陰る幸せ
翌日、ルディの執務机で招待客の招待状の作成を執事と行っていた。
「いつも余裕ぶって、全然感情を表に出さないから感情を出させるために私なんかずっと頑張る羽目になっているんですよ!」
昨日の愚痴を爆発させていると執事が微笑ましそうに笑った。
「そう思っていらっしゃるのはお嬢様だけだと思いますよ」
意味が分からず首を傾げた。
「確かに侯爵様はあまり感情を表に出されない方ですが、お嬢様といるときはとても楽しそうになさっておりますよ」
顎が外れそうなくらい口が開いた。
「侯爵様にお仕えした当初は屋敷の事には無関心で全て我々に任せっきりでした」
確かに公爵家にいた時も屋敷の事には無関心だった気はする。
「しかしお嬢様が屋敷にいらっしゃってからはお嬢様が過ごしやすいように屋敷のことにも目を向けるようになり、口数も増えました」
私が来る前は三語で済んでいたって話だからね。
「お嬢様とお話しなさる時の楽しそうな侯爵様を拝見できて我々も嬉しく思っております。屋敷も活気づきお嬢様には感謝しているくらいです」
「でも私、あまりこのお屋敷の役に立ててないし…」
そう、それだけが本当に申し訳ないところだ。
ヒキニートだけは防ぎたい。
「そういうお嬢様だからこそ、我々は侯爵夫人になって頂きたいと思うのです。私も色々なお屋敷に勤めましたが、貴族の方は難しい方が多く不満を持つ使用人の相談にもよく乗りました」
確かに私の母も気分屋だったから使用人達も母の気分に合わせるのが大変そうだったのは覚えている。
「お嬢様のような方が主なら不満よりも勤めたいと押し掛ける使用人が増えそうでそちらの方が悩みになりそうです」
「そんなに褒めても何も出ませんよ…」
照れ隠しに招待状を入れた封筒の折り目を何度も指で擦った。
「我々はお嬢様が侯爵夫人になって頂けるだけで十分ですよ」
部屋に戻ると『結婚申請書』を取り出した。
ルディにはああ言ったけど、本当はヒロインの事が少し引っかかっていたのもあった。
ヒロインの様子を見ていてもたぶんルディの事が好きなのかもしれない。
本来なら王太子が助けるはずだった場面でルディに助けられたことが歪みになったのだろう。
もし彼女が本気でルディに迫ったら…。
自分の書いた設定に不安が過った。
大丈夫!だってルディが言ってたじゃない!自分の意志で決断して動いているって!
ルディは小説の設定をぶち破ってルディの意志で動いている。
私はその意思を信じる!
ペンを取り出すとルディのサインの下に記入した。『レリア・アメール・クラヴリー』の名前を。
どうせならルディの侯爵のお祝いの席で渡したいとサインが記入された『結婚証明書』を執事さんにお願いして二階の空き部屋に隠させてもらった。
ここ、私の部屋に出来るのでは?とも思ったが、結婚するのならもういいやと部屋から出た。
これに一輪のレアの花を添えれば…レアからレアのプレゼント!
…変な意味でとられるかな?
いや、きっと喜んでくれるはず!
ルディの喜ぶ顔を想像し…無表情しか浮かんでこないのだが…。
せめてこれを渡す時は笑って欲しいところだ。
「おかえり、ルディ!」
意気揚々とルディを出迎えるとルディが私を凝視した。
「姉上ごっこは止めたのですか?」
『結婚証明書』の事で浮かれ過ぎていて忘れてた。
というよりごっこって何よごっこって!
「ごっこじゃなくて真剣にお姉さんなの!」
頬を膨らませて怒ると頭を撫でられた。
「姉上だろうがなんだろうが俺にとってレアはレアですから」
「そんな風に言われたら…」
照れくさくて肩まで伸びた髪をいじるとルディが私の髪を持ち上げた。
「髪、伸びてきましたね」
「うん。ルディが綺麗にそろえてくれたお陰でボサボサにならずに済んだよ」
「もう少し伸びたら毛先を揃えましょう」
「ルディがしてくれるの?」
「レアの大切な髪を他の人間に任せたくはありませんから」
ふふふっと笑う後ろでは、使用人達が温かい視線を向けていたのだった。
夜会当日になり、朝から屋敷内は慌ただしさに包まれていた。
私も朝から身支度に追われ…って朝から準備する必要ある?
