揺さぶられる感情(ルディウス視点)
俺は今、エドワール侯爵について調べていた。
レアが実母に叩かれそうになった日、俺はこれ以上レアをあの悪質な環境にいさせたくないと思い提案した爵位授与の話だったが、レアから聞かされたのは国の危機に関わる話だった。
王家が滅びることに問題はないが、今、国が乱れれば今の生活もどうなるか分からない。
もしかすると俺の計画も白紙に戻さなければいけなくなる可能性もでてきてしまう。
ようやく爵位授与が出来るまでになったのにここで白紙に戻されてはたまらない。
俺はなんとしても阻止すべく、不確かなレアの情報を信じて調べ始めた。
王宮の書庫でエドワール侯爵の購入記録を取り出した。
貴族の不正や汚職を防ぐため、職務で購入した物は申請する必要があり、それらが書かれた書類が全てこの書庫に集まっている。
反乱を起こすほどの武器を購入するには私財だけでは支払えないとの判断からだ。
記録を捲り、購入した物を調べても特に怪しいところは見当たらなかった…この前のお茶会を開いていなければ。
侯爵は他国で人気の装飾品を定期的に購入している。
これらは今、この国でも人気が出始めており一見人気を先取りしているようにも見える。
だがこの前のお茶会でエドワール侯爵令嬢が身に着けていた装飾品は今、この国で人気が最高潮に達している装飾品だった。
それだけなら今の流行りに合わせてきたとも思えるが、相手は侯爵令嬢。
誰よりも人気を先取りしたい立場の人間が人気の出始めた装飾品を買ったという話を一切しなかったことには疑問が残る。
しかも他の令嬢の装飾品を王太子が褒めた時も話題に出さなかったのは不自然だ。
もしかしたらこの装飾品が武器に化けている可能性がある。
レアを信じると言った時のレアの嬉しそうな顔を思い出した。
レアに早くこのことを伝えたい。
仕事を放置しレアに会いに屋敷に戻った。
レアに報告した後、再び王宮に戻るも嫌な予感に胸がざわついていた。
なぜレアはセルトン伯爵令嬢の施設を知りたがったのか?
レアには念押ししておいたが、また何か変なことに首を突っ込むつもりではないだろうか?
セルトン伯爵令嬢の屋敷から帰って来た時のレアの様子に不安が増した。
あの女にはあまり関わって欲しくない。
レアの表情を曇らせるあの女に憎らしさを感じた。
次に調べ始めたのは動機についてだ。
長年王家を支えてきた貴族の一つ。
だが今のエドワール侯爵に代わってから中立に近い立場になりつつあった。
反乱の準備をしていることからも現エドワール侯爵は王族に対して何か私怨でもあるのだろうか?
現エドワール侯爵の経歴を調べていると侯爵には妹がいたことが判明した。
その妹は現王が王太子だった時に婚約者候補の一人に上がっていた。
だが今の王妃は伯爵家から嫁いできた娘だ。
母が毛嫌いしていたからよく覚えている。
母がしきりに『王族としての自覚』を言い聞かせていたのも現王妃に対抗するためだったのだろう。
自分の子供の方が王族に相応しいと…。
その後もエドワール侯爵の妹について調べようとするも全く足取りがつかめない。
王太子の婚約者候補だったこと以外一切名前が出てこないからだ。
どういうことだ?
貴族令嬢として生きていれば必ずどこかに痕跡は残る。
それがないということは存在を消したか…亡くなっているか。
だが亡くなっているなら亡くなった時の記録が残るはず。
考えながら回廊を歩いていると前から王太子が歩いてきた。
「探したんだぞ。どこに行っていたんだ?」
この際、報告がてら直接聞いてみるか?
