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初めて見せた感情

「『結婚申請書』?何よこれ!?」


 突き出した紙に全員の視線が集まった。


「この紙切れがなんだって言うのよ!結婚は教会で申請しなければ認められないのよ!」

「王位継承権を持つルディウスの結婚は少し特殊でね。子孫繁栄のため王位継承権を持つ者は本人達の署名と王の許しがあれば結婚として認められるんだ。この二人に関しては先程、陛下の許可が下りた」


 事情を知らないヒロインに王太子が説明してくれた。

 ここに来る前に王太子にお願いしたのはこの『結婚申請書』の申請についてだったのだ。


「殿下の仰る通り、王位継承権を持つルディは陛下の許しがあれば…」


 私は息を吸い『結婚申請書』をヒロインのさらに近くに突き出した。


「24時間365日結婚が可能なのよ!!」


 見よ!このコンビニ結婚を!!


「できれば日中に申請はして欲しいところだがな」

「…これで分かったでしょ!私はもう陛下も認めるれっきとしたランドール侯爵夫人なのよ!!」


 王太子の言葉を無視して話を続ける私にテネーブルが王太子の肩を労わるように叩いた。


「こんなのは無効よ!だってルディウス様は気を失われているのに署名できるわけがないじゃない!!」

「言葉を慎みなさい!!」


 取り繕うのを止めたヒロインを一喝した。


「署名は本物よ。なぜならルディからこの用紙を渡された時にはすでにルディの署名が入っていたから」

「筆跡からも間違いはない。それに今の君の発言は許可を出した陛下を侮辱したことにもなりかねない」


 王太子が付け足して弁護してくれた。


「殿下。彼女の処罰は私に任せてはもらえませんか?」


 この会場でトップの王太子を差し置いて勝手に処罰は出来ない。

 お伺いを立てると王太子が小さく頷いた。


「今回の件はランドール侯爵邸で起こったこと。当主のルディウスが不在の今、夫人に全権を委ねよう」


 王太子の許可も下りた。

 さあヒロイン、覚悟しなさい!

 ヒロインに向き直ると最後の抵抗とばかりにヒロインが声を荒げた。


「私は悪いことはなにもしていないわ!全て勝手に階段から落ちた侯爵夫人に非があるのではないですか!?」


 そんなヒロインをルディ直伝無表情で見下ろすとヒロインが恐怖で体を震わせた。

 す…凄い…私でもこんなに効果が出るなんて。


「あなたは言い逃れの出来ない罪をいくつも重ねていることに気付いていないのね」


 静かに話し始めた私の言葉に身に覚えがないヒロインは目を瞬いた。


「あなたは故意ではないにせよ私にぶつかったと言っていた」

「それが…何よ…」

「あなたがいたあの場所は侯爵家の私的空間にあたる場所であり、立ち入りを禁じられている場所。今日の夜会では道に迷ったにしてもわざわざ階段を上る必要がないのは周知の事実。だからあなたが階上にいた時点で不法侵入罪になるのよ」


 盲点だったのかヒロインの顔が青ざめた。


「さらにあなたは私にぶつかった後、救助もせずにその場を逃げ出している。これは過失致傷罪になる」


 私にぶつかったと皆の前で話した以上、言い逃れは出来ないわよ。


「そんなあなたは自分に罪はないと反省する素振りもなく、開き直るという暴挙。よってあなたには光の家の奉仕で償ってもらうわ」


 私の下した罰に初めてヒロインが焦りの色を見せた。

 光の家で育った彼女なら知っている。

 これが何を意味するのか…。

 光の家は犯罪者によって両親を殺された子供達が集まる施設。

 実はこの施設の運営は犯罪者達が毎日朝から晩まで収容所で強制労働させられて稼いだ一部のお金で賄われているのだ。

 つまりそこに入れられる彼女は一生施設の子供達のためだけに働き続けなければいけないということになる。


「どうして私が強制労働をしなければいけないの!私は伯爵令嬢なのよ!!」


 王位継承権を持つ侯爵主催の夜会でこれだけの騒ぎを起こした彼女を養女にしておくほどセルトン伯爵もバカではないだろう。


「あなたは自分の罪と向き合いながら、お世話になった光の家に恩返しをしなさい。そうすれば少しは初心の頃の自分を取り戻せるでしょう」


 ヒロインを引き離すようにスカートを翻すと背を向けた。


「マリエット・ドゥ・セルトンを連れて行け」


 終焉を察した王太子が騎士に指示を出すと引きずられるようにヒロインは連れ出された。

 犯人を捕らえてもルディが目を覚ますわけではない。

 事件が解決しても、気分は全く晴れなかった。



 その後、侯爵夫人として他の招待客のお詫びの対応に追われた。

 だが侯爵夫人となった私とお近づきになりたいと判断したのか文句を言ってくる人がいなかったのは幸いだった。

 最初に文句を言ってきた貴族も手の平を返したようにペコペコと恐縮した様子で私の前を通り過ぎて行った。

 ルディを敵に回したくないのだろう。

 そんな矢先、執事が慌てた様子でこちらに向かってきて心臓が嫌な音を立てた。

 ルディに何かあったの!?


