【書籍発売記念】お花見パーティー(後編)
【後書き、お話し→お話】 お花見当日。
「どうしてここにいるのですか?」
ルディの休みの日の夕方に合わせて、お花見を実行することになっていたのだが…。
眉間をわずかに寄せたルディが、屋敷に到着した馬車から下りた人物に投げかけた。
「偶然侯爵邸の前を通ったので立ち寄ったのだが、なにやら賑やかだね。なにかあるのかな?」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべる王太子。
偶然なら仕方がないと、お花見について説明しようとしてルディに止められた。
「いくら貰ったんだ、役立たず」
王太子から視線を逸らさないままルディが声をかけると、どこからともなくテネーブルが出現した。
「いや~…一発芸の練習をしながら王宮を歩いていたら見つかっちゃってさ」
ルディに睨まれてテネーブルは頭を掻いた。
「えっと…ほんの少しだけな」
「一ヶ月分の給料なしだ」
「ええ!?金貨一枚しか貰ってないのに!?」
「クビの方がいいようだな」
「まあまあ。楽しい会なのだし今日は無礼講でいいんじゃないの?」
テネーブルを弁護してあげるとルディが小さく溜息を吐いた。
「でも諜報員が安易に情報を洩らすのは問題だから、一ヶ月の給料なしはそのままね」
私の提案にルディは満足そうに頷き、テネーブルは諦めたように項垂れた。
予想外のゲストの登場に使用人達が恐縮するのではと心配したのだが…。
「殿下、グラスが空ではないですか。遠慮せずにもう一杯如何ですか?」
「ありがとう」
ルディと接する時よりも執事の態度が砕けてる…。
ルディの方が怖いのか?
「はいは~い。まず俺から一発芸」
テネーブルが挙手をしながら立ち上がると、みんなの前に移動した。
「侯爵様。金貨一枚あるか?」
テネーブルに尋ねられたルディは、金貨を一枚取り出すと彼に手渡した。
「一瞬だからよく見てろよ」
そういうとテネーブルは金貨をみんなに見えるように親指と人差し指で挟んで持ち上げた。
「ここにある金貨に息を吹きかけると…」
テネーブルが金貨に息を吹きかけた瞬間、目の前にあった金貨が消えた。
鮮やかな手品に歓声が上がった。
「これぞまさに一発芸。金貨をくれるならもう一度見せてやるぞ」
ドヤ顔で提案するも、この男…一ヶ月分の給料を手品で稼ぐ気だ。
テネーブルの意図を察したルディは冷やかな眼差しを向けた。
「渡した金貨は返せよ」
「え?完全に消したから戻せないけど?」
嘘吐け。戻せない手品なんかあるか。
「来月分の給料も無しだな」
「わー待って待って。返すから」
テネーブルはどこからともなく金貨を取り出すと、指で弾いてルディに返した。
金貨を返して貰ったルディは、金貨を仕舞いながら王太子を見た。
「次は殿下の番ですよ」
「え?私も何かするのか?」
「当たり前ですよ。飲むだけ飲んで帰るつもりですか?」
ルディ…言い方。
王太子は苦笑いを浮かべながら立ち上がると、紙ナプキンを手に取りなにやら器用に工作し、完成した物を私の前に差し出した。
「侯爵夫人へささやかだが贈り物だよ」
紙ナプキンで作られたのは一輪のバラ。
精巧過ぎる!
女性使用人達の色めき立つ声が会場にわずかに響いた。
苦笑いを浮かべながらバラを受け取ろうとすると、私と王太子の間を割り込むように手が伸びてきた。
「レア。うさぎを作ってみました」
王太子の手を遮るように差し出された手の平の上には、作った人間からは想像できないくらい可愛い…可愛いが!
どこで張り合ってんの!?
私が作り物のうさぎとバラの両方を受け取ると、ルディは無表情だが不機嫌そうに、王太子はにこやかだが不敵に見つめ合った。
二人の視線がぶつかり合い、火花が散っている。
「二人とも、止めなさい!今日は楽しい会なのだから争いは禁止です!」
片割れは王太子だが、勝手に乱入してきたのだ。
ここは郷に入っては郷に従ってもらう!
私に怒られた二人は素直に従った。
その後も一発芸は続き、盛り上がってきたところで本日のメインイベントのため立ち上がった。
「では今からビンゴ大会を開催します!」
意気揚々と立ち上がるも、全員の頭の上にはクエッションマーク。
分かっていたさ。ビンゴが何か分からないということは。
全員に紙を配り、ルールを説明すると意味が分かったのかようやく盛り上がりを見せ始めた。
「ビンゴが揃った人は大きく『ビンゴ!』と言いながら、手を挙げてね。そして一番に上がった人には…」
盛り上がるのはここからだ!
