無様なハンカチ
そんなにハンカチが欲しいのならとルディにある条件を出した。
それは…。
「ルディウス様はいつ来られるのですか?」
令嬢達の眩しい視線が一斉に主催者である私に向けられた。
ティーカップをソーサーに戻しながらにこやかな笑みで令嬢達を見回した。
そう、私は今、ルディ提案のお茶会の真っ最中なのだ。
しかもここに集まっているのは私をお茶会に誘った令嬢の中でも主要な家柄の令嬢達。
本来は誘われたお茶会に出席するのがマナーだが、ハンカチ作りに忙しいからまとめてお茶会をしてしまいたいと考えた私はルディを餌に令嬢達を集めることに成功したのだ。
失礼だと怒ってもいいところなのに、みんな喜んで参加してくれるのだからルディの人気の凄さが窺える。
もちろん本人同意のもとですから。
というよりハンカチ無しか餌になるかどっちがいい!って聞いたら「どうせ殿下を連れて来なければいけないので餌でいいですよ」と。
確かに…。
しかも今日のお茶会もルディがほとんど準備してくれたから、やる事の無い私はハンカチ作りに専念する羽目に。
お茶会の準備をしたいのかと聞かれればそれも嫌だけど…。
「実は皆さんにお伝えしていなかったのですが、本日は王太子殿下もお越しになる予定なのです」
令嬢達には伝えていなかった情報を与えると目の輝きが益々増した。
前もって伝えておくと大事になりそうだから黙っておいたのだが、令嬢達の反応を見る限り正解のようだ。
「それで上座の二席が空いていたのですね」
エドワール侯爵令嬢が興奮気味に手を叩いた。
ヒロインに嫉妬していじめるくらい王太子を狙っていた子だからテンション上がるよね。
チラリと隣に座るヒロインを窺うとテーブルの下で大事そうにハンカチを撫でている。
そのハンカチの刺繍に目玉が飛び出た。
クラヴリー公爵家の紋章じゃない!
複雑な公爵家の紋章を見事に再現したハンカチは売り物になりそう…いやいや。これはきっとルディに渡そうとヒロインが作ったものだろう。
ハンカチを見つめるヒロインの顔が恋する乙女のようで嫌な予感がした。
まさかルディのことが好き…とか?
ちょっと待ってよ!
ヒロインと王太子は赤い糸で結ばれているはずでしょ!?
だって原作では一目見ただけで運命を感じたって設定にしてあるのに。
もし本当にヒロインがルディを好きだとしたら、ルディとヒロインが結ばれて王太子はフリーになって公爵令嬢である私が婚約者最有力候補…。
もうこの際ここにいる誰でもいいから王太子の興味を引いてくれ~!
「姉上。お待たせしました」
困惑したまま振り返った私にわずかだがルディの眉間に皺が寄った。
しかしルディの後ろから顔を出した王太子の姿に平静を取り戻そうと気持ちを落ち着かせながら立ち上がった。
「ようこそお越しくださいました、殿下。ルディ、殿下をお席に案内して差し上げて」
「私はここでいいよ」
王太子が言う『ここ』とは超下座。つまり私の隣の席だ。
「殿下、ご冗談を…」
私はここで気が付いた。
私が席を譲ったら隣はヒロインじゃね?
「殿下、でしたら私の席に…」
「君。椅子を持って来てくれないか?」
席を譲ろうとする私を無視して給仕をしていた使用人に指示を出した。
王太子の圧と絶対に椅子を持ってくるんじゃねえ!という私の圧を受けてオロオロする使用人を見て仲裁に入ったのはルディだった。
「殿下。我々は呼ばれた身ですから決められた席に着きましょう」
もっとごねるかと思われたが、王太子はルディの言葉に素直に従った。
この二人、原作より仲が良い?
こうして無事、お茶会は開かれたのだが…。
ルディと王太子は令嬢達から質問攻め。
隣に座るヒロインも割り込むことが出来ずチラチラとルディに視線を送っている。
ルディが気付いているかどうかは分からないが、気付いていたとしても今は対応出来ないだろう。
そしてもう一つチラチラとある視線が私に向けられているのだが…その視線に関しては完全に気付かないフリを決め込んでいる。
ヒロインと王太子をくっつけようと考えて開いたお茶会だったけど、ヒロインがルディを好きだとしたらもう一度考え直す必要がありそうだ。
失敗に終わったと確信した私はひたすらお茶を啜り続けた。
その結果。
本日何度目か分からないトイレに駆け込んだ。
スッキリした帰り、人気の無い場所にルディの姿があり声をかけようと近付いたところで立ち止まった。
そこには頬を薄っすらと赤く染めながら可愛くルディを見上げるヒロインがいたからだ。
別空間のような空気を醸し出す二人を見て慌てて隠れた。
ヒロインはあの立派な刺繍を施したハンカチを取り出すとルディに差し出していた。
そのハンカチを見たルディの口角がわずかに上がったのを見て心臓が気持ち悪いくらい脈を打ち始めた。
私には見せてくれた事のない…笑み…。
ヒロインからのプレゼントだもんね。そりゃあ嬉しいよね…。
ポケットにしまっていたハンカチを取り出した。
そのハンカチに施された刺繍はところどころ歪んでおり、お世辞にも上手いとは言えない代物である。
…抹消しよう。
そう決意し顔を上げると耳元で囁かれて思わず振り返った。
「あの二人。とてもお似合いだね」
そこにはにこやかな笑みを浮かべた王太子が立っていた。
「そ…そう…ですね…」
お似合いか…。
王太子の言葉に何故か気持ちが沈んだ。
ルディがヒロインを好きなら応援したいと思う気持ちはある。暴走しない程度にではあるが…。
でも実際に二人が楽しそうにしている姿を目の当たりにすると物悲しい気持ちになるのはどうして?
