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夫婦にまつわるすれ違い、または溺愛を描く短編集  作者: キムラましゅろう


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16/43

とある夫婦(12)戦利品の妻①

※女性を侮蔑するようなワードや発言が出ます。

苦手な方はご注意を。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




西方大陸史の中でも比較的“古代”と位置付けされる年代。


ハイラント、ハイラム、アデリオールなどの大国がまだその礎すら築けていないそんな時代。


国という枠組みが作られてからは久しいが、まだ“国”とは呼べないような大なり小なり様々な聚落(じゅらく)(集落よりは規模の大きな街のようなもの)が(ひし)めき合い、土地や鉱物、人間や家畜を巡っての(いくさ)が日常的に行われていた。


勝てば相手の聚落の全てを手に入れる。


領土を蹂躙し、人を殺し人を奪う。

家畜や産物、そして資源などの全てが奪われるのだ。


ウルリカの故郷もそうやって奪われた。


父や兄達は全員殺され、母や姉や妹達は皆別々にどこかへ連れ去られた。


ウルリカの家は上級戦士の家門であったが為に、女達は貴重な賓腹(ひんばら)(その時代によく使われていた身分の高い女性の侮蔑的用語)として勝者の戦利品とされたのだ。


当時15歳であったウルリカも例外ではなく、ウルリカの故郷を殲滅した聚落と同盟した衆族に褒賞の一つとして下げ渡された。


ウルリカを下賜された衆族はバルバストルと呼ばれるそれなりに力のある大きな聚落であった。


今はそれよりも更に大きな聚落の同盟族に名を連ねているが、衆族の歴史は古く、彼らの祖は最初の古の血族(エンシェントブラッド)の一人だとされている。

(詳しくは作者の他作品“後宮よりこっそり出張…”

をご覧ください☆)


