ハンカチへの執念
「痛!」
むうう。
指を咥えながら恨みがましく睨んだ…手元にあるハンカチを。
刺繍が苦手だということを知っているくせに二枚も頼んでくるなんて。
絶対に嫌がらせだ。
指を咥えながら昨夜のことを思い出していた。
「それで?面倒事を俺に押し付けて殿下と何を話されていたのですか?」
使えなくなったというハンカチを乱雑に仕舞いながら尋ねてきた。
面倒事って相手はヒロインですよ?
「楽しくなかったの?」
「面白味のない普通の踊りですからね」
変な踊りで悪かったわね!
「なんか私を王太子妃にしたいんだって」
「断ったのでしょう?」
断らなきゃいけない前提?
務まらないとは思っているが当たり前のように言われると引き受けたくなるのは何故だろう。
「もちろん断ったわよ」
それにしても王太子に目を付けられるとか厄介だな。
手玉に取るつもりではあったけど、実際王太子妃になれと言われたら話は別だ。
なんで出会って間もないのに結婚の話にまですっ飛んでんのよ。
男女の友情は存在するのかの是非を皆に問いたいわ。
というより私、原作者なのにルディのことも王太子のことも把握できてない?
こいつら実物になると全く読めなくなるのだが。
「もう面倒だからヒロインと結ばれてくれ」
「ヒロイン?」
考えることを放棄した私の呟きにルディが反応した。
「さっきルディが踊った令嬢のことなんだけど…」
「ああ。セルトン伯爵令嬢ですか」
「なんで名前知ってんの!?」
「…」
なんだかんだ言っても盛り上がっていたのかしら?
まあ彼女はヒロインだし当然だよね。
それに彼女を二人が取り合ってくれないと話は始まらないから…って始まったらダメでしょ!
でも王太子はヒロインに押し付けたいしどうしたらいいんだろ?
「それで?セルトン伯爵令嬢がどうされたのですか?」
「殿下とくっついたら話は早いのに…」
思わず出てしまった言葉に口を塞いだ。
ルディがヒロインを好きだとしたら戦争勃発の危機である。
しかしルディは顎に手を当てて感心したように唸った。
「姉上。それはとても良い案ですね」
え?まさかの賛成?
戦争勃発はどこに行った?
「是非、協力させて下さい」
こうしてルディが協力するという奇妙な展開になったのだっ…。
「協力するので報酬のハンカチは忘れないで下さいね」
こうしてハンカチ制作から逃げ出せない展開になったのだった。
「痛!」
このまま作業していたら指に穴が開きそうだ。
休憩と背伸びをすると扉を叩く音が聞こえ、入室を促すと公爵家の執事が箱を抱えて入ってきた。
「お嬢様。お手紙が届いております」
そう言いながら差し出されたのは抱えていた箱だった。
普通手紙って封筒に入った薄い物だよね。
手紙って言いながら箱を渡すとかおかしくない?
渡された箱の中身に目をやると…なんじゃこりゃ!?
箱の中にはお店でも開けそうなくらい色とりどりの封筒で埋め尽くされていた。
相手は紙なのに箱から這い出てきそうなくらいの欲が渦巻いているように見える。
見るの怖いな…。
「…えっと…これは…?」
聞かなくても分かってはいるが返品出来る物なら返品したい。
「お茶会のお誘いです」
ですよね~。
きっと昨日王太子と踊った事で注目されたのだろう。
つまりこれだけの人間に王太子の足を踏んでいたのを見られていたということになる。
「一通り目を通して頂いて参加されるものがありましたら仰ってください」
これ全部目を通すの?
ラブレターなら喜んで読むけど、中身は欲望の塊だからな。
ハンカチ作りを中断し、手紙に目を通し始めることにした。
どちらも苦行でしかないが。
読んでも読んでも終わらない手紙地獄にぐったりしていると再び扉を叩く音がした。
今度は何?もう気力は店じまいですよ。
テーブルに突っ伏したまま入室を促すと入って来たのはルディだった。
部屋の状況を見て察したルディは行儀の悪い私を注意することなくソファーに腰をかけた。
「殿下と踊られた姉上に虫が集まってきたというわけですか」
あなたにとって人は虫でしかないのか?
「ルディ。表現が悪いわよ。せめて野心家くらいにしておきなさい」
この注意もどうなんだと思ったが一番まともな表現だろう。
だって原作で殺された時の私なんか害虫扱いだからね。
せめて殺されるなら人でありたい。
体を起こして再び手紙に目を通し始めると一枚の封筒に目が留まった。
「これ…」
動きを止めた私の手元をルディが覗き込んできた。
「エドワール侯爵令嬢からですね」
そう!エドワール侯爵令嬢!
舞踏会でヒロインをいじめて泣かせた張本人だ。
そういう風に設定したのは私だけど…。
「ルディはどうして知っているの?」
「上流貴族のことは一通り把握しているだけです」
ルディが珍しく他の令嬢に興味を持ったと思ったのだが気のせいだった。
再び封筒の名前に視線を落とした。
小説の中ではヒロインをいじめたことによって王太子に目を付けられ調べられるんだけど、その流れで父親が不穏な動きを見せていることに気付いて一家は滅亡するんだよね。
小説書いている時に『そろそろヒロインと王太子の距離を縮めたいな~』なんて考えていた時にその父親を悪者にして裏取引現場をヒロインに目撃させたりしたな。
侯爵に見つかったヒロインを駆け付けた王太子が助けて、その後は胸キュンな展開が…ってそこは今、どうでもいいのだが。
とにかくこの一家は小説を盛り上げるためだけに存在した被害者ともいえる。
殺される立場になって気付いたが、なんだか申し訳ないな…。
この家の茶会だけでも参加しようかな。
「…姉上もお茶会を開いては如何でしょうか?」
めんどくさ。
「見ての通りお姉ちゃんは忙しいから難しいかも…」
「しかしセルトン伯爵令嬢と殿下を会わせるには最善の方法かと」
確かに二人を引き会わせるには都合がいいかもしれない。
王宮は許可の無い人間は入れないから、ルディに頼んで私は王太子に会えたとしてもセルトン伯爵令嬢は入れてもらえないだろう。
そうなると外で会わせる方法になるがまさか他の令嬢のお茶会に王太子を呼ぶわけにはいかないから必然的に我が家になるよね。
王太子も王位継承第二位のルディが誘えば無下には断れないだろうし。
チラリとルディを窺うも無表情のまま手紙の宛名を見ては箱に戻してを繰り返している。
誰が送ってきたか情報収集でもしているのかな?
それにしても…。
令嬢達のお茶会の参加に私主催のお茶会。
忙しくなりそうだしハンカチは免除してもらえるかな?
ニヤリと笑みを浮かべていると宛名から視線を逸らさないまま心を読まれた。
「お茶会の準備は俺がするので、姉上はハンカチ作りに専念してもらって問題ありませんから」
ハンカチへの執念が半端ないって!
読んで頂きありがとうございます。