読めない義理弟
「痛!」
「申し訳ありません!!」
「大丈夫。羽のように軽いから」
じゃあさっきの「痛!」はなんだったんだ。
「それにしてもルディウスは凄いな。外から見ているだけだと全然分からなかったよ」
ダンスのことですか?
義理弟が褒められて嬉しいが、私は完全に下手くそ扱いですね。
「ルディウスに指南してもらおうかな。痛!」
「申し訳ありません!!」
集中しているのにあんたが変なことを言い出すから!
「ルディが言うには癖が強いので私以外の方とは踊れなくなるそうですよ」
王太子が一人の女性以外と踊れなくなるとか問題だし。
「それはとても興味深いな。痛!」
興味を持つんじゃない!
一から十まで説明しないと理解出来ないのかこの男は!
そんな子に書いた覚えはありませんよ!
「ご冗談を。殿下が私以外の女性と踊れなくなったら妃になられる方が大変ですわ」
「痛!」
集中してるんだからこれ以上余計な話をしないでよ。
「私はレリア嬢を王太子妃にと考えているのだが?」
王太子妃って…私が王太子妃!?
「痛い!!」
「申し訳ありません!」
っていうか今のはこいつのせいだろ!
王太子妃って言えば政務をこなしたり、貴族のマダム達と親密になるためお茶会を開いたり、他国の要人達を接待したりするんでしょ!?
めっちゃめんど…力不足で務まらないわ。
あなたとは良いお友達止まりにさせてください。
「殿下には私などより相応しい女性がいらっしゃいますわ」
ちょうどダンスが終わり挨拶をしながらヒロインを探した。
「あちらの女性など如何ですか?」
「ああ…人攫いに攫われそうになっていた女性だね」
…え!?
口をあんぐり開けて驚いていると王太子が可笑しそうに笑った。
「聞いていた通りなんでも顔に出るんだな。なぜ知っているのか気になるなら一人で中庭においで。待っているよ」
王太子が去って行くのと入れ替わりにルディが現れた。
「ずいぶん足を踏んでいたようですが、殿下と何を話していたのですか?」
「足踏んでるの分かっちゃった?」
「ええ。殿下の顔が歪む回数まで数えていましたから」
それって周りの人達も見てたってことだよね…。
そろりと振り返ると一斉に視線を逸らされた。
主に男性陣に…。
絶対こいつとは踊りたくないって思われてんだろうな。
「あの。ルディウス様ですよね?」
女性の声がして前に向き直るとそこに立っていたのはまさかのヒロイン。
ヒロインがなんで王太子じゃなくてルディに話しかけるの?
ルディは無表情のまま女性を凝視しているが、お姉ちゃんには分かっているよ。
おそらく君の中で彼女が誰か心当たりがないんだね。
今日は綺麗に着飾ってるしね。
「この前人攫いに攫われそうになっていた…」
こっそりルディに耳打ちすると思い出したのか「ああ…」と小さく呟いた。
「姉上が攫われそうになっていた時の…」
攫われそうになってたのはヒロインの方で、私が攫われそうになっていたわけではないですよ?
ん?最終的には攫われそうになっていたのか?
ややこしいな!
「ここでお会いできるとは思っていなかったので、お借りしたハンカチを持って来ていないのです」
「姉上から新しいハンカチを貰う予定なので差し上げます」
ん?そんな約束いつした?
ルディを見上げるも無表情のまま前を向いている。
「でも、お礼もしたいですし今度お会いできませんか?」
「礼は俺じゃなくて姉上にして下さい。以前も話しましたが姉上を助ける序でだったので」
「でも、ルディウス様がいなかったら…」
なんだかルディの空気がピリついているな。
でも…チラリとヒロインを窺うと全く引く気はないようで。
過去の嫌な記憶が蘇った。
このままだとイライラしたルディが暴れ出すかも…。
「あの…」
堪え兼ねた私が口を挟むと二人の視線が私に集まった。
なんか二人とも怖い…。
「ちょうど音楽も流れ始めましたし、お二人で踊ってきては如何でしょう?何か話があるようですし、踊りながらの方が楽しく会話できそうじゃないですか」
おずおずと提案するとルディが大きな溜息を吐いた。
これ!不機嫌爆発の時に出る仕草!
幼少の頃、楽しい事をすれば心を開いてくれるかもと思ってしつこく町に誘っていたらこの溜息を吐いた後、階段から突き落とされたんだよね。
低い位置から落とされたから尻餅をついただけで済んだのに、それを見た母が公爵にチクって大変だった。
無表情でお仕置き部屋に連れて行かれるルディを救うため、しつこく付き纏った自分が悪かったって公爵にしがみついて必死でお願いした覚えがある。
あれ以来、一線は超えないように気を付けていたからあの溜息を聞くことはなかったんだけど…。
ハラハラとルディの顔色を窺うも相変わらず何を考えているのかわからない無表情。
昔とは違い今はチート能力を持つルディ。
まさかここで一瞬にして三枚に下ろされるとかないよね!?