そんな衆族の長の嫡子オラウンにウルリカは(めあわ)された。


オラウンが17歳、ウルリカが16歳の時だった。


初めて引き合わされた時、戦士の娘として育ったウルリカにはすぐに分かった。


このオラウンという男が相当な高位の戦士であるという事が。


血筋や身分がという事ではない。

かなり腕の立つ、名の知られる戦士だという事だ。


『まぁわたしの知った事ではない』


そうやって最初はウルリカは固く心を閉ざし、夫となったオラウンにもその家族にも、下仕(しもづか)えの者たちにも一切馴れ合おうとはしなかった。


故郷を踏み(にじ)り、家族や同朋を殺した奴らの仲間などに心まで明け渡すつもりなど毛頭なかったからだ。


気に入らないなら殺せばいい。

戦利品だから勿体無いと思うならウルリカ自ら命を絶ってもいい、そんな事すら考えていた。


しかし、ウルリカの夫となったオラウンは掴み所のない飄々とした性格で、不躾にウルリカの心に土足で踏み入って来る。


「ウルリカ!ウルリカは可愛いなぁ」


そして気がのらないうちは初夜も待つと、敗者は凌辱されるのが当たり前のこの時代に理解し難い事も言う。


「変か?そうかぁ?でも俺、お前とはホントの夫婦になりたいんだ」


『この男は一体なに?わたしをどうしたいというの?』


とウルリカは不覚にもオラウンなる男に興味を持ってしまったのだった。


それに加えオラウンはウルリカを妻として殊の外大切に扱った。


美味しいものや珍しい物が手に入ると真っ先にウルリカに贈り、ウルリカがバルストルの衣は着たくないと言うと、わざわざ故郷の聚落の衣に似せた衣を作ってくれたりもした。


そして気位ばかりが高くいつまでも馴染まないウルリカを衆族の者が罵ると、我が事のように怒って庇ってくれる。


『何故この男はたかが戦利品の(おんな)にここまでするのだろう……』


ウルリカは不思議で仕方なかった。

理由(わけ)を知りたかった。

オラウンが何を考えているのか、彼の心が知りたかった。


そして気付けば……オラウンに惹かれていた。


オラウンは本当によくウルリカを見ていた。

ウルリカのそんな小さな心の変化まで敏感に感じ取るほどに。


その夜は月の光が弱く、満天の星々がここぞとばかりに競い合うように光輝いていた。


いつものように湯浴みをし、いつものように床に入ろうとしたウルリカの寝所に、オラウンはふいに現れた。


オラウンも湯浴みの後なのだろう。

美しい黒髪がしっとりと濡れ、より艶やかに見える。


「オラウン……?」


「ウルリカ」


名を呼ばれ、ウルリカはハッとした。


その声に、その眼差しに、言いようのない熱が込められていたから。


オラウンがゆっくりと近付いてくる。

一歩一歩、ウルリカの側に。


物理的な距離というより心の距離を測っているような。



心なんて………


とっくに明け渡している。


わたしはとっくに、


お前に堕ちている。




すぐ目の前に立つオラウンをウルリカは見つめた。


ゆっくりとオラウンの手がウルリカの頬に触れる。


大きく硬くゴツゴツとした手だ。

この手で人を殺める、戦士の手だ。


だけど今はとても優しくウルリカに触れる。

触れられたところから肌が粟立つ。


この男が愛おしい。

悔しいけど、この男が好きだ。


ウルリカはそっと目を閉じた。


オラウンが小さく息を呑んだのが分かる。

そしてウルリカの耳元で囁いた。


「お前が欲しい」


その後そっと唇が重ねられた。


戦利品としてオラウンに娶られて一年。

この日とうとう、ウルリカはオラウンの本当の妻となった。





それから二年の年月が過ぎ、

ウルリカはオラウンとの間に女児をもうけていた。


男児ではなかった事にオラウンの父である長や親族や家臣は落胆したが、オラウンは生まれた娘に“マウル”と名付け、それはそれは喜び、深い愛情を注いだ。


大陸一強い男が現れてマウルを嫁にと欲しても決して渡さんと豪語するほどに。


「最強の戦士がマウルを嫁にと言っても絶対に嫁にはやらんぞっ」


「一生手元に置いておくつもり?」


ウルリカが呆れて尋ねると、オラウンはマウルを抱き上げてふくふくの柔らかい頬に口付けした。


「そうだ、どこにも嫁がせん。マウル、ずっと父さまと一緒にいような」


「ふふ、じゃあ長生きしないとね。マウルがずっとこの聚落に居られるかは父親のオラウン、貴方次第なのだから」


「この俺が早々にくたばるとでも思っているのか?」


その言葉を告げられ、ウルリカは一瞬言葉に詰まる。


「……貴方は戦士よ。いつか、どこかの戦場(いくさば)で倒されるかもしれない」


父や兄達がそうだった。

叔父も従兄弟たちも皆、皆死んでしまった。


不安になるウルリカをオラウンは後ろから抱きしめた。


「俺は死なない。俺はバルバストル一の戦士だぞ?他の聚落や小国にも、俺に勝る戦士はいない」


それでも……それでも不安になるのだ。


頼むから。


お願いだから、もう戦など起こらないで欲しい。


わたしから、これ以上大切な者を奪わないで欲しい。


ウルリカはそう願わずにはいられなかった。



しかしウルリカの願いはいつだって叶う事はない。



無情にも戦の狼煙が北の方角から上がった。


聚落の男達に緊張が走る中、同盟を結ぶ衆族からの早馬が駆けつけた。


使者はバルバストルの長に口上を述べる。


そして長が頷く、それが参戦の承諾となった。


戦を告げる鐘が鳴る。


聚落の隅々に届くように、全ての戦士に聞こえるように、大きな音を立てて鳴らし続けられた。


オラウンがバルバストル戦士の(ちょう)として指揮を執る事になったと、義母から聞かされる。


「そなたがバルバストルに来て初めての戦となります。オラウンの妻と名乗るのであれば、きっちりと戦仕度(いくさじたく)をするように。出来ますね?」


戦仕度を任されるのは初めてではない。

兄や従兄弟達の戦仕度をした事が何度もある。


しかし此度の戦仕度、自身の夫の仕度となると初めての経験となる。


準備の問題ではない、心構えの問題だ。


おそらく義母もその事を指して出来るかと尋ねているのだろう。


「はい」


ウルリカは頷いた。


「よろしい。では抜かりなく頼みましたよ」


