とある夫婦(15)前世の夫は今世では義兄です
わたしの母がルイズ子爵であった義父と再婚したのは、わたしが14歳の時だった。
早くに夫(わたしの実父でもある)を病気で亡くした母は、ルイズ子爵家のメイドをしながら女手一つでわたしを育ててくれた。
そんな長くルイズ子爵家に勤めていた母に、子爵様のお手がついたのだ。
先代の子爵夫人が病で亡くなって十年、ひと肌恋しくなった子爵様が母の全てを望まれたそうだ。
そして男女の仲になって直ぐに母は子爵様に結婚を申し込まれた。
平民である母はそれに酷く気後れをし、何度もお断りをしたそうなのだが是非にと乞われ、やがてその手を取ったのだった。
こうして連れ子としてわたしは母と共にルイズ子爵家で暮らす事となった。
そして子爵様…義父の方の連れ子である嫡男のスタンリー様(18)に引き合わされた時、わたしの中に雷のような衝撃が走った。
恋に落ちたとかそういう類の衝撃ではない、その顔を見た瞬間に前世の記憶が蘇ったという衝撃だ。
なんとスタンリー様はわたしの前世の夫だったのだ。
それが生まれ変わってスタンリー=ルイズとなってわたしの目の前に現れたのだ。
何故わたしにだけ前世の記憶が戻ったのかは分からない。
結婚してわずか数年で病により儚くなったわたしを、神様が憐れんで前世の記憶を戻してくれたのかもしれない。
だってスタンリー様には前世の記憶は一切ない感じだったから。
でもハッキリ言って、前世の記憶が戻ったからといってどうって事はないしどうしようもない。
勿論それを打ち明けるつもりもない。
「わたしは前世で貴方の妻でした」
なんて打ち明けたところで頭のおかしな義妹が出来たと嘆かれるだけだ。
それに、わたしは義兄となったスタンリー様に嫌われている。
わたしが話かけると露骨に嫌そうな顔をするし、あまり会話をして下さらない。
それはそうか。
昨日まで平民だった娘っこがいきなり屋敷に来て、今日からはお前の妹だから大切にしなさいと言われても納得いかないだろう。
ましてやこんなどこにでも居るような平凡な容姿のわたしなんて……
これが超絶美少女とかだったりしたら、少しは喜んで貰えたのだろうけど。
前世では恋愛結婚だっただけに、わたしは少しだけ凹んだりした。
でもたとえ前世の夫だとしても今世でのスタンリー様は別人だし、年齢差もあるし、義理とはいえ兄と妹だし……で、わたしは早々に前世で夫に抱いていた恋情を封印する事にした。
前世は前世、今は今、である。
まぁそれどころではなくなった、という理由もあるけれど。
俄子爵令嬢になったわたしの、間に合わせ淑女教育が怒涛のスケジュールで開始されたからだ。
16歳のデビュタントまで二年。
マナーや一般教養、そしてダンスにエステと、わたしはルイズ子爵家に相応しい令嬢となる為に徹底的に磨き上げられた。
このような場合、前世の記憶があるとホント助かる。
前世では男爵家の娘であったわたしは、それなりに淑女としての嗜みがあったからだ。
前世の記憶を取り戻すまではすっかり忘れていたが、思い出してしまえばこちらのものである。
とかいって何の素養もない筈なのにいきなり出来てしまうのも不自然なので、
そこは徐々に…でも普通よりも飲み込みが早くて筋が良い、なんて教師陣から絶賛される程度には調整しておいた。
そんなこんなで月日は過ぎてゆき、わたしは16歳になりとうとうデビュタントを迎えた。
デビュタントとして出席する夜会へのエスコートは義兄であるスタンリー様が務めてくれる事になった。
わたしには婚約者が居ないので当然といえば当然だが、なんだか申し訳ないなと思ってしまう。
元平民の俄仕立ての義妹のエスコートなんて、ホントはしたくないんだろうなぁと思いながら、デビュタントの為の純白のドレスで着飾りエントランスへと降りて行く。
エントランスで待っていてくれたスタンリー様を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
ちょっ……スタンリー様ってば盛装姿がなんて素敵なのっ……!
