結末の行方
スプーンで掬ったスープをフーフーして冷ました。
「はい、あ~ん」
スプーンをルディの口に近付けるとルディがスプーンを咥えた。
そしてその光景を見ていた人物は口を開けたまま放心している。
「レアに看病してもらえるなんて一生怪我したままでもいいです」
「もう二度と怪我しないで!本当に心配したんだから!」
頬を膨らませて怒るとルディが私の顎を持ち上げてキス…。
「おおーい!俺がいることを忘れんな!!」
には至らず、ルディが入口に立っているテネーブルを睨んだ。
「どうやら死にたいらしいな」
「やめて。絨毯が血で汚れるから」
「大丈夫ですよ。敷地内を汚すようなことはしませんから」
「でもルディの手が血で汚れる…」
「なんてレアは優しいんですか」
「お前ら頭湧いてんじゃねえか?」
見兼ねたテネーブルが会話を遮るとルディが鋭い視線を投げかけた。
「口の利き方には気を付けろ」
「いつもこの利き方じゃねえかよ」
「レアは侯爵夫人なんだ。敬意を持って接しろ」
「はいはい。奥方には敬意を表させて頂きますよ」
これ以上はテネーブルが気の毒だと立ち上がった。
「もう行ってしまうのですか?」
無表情なのに耳が垂れている子犬のように見上げるルディに誘惑されそうになるもルディが療養中の今、侯爵夫人としてやるべき仕事はやらなければ。
「休憩時間にまた来るから、ルディはちゃんと療養していてよ」
くぅ~ん…という鳴き声に後ろ髪を引かれながら寝室を後にした。
ルディは頭を打ったあと、意識が無くなったということもあり大事を取って一週間の安静を医者から命じられた。
本人は王宮には行きたくないが、私と一緒にはいたいようで気付くとベッドから抜け出してくるのだ。
大人びた子だとばかり思っていたが、過去に両親に甘えられなかった反動が今きているのかもしれない。
病気の時って人恋しくなったりするしね。
「それにしても夫人は随分変わったな」
書斎に着くとテネーブルが呆れ顔で私を見た。
「以前ならあんな恥ずかしいこと絶対に嫌がってやらなかっただろ?」
夫婦のコミュニケーションを恥ずかしいことって失礼な。
まあ確かに以前なら頼まれても顔を真っ赤にして逃げていたかもしれない。
「ルディが目を覚まさなければ覚悟もいるってお医者様に言われた時、もっとルディの望むことをたくさんしてあげれば良かったって後悔ばかりしていたんだ」
だからルディが助かった今、目一杯愛そうと決めたのだ。
「それならせめて人が見ていないところでやれよな」
「あなたが勝手に見てたんでしょ。むしろこっちが被害者よ」
「俺は侯爵様にあの時間に来るように言われたの!むしろわざと見せつけられたんだよ!」
もしかしたら恋人同士のようだった発言を根に持っているのかもしれない…。
「それより本当にいいの?」
本題に入るとテネーブルは頭を掻いた。
「ああ。今回の件でこういう仕事も面白れえかもって思ってな」
「これに署名したらもう後戻りは出来ないわよ?」
私の目の前には一枚の雇用契約書が置かれている。
「善人か悪人か分からない人間を殺すよりも悪人を裁く手伝いをした方が気分いいしな」
そのテネーブルの言葉に私は契約書に署名した。
「これであなたはランドール侯爵家お抱え諜報員よ」
実は夜会の前にルディの元に報酬の件で話をしに来ていたテネーブルとある契約が交わされたのだ。
それがこの専属諜報員。
ルディは元々の約束だった暗殺免罪符を渡すつもりだったらしいのだが、テネーブルがルディに提案したらしい。
だがルディは私が公爵に見つかったことを随分根に持っていたらしく…他の私怨も含まれていそうだが…見つかった原因を調べ出すことが出来たら認めると約束したそうだ。
その後、夜会で私が追い込まれそうになった時に助けてくれたこともあり、渋々許可が下りたのだ。
王太子も公認しており、今までの暗殺を免除する代わりに国のために尽くせと仰っていたそうだ。
テネーブルが侯爵家お抱えの諜報員になることで益々国に利用されるとルディは嫌がっていたけどね。
王太子的にはそれも狙いだったのかもしれない。
「ルディにだけは迷惑かけないでよ」
契約書を渡すとテネーブルは丸めながら笑った。
「あんたら夫婦はホント似た者同士だよ。自分よりも相手を優先するところが」
そう言って姿を消したのだった。
仕事を終え、寝室に戻るとベッドにいるはずのルディがいなくなっていた。
慌てて部屋を出ると執事からルディがホールで待っていることを告げられ急いで向かった。
ホールの扉を開けると中央に騎士の正装姿のルディが立っていた。
やだ、カッコイイ!!って見惚れてる場合じゃないでしょ!