王太子から視線を逸らしお茶会の会場へと歩き出した。
「周りから見たら私とあなたもあの二人のように見えるかな?」
「見えないと思いますよ」
見えてたまるか!
「では見えるような関係になりませんか?」
私の手を取り口付けようとする王太子から手を引いた。
「殿下。以前にもお話ししましたが私が王太子妃になるのは危険が伴います。本日集まった令嬢達でお考え直し下さい」
「やはりそういう企みだったのか。ルディウスがやけに熱心に誘ってくるから何かあるとは思っていたけれど」
「ご不快になられたのでしたらお帰りになられますか?」
…なんだか私、自暴自棄になってる?
王太子に対して若干冷たい言い方になっている自分に驚いた。
「なるほど。一筋縄ではいかないようだ」
溜息を吐きながらもどこか楽しそうな王太子が手を差し出してきた。
「会場までエスコートするくらいならいいだろ?」
王太子の微笑みに先程のルディの嬉しそうな表情を思い出し目の奥がじんわりと熱くなった。
なんで泣きたいの?
よく分からない感情を隠すように王太子の手を取ったのだった。
お茶会は無事終わり、私は自室の暖炉の前でユラユラと燃える火を見つめていた。
手には無様なハンカチが二枚。
投げ込みたいのに投げ込めず、このような状態になってしまっているのだ。
心の中では二人の私が葛藤していた。
こんな無様なハンカチを渡したらヒロインの立派なハンカチと比べられて呆れられるわよ!あいつ絶対「下手くそですね」とか言いそうだし!
別に約束したんだし、いつものようにこの無様なハンカチで笑いを取りに行けばいいじゃん?笑わないけど…。
どちらにせよハンカチが無様である結果は変わらないのが悲しい。
溜息を吐いていると部屋の扉がノックされたのだが、考え疲れていた私は何も考えずに入室を許可した。
「姉上?」
暖炉の前で項垂れていた私はかけられた声に背筋を伸ばし振り返った。
「何か用!?」
慌ててハンカチを後ろ手に隠した。
「…この部屋、熱くないですか?」
「そうかしら!?ちょうどいいと思うけど!?」
暑さのせいか突然のルディの登場のせいかは分からないが、ダラダラと嫌な汗が流れる。
「熱でもあるのでは?」
ルディのひんやりとした冷たい手が私の額に当てられた。
気持ちいい。
「姉上…汗だくですけど…?」
ルディの心地よい手に一瞬我を忘れた私は慌てて手に持っていたハンカチで汗を拭いた。
「ちょっと暑いかもね!」
「そのハンカチ…」
ぎゃあ!!
再び隠すも部屋の状況からルディは色々察したようだ。
「そのハンカチは俺のですよね?」
まだ所有者は私です。
「ルディは今日、とても立派なハンカチを貰ったでしょ?ハンカチばっかり持ってハンカチ王子にでもなるつもり?」
「ハンカチ王子ってなんですか?それにハンカチを貰ったってどういうことですか?」
「今日、セルトン伯爵令嬢からハンカチ貰ってたでしょ」
不貞腐れたような物言いになっていたことを訂正しようと慌てて顔を上げるとルディが思わぬ言葉を発した。
「もしかして嫉妬しています?」
その言葉に顔の温度が急激に上昇した。
いや!これは部屋が暑いせいだ!
「嫉妬なんかしてないわよ!令嬢達からこんなにモテる義理弟がいて私は鼻が高いわ!」
無言のルディにダラダラと嫌な汗が流れてくる。
ハンカチ使ってもいいかな?
「俺がお茶会の準備と餌になった報酬はちゃんと貰いますよ」
それを言われると困る。
差し出された手の上にハンカチを置くと、ルディは無言のままハンカチで私の汗を拭った。
燃やす前にせめて一度でも使ってあげようという優しさね。
ホントよくできた義理弟で!
「燃やすなら今ですよ」
ルディが向かいやすいように暖炉の前を空けてあげると、ハンカチを持ったまま暖炉に向かうルディ。
まあルディが燃やすなら仕方ないよね。
自分なりには一生懸命作ったのにという悲しみと燃やされて当然の代物だよと納得する二人の自分が葛藤していると火かき棒を操作する音が聞こえてきた。
「ハンカチは貰っていませんよ」
暖炉の火を弱めて立ち上がったルディが私と向き合った。
「俺にとっては姉上の汗と血が染み込んだこのハンカチの方に価値がありますから」
確かに何度も針で刺して血まみれだし、汗はさっき拭いちゃったからね。
それにしても変態発言だな。この子、大丈夫か?
と言いつつちょっと嬉しくなっている自分がいたのだった。
読んで頂きありがとうございます。