長身でスタイルの良いスタンリー様はまるでどこかの国の王子様のように夜会服を着こなされていた。
前世でも彼はどんな服を着ても様になっていたなぁ……なんて思いながら、わたしはスタンリー様に声をかけた。
「お義兄様、お待たせして申し訳ありません。今日はどうぞよろしくお願いいたします」
その声を聞き、階段を見上げたスタンリー様がわたしを見た瞬間に目を眇めて柳眉を寄せる。
そんなに気に食わないのか。
そしてそんなにドレス姿が似合っていないのか。
メイド達が頑張ってくれたんだけどな。
前世でのデビュタントの時は真珠の妖精のようだと褒め称えてくれたのに……
わたしは沈みそうになる気持ちをなんとか引き上げて、堂々とスタンリー様を見つめた。
視線が合い、更にスタンリー様は嫌そうな顔をする。
はいはい、申し訳ないですね。
でも仕方ないでしょ、気に食わなくても貴方の義妹になったんだから。
文句があるなら貴方のお父様に言って下さいませ。
わたしはそう言いたい気持ちを隠して笑顔を貼り付ける。
するとスタンリー様が無言でわたしに手を差し伸べて来た。
?あ、はいはい、エスコートですね。
一応ちゃんと責務は果たしてくれるんですね。
ではファーストダンスが終わるまではよろしくお願いしますね。
わたしは心の中でそう呟き、微笑みを浮かべたままスタンリー様の手を取った。
ルイズ子爵家の馬車にてデビュタントボールが行われる会場へと向かう。
会場に着くとさっそく、来賓である王太子殿下の有り難いお言葉の後にファーストダンスが始まる。
わたしのファーストダンスの相手はスタンリー様だ。
この日の為に頑張って練習したし、前世での記憶もある。
それに……スタンリー様のダンスは、前世の夫の癖も特徴もそのまま受け継いでいるかのようだった。
懐かしさに涙が出そうになる。
でもこんな所で泣くわけにはいかない。
淑女の武器、笑顔でなんとか涙を誤魔化した。
そして何事もなくダンスは終わる。
わたしはほっとしてスタンリー様を見上げた。
ダンスの時には何とも感じなかった至近距離に胸がドキリとする。
スタンリー様が嫌そうに顔を背けるのを見て、わたしはカチンと来た。
嫌でも気に食わなくてもそれなりの敬意を人として払うべきだと言おうとした途端に、スタンリー様は夜会へ訪れていた複数の令嬢たちに取り囲まれた。
「ちょっ……キミたちっ……」
令嬢達の壁の向こうでスタンリー様があたふたしている声が聞こえる。
まぁ凄い。
今世でもおモテになられますこと!
前世でも彼はこうやってよく女性に囲まれていた。
その時はわたしも彼の隣はわたしのモノよと負けじとご令嬢たちと張り合っていたけど今のわたしにはそれをする理由がない。
それに嫌いなわたしがいつまでも側にいてはスタンリー様は折角来た夜会を楽しめないではないか。
わたしが側から離れれば、彼は今度は好きなご令嬢とダンスを踊れるのだ。
わたしはそっと後退り、その場を離れた。
ご令嬢の壁の向こうから、
「こらミアっ(わたしの名前です)勝手に側から離れるなっ、待ちなさい、ミアっ」
と言っている声が聞こえたけど、責任感から嫌々側に置かれてもお互い気詰まりだ。
わたしは聞こえないフリをして立ち去った。
果実水を貰ってテラスに出る。
スタンリー様の側にいた事で思いの外緊張していたらしい。
心地よい夜風にあたってわたしはほっとひと息吐けた。
スタンリー様は今頃、どんなご令嬢とダンスを踊ってるんだろう。
どんな人の腰を抱いて自分の懐に寄せているのだろう。
前世はわたしの場所だったのに。
なんとも言えない寂しさを感じて俯くわたしに、
一人の青年が声を掛けてきた。
「失礼、ご気分でも優れないのですか?」
ため息を吐いてぼんやりするわたしが体調を崩したように見えたのだろう、青年は心配そうな表情を浮かべてわたしに近付いて来た。
わたしは微笑みを返して青年に答える。
「大丈夫ですわ、少し疲れただけですの。お気遣いありがとうございます」
わたしがそう言うと、青年はほっとした様子で人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「良かった……それにしてもこんな所にお一人でどうされたのです?その純白の衣装はデビュタントのご令嬢ですよね、他のご令嬢のようにダンスは楽しまれないのですか」
「人の多い所は少し苦手なんです。夜会が終わるまでここで過ごそうと思うのですが……やはりダメなのでしょうか」
デビュタントがデビュタントボールを楽しまないなんて変だと思われるだろうか。
わたしは少し心配になってそう尋ねてみたら、彼はただ優しく笑ってこう言ってくれた。
