【コミカライズ記念】陰ながら……
時折見せるルディの闇の表情に、ある日の出来事を思い出す。
あれはクラヴリー公爵家で飼っていた番犬からルディを救った、痛辛い思い出の後のことだった。
「お茶会……ですか?」
クラヴリー公爵に呼び出された私とルディが言い渡されたのは、私と母がクラヴリー公爵家の一員になったことを知らせるお茶会を開くという話であった。
「お前達には茶会に参加する貴族の子ども達の接待を任せようと思っている」
貴族の子ども達という言葉に頬の筋肉が引きつる。
絶対偉そうな子どもとかいるよね。
「ルディウス。お前が率先してレリアを手助けしなさい」
公爵が冷たい視線をルディに投げかける。
「はい」
ルディも無表情のまま淡泊に返事を返す。
この返事から察するに、絶対乗り気じゃない気がする。
ストレスで暴挙に走るとかないよね?
招待客の子どもだけでも手一杯なのに、ルディまで警戒していたら頭がパンクしそうだよ。
原作で殺されるのはまだ先の話だから今すぐどうこうしてくることはないとは思うけど、ただでさえルディには鬱陶しがられている。
これ以上ルディに嫌われるような行動は避けないと……。
横目でルディをチラリと窺うと、同じく横目で私を見ていたルディと目が合い、思わず顔を背ける。
な……な……な……なんか見られてるんですけど!?
怖い!!
「レリア。くれぐれも公爵家に恥をかかせるような真似はしないでちょうだいね」
公爵の隣に立つ母が、眉根を寄せながら私を見下ろす。
こういう時の母は正直怖い。
長年この身に刻んできた母の仕打ちに対する恐怖心は、そう簡単に消えるものではない。
「はい……」
俯きながら小さく返事をする。
「話はそれだけだ。二人とも下がりなさい」
公爵の書斎の扉を閉めて、息を吐く。
人がたくさん集まる会って苦手なんだよね。
母だけ参加するとかじゃダメなの?
今からもう憂鬱過ぎる。
扉の前で項垂れていると、隣から視線を感じて顔を上げる。
そこには黙ったまま、私をジッと見つめて立っているルディの姿。
え? 何?
用事が済めば早々に部屋に戻ると思っていたのに、なんで何も言わずに私を見てるの?
「えっと……お茶会はよろしくね」
恐る恐る手を差し出すと、ルディの体がわずかに動く。
……握手したくないということかな?
宙に浮いたまま行き場を失った手で髪を耳にかけて誤魔化す。
大人しく部屋に戻ろうと踵を返すと、私の後ろを付いてくる足音が聞こえてきた。
ピタリと立ち止まると、背後の足音もピタリと止む。
こ……これは……! 監視されてる!?
恐怖が倍増した私は、急ぎ足で自室へと戻った。
この日から頻繁にルディの恐ろしい視線を感じるようになったのだった。
お茶会当日。
「よう、レリア。久しぶりだな」
偉そうに声をかけてきたのは、私が伯爵家の令嬢だった時から懇意にしていた伯爵家の令息。
きっと伯爵夫妻に自慢したくて母が招待したのだろう。
昔からこの令息は私にちょっかいを出してくるから、あまり好きではない。
「公爵令嬢になった私に随分な態度ね」
あまりにも馴れ馴れしい令息の態度にイラッときて注意を促す。
「偉いのはお前の家族であって、お前は偉くないだろ」
公爵令嬢になったとはいえ、私は公爵の実の娘ではない。
公爵の妻になった母とは違い、身分が曖昧なのも事実。
「姉上。お知り合いですか?」
言い返せない悔しさから苦虫を噛み潰したような顔をしていると、どこからともなく現れたルディに声をかけられた。
「え……ええ。伯爵家にいた時からの知り合いなの」
口が裂けても友達とは言いたくない。
ルディが令息に視線を投げかけると、令息が怯んだように一歩後退した。
どうやら令息も、ルディの恐ろしさを肌で感じ取ったようね。
敵に回したら恐怖でしかないけど、味方だとうちの弟はこんなにも頼もしい。
「初めまして。ルディウス・フォン・クラヴリーです」
ルディが令息に手を差し出すと、令息は慌てて服で手を拭きルディに挨拶をする。
私と本物の公爵令息であるルディでは、伯爵令息の態度があからさまに違う。
それもそのはず。
周りからすればルディは、クラヴリー公爵家の跡継ぎという立場だから。
未来でマリエットを監禁するという暴挙に走れば、跡継ぎどころかクラヴリー公爵家の存続も危ぶまれるんだけどね。
それよりもルディが自ら握手を求めたのだが……。
それってつまり私とは握手したくなかったってこと?