「一週間の特別休暇が貰えます!!」
これには歓声が上がった。
うん。みんな休みたかったんだね。
「レ…レア。俺は参加出来ないのですか?」
隣でお手伝いをしているルディがソワソワしだした。
この人この前一週間の休暇を取ったばかりでしょうが!
「使用人達はルディの権限でお休みに出来るけど、ルディの上司は王太子殿下だから…どうだろう…?」
チラリと王太子に視線を向けると、王太子はにこやかな笑みで返して来た。
「誰かさんが捥ぎ取った長期休暇のせいで、最近の私は不眠不休で仕事をしているのだが?」
王太子の含みのある言い方に苦笑った。
前回の一週間休暇がそうとう身に染みたのだろうか?
王太子に無表情で強い圧を送るルディの視線を遮った。
「さあ、気を取り直していってみよう!」
気持ちしょんぼりしているように見えるルディに、1~75まで書かれた紙が入った箱を差し出した。
ルディがその箱の中から一枚取り出し、私が書かれていた数字を読み上げる。
それを数回繰り返したあと、ついに最初のビンゴ者が二人出たのだ。
しかしそのうちの一人は途中まで手を挙げて、視線を逸らしながらゆっくり手を下ろした。
「ルディ…。睨んじゃダメでしょ…」
「俺が休暇を貰えないのに、あの役立たずが貰えるとか納得いきません」
駄々っ子か!
「休暇になっても呼び出されそうだし、もう一人の奴に譲ってやるよ」
大人なテネーブルの紳士ぶりに感動していると、隣に立つルディが不機嫌そうな声で呟いた。
「俺は休暇中の人間を呼び出したりはしませんから…どこかの王族と違って」
これ、私に言い訳しているのか?
ということで、二位になったテネーブルに渡したのは宝石のルース。
値段の価値を考えると一位の景品よりも良いように思えるが、侯爵家から貰ったルースを換金しようなどと考える使用人はいないと考えれば一位よりは劣る景品なのだが…。
この喜びよう…金欠になったこの男は間違いなく即換金するだろう。
ビンゴ大会が終わり、各々雑談で盛り上がっていた。
そんな中、隅に座るルディの隣に腰をかけた。
「ルディ、ありがとう」
ルディはお礼の意味が分からず首を傾げた。
「ルディはいつも私の好きなようにさせてくれるでしょ。もしルディ以外の旦那様だったら、こんなに自由にさせてもらえないと思うから」
ルディの肩に頭を乗せて、楽しそうにしている使用人達を眺めた。
「レアの夫は俺以外あり得ませんよ」
「だからもしもの話だって」
「もしもでもあり得ません」
「もしもでも嫉妬してるの?」
おかしくなりクスクス笑いながら顔を上げると、真剣な表情のルディと目が合った。
「嫉妬していますよ。レアが他の男と話をしているのを見るだけでも嫉妬します。俺はレアが思っている以上に執着心の強い男ですから」
不安そうに見つめてくるルディにクスリと笑うと、ルディは目を瞬かせた。
いまさら執着心が強い男宣言するの?
一週間も部屋に閉じ込めていたくせに?
「ルディのことは私が一番分かっているつもりだけど?」
笑顔を向けると緊張が解けたのか、わずかにルディの口元が緩んだ。
「どんなルディでも私は傍にいるよ」
ルディの顔が近付いてきて…。
「侯爵様!私はあなたにお仕え出来て幸せです!!」
「ぐぅっ!」
突然、乱入者に抱きつかれたルディの体は横に逸れた。
こ…これは…。
「最初の頃は侯爵様が怖くて何度も辞めようかと思いましたが、ここまで立派に成長された侯爵様を今では誇りに思っております!」
「そ…そうか…」
まさかの泣き上戸!?
おいおいと泣きながらルディに抱きついている執事に、珍しくルディがタジタジになっている。
そんなルディの姿が可愛くて笑っていると、困ったような視線を向けられた。
「レア…笑っていないで助けて下さい…」
「ルディ、人気者だね」
「奥様!これも全て奥様のおかげです!私は一生あなたに付いて行きます!!」
ルディから私へシフトチェンジ…。
「レアに抱きつくな」
とはいかず、ルディが執事を気絶させた。
これ…執事の目が覚めたら胃薬だけで済むだろうか?
春らしく花見のお話しにしてみました。
読んで頂きありがとうございました。