「確かにここは月明かりに照らされて落ち着ける場所ですね。喧騒から逃げて来られたのなら僕と一緒だ」
「貴方も人が多い場所は苦手なのですか?」
「大きな声では言えませんがあまり好きではありませんね。では人ごみが苦手な者同士、僕もしばしここで共に過ごさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ふふ、エスケープですわね」
「ははは…そうですね、真珠の君……」
その言葉を聞き、わたしの心臓は跳ね上がった。
たかが真珠の君と言われただけだ。
それに前世で夫に言われた“真珠の妖精”ではないのだ。
だけど何故かその時脳裏に浮かんだのは前世の夫ではなくスタンリー様だった。
一瞬、わたしの様子がおかしかったのを気付いたのか、青年が心配しながらわたしの肩に触れてきた。
「どうしたの?大丈夫?」
見れば青年は手袋をしていなかった。
手袋をはめずに女性に触れるなんてこの国ではマナー違反だ。
16歳の小娘だと思って侮っているのが見え透いて分かった。
こちらは16歳に見えて前世の記憶も入れたら41歳だ。
ナメないで貰いたい。
見知らぬ相手に直に素手で肩に触れられる嫌悪感を抱えながら文句を言ってやろうとしたら、ふいにわたしをぐいっと引き寄せる力強い手があった。
そして肩に触れていた青年から引き離される。
「!?」
驚いて仰ぎ見ると、そこにはホールでご令嬢方と過ごしているはずのスタンリー様が居た。
「お義兄さまっ?」
スタンリー様がイラついたように言う。
「勝手に離れるなと言っただろう。ましてや一人でテラスに出るなど……だからこんな不埒な奴に捕まるんだぞ」
「な、なんだね君はっ……?」
不埒と言われてカチンときた青年が、上ずった声でスタンリー様に言った。
「こんな場所で人の義妹に素手で触れるような輩を不埒と呼ばずしてなんとする」
「くっ……、兄かっ…勝手にしろっ」
とそう言って青年は去って行った。
一体なんだったんだろう。
スタンリー様は腹立たしげにわたしに尋ねてきた。
「アイツに何をされた」
「?何も。最初はわたしの体調を気遣って声を掛けて下さったのです。不躾でマナーのなっていない方ではありましたが」
「……二度と一人でテラスには出るな、分かったな。戻るぞ」
そう言ってスタンリー様はホールの方へとスタスタと歩き始める。
心配してくれたのかそうでないのか、判断が出来なくて困惑してしまう。
わたしはスタンリー様を呼んだ。
「お義兄さま」
しかしスタンリー様から返ってきた言葉は酷く冷たいものだった。
「兄ではない」
「え?」
「キミを妹だと思った事は一度もない」
あのお前なんざ妹でもなんでもねぇ宣言をされたデビュタントから更に二年が経過して、
わたしは18歳になっていた。
一応こんなわたしでも妻にと望んでくださる方はチラホラおられるらしく、ルイズ子爵家にはチラホラ釣書が届いていた。
そろそろこの中から誰かを選んでお見合いでも……と両親と相談していた矢先に、
義父と母が馬車の事故に巻き込まれて帰らぬ人となった。
二人の葬儀はしめやかに執り行われた。
喪主は当然、襲爵して新たにルイズ子爵となられたスタンリー様だ。
義父と母、二人を埋葬した墓地から帰る時にスタンリー様が声を掛けてくる。
「……大丈夫か」
「はい……スタンリー様こそ、色々な処理をしなければならない上に喪主も見事に務め上げられ、本当にお疲れ様でした……」
わたしはデビュタントの夜に妹とは思ってないと言われから、義兄ではなくスタンリー様と名前で呼んでいた。
それに対して一度も訂正された事はないのだから、やはりわたしの事は妹とは認めていないのだろう。
屋敷へ戻る馬車の中でスタンリー様はわたしに告げた。
「全ての事が落ち着いたら……キミのこれからの事で話がある」
「……そうですか…承知いたしました」
わたしは端的に返事をした。
母が亡くなり、正々堂々とわたしを屋敷から追い出せるのだろう。
落ち着いたら……とはどの位の期間なのだろう。
それまでに身の振り方を考えておかねばならない。
せめて結婚相手を見繕ってから追い出してくれたら助かるんだけど……
いくら前世の記憶があるとは言っても、前世では苦労知らずの令嬢を経てすぐに結婚、25歳で亡くなるまで何不自由なく暮らして来たのだ。
当然外で働いた事もない。
でもここで、今世の今のわたし、ミアとして生きて来た人生が役立ってくれる。
14歳までは市井で普通に暮らして来たのだ。
その時の記憶に頼って、なんとか職を見つけて生きていくしかない。
まさか無一文で、着の身着のまま追い出されるなんて事はない……わよね?
