殿下から聞かされてご存知だったらしい。
でも下手にわたしの耳に入り、自らもなんとかしようと危険な行動をするのが目に見えていたから敢えて黙っていたのだそうだ。
だから縁談も待ったを掛けておられたのね。
そして既にわたしの両親にも全てを話して、再婚約の了承も得ているらしい。
なんと仕事の早い……でも、良かった。
男爵親子の捕縛やその他の罪の一件でオスカーは多忙を極めているが、夜には必ずこのアパートに帰って来てくれる。
わたしが日がな一日アパートでのんびりしている間に、オスカーは全てを片付け、全てを元通りにしてしまった。
世間では悪逆な令嬢に引き裂かれた悲劇の婚約者が困難を乗り越えて再び結ばれる……なんていう記事が出回っているそうだ。
これはかつての男爵の手法の意趣返しだと王太子殿下が指示された事らしい。
今度はこちらが世論を味方にして、わたし達の再婚約を広く周知させるのが目的だとか。
そしてわたし達は無事に再婚約を結ぶ事が出来た。
もう二度離れたくないと、わたしとオスカーは再婚約を結んでわずか三ヶ月で結婚式を挙げる。
わたしのウェディングドレスはミシュリーヌ様が「第一王女の名に懸けて!」と仰って僅か三ヶ月で仕立てて下さった。
本当にわたし達の為に尽力してくれた方々には感謝してもしきれない。
いつか必ず、このご恩は何かの形でお返ししたいと思っている。
そして結局、わたしとオスカーは結婚した後もあのアパートに住み続けている。
だってわたし達が元通りになれる喜びを互いに噛み締めた場所だし、
初めて結ばれたのもこのアパートだったから。
人生の中で大きな出来事の場となったこアパートから離れ難くなったのだ。
そしてこれからもこの場所で様々な思い出や幸せを作ってゆくのだろう。
オスカーと二人で。
もう戻れないと思って諦めた、
かけがえのない日々を二人で大切に生きていくのだ。
終わり
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補足です。
悪どい男爵親子は爵位剥奪、領地没収、財産もほとんど取り上げられたそうな。
その上、父親である男爵は長く労役に就かされたらしいです。
男爵令嬢は親戚の家に身を寄せたそうですが、その家の者と諍いを起こし、ヒステリックに喚きなが出て行った後の消息は誰にも分からないそうです。
その為オスカーは万が一に備えて、生涯警戒を怠らなかったとか……。




