【書籍化記念】賭け事の代償(後編)
食後、客間に移動した私達。
ルディも王太子もいつもより口数が少なく…怖い…。
テネーブルに目で話題を作れと訴えると、テネーブルは頭を掻きながら口を開いた。
「そういえば、何で勝負するんだ?」
よくぞ振ってくれました。
テネーブルのフリに、私はトランプを取り出し掲げた。
「ジジ抜きで勝負よ!」
そう、これに盛り上がったのは私、一人…。
残りの三人の頭にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいるのか、各々が首を傾げた。
「ババ抜きは以前一度だけやったからルディは知っているでしょ?」
新しいゲームをたくさんやり過ぎて直ぐに浮かんでこないのか、ルディは少し考えたあと返事した。
「ああ。あの戦略も何もない、ただただ対になった札を捨てるだけのやつですね」
その通り。何故かルディはジョーカーを全く引くことなく、淡々と勝負がついたあのゲームのことです。
私が過去の虚しい勝負を思い出している間に、ルディが王太子にゲームの大まかな説明をしてくれた。
「しかしあれでは勝負にならないのではないですか?」
二度目のその通り。
どうやって見極めているか知らないが、ジョーカーを透視出来るルディの手にジョーカーが渡らなかった時点でこちらの負けは確定する。
「だからこそのジジ抜きよ」
三人が三様に再び首を傾げた。
「ジジ抜きは札を配る前に、私がこの札山からみんなに見えないように一枚抜いておくの。つまりこの中には対にならない札が必ず一対出来るということよ」
全員が理解したのか各々が相槌を打った。
「なるほど。つまり最後の三枚になるまで、どの札が足りないかが分からないということか」
王太子が感心したように唸った。
「そういうことですか…。これならばババ抜きよりは頭を使う必要がありそうですね」
ババ抜きを馬鹿にするなよ!!私が弱いから面白くないだけだから!!
ルディの言葉に憤慨寸前の私を、テネーブルが「まあまあ」となだめた。
「じゃあ一枚抜くからね」
私は山札の中から一枚抜くと、みんなに見えないようにスカートのポケットの中に仕舞った。
トランプを二人に順番に配り終えると、二人は次々にペアのトランプを捨てていった。
二人しかいないこともあり、残った札はわずかになっている。
どんな札が残ったのか気になった私は立ち上がると、応援している王太子の札を後ろから覗き込んだ。
…前からの視線が…痛い…。
ルディは無表情でこちらに視線を送ってきているのに、手元も見ずに王太子の札を取っては捨ててを繰り返している。
ルディの視野は一体どうなっているんだ?
「今からでも謝ったら?これ負けたら本当にやばいぞ」
私の隣に立って勝負を見守っているテネーブルが、こっそり耳打ちしてきた。
でも王太子まで巻き込んで今更引けない。
「殿下が負けるとは限らないでしょ!」
私も小声でテネーブルに返した。
「う~ん…。でも侯爵様が負ける想像が出来ないんだよな…」
不吉な事を言うな!!
相手はヒーロー王太子だぞ!!
簡単に負けられたら困る!…私が。
一日ルディに好き放題された日の事を思い出し身震いした。
そんなやり取りをしている内に残るカードが三枚となっていた。
これで勝負が決まる…。
ゴクリと唾を飲み込むと、ルディが私にしか分からない程度に口角をわずかに上げた。
嫌な予感しかしない!!!!!
「レアがいくら殿下を応援しようとも、殿下が俺に勝てることはあり得ませんから」
「嫉妬しているのか?」
揶揄かうような口調で王太子が挑発するも、ルディは無表情のまま淡々と答えた。
「最初から嫉妬などしていませんよ」
嘘吐け!!…と言いたいところだが、勝負をする話が出てからルディは一切動揺するような様子は見せていない。
もしかして…私、自分が思っているよりもルディに愛されていない?
自分で仕掛けたことなのに、あまりにも変わらないルディの様子に、物悲しい気持ちになった。
「どれだけレアが他の男を応援しようと、レアは俺の女神です。レアが最後に味方になるのは俺だけですから」
私が王太子の応援をしてもルディが嫉妬しないのは、私が本当に好きなのはルディだとルディ自身が分かっているから…。
お互いの想いを知っているからこその言葉に胸が高鳴った…が。
今回に限っては全くルディの味方になるつもりはない。
ルディが好きでもそれとこれとは別である。
勝負の世界とは非情なのだ。
「なので殿下の手元にあるハートのクイーンは俺が頂きます」
王太子の手元には、残りの二枚のうちの一枚にルディが宣誓した通りにハートのクイーンが交ざっている。
え!?どういうこと!?捨てた全てのカードを暗記していたということ!?