わたしはとても不安になる。
そうやって戦々恐々と暮らす中、とうとうその時がやって来た。
「今後の事について話があるから書斎に来るように」
と、家令を通して死刑宣告を受ける。
来たっ……いよいよだわ……!
遺産を貰おうなんて図々しい事は考えていないけど、せめて新しい暮らしの基盤が作れるくらいの金額は貰おう、交渉して絶対にそれだけは勝ち取ってみせる……!
と意気込んでスタンリー様が待つ書斎へと向かった。
ドアをノックして入室する。
ソファーに座るように促され、素直に従う。
スタンリー様は向かいのソファーに座った。
さぁどこからでもかかって来いっと、わたしが毅然として前を見据えるとスタンリー様が徐に告げた。
「キミの戸籍をルイズ子爵家から除籍する」
えぇえぇ、そうでしょうよ。
妹と認めたくもない女をいつまでもルイズの戸籍に入れておきたくはないでしょうよ。
だけど……どうしてそこまで毛嫌いされなくてはいけないの?
そんな風に思われるような事を何かしたの……?
他ならぬ貴方に……前世では愛した人にそんなに嫌われる事が本当に辛い……
思わず泣いてしまいそうになる自分を叱咤して、わたしはスタンリー様を真っ直ぐ見続けた。
そんなわたしの様子を見て、
スタンリー様はふっと肩の力を抜いたように微笑まれた。
そして彼は呟いた。
「キミは前世のキミのまんまだな……」
「え?」
今のは聞き間違いかと聞き直すと、スタンリー様はそれには答えずに先ほどの話の続きをされた。
「キミの戸籍をルイズ子爵家から外し、一旦キミの母方の戸籍に入って貰う。そしてその後すぐに俺と結婚して、再びルイズの籍に入る、それでいいな?」
「……は?それでいいな、とは……?え?スタンリー様と結婚っ?再びルイズ籍にっ……?え?」
告げられた内容を理解出来ずに狼狽えるわたしの名を、スタンリー様は呼んだ。
「リファミア」
「!」
今世の「ミア」の名ではない。
「リファミア」前世の、スタンリー様の妻だったわたしの名だ。
その名をスタンリー様は呼んだのだ。
前世のわたしの名を呼んだスタンリー様の声は、
前世の夫の声によく似ていた。
名を呼ばれただけなのに、それだけなのに途端に目頭が熱くなる。
わたしは精一杯涙を堪えながらスタンリー様を見た。
「な、何故……?どうしてその名を……?」
わたしのその様子を見て、スタンリー様は今度こそ本当に肩の力を抜いたような笑顔になった。
「俺にも前世の記憶があるんだよ」
「なっ……!?それならどうして今まで何も言ってくれなかったのっ……?」
「言えるわけないだろ、キミに前世の記憶があるかどうかも分からないのに。初めて会った日にキミは前世の妻だったんだよ、なんて。頭がおかしい義兄を持ったと嘆かれると思ったんだよ」
あ、あー……そうね、わたしもその理由で言えなかったんだった。
「記憶を持ってるんじゃないかと疑い始めたのはデビュタントの夜に「真珠の君」と呼ばれて泣きそうになった顔を見た時だ。キミにも前世の記憶があって、俺が前世に「真珠の妖精」と言ったの覚えていてくれてるんじゃないかと思ったんだ」
「それならっ……それならどうしてわたしを嫌っていたのっ?わたし、何か貴方に嫌われるような事をしたっ?」
「嫌ってない」
「……え?」
「嫌いになれるわけがない」
「じゃあどうして冷たい態度をとり続けたのっ?ろくに目も合わせず、会話もしてくれない、嫌いじゃなきゃそんな事しないでしょうっ?」
「それはっ……」
それからスタンリー様は少し、いやかなり気まずそうに今までの感情をわたしに吐露した。
初めて14歳のわたしと出会い、その瞬間に前世の記憶を取り戻したスタンリー様はもう本当にどうしていいか分からなくて一人パニックに陥ったそうだ。
そしてわたしと顔を合わせる度に、前世で妻だった頃の記憶が蘇り、やり場のない恋情を持て余したらしい。
