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 一級品のティーカップが私の前に差し出された。


「先日はお茶会に誘って頂きありがとうございました」


 頭を下げようとするヒロインを制止した。


「こちらこそ参加してくれたのは嬉しかったけど、参加者がそうそうたる顔ぶれで楽しめたか心配していたのよ」

「皆さん王太子殿下に夢中でしたから友達はできませんでしたが、それなりに楽しめましたよ」


 それなりに…ですか…。


「楽しんで頂けたのなら良かったわ」


 今日はヒロインがルディをどう思っているのか探りにきたのだが、いつ話を切り出そう…。

 お茶を啜るとヒロインが言いづらそうに眉を寄せてうつむき加減で私を見た。


「ただ…一つ気になったのですが、クラヴリー公爵令嬢はルディウス様をいじめていらっしゃるのですか?」


 お茶を吹き出しそうになり咽た。

 相手は平民出身だから仕方ないけど、貴族社会でいじめとか唐突に言われると違和感しかないな。


「えっと…どういう意味かしら?」


 周りからみたら私ってルディをいじめているように見えるのか?

 それとも原作の主要部分は無理やり変換されてしまうとか?

 突然の衝撃発言に動じまくっている私の心とは裏腹に努めて冷静に切り返した。


「クラヴリー公爵令嬢の話をする時はいつもルディウス様から緊張感が漂っているので、もしかしたらお姉様を恐れていらっしゃるのかもと思ったのです」


 あの無表情のルディからそこまで感じ取れるとは…。

 長年一緒にいる私でさえ最近になってようやく少しだけ読めるようになったくらいなのに。

 ヒロインのハンカチを見てわずかに口角を上げたルディの姿を思い出した。

 そう…だよね…。ヒロインにだけは心を許している設定にしたのだから気付いて当然と言えば当然なのか。


「それにルディウス様はクラヴリー公爵令嬢とは家族ではないと仰っていましたから」


 ヒロインの言葉にショックを受けた。

 私にはよく『姉ではない』と言うけれど、まさか他の人にまでその話をしていたなんて。

 これじゃあ私と仲が悪いと思われても仕方がないじゃない。

 驚く私にヒロインは咄嗟に口元を押さえた。


「今日お話ししたことは内緒にしておいて下さい。ルディウス様もきっとクラヴリー公爵令嬢には知られたくなかったと思いますから」


 もしかして私は自分が思っているよりもルディに嫌われているのか?



 帰りの馬車に揺られながら流れる景色を呆然と眺めていた。

 ルディに対する気持ちを確認するために訪問したのに、まさかルディが自分をどう思っているかについて聞かされるとは…。

 そんなに嫌われるようなことしてたかな?

 幼少の頃にダンスで足を踏みまくったことを根に持っているとか?

 それともしつこく付き纏っていたのが嫌だったとか?