驚きのあまり思考が混乱している間にルディは王太子の手から一枚カードを抜き取ると、私達に見えるように自分の手元に集まった二枚のカードを私達に向けた。
クイーンが揃ってる!!?
どうして!?王太子も表情を隠すのが上手いはずなのになぜ分かったの!?
「だから言ったでしょ。レアは俺の女神だと」
は?私?全力で王太子の応援をしていましたけど?
「俺が『ハートのクイーン』と言った瞬間に、レアがカードに視線を送ってくれたお陰です」
…。
つまり…。
私のせいで負けた!?
「さすがレアです。俺に勝って欲しくてわざと殿下の応援に回ったのでしょ」
ルディは無表情なのにどこか満足そうに足を組んだ。
王太子もテネーブルも苦笑いで青ざめている私を見た。
だってまさか私の視線まで利用するなんて考えていなかったから!
「殿下、私のせいで負けてしまってごめんな…」
「心配しなくても殿下に多くの事は望みませんよ」
私が王太子に頭を下げる寸前でルディが口を挟んだ。
「ルディウス…お前…」
王太子も私もルディの優しさに感動の眼差しを向けた。
「明日から一週間ほど俺が休めるように手配してくれるだけで十分です」
感動が一気に凍り付いた。
「い…一週間?一日じゃないのか?」
「ですから、明日一日で一週間休みが取れる手配をして下さい。簡単なお願いでしょ?」
珍しくニッコリと笑うルディに私も王太子も青ざめた。
「一週間は…少し長くないか…?」
「一ヶ月でもいいですが?」
「一週間で手を打とう!」
即答!?
いや、でも私のせいでこうなったわけだし…。
「殿下!本当に申し訳ありま…」
「レア。一週間もお休みが取れましたよ」
再び頭を下げようとしたところで、近くまで来ていたルディに引き寄せられた。
あなたは一週間も何をする気ですか!?
「…言う事を聞くのは明日だけだよね?」
「ええ。ですから明日一日は他の男を応援したお仕置きをして、残りのお休みは他の男の事など考えられないくらい俺を刻んであげますよ」
嫉妬していないとかどの口が言う!!
「ルディが勝てたのは私のおかげって言ってたよね!?」
「ええ、そうですね。でも、無意識に助けたのと進んで助けたのとでは話が別です」
なんだかさっき心の中で聞いたような言ったような…。
「勝負の世界は非情ですから」
心の中、読まれてる!?
ルディは顔を上げると、驚愕の表情を浮かべる私の頭上からテネーブルに視線を移した。
「レアの手紙を届けた褒美をくれてやるから、欲しい物を考えておけ」
「やった!!」
「ちょっと!手紙の話、ルディにしたの!?」
喜ぶテネーブルを睨むと心外だとばかりに眉を寄せた。
「言うわけないだろ?侯爵様の事だから、どこかで見てたんじゃねえの?」
「だってあの時気配は無いって!?」
「気配はなかったけど、俺と夫人の内緒のやり取りを侯爵様が黙って見逃すわけないだろ。絶対俺に分からないように、どっかから見てんだろうな~とは思ってた」
それ意味ないから!!
項垂れる殿下を見送ると、ルディが怖いくらい優しい笑みを私に向けた。
「今日から一週間が楽しみですね」
こ…これは…監禁バッドエンドってやつですか!?
一週間後…。
艶々の肌に色気増し増しのルディがアンニュイな表情で呟いた。
「やはり一ヶ月にしておくべきだった…」
もう絶対賭け事なんかしないからーーーーー!!
いつも読んで頂きありがとうございます。
あらすじにも記載させて頂きましたが、この度、角川ビーンズ文庫様にて書籍化の運びとなりました。
連載中から応援して下さっている方は、あとがきにポロリと事情を書いたりしていたので驚かれたかもしれません。
なぜなら作者も声をかけて頂けたことに、とても驚きましたから…。
しかし、これも皆様が温かく作品を見守って下さったおかげだと思っております。
応援して下さっている皆様には大変感謝しております。
今後ともよろしくお願い致します。