「ルディ!休んでなくて大丈夫なの!?」
私が駆け寄るとルディは片膝を突き、頭を垂れた。
「私、ルディウス・フォン・ランドールはレリア・アメール・ランドールの幸せを生涯かけて守り通すことを誓います」
ルディは私の手を取るとそっと口付けた。
「騎士になった時から騎士の誓いはレアだけに捧げると決めていたのです」
そう言いながら立ち上がったルディは執事からたくさんの黄色いフリージアとカスミソウの真ん中に一輪の紫色のレアの花を交ぜた花束を受け取ると、私に見えるように差し出した。
「どんな綺麗な花もレアの前では霞んでしまいます」
たくさんの花に囲まれても目立つレアの花はまるでこの花束の主役のようだ。
「俺にとってこの世界はこの花束そのものです」
ルディが花束を抱えながら私の目の前まで歩み寄った。
「レア、俺と生涯をともに歩んでもらえませんか」
ルディから花束を受け取ると嬉しさで涙が込み上げてきた。
「じゃあ、私も誓うね。生涯をかけてルディと一緒に幸せになるって!」
笑顔で見上げるとルディの口元が緩みそっと顔を近付けてきた。
ルディの二度目の笑顔に私の心臓は破裂寸前。
ここで耐えなきゃ女じゃない!
結局ルディの甘く長いキスに翻弄されて気絶したのだった。
私、初夜で死ぬかも…。
結婚式はルディの怪我の件もあり、侯爵邸で密やかに行うことにした。
「この前の夜会は面白い記事が書けそうだったのに呼んでもらえなかったから、今日は一面飾らせてもらうぞ」
「フィルマン社長!書くのは僕なんですから!」
ルディが大怪我を負ったってのに不謹慎な新聞記者達だ。
ヒロインが奉仕に入れられた翌日、フィルマン社長が直々に抗議しに来たのだ。
国営新聞社としては一番に報告してもらわないと困ると。
たぶん他の貴族なら抗議しないのだろうが、私とフィルマンの仲ということもあったのだろう。
まさかあんな事件が起きるなんて誰も予想していなかったし!
だから今回の結婚式は招待してやったのだ。
「それにしてもあんたが侯爵様に仕えることになるなんてな」
フィルマンが久しぶりに再会したテネーブルの肩に腕を置いた。
「あんたと一緒で事件を追うのが面白いって気付いたんだよ」
「侯爵家をクビになったらウチで雇ってやるぞ」
「俺は高けえぞ」
「そこは友情割りだろ」
みんなで笑い合っていると王太子が遅れて到着したと知らせを受け出迎えに向かった。
「遅れてすまない」
「良いご身分ですね」
「誰かさんがずっと療養しているお陰で毎日忙しくしているよ」
「俺一人抜けたくらいで忙しくなるなんて弛んでますね。これを機に他の奴等の気を引き締め直したら如何ですか?」
王太子相手にここまで言えるルディが凄い。
反論出来ない王太子も逃げるように私の方を向いた。
「いつも綺麗だが今日は格段に綺麗だね。ルディウスと別れたら私はいつでも君を歓迎するよ」
この人、一生結婚しないつもりなのだろうか?
「殿下、世継ぎは作って下さいよ。俺とレアの子をあてにするのだけは止めて下さい」
ルディとの子ってことはつまりこれからはそういうこともするってことで…。
顔を赤らめる私に王太子はやれやれと溜息を吐いた。
「心配しなくても王太子の務めは果たすよ。お幸せに」
なんだかんだ言いながらも最後は微笑みながら会場へと立ち去って行った。
ルディが暴走しないように必死で愛した結果は結婚ハッピーエンドってところかな。
まあ王太子とヒロインには悪いことしちゃったかもしれないけど。
でもあのまま二人が結婚していたとしても挫折を知らないヒロインはどこかで歪んでしまっていたかもしれないし、結果的には良かったと思いたい。
それにしてもルディと子供がいる結婚生活か。
きっと楽しい生活が待っているんだろうな。
これからの生活に妄想を膨らませているとルディが私の耳元で怪しく囁いた。
「これで我慢は解禁ですね」
ん?
見上げると怖いくらい怪しく笑うルディに嫌な予感がした。
「一生レアを閉じ込めて楽しめますね」
こ…これは…まさか…。
監禁バッドエンドってやつですか!?
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
最終話まで書き上げられたのもひとえに皆様の支えのお陰です。
ハッピーエンドではなかったので反応が怖いですが、私的にはある意味ハッピーエンドと思っております。
皆様は如何でしょうか。
折角なので最後のランキングを載せたいと思います。
同率第一位
全ては君を守るために(ルディウス視点):作者読み返してみましたが、いまだに読者心解析できず
秘めた想い(ルディウス視点):作者もこの回は好きです
途中までずっと『全ては君を守るために』が一位を独走していたのですが、終盤で変動しました。
第三位
ここは天国ですか:初の試みで三位は嬉しい結果です!…あとがきが良かったとかではないですよね?
納得の結果でしたでしょうか?
たくさんの『いいね』ありがとうございました。
読んで頂きありがとうございました。