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歪んだ心

 状況を瞬時に把握した王太子の対応により侯爵邸は即時に封鎖された。


 出血は止まったが意識が戻らないルディの傍に呆然と付き添っていた。

 医者の話では頭を打ったこともあり、このまま意識が戻らないと最悪の事態もあり得ると告げられた。

 私のバカ!!浮かれて周りが見えなくなって人がいることにも気付けないなんて!!

 頭に浮かぶのは後悔の言葉ばかり。

 時間を巻き戻せたらと何度も強く目を閉じるも開けた目に映るのは静かに眠るルディの姿だった。

 ルディが助かるなら私はどうなってもいい!だからルディを助けて下さい!!

 止まらない涙を流しながら応えてくれない神に祈った。



 ルディに付き添っていると申し訳なさそうに王太子が入室してきた。


「レリア嬢。申し訳ないのだがこれ以上招待客を拘束できない。聴取は後日改めてに…」

「いえ。今から犯人を見つけに行きます」


 ルディをこんな目に遭わせた犯人を絶対に許さない。


「殿下に一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」


 この報いは必ず私が受けさせてやる!

 強く手を握ると立ち上がったのだった。



 ざわついていた会場は私と王太子の登場で静まり返った。


「お集りの皆様、長時間会場に拘束してしまい申し訳ありませんでした。ルディウス・フォン・ランドール侯爵に代わりお詫び申し上げます。ただいま当主は不幸な事故により意識が戻らない状態です。この不幸な事故を起こした犯人を見つけるまでご協力をお願い致します」

「招待客が起こした事故だと疑っているのか!?なんて無礼な!!」

「あなたが犯人でないのでしたら協力して頂いても問題はありませんよね。それともあなたが私を階段から突き落とした犯人ですか?」


 怒鳴る貴族に怒りを抑えながら静かに諭すも貴族は私に言われたことが屈辱だったのか声を荒げた。


「どうせ犯罪者の娘のお前がでっち上げた話だろう!」

「そこまでにしろ。あまり騒ぐようなら捕縛させてもらうぞ」


 王太子が貴族を黙らせた。

 民が無罪を訴えてくれても私が皆からどういう目で見られているのかよくわかった。

 でも、それでもルディを傷付けた犯人は私の手で捕まえてやる!


 私は王太子のお陰で黙った会場を歩き回った。ある物を探すために。

 そして見つけた場所で立ち止まりゆっくりと顔を上げた。


「私を突き落としたのはあなただったのね…マリエット・ドゥ・セルトン伯爵令嬢」


 私に名前を呼ばれたヒロインは目に涙を浮かべながら顔を上げた。


「どうしてそんな酷い事を仰るのですか、クラヴリー公爵令嬢」


 敢えてクラヴリー姓を出す事で私を悪者に仕立て上げようとしているのだろうけどそうはいかないわよ。


「あなたのドレスの足元に付いた青紫色の粉。それが証拠よ」


 全員の視線がヒロインのドレスの裾に集まった。

 ヒロインの黄色のドレスに不自然な青紫色の擦れたような粉が付いていた。


「この粉がなんだというのですか?どこかで付いてしまっただけではないですか?」


 私はしゃがむとヒロインのドレスの粉を指で拭った。


「分かりますかこの粉が。これは花粉です」


 立ち上がり青紫色の粉が付いた指を見せた。


「じゃあ、きっと花に近付いた時に付いたのかもしれません」

「この花粉はルディが品種改良したこの国でもこの侯爵邸にしかない花粉なんです」

「ならこちらに飾ってある花の花粉が付いたのかもしれませんね」

「…この花は今回の夜会ではどこにも飾っていません。なぜならこの花はルディの許可がないと切り花に出来ないからです」

「なら花が咲いている近くで付いたのよ」


 ヒロインが苛立ちを見せ始めた。


「残念ながら花壇にある花はルディがこまめに手入れをしているので花壇に近付いてもこの花粉が付くことはありません。この花粉が付くとしたら私がルディに内緒で花粉が付いたままの花を育てたものだけなのです」