これだけ綺麗に消えているということは王家にとっても知られたくない何かがあったのかもしれない。
報告したいことがあると告げると執務室へと通された。
ソファーに座ると早速調べたことについて話をした。
「動機は恐らくエドワール侯爵の妹に関係していると思われます」
話し終えた時、王太子は閉じていた目をゆっくりと開いた。
「お前は王位継承権を持っているから話すが、これは王家にとって最重要機密になる。それでも聞くか?」
漏らせば死刑ってことを言いたいのだろう。
別に漏らすつもりもないし正直エドワール侯爵が王族に対してどんな恨みを持っていようが興味もない。
だが動機が分からないことには本当に反乱を起こすほどなのか判断が出来ない。
俺が頷くと王太子は機密について話し始めた。
エドワール侯爵が侯爵になる前の話だ。
妹が王太子の婚約者候補にあがり何度か王宮に招かれた帰りだった。
馬車が何者かに襲われて妹は命を落とした。
当時、婚約者候補は現エドワール侯爵の妹と現王太子の母でもある伯爵令嬢の二人に絞られていた。
そのため前エドワール侯爵は伯爵令嬢が犯人であると訴え、娘を無事に帰さなかった王家の責任問題も追及した。
しかし伯爵令嬢が犯人であるという十分な証拠もなく、護衛を付けなかったエドワール侯爵にも責任があるとし敗訴。
前エドワール侯爵は現エドワール侯爵に爵位を譲り自殺した。
その後、王家の調べでエドワール侯爵の妹を殺したのは隣国の刺客だと判明するも、隣国との戦争を避けたかった王の判断でこの事件は密かに抹消された。
レアが他国から武器を密輸入していると言っていたことを考えても、事実を知らないエドワール侯爵は隣国に利用されているのかもしれない。
一通り話を聞いて全てが繋がってきたところで執務室の扉が叩かれ、近衛兵が入ってきた。
「今、大事な話の最中だ。緊急でなければ後にしろ」
「申し訳ありません、殿下。しかしクラヴリー公爵令嬢からの手紙を至急ルディウス様に渡して欲しいと…」
近衛兵が言い終わる前に俺は立ち上がると近衛兵から手紙を奪い取った。
中を確認して体が震えた。
『ルディへ
武器の取引現場の小屋が見つかりそうだから山登りしてくるね。
夜までに戻らなかったら迷子になっているかもしれないから助けに来てくれると嬉しいな。
レリア』
「この手紙を持ってきた奴は何処にいる!?」
声を荒げて近衛兵に掴みかかった。
「ルディウス!落ち着け!」
王太子が止めに入るも落ち着けるわけがない。
もし隣国の武器が密輸入されていたとしたら見つかった時点でレアは一瞬で殺される可能性もある。
なぜならあの国には遠くからでも簡単に人を殺せる武器があるからだ。
「じょ…城門前に…」
俺は胸倉を掴まれて苦しそうにしている近衛兵を突き飛ばすと急いで城門へ向かった。
城門にいたのは雇われた使者のようだ。
「この手紙を出した人間がどこの山にいるのか案内出来るか」
「ええ。御者の方に頼まれておりますので」
「ルディウス。何があったのか説明しろ」
後を付いてきていた王太子に肩を掴まれた。
「レアが武器の取引現場に一人で向かったようです。俺はすぐに追います」
簡単に状況を説明すると、王太子が止めるのを聞かずに馬小屋へと走ったのだった。
馬車の中で舟を漕いでいるレアの隣に座りレアを自分に寄りかからせた。
レアの温もりに冷え切っていた心が溶かされていく。
大きな音が森に響いた時は心臓が止まるかと思った。
もしレアが殺されていたら俺はあの場の全員を惨殺し自分も命を絶っていただろう。
レアは大袈裟だと笑うかもしれないが、それくらいレアは俺の全てなんだ。
温かいレアの手を持ち上げるとそっと口付けた。
屋敷に到着すると眠るレアを抱き上げ部屋まで運んだ。
靴を脱がせると足は赤く腫れあがり、ところどころに靴擦れも起こしていた。
レアを起こさないように足を洗い包帯を巻いていると痛かったのかレアが身動ろいだ。
「頑張りましたね。もう少しですよ」
声をかけると安心したのか再び寝息を立てた。
その姿が可愛くて抑えきれなくなった俺は眠るレアの額に口付けた。
いつかレアの全てを俺のものにすると誓いながら。
レアが歩けるようになるまで仕事を休んでいた俺は久しぶりに王宮に来ていた。
「後処理で忙しいのに良いご身分だな」
到着早々王太子に呼び出され嫌味を言われるもどこ吹く風。
「今回の功労者を労わるのも大事な仕事ですから。特に姉上は歩けない状態だったので俺が傍にいないと生活もままなりませんから」
「公爵令嬢なのだから世話する人間くらい山ほどいるだろ」
「他の者に姉上の世話は任せられません」
「『姉上』ねえ。お前が彼女をどう想っているのか今回の件で良く分かったよ」
「分かったのでしたら手を出さないで下さい」
別に知られて困るような感情でもないし、むしろ王太子には知っておいてもらった方がいいだろう。
「それで、その功労者の一人のお前に褒美を与えるように王から言われているのだが?」
「爵位を下さい」
「クラヴリー公爵家はどうするんだ?」
「どうもこうも後を継ぐ気はありませんから。それと結婚申請書も発行して下さい」
王位継承権を持つ俺の結婚は少し特殊で結婚には王の許可がいる。
その代わり自分の署名と相手の署名、王の許可さえあれば保護者の同意がなくても結婚できる制度があるのだ。
保護者の反対により一生独身を貫く継承者もおり、王族の血筋を途絶えさせないための措置だ。
俺もこの制度がなければ間違いなく一生独身を貫いていただろう。
この制度が出来た理由、俺にはよく分かる。
だがこれは王位継承権を持つ者だけの特権ということもあり、通常は王族も段階を踏んで手続きをするためこの特権自体あまり使われていないのが現実だ。
「お前、まさか爵位を貰ったらすぐに結婚しようとか…」
「考えていますけど?」
何が問題なんだと首を傾げた。
そもそもレアと結婚するためにここまで頑張ってきたんだ。
結婚できないのなら爵位も王宮騎士でいることも全て無意味になる。
まあその時はレアを拐って駆け落ちでもするつもりだが。
「お前がここまで人に執着する人間だとは思わなかったよ」
人に執着しているわけではない。
ただレアが欲しいだけだ。
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