「侯爵様がお目覚めになりました!!」


 ルディが…目を覚ました。

 張りつめていた緊張が解け、その場に座り込むと涙が溢れた。


「ここは任せて行っておいで」


 座り込む私に手を差し出した王太子の言葉に甘えて私はルディの待つ部屋へと急いだ。



 部屋に入ると横になっているルディが私に手を伸ばした。

 私はその手を掴み頬を寄せるとルディの手が涙で濡れた。


「怪我はないですか?」


 怪我をしたのはルディだよ。

 真っ先に私の心配をしてくれるルディに大きく首を振った。


「ルディが死んだらどうしようって怖かったんだから!」


 泣きじゃくる私の涙をルディが指で拭った。


「レアを泣かせるのは嫌ですが、俺の為に泣いてくれているのは少し興奮しますね」


 一瞬で涙が引っ込んだ。


「ルディ…私、前に言わなかったっけ?」

「レア以外の涙には興奮しませんから」


 喜んでいいのか気持ち悪がっていいのか分からない発言だな。


「そういえばルディに謝らなければいけないことがあるの」


 ルディに『結婚証明書』を渡さず、勝手に王様の許可を貰ってしまったことである。


「実はルディに内緒で結婚しちゃったの」


 ルディの目が見開いた。

 初めて見たルディの驚いた表情に私の方が驚いた。

 勝手に結婚しちゃったのがそんなにショックだった?


「誰とですか?」


 体を起こしたルディに肩を掴まれた。

 声音がわずかに低い。

 何か怒ってる?


「誰って…」


 『ルディ』と言おうとして言葉を呑み込んだ。

 もしかしてルディ…嫉妬してるの?


 にやぁ。


 にやけそうになる顔を引き締めて咳払いをした。

 こんなチャンスは滅多にない。

 ここは少し揶揄ってみたい!


「そりゃあ私が世界で一番大切だと思っている人と…」

「王太子ですか?それとも役に立たない暗殺者ですか?」

「違う!違う!」


 二人がとばっちりをくらいそうな展開に大きく手を振って否定した。


「では誰なんですか!?」

「それ聞いてどうするの…?」


 普段では見られないあまりの剣幕っぷりに嫌な予感がした。


「もちろん密かに抹殺します」


 怖すぎる!!

 ルディの殺気に全身に鳥肌が立った。


「殺しちゃダメ!その人が死んだら私も死ぬから!!」


 するとルディは殺気を引っ込めてブツブツと何かを考え出した。


「何考えているの?」

「どうやったらレアをそいつから引き離して忘れさせられるかを考えています」


 ルディがルディを引き離してルディを忘れさせるって…状況がカオスだ。


「悪ふざけはその辺にしておいたらどうだ?ランドール侯爵夫人」


 招待客が全員帰ったのか王太子が呆れた様子で入口に立っていた。


「てへっ!ルディの嫉妬する姿が見たくてちょっと意地悪しちゃった」


 可愛く笑ってみたがルディは目を瞬いたまま状況が掴めないようだ。


「つまりこういうこと」


 私はルディに顔を近付けて唇に軽くキスをした。


「私の世界で一番大切な旦那様!」

「よく状況がわからないのでもう一度お願い出来ますか?」


 目を閉じるルディにもう一度キスをしようとすると入口から咳払いが聞こえてきた。


「そういうことは二人っきりの時にやってくれないか」

「邪魔をしているのは殿下の方ですよ」

「お前の代わりに侯爵夫人を手助けした恩人に言う言葉か?」

「レア、心配いりませんよ。レアを死なせないためにも殿下を盾にしてでも俺は生き残りますから」

「お前、王宮騎士だよな?守るべき王族より生存を優先するってどういう騎士だ」

「殿下は俺より強いので問題ないです」

「剣術大会優勝者が何を言う」

「もう!ルディその辺にしておきなさい!殿下には陛下の許可をもらうために無理言って協力してもらったのだから感謝しないと!」


 私が王太子を庇うとルディが口元をわずかに尖らせた。

 え?拗ねてる?ちょっと可愛い。


「レア、そんなことは気にしなくて大丈夫です。昼夜問わず働く、それが王族の仕事なのですから」


 なんだか似たようなセリフをどこかで聞いたような言ったような…。


「似た者夫婦だよ。お前達は…」


 王太子の呆れたような溜息が大きく部屋に響いたのだった。





次話が最終話になります。


読んで頂きありがとうございます。

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[一言] タイトル 誤 始めて見せた感情 → 正 初めて見せた感情 じゃないでしょうか??
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