 ヒロインは言い訳を考えているのか俯くも、考える時間なんか与えない。


「私は侯爵のお祝いにルディに渡そうとこっそり花粉の付いた花を二階に隠していました。そして部屋を出た私は階段で背中を突き飛ばされて花を落としてしまったのです。その時聞こえたのは背後にいた誰かが花を踏む音でした」


 会場が静まり返った。

 花粉に目を落とすと私の青紫の瞳に青紫色の花粉が映った。


「この花粉を持つ花の名前はレアというそうです」


 ルディが愛おしそうにレアの世話をする姿が浮かんだ。


「この花の花弁は紫色、そして花粉は青紫色。ルディはこの花の花粉が好きだと言ってくれたんです」


 一筋の涙が頬を伝うと会場の全員が息を呑んだ。


「だから私は花粉の手入れをされる前に一輪だけ別にしておいたのです。ルディが好きだと言った花粉付きのレアを今日、渡すために…」


 私に同情したのか会場の空気が私寄りに変わった。


「でもこれが花粉だとはわからないじゃないですか!クラヴリー公爵令嬢はルディウス様を慕っている私が邪魔で、ご両親の公爵夫妻やエドワール侯爵を捕らえたように私を陥れて捕らえようとなさっているのではないですか!」


 ヒロインは悲劇のヒロインのように泣き叫びながらその場に泣き崩れたが、私にはヒロインの発した言葉に驚きを隠せなかった。

 どうして彼女は私がエドワール侯爵の件に関わっていることを知っているの!?

 そこでふとある出来事を思い出した。


「あの石…。あの場にいた…?」


 私の呟きにわずかにヒロインの体が揺れた。


「小屋に当たった石。あれはあなたの仕業なの?」

「違います!あれは令嬢が危ないと思って教えてあげようと投げたのです!」

「小屋の中で話している人達にも聞こえるほどの大きさの石を私にぶつけようとしたの?」


 私の横に落ちた石は小石とは呼べないほどの大きさだった。

 私に知らせようとするならあの石は選ばない。

 だとしたら狙いは小屋の中にいる人に私の存在を知らせるためになる。


「…それしか近くになかったので。そういうクラヴリー公爵令嬢だってルディウス様を裏切っているではないですか!私、見たんです!クラヴリー公爵令嬢が夜中に他の男性と仲睦まじく歩いている姿を!!」


 一体何の話なの?

 私が他の男性と歩いていた?

 身に覚えのない出来事に返事が遅れると私に同情的だった周囲の眼差しが軽蔑へと変わった。


「おいおい。変な誤解を招くような言い方は止めてくれよ。俺を殺す気か?」


 焦る私の耳に聞こえてきたのは聞いた事のある軽い調子の声。


「ただでさえその件で侯爵様に殺されそうになったってのに…」


 入口から堂々と入ってくるテネーブルに驚いた。

 暗殺者が王太子の前に出てきていいの!?

 動揺する私を無視してテネーブルは私の隣に立った。


「あんたが変な言い方するから侯爵様に逆さ吊りの刑にされたんだぞ。だいたいあんたが見たって言う日は遺体を見に行った日で侯爵様も公認している。さすがの俺でも逢瀬に墓場を選んだりはしねえよ」


 テネーブルの登場で会場の軽蔑の眼差しは消えた…消えたが…野蛮人を見る目に変わった。

 事実だけどそんなに堂々と遺体を見に行ったとか言わなくてもいいでしょうが!