それを隠す為に平静を装ったが装いきれず、ついついしかめっ面になってしまったのだという。
「……14~15歳の義妹に対して欲情しているなんて、キミにも周りにも知られたくはないだろうっ……でも俺は上手く隠せなくて……」
「それでわたしをつき放していたと……」
「……すまない」
欲情って……まぁそうね。
わたし達は夫婦だったんだもの、かつて営んだ夫婦のアレコレも鮮明に覚えているわよね……
「デビュタントの時にわたしを見て露骨に嫌そうな顔をしたのは?」
「美し過ぎて危険だと思った。出来れば他の男の目に晒したくなくて、デビュタントを取り消したくなった」
「ファーストダンスで嫌そうだったのは?」
「キミが可愛すぎて気を抜くとキスをしてしまいそうになる。だから気を引き締め続けていたんだ」
「じゃあわたしの事を妹だと思った事が無いと言ったのは……」
「妻だった時の記憶が有るのに、妹として見れる訳がないだろう」
「もう!何よっ!!」
わたしはとうとう堪忍袋の尾が切れて、スタンリー様にクッションを投げつけた。
「前世で愛した貴方に今世では嫌われていると思って、わたしがどれだけ辛い思いをしたかわかっているのっ?今日も出て行けと言われると思って、これでお別れだと覚悟したわたしの気持ちが貴方にわかって!?」
「ごめん、すまないミア。でも今の今まで、前世の名を呼んでキミの反応を見るまで自信がなかったんだ。それでもキミを手放す事など考えられなかった。もし俺の勘違いでキミに前世の記憶が無い時は新たに縁を結び直して妻として迎え入れて、今世も夫婦として生きて行きたいと思ったんだ……」
「あ、貴方はっ、ホントにもうっ……!」
そこまで言って、わたしの涙は溢れ出た。
もう堪え切れなかった。
ずっと嫌われていると思ってた。
それなのにスタンリー様への想いを捨て切れなくて辛かった。
本当に辛かったのに………まさかスタンリー様にも前世の記憶があったなんて!
しかも変わらずわたしを愛してくれてるなんてっ!
悔しいけど、こんなの嬉しくて泣けてくるじゃない!
一人でわんわん泣くわたしを、スタンリー様は恐る恐る抱き寄せた。
彼の香りと温もりに包まれた瞬間に、また前世での記憶がぶわわっと蘇って来てますます涙が止まらなくなった。
前世で伝えられなかった言葉を今、貴方に伝えたい。
「貴方を置いて、病で先に逝ってごめんなさい。シワくちゃになるまで一緒にいようという約束を守れなくてごめんなさい。貴方に愛されて本当に幸せだった……だから、だから今世でも貴方の側に居させてください、そして今度こそわたしに約束を守らせてくださいっ……!」
「ミアっ!」
わたしを抱きしめるスタンリー様の力が強くなった。
強く、でも優しく抱きしめられる。
前世では早くしてお別れになってしまったけれど、
今世でもう一度巡り会えてこうやって同じ想いでいられるなんて……!
わたしは全てに感謝した。
きっと今、彼も同じ気持ちだとそう思いたい。
こうしてわたし達は前世に引き続き、今世でも夫婦となった。
義兄妹だったわたし達が結婚した事は、社交界ではちょっとした話題となった。
結婚式で参列客の一人に、スタンリー様はこう言われた。
「戸籍を外す処理までして妻として迎え入れたいなんて、よほど愛しておられるのでしょうなぁ~いやはや、微笑ましい事だ」
その言葉に対し、スタンリー様はわたしの手を取り、指先にキスを落としながらこう答えた。
「ええ。生まれる前から運命で結ばれていたと感じるほどに愛している妻です」と……
終わり
補足です。
両親が亡くなった事により、ミアを除籍して他人にしてから結婚するとしたスタンリーですが、
両親が存命の時は、ミアを別の家門に養子に出して、それから妻として再びルイズ子爵家に迎え入れようと企んでいたようです。
ヘタレでムッツリなくせに、虎視眈々とミアを狙って計画を練っていたんですね〜。