義母はあまり笑わない人だが、なぜかその時はウルリカに微笑み掛けてくれたような気がした。




出立の日の朝。


ウルリカは戦装束(いくさしょうぞく)に身を固めた夫を見上げる。


我が夫ながら惚れ惚れするほどの美丈夫である。


毅然として見送らねば。

妻として、戦士に後顧の憂いを残させるような無様な真似だけは出来ない。


ウルリカはここ数日、無理して平然を装った仮面を付けていた。


そんなウルリカの眉間に、オラウンは指を突き立ててぐりぐりとのの字を書いてくる。


「ちょっ、なにするのっ……」


「お前それやめろ」


「え?何が?」


「無理して笑顔を貼り付けるの」


「………」


ウルリカは思わず黙り込む。

自覚があるだけに反論出来ない。


そんなウルリカにオラウンは満面の笑みを浮かべた。


「ホントは俺を行かせたくないんだろ~?いいんだぞ?行っちゃヤダぁって縋りついても」


「……バカね」


「デッカい手柄を立てて必ずウルリカとマウルの元に帰ってくるからな」


そう言ってオラウンはウルリカを抱き寄せた。


「っ…手柄なんか立てなくてもいいから無事に戻って来てっ……」


「わかったよ」


そうしてどちらからともなく唇が重なる。


最初から深く。最初から激しく。


昨夜、体を重ねた熱が再び燃え上がりそうな感覚がした。


「名残惜しいけど行って来る」


そう言ってオラウンはバルバストルの戦士達を率いて出陣して行った。



それからひと月。

戦況は味方の有利が続いていると聞く。


ウルリカは不安になるだけだとあまり戦の状況については耳に入れないようしていた。


ただ日々を懸命に生きるのみ。


マウルをしっかり育てる事だけである。


そんな中、ウルリカに話しておきたい事があると義母が訪ねて来た。


義母はすやすやとよく眠るマウルの顔を見て小さく笑みを零してから、ウルリカに告げた。


「……わが同盟側の戦況が有利なのは聞いているわね?」


「はい」


「オラウンがかなりの手柄を立てているそうよ」


「それは……何よりです」


「あまり嬉しくなさそうだけど」


それはそうだ。ウルリカにしてみれば手柄よりも無事の帰還、それが望む全てだから。


「……高位の戦士なら、戦の度に褒賞として妻を下賜されるのは当然知っていますね?」


「はい」


「強い戦士ほど多くの妻を貰える、それも分かっていますね?」


「……はい」


ウルリカは義母が何が言いたいのかが分かった。


此度の戦で、オラウンは必ず上位聚落の長から賓腹を下賜される。

そして当然、それを妻として迎えるという事なのだ。


高位の戦士は一夫多妻が認められているから。

オラウンにウルリカの他に妻が出来る、それを覚悟しておけと言うのだろう。


義母自身も義父の四人いる妻のうちの一人なのだから。


「……わかりました」


ウルリカは義母の目を見て、静かに頷いた。




それからふた月が過ぎ、有利な状況は変わらないが膠着状態が続いているという。


しかし時が経てば経つほど不安は増してくる。


敵陣も味方の陣も、双方の兵士は相当疲弊している筈だ。


慢性的な疲れは隙を生じる。


その一瞬の隙であっという間に戦況がひっくり返される、そんな事も起こり()るのだ。


ウルリカの故郷が殲滅されたきっかけもそうだった。


ウルリカは毎晩、月に祈る。


どうか夫が、オラウンが無事に帰って来るように。


深刻な傷を負わず、無事に戻って来るように。


それだけでいい。


他には何も望まない。


ただ無事に戻って、笑顔で抱きしめてくれるだけでいい。


ウルリカはそう願った。



それから更に二週間ほどが過ぎ、ようやく戦が終結したという知らせが入る。


直ぐにでも戦士達が帰還すると聞きウルリカは安堵した。


しかしオラウンが聚落に着いて、その無事な姿を見るまでは安心出来ない。


ウルリカは変わらず毎日祈り続けた。



『どうか、どうか早く帰って来て……オラウン、無事な姿を早く見せて……!』


そしてとうとうオラウンが戦士達と共に帰還した。


出陣時の半数以上の戦士が戻らなかった事が、戦の凄まじさを物語る。


聚落に残っていた皆が戦士達を出迎える。

心から労い、その健闘を讃えた。


ウルリカは走った。

義母がマウルを預かってくれるというので甘えた。


すぐに、すぐにオラウンの元に駆けつけたかった。


「……!」


そしてウルリカは黒馬からひらりと下馬する夫を見つける。


『オラウン……!』


どうしたのだろう。

あんなに気が急いていたのに、いざ夫の姿を見たら足が動かなくなってしまった。


様子を見るにとりあえず五体満足のようだ。

ウルリカが声を掛けようか迷ったその時、オラウンの方がウルリカに気付いた。


瞬間、オラウンが大きく破顔する。


それを見たウルリカは胸がきゅううとなって締め付けられた。


「ウルリカっ!戻ったぞっ!!」


オラウンがウルリカに向けて両手を広げた。


「っ……!」


知らず、体が動き出していた。


もう決して止まらない。


ウルリカはオラウンの胸に力いっぱい飛び込んだ。


それをオラウンは危なげなく受け止める。


三ヶ月ぶりの夫の温もりに涙が止まらない。


腕の中で小さく嗚咽を漏らすウルリカを、オラウンは力強く抱きしめてくれた。


「おかえりなさいっ…無事で良かった……!」


「ただいまウルリカ。心配かけたな」


本当に心配した。

出陣を見送ってから、生きた心地がしなかった。


でもいい。もういい。

無事に帰ってくれたなら、それだけでいい。


ウルリカがふぅと安堵の息を吐いたその時、

頭より高い位置から声が聞こえた。



「いつまで私を放置する気?」


「……!?」


見ればオラウンの馬の上に一人の女が乗っていた。


オラウンが乗せていたのか。


「!」


そこでウルリカはハッとした。


そして理解する。



オラウンが自ら連れ帰ったこの女性が自分と同じ下賜された戦利品だと。


オラウンが新たに妻として迎えた女性なのだという事を。




          つづく


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