「それにあんたなんだろ、公爵をあの場に仕向けたのは。おかしいと思ったんだよ完璧な抜け道なのにあそこまで正確に居場所を突き止められるなんて」


 私はてっきり公爵が私を見張って居場所を突き止めたのだとばかり思っていた。


「俺達を見かけたあんたは俺について調べたんだろうよ。もし嬢ちゃんが侯爵様を裏切ってたら付け入れるってな。だが調べて分かったのは俺が前公爵夫人の墓を掘り起こしていることだった。俺に協力した奴が大金もらってあんたに話したことを震えながら教えてくれたよ」


 その協力者を殺したりしていないでしょうね。


「その情報を得たあんたは公爵に売ったんだ。自分に振り向いてくれないランドール侯爵との婚約の協力を条件に」

「何を根拠にそんなことを言うのですか?」

「あんたのせいで侯爵様に散々役に立たないとか罵られてさ。俺の面目丸つぶれなんだよ。だから見つかった理由を徹底的に調べ尽くした。それでまず分かったのは嬢ちゃんが使った抜け道は見つかっていなかったってことだ。抜け出せないように嬢ちゃんの部屋はあらゆるところが封鎖されていたけど、嬢ちゃんが使った抜け道は封鎖されていなかったからな」


 逃げ出す気がなかったから確認しなかったけど、クローゼットの床下の抜け道は見つかってなかったんだ。


「あと公爵の部屋の暖炉からこんな紙切れを見つけた」


 テネーブルが取り出した手紙の切れ端には女性の文字で一部分だけ文字が読めた。

 『婚約を』の下に改行されたのか『墓の場』と書かれていた。


「恐らく『婚約をさせてくれるなら、墓の場所を教える』とでも書いたんだろ。筆跡を調べるのには苦労したけど、この夜会の返事の手紙を読んですぐにあんたってわかったよ」


 テネーブルが言い終わると俯いていたヒロインは開き直ったように顔を上げた。


「それがどうしたの?私はクラヴリー公爵令嬢に危険を知らせるため石を投げ、手紙は王族の墓を荒そうとしている人間がいることを公爵様に教えただけ。それが何の罪になるの?」


 確かにこの二つに関しては証拠もないし言い逃れ出来てしまう。

 だけど…!


「私を階段から突き落とし、ルディを傷付けた罪は償ってもらうわ」


 だがヒロインはクスクスと可愛く笑った。


「ごめんなさい。悪気はないのよ。だけど私もぶつかってしまっただけでわざとではないですし、ルディウス様が怪我をされたのもクラヴリー公爵令嬢を庇ったからではないですか?」


 まるで悪びれる様子もないヒロインに愕然とした。

 私の書いたヒロインはこんな子じゃないはず。

 施設にいた頃から皆に愛され、それでセルトン伯爵も彼女を気に入って養女に引き取ったくらいだ。

 伯爵令嬢になった後も王太子からもルディからも愛されて…。

 もしかして…二人がヒロインを愛さなかったことが原因なの!?

 本来ならヒロインに魅了された二人がヒロインを取り合うはずなのに、誰からも愛されるヒロインがどれだけ努力してもルディには振り向いてもらえなかった。

 初めて愛してもらえない屈辱を知ったヒロインの心が壊れたとしたら。

 暴挙に走ったのはルディではなく…ヒロイン!?


「それにルディウス様が仰っていたわ。貴族の世界では立場をわきまえるように…と。以前のあなたは公爵令嬢だったかもしれないけど、今は犯罪者の娘でしかない。伯爵令嬢の私に偉そうに口答え出来る立場ではないのではないかしら?」


 さすがの物言いに王太子が口を挟もうとするのを制止した。


「そうね…あなたの言う通りよ」


 私はヒロインの前に立つと手を振り上げて頬を思いっきりひっぱたいた。

 驚いたヒロインは頬を押さえながら私を睨みつけた。


「なんてことをするの!私は伯爵令嬢…」

「黙りなさい!!」


 私が怒鳴るとヒロインが肩を震わせた。


「ルディの言った通り、貴族の世界では自分の立場をわきまえた行動を心掛けなければいけないわ」

「それなのに伯爵令嬢である私を叩いたというの?」


 ヒロインは顔を歪ませながら驚愕の表情を浮かべた。


「あなたに教えてあげたのよ。立場の違いってやつを」


 私はポケットに仕舞っていた紙を取り出しヒロインの前に突き出した。


「このレリア・アメール・ランドール侯爵夫人がね!!」


 お前のその腐った性根、原作者の私が叩き直してやるわ!!





読んで頂きありがとうございます。

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