 それとも…。

 心当たりがあり過ぎるな。

 やはりルディに愛を与えられるのはヒロインだけなのかもしれない。

 そうなるとあと私に出来ることは少しでもこの悪環境から抜け出させるようにルディをあの家から解放してあげることかな。

 流れる景色に映る町の人達は皆キラキラと輝いて活気に満ちているように見える。

 私も頑張ったんだけどな…。

 目を閉じると堪えていた涙がポタリと零れ落ちた。



 公爵邸に到着すると真っ先に出迎えてくれたのはルディだった。


「姉上。どちらに行かれていたのですか?」


 ルディの姿にヒロインから聞いたことを問い詰めたくなったが堪えた。

 今聞いても揉めるだけだしヒロインにも黙っていて欲しいと頼まれたし。


「ルディが心配するようなことはなにもないから」


 自分でも驚くほど冷たくなった口調に慌てて言い直した。


「ほら!この前のお茶会、初めてだったでしょ?どうだったかな~って感想聞きに行っただけだから!」


 無理矢理明るく振舞って誤魔化したが無表情のルディからは何も読み取れない。

 やっぱりヒロイン以外はこの男の本音を暴けないのかも。


「何かあったのですか?」


 屋敷に入ろうとする私の後ろからわずかだが心配そうな声音が聞こえてきて振り返った。

 表情は全く変わらないが確かに今、声音には少しだけ変化があった。


「心配…しているの?」


 ルディが口を開こうとした瞬間、耳障りな声が屋敷の中から飛んできた。


「玄関先でお喋りなんてみっともない。公爵令嬢である自覚を持ちなさい」


 屋敷の方に顔を向けると扇子をパチリと閉じながら険しい顔つきをした母が立っていた。

 この人は何かにつけて私を怒鳴りつけたいらしい。


「申し訳ありません、お母様」

「全く出来損ないのあなたは伯爵にそっくりだわ。こんな子が娘だなんて本当に恥ずかしい」


 私もあんたみたいな毒親に似なくて良かったわ。

 原作での私は母に従順だったが、今の私は母が嫌いなルディとよく一緒にいるということもあり当たりが強い。


「姉上を責めないで下さい。俺が引き留めたせいなんです」


 ルディが口を挟んだ瞬間、母の顔が不快そうに歪んだ。


「人の話に口を挟むなんて何様のつもりかしら。これは私と娘の問題なの。他人が口を挟まないで頂戴」


 いくら嫌いだからと言ってもこれは言い過ぎだ。


「お母様!口を慎んで下さい!ルディはこの公爵家の嫡男なのですよ!」

「嫡男というだけで夫には相手にもされていないじゃない」


 このクソババア!自分が公爵夫人だからっていい気になりやがって!

 公爵も何でこんな女が好きなんだ?


「そんなことを言ってお父様に捨てられても知りませんから」


 これ以上ルディに母の嫌味を聞かせたくないと思い、切り上げるつもりで言った言葉に母の体が怒りで震えだした。


「あなたに何が分かるって言うのよ!!」


 腕を振り上げる母の姿に幼少期に受けた虐待を思い出し体が強張った。

 母の腕を掴みたいのに体が動かない。


 ぶたれる!


 強く目を瞑ると「ビシッ!」と嫌な音が辺りに響いた。

 が、痛く…ない?

 恐る恐る目を開けると私の前に立っていたのは母ではなく逞しい背中だった。

 ルディがどうして私の前にいるの?大分後ろの方にいなかった?

 瞬間移動した??


「何を騒いでいる」


 何が起きたのか理解出来ずにいると屋敷の中から別の威厳ある声が聞こえてきた。


「あ…あなた…これは…」


 しどろもどろになる母の言葉を補足するようにルディが現れた公爵に状況を説明した。


「公爵夫人が姉上を叩こうとされたのです」


 次の瞬間「バシッ!」という激しい音とともに母が頬を押さえて床にへたり込んだ。

 …え?公爵が母を叩いた??

 まさかのDV?


「お前達は部屋に戻っていなさい」


 こんな衝撃的な場面の後でも声音も表情も変えない公爵に、この二人は間違いなく親子だと改めて認識することになるなんて。


 ルディに促されて二階に上がるとルディが私の手を掴んだ。


「姉上。大丈夫ですか?」


 聞かれて初めて気が付いた。

 自分が震えていることに。

 想像以上に母の虐待がトラウマになっていたようだ。


「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから」


 笑いながら顔を上げるとルディの頬から血が流れ出ていた。


「ちょっと!ルディ、血が流れてるじゃない!」


 「ああ…」と頬を拭うルディの麗しい顔には切り傷が出来ていた。

 恐らく指輪か何かで引っかかれたのだろう。

 本日二度目のあんのクソババア!

 ルディの顔になんてことしてくれてんだ!


「どうして叩かれたの?ルディなら受け止められたでしょ?」

「腕を掴んでいたらまた面倒な事になりそうだったので」


 確かに母に嫌われているルディが腕など掴んだ日には「暴力だ!」と騒ぎかねない。


「だからって自分を傷付けてまで私を庇わなくても…」


 痛々しいルディの頬に手を寄せると掴まれて頬を摺り寄せてきた。


「自分が傷付くより姉上が傷付いた方が許せないので」


 無表情なのにどこか真剣なルディの瞳にドキリと心臓が動いた。

 これは今、どういう状況でしょうか?

 家族じゃないなんて言いながら表向きは仲良くしておこうという演技?

 でも表向きだけで自分を犠牲にしたりする?

 いやでも私を油断させるための罠かもしれないし?


 もうルディが何を考えているのか全然わからないよ!!


「手当てする物持ってくるから部屋で待ってて!!」


 急に恥ずかしくなりルディの手から手を抜くと救急箱を取りに駆け出した。


 後で気付いたが救急箱を取りに行くとか…これって使用人に頼めば済む話だよね?





読んで頂きありがとうございます。

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