ルディと仲良しになる道は、前途多難なようだ。
二人の挨拶が終わると、ルディが私の方に顔を向けた。
「姉上。他の子息令嬢達も到着したようです」
どうやらルディは招待客の出迎えのため、私を呼びにきたようだ。
「分かったわ。行きましょう」
ルディと共に向かおうと踵を返すと、突然力強い手で手首を掴まれた。
「待てよ! 招待客である僕を放っておくのか!?」
急に腕を引っ張られてバランスを崩した私は、その場で転倒。
顔面を思いっきり強打した。
「いったぁ!」
顔を上げて令息を睨むも、令息は私を見ずに真っ青な顔で正面を見据えて震え上がっている。
慌てて近くにいた公爵家の使用人が駆け付け、私を起こした。
恐らく令息は、見ていた使用人から伯爵夫妻に報告がいくかもしれないと恐れて怯えているのだろう。
立ち上がると、使用人が私の服に付いた土を払い落とす。
「こ……転んだこいつが悪いんだ! 僕は悪くないからな!」
令息はそのまま逃げ出すように、走り去って行った。
あの令息のせいで、とんだ恥を晒してしまった。
あとで母に叱られないといいけど……。
さすがにやり過ぎたと思ったのか、その後は私を見ると令息は逃げるように去って行った。
これ以上醜態を晒したくないし、ちょっかいをかけてこないのは助かる。
だが安心したのも束の間。
立ち入り禁止区域から子ども達の悲鳴が聞こえてくる。
慌てて駆け付けると、伯爵令息と彼の友達が公爵家の番犬に追いかけられていたのだ。
と言っても、今日は鎖に繋がれていたので噛まれるギリギリで逃げ切れていたけどね。
「レリア! どうして注意して見ておかなかったの!」
青ざめた母が真っ先に私を怒鳴りつけてきた。
その怒鳴り声に縮こまっていると、隣から母に冷やかな声がかけられる。
「立ち入らないように看板も立て掛けられていましたし、仕切りもされていました。そこまでしていても立ち入ったということは、彼らの教養に問題があるのではないですか」
母はルディに反論されて、気に入らない様子で奥歯を噛みしめる。
しかし他の貴族達は、ルディの『教養』という言葉に共感するようにひそひそと囁き始めた。
そんな空気に耐えかねた子ども達の両親は、そそくさと泣きべそをかいている子ども達を連れてその場を後にした。
チラリと隣に立つルディを窺う。
もしかして、私を助けてくれたのかな?
「……もっと完璧に始末する……」
立ち去る令息を眺めるルディからボソリと聞こえてきた声に、背筋が凍り付く。
始末って……何を?
令息を見つめるルディの冷たい眼差しに、将来の自分の行く末を案じずにはいられなかった。
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レアと親しそうに話す伯爵令息が気に入らない。
だから怒りと牽制の意味を込めて、わざと握手を求めて手に力を入れてみた。
緊張でレアの手も握れなかったのに、まさか初めての握手がこんな男とか……。
こんなことなら緊張など気にせず、レアの手を握っておけばよかった。
だが俺の牽制も虚しく、レアを転ばせた令息に殺意が湧く。
令息を睨むと奴は小者のように震え上がり、俺に言い訳をして走り去って行った。
レアを傷付ける奴は、誰であろうと許さない。
そんな思いで俺は奴等を犬小屋に向かわせるように仕向けた。
案の定、奴等は遊びに夢中になっていて気付いていない。
看板や仕切りが俺の手によって細工されていたことに――。
全て俺の計画通りだった。
レアが公爵夫人に怒鳴られるところまでは……。
奴等が勝手に足を踏み入れたのに、まさかレアに怒りの矛先が向けられるとは思いもよらなかった。
俺の浅はかな案で嵌めたばかりに、レアに嫌な思いをさせてしまった。
いや。そもそも転ぶレアを助けられなかったのが問題だ。
それ以前に、奴がレアの手を掴むのを阻止できなかった俺が悪い。
もっとレアを守れる知恵と力を身に付けなければ。
そして次こそは――。
あれからレアを守ることに全ての時間を費やしてきた。
そして今、俺の隣にはレアがいる。
「そういえば子どもの時にお茶会で会った伯爵令息の事、覚えてる?」
突然思い出したようにレアが俺に尋ねてきた。
「犬に襲われて泣きべそをかいていた令息ですね」
奴がレアに好意を寄せていたことは、あの時から分かっていた。
あの後も奴はレアを婚約者にしようと裏で色々と立ち回り、目障りだったのだ。
「犬が怖いからって数年前から伯爵領に引きこもっていたようだけど、あちらで結婚することになったそうよ」
「それはめでたい話ですね」
「でも犬が怖いって、伯爵領にも犬はいるよね?」
不思議そうに首を傾げるレア。
レアは知らない。
奴が伯爵領にこもる原因になったのが、俺だということを。
あの時は失敗したが、今では完璧にレアを守れている。
ご無沙汰しております。
タイトルに記載させて頂きましたが、この度、コミカライズ版がFLOS COMIC様で配信開始となりました。
作者、すでに配信されているのをこの目で確認してきております。
そしてそのまま読んでしまった……。
奥山先生の笑いのツボを押さえた描写、作者は好きです。
ご興味のある方は是非見てみて下さい!
もう読んだよと仰る読者様……この作品のファンでしょ!
え? 違う? それは失礼しました。
というわけで、本日からコミカライズ配信です!
いつも読んで頂き、ありがとうございます。