タラタラと嫌な汗を流している私から視線を逸らしヒロインに手を差し出した。
「よろしかったら一曲如何ですか?」
よ…良かった。
今回はセーフだったみたい…私の体、中身とか出てないよね?
不安になり自分の体を確認するもどこにも異常なし。
うん。大丈夫…ていうかいつまでこんなにびくびくしなきゃいけないの?
早く原作の時間軸が終わって欲しい。
柱に抱きつきながら心の中で泣いた。
それにしても何か忘れているような…王太子!
王太子をいつまでも中庭に放置するわけにもいかず、二人が踊っている間にこっそりと会場を後にした。
それにしても他の女性と踊れなくなるって言っていたが…普通に踊れてるやん。
ドレスを捲り上げ、息を切らしながら現れるとベンチに座っている王太子が可笑しそうに笑った。
「そんなに急いで来てくれて嬉しいよ」
「早く会場に戻って頂きたくて急いだだけです」
「つれないな」
そう言いながらも王太子は楽しそうに笑い、隣の席を軽く叩いた。
長居するつもりはないですけど。
なかなか座ろうとしない私に対し王太子は笑顔のまま隣の席を叩き続けた。
座らないと話をしないってか。
こんな面倒くさいキャラだったっけ?
心の中で溜息を吐きつつベンチに腰掛けた。
「それで何の話だったかな?」
「人攫いの現場にいらっしゃったことです」
あの現場を見たということはヒロインのことも見ているはず。
何も感じなかったのかな?
「ああ。お忍びで町に出ていたのだが女性の悲鳴が聞こえてね。駆け付けたら勇敢な令嬢が荷物を投げているところだった」
あの時からいたってこと!?
「そのあと攫われそうになっていたから助けようとしたのだが…ルディウスが早くて…」
ええ。疾風迅雷ですから。
「あいつ素早い上に足音を立てずに近付いてくるから時々暗殺者が来たのかと思う時があるよ」
原作ではそんなステルススキル持っていなかったのに…パワーアップしてるな。
気付いたら首と胴が離れてた…有り得る。
「ところでもう一人の女性については何か感想はないですか?」
「セルトン伯爵令嬢か。子供のいない伯爵が施設にいた彼女を養女にしたとか」
王太子の言う通り、ヒロインは赤子の時に施設に預けられ施設育ちとなっている。
そんな彼女は昔から老若男女問わず誰からも好かれる子で伯爵も魅了され引き取ったという設定なのだ。
世の中、可愛いは正義というではないか。
王太子も彼女の素性を調べたということは少なからず興味がありそうだけど。
「それより私はレリア嬢の今後について話をしたいな」
「…今後?ですか」
「私の妃になるという話だよ」
まだ続けるの、この話!?
何とかして切り抜けないと!
「わ…私が王太子妃になると…とても危険だと思います」
「どう危険なの?」
どう危険って…色々失敗して国が傾きます。
そこでふと思いついた。
そうだ!この手があった!
「ルディが殿下のお傍でお仕えしているのに、私までもが王太子妃になったら父であるクラヴリー公爵が力をつけてしまいます。国のことを考えるのでしたら避けるべきではないでしょうか…」
ルディは王位継承権第二位を保有している。
公爵が力をつけてしまうと王家としては謀反を起こされる可能性も出てきてしまう…ってよく王族が絡む小説とかで使われる鉄板ネタを使ってみたけど大丈夫だよね?
「自分の家の家門が権力を得る絶好の機会なのに…そういうところもいいね」
王太子が立ち上がりながら手を差し出してきたので立たせてもらうと、私の手を自分の唇に近付けて口付けてきた。
口付けをしながら上目遣いでこちらを見つめてくる王太子の仕草にドキリと胸を高鳴らせていると背後から冷淡な声が…。
「殿下。姉上から離れて下さい」
「お姉さんが驚くだろ。足音くらい立てて来いよ」
王太子は手を離すと笑いながら会場の方に戻って行った。
なんだ。ルディのことを見ていたのか。
ドキドキして損したわ。
気持ちを落ち着けていると横からルディがハンカチを差し出してきた。
どこも汚れてないと思うけど…。
ハンカチの意味が分からず体のあちこちを確認しているとルディが私の手を持ち上げた。
「痛い!痛い!痛い!皮膚めくれちゃうから!!」
突然ごしごしと私の手を拭き始めたのだ。
「何々?急にどうしたの!?」
「これはもう使えませんね。姉上。ハンカチをもう一枚追加でお願いします」
この子の言動がほんっっっっっとうに読めないわ!!
読んで頂きありがとうございます。