風呂に入ったりマッサージされたり、セレブか!いや…まあ…貴族だからセレブなのか。
支度が終わったのは日が傾き始めた頃だった。
公爵家にいた時でもこんなに念入りに支度をすることはなかった。
これはルディの指示のような気がする。
支度を終えたところでルディが迎えに来てくれた。
「綺麗ですね」
私の姿を見たルディが目元を和らげた。
この男は…ここぞという時に表情を使うから卑怯だ。
「褒めても何も出ないからね」
「レアのその姿がご褒美ですから」
恥ずかしげもなく堂々と!
こっちが恥ずかしくなるわ!
差し出された腕を取り、招待客の出迎えに向かった。
招待した客のほどんどが政界の中枢を担う家柄ばかりで緊張するも、ルディは全く臆せず堂々と対応している。
こういう時ルディの無感情を羨ましく感じる。
「久しぶりだね、レリア嬢」
声をかけられ振り返りホッとした。
「殿下、先日はありがとうございました」
政界の中枢どころか中心の王太子に安心するのもどうかと思うが…。
「ルディウスとは仲良くやっているようだね」
貴族と話をするルディに目を向けた。
「これも殿下のお力添えのお陰です」
立派なルディの姿に誇らしくなり頬を緩めると王太子が溜息を吐いた。
「ルディウスが羨ましいよ」
何が?と思い王太子に視線を向けるとぬっと目の前に大きな背中が現れた。
「殿下、昨日ぶりですね。まだ未練を断ち切れないのですか?無駄な未練は早く捨てた方がいいですよ」
「レリア嬢…本当にこんな奴でいいのか?今ならまだ取り返しがつくぞ?」
苦笑いを浮かべていると綺麗な所作で私達の会話に割って入ってきた人物が…。
「この度は侯爵の陞爵、おめでとうございます。参加出来なかった父に代わりご挨拶に伺いました」
綺麗に微笑むヒロインに胸がざわついた。
「ありがとうございます、セルトン伯爵令嬢。今日は楽しんで行ってください」
「ありがとうございます」
他人行儀な二人に違和感を覚えた。
確かにルディは侯爵でヒロインは伯爵令嬢だけど、少なくともハンカチを手渡されたルディが微笑むくらいの仲ではある。
自分で想像していてなんだかモヤっとした。
そうだった。ルディはヒロインのハンカチを見て微笑んでいたんだった…。
「レア」
声をかけられ顔を上げるとルディが私の顔を覗き込んでいた。
「今から主催者の挨拶に行ってきますが、大丈夫ですか?」
見間違いかもしれないし、不安になることなんて何もない。
「大丈夫だよ。頑張ってきてね」
笑顔で見送るとルディはその場を離れた。
大丈夫。ルディだって笑いたい時の一つや二つあるものだ。
私はルディの愛を信じるだけ。
堂々と挨拶をするルディを見上げて大きく頷いたのだった。
ルディが挨拶をしている間にこっそりとある物を取りに二階へと上がった。
空き部屋に入り取り出したのは、この日に渡そうと思っていた『結婚証明書』とレアの花。
ルディ喜んでくれるかな。
ワクワクしながら部屋を出ると階段の下でルディが私を探していた。
「レア、どこに行っていたのですか?」
「ルディ、あのね…」
勇んで階段を駆け下りようとして突然背中を押されるような衝撃を感じた。
「レア!?」
持っていた花が私の手を離れ床に落ちたのか後ろでクシャリと踏み潰されたような音が聞こえた。
誰かが後ろにいる!?
そのまま数段転げ落ちたところで何かに包まれ衝撃が和らいだ。
私は衝撃が少ないまま鈍い衝撃音とともに動きが止まった。
歪む視界で体を起こすと私の下に動かないルディが。
「ルディ…?」
ルディを小さく揺するも全く反応がない。
「ルディ!?ルディ!?」
尋常ではないルディの様子に恐怖が押し寄せ必死で揺すって呼んでいると、異変を感じた王太子が駆け付けた。
「何があったんだ!?」
王太子に肩を掴まれ振り向かされると震える唇で呟いた。
「誰かに…突き落とされて…ルディが…」
息が上手く吸えない…。
真っ白になる頭でルディに視線を落とすとそこは…。
頭から流れるルディの血で染